学院長
「あー、おはよう」
久しぶりに学院に登校して、欠伸まじりに挨拶しながら教室に入った。
…だけど
ガッ!!
「ん?」
「………」「………」「………」
何故か、知り合い三人にいきなり捕まった。
ディースとサリアに背後から両腕を拘束されて、教室から外の廊下に連行された。(その間、ニアは教室のドアを開けたり閉めたりして俺たちが速やかに廊下に出られるように動いていた。)
そして、そのまま俺は拘束された状態でどこかに連れて行かれた。
「あ、いや、これ何? 俺何かした?」
訳が分からず、こんなことをされている理由を聞いてみると、ディースが呆れたように答えた。
「…やったよ。そりゃ、もう盛大にな」
「…あー、一週間も学院の授業サボったのそんなにヤバかった?」
俺はこんな事をされている心当たりを試しに言ってみた。
「…ちげえよ。もっとすごいことだよ」
でも、どうやら違ったようだ。
「んー?」
だが、考えてみても心当たりが無い。
すると、ディースがものすごく呆れた顔で俺にこう言った。
「…『祭り』『ミスリルの鎧』『個人出場での入賞』 …この言葉から何が起きたか連想できるか?」
「あ、…もしかして、祭りのときに作ったアレが何か賞でも獲った?」
ディースのその言葉で、やっとなにが起きているのか分かってきた。
「…学院で初の学生個人での入賞だそうだ。教師達は絶句してたぞ。どこの研究室にも入ってない無名の学生が賞を獲ったってな」
「へー。でも、俺のは一位じゃないだろ? 俺のよりも派手で手の込んだ作品は沢山あったし…」
「順位はもう関係ない。賞をもらった事が重要だ。」
「ふーん」
俺は適当に相槌をうった。正直、賞とかたいして興味ない。
すると、俺のそんな適当な相槌を聞いていたサリアがものすごく嫌そうな顔で俺にこう言った。
「…ちなみに、ここ最近の私はとても大変だった。表彰から、連日押しかけてくる教師やギルドなんかの関係者達の相手を毎日していたからな」
「…あー、それは悪かった。ごめん」
それを聞いて、サリアに対して申し訳ない気持ちになった。
多分、祭りの後に色々と面倒があったのだろう。
なので、腕を拘束されたままだったが、頭を下げてもう一度「ごめん」と謝った。
「…まぁ、それはもうどうだっていい。…とりあえず、今すぐお前を学院長室に連れて行く。学院長はお前が登校するのを首を長くして待っているからな」
すると、謝れていることに少し照れてるのか、顔を少し赤らめて話を変えてきた。
…弄ると、怒られそうなので話をあわせる。
「なんで?」
「賞状の受け渡しと、色々とアレについて質問があるそうだ」
質問すると、実にもっともな返答が帰ってきた。
「へー」
「ん、そろそろ着くな。身だしなみを少し整えておけ」
そうこう話を続けているうちに、学院長室に着くみたいだった。
でも、身だしなみを整えろといっても腕を拘束されていては何もできない。
「…腕が使えないんだけど」
「ん、そうだな。では、解放してやろう」
俺がそう言うと、サリアはそのことに気がついたのか、腕の拘束を解いてくれた。ディースもそれを見てもう片方の腕の拘束を解いた。
俺はそのまま空いた手で髪を手櫛で整えながら歩いた。
そして、しばらく歩いていくうちにでかい両開きの扉の前まで来た。
扉の上にあるプレートの上には『学院長室』という文字。
どうやら、学院長室の前まで着いたようだった。
「………。」
「………。」「………。」「………。」
そして、俺がその扉の前まで行くと、途中まで俺を連行してきたディース、サリア、二アの三人が無言で「早く扉を開け」とプレッシャーをかけてくる。
どうやら、ここまで連れてくる事が目的で、後のことは自分達には関係ないと言う事らしい。
…もしかしたら、一週間も連絡も無く学院を休んだ事を根に持っているのかもしれない。
「…まぁ、仕方ない」
まぁ、これは俺の問題だから三人は関係ない。
なので、俺は覚悟を決めて扉をノックした。
コン コン
「失礼します。トール=グラノアです。学院長が自分をお呼びだと聞いて来ました」
扉を叩いた後に、扉の前で簡潔に用件を言う。
作法としてこれで合っているのかわからないが、とにかく扉の前で声が返ってくるのを待った。
すると、両開きの扉の中からすぐに声が返ってきた。
「ん、君か。待っていたよ。早く入ってきなさい。」
「あ、はい」
少し渋めの男性の声が聞こえ、俺は言われるままに扉を開いて部屋の中に入った。
ちょっとだけ緊張していて、思わず部屋に入る前に三人の姿を見たら、
「あ…」
すぐに緊張が解れた。
ディースは俺の顔を見ながら「頑張れよ」というように力強く頷き、サリアは「さっさと行け」というように軽く顎をしゃくっている。そして、ニアは両方の拳を握りながら「頑張って!」というようにエールを送ってくる。
俺はそれを見て、足取り軽く部屋の中に入った。
─正直、かなり嬉しかった。
「ふむ。話は大体分かった。研究室が欲しくてあの鎧を作ったのだね」
「はいそうです」
「ふむ…」
「………。」
俺の目の前にいる学院長が、机の上で指を組みながら何かを考えるように目を閉じた。
学院長は俺が思っていたよりも若く、三十歳後半のなかなか渋めの男性だった。
学院長は灰色の髪を右片方だけを少し垂らすように伸ばしていて、整えられた顎鬚もあいまってかなり渋い。
ビシッと着こなしたスーツもなんだか決まっていて、どこかの貴族の領主様かその貴族に長く仕えたベテランの執事に見えた。
というか、黙っている姿がすごい渋い。
「………。」
これは同じ男としてすごく憧れる。是非こんな年のとり方をしたい。
そんな馬鹿なことを考えていると、学院長が目を開けて、話を再開した。
「ふむ。話を続けようか」
「はい」
実は、学院長室に入ってから学院長が座る机の前でずっと祭りでの出来事について説明していたのだった。
まぁ、簡潔に「研究室が欲しくて、目立つことして実力を見せたかった」という説明をしただけだったが。
で、それを聞いた学院長は先ほど目を閉じて考え込み、今話を再開した。
そして、学院長は重苦しい口調で何かを諭すように、ゆっくりと話し出した。
「…実は昨日城から急な使いの者が来て、研究室一つに掛かる一年分の予算が援助された」
「………。」
「そして、驚く事にその援助金は一つだけの研究室に割り振るように言われ、そしてその研究室の責任者の名前は『トール=グラノア』と聞いた」
「………」
俺はそれを聞いて、無言になった。
それを説明するのは実に面倒だ。
あのちびっ子姫が「何か欲しいものを言ってください」と言ったので、「研究室が欲しい」と言ったらこんな事になったのだ。
疲れていたからと、適当に答えたがまずかった。
あのちびっ子姫は、それを聞いて全力で色んな所で『お願い』をしだしたのだ。
おかげで、俺が城を出ようとした頃には、「すでに学院には話を通しておきました」と言う台詞がユリアさんの口から聞けた。
「…どのような手を使ったのか分からないが、私にこれを拒否するつもりはない」
「!?」
学院長はそう言って言葉をきった。
そして、その言葉に驚いている俺を顔をじっと見てから…、
今度は「ニヤッ」と人の悪そうな笑みを浮かべた。
「─だが、このままでは他の教員や生徒達から批判を買うことになるだろう。そうなると、色々とまずい。なので、『君の』研究室には色々と変わった事をしてもらおう。周りの人間にはあの研究室は実験的なものだと思われるためにね」
「…と、いうと?」
俺がなんだかすごく楽しそうな顔をしている学院長を見ながら、おそるおそる聞いてみた。
…なぜだか知らないがこの学院長めちゃくちゃ楽しそうだ。
「我が学院は他国の生徒も沢山招き入れている。異なる文化の国と交流を持つ。実に素晴らしい事だ」
そして、学院長は突然なにか語りだした。
「はぁ…」
俺はとりあえず、相槌を打った。
そして、俺の相槌を聞きながら、今度は少し残念そうに顔を伏せ首を振りながら、こう語った。
「─だが、他種族との交流はさすがにない。実に残念だ」
「…まぁ、色々と問題が多そうですからね」
なんだか、わざとらしいがここも適当に相槌を打った。
とりあえず、この話が終わるまで質問とかは後にしよう。色々と面倒そうだから。
「その通りだ。だが、我々はここ数年ある種族と交渉し、今年から他種族の生徒を一人招く事に成功した」
「へー、すごいですね」
「だが、彼女は中々クラスに馴染めないようでな。私はそれを心配している。…このままでは折角の交流が今年限りになってしまう、と」
「あー、それは確かに」
「なので、君の研究室にその彼女を加えなさい。そうすれば、色々と問題はなくなる」
「は? なんでですか?」
そこで俺は初めて質問した。
なんでそんな話に繋がるのか、意味がわからなかった。
だが、次の学院長の台詞で徐々に話がわかってきた。
「それは、彼女が『竜人族』だからだ。彼女との交友を得るために、同じ年頃の学生が仲良しごっこで研究室をやっていると思われていると周りの反応が違ってくる。『竜人族の彼女の為』と『今後の文化交流の為』という建前も出来る。…まさか、王宮からの特別援助で出来た研究室なんて言えるわけがないからね」
「………………。」
俺は話は分かったが、だけど…、
…今、このおっさん『竜人族』って言った?
いやいや、嘘だろ?
だって、あの人達って基本的に人が嫌いだし、暴力的だし、怖いし、しがらみだらけの人間社会なんて絶対に合わないだろ。
いや、だっておっちゃんから「竜人族」の人が学院にいるなんて話聞いてないし…
あ、そういえばここ最近は寮にいなかったから前に送った手紙の返事とか読んでない。…まさか、そこにこの事とか書いてないよな?
…まさか、な? そんな…、まさかだよな…?
俺が少し混乱した頭で、色々と考えている間に学院長は話を続けていた。
「─なので簡単にまとめると、研究室の施設も資金もあげよう。でも批判を買いたくなければその子を研究室のメンバーにしなさい。…まぁ、安心しなさい。『竜人族』だといっても、彼女はとても優しい─」
なんだか、学院長が俺を気遣ったような事を言っているような気がするが、それよりも俺は『竜人族』という怖ろしい言葉に冷や汗が止まらなかった。
『竜人族』
高い知性と強靭な肉体を持った種族で、人間に近い姿をしているが、肌に少しだが鱗とトカゲの尻尾のようなものがある。
翼竜と会話が可能で馬のように乗りこなし、長命ですでに失われた高度な知識を持っている。
種族としては人間よりもはるかに上位の種族で、一般人からは畏怖の目で見られることが多い。
だが、俺がそんなことはどうだっていい。
問題は、学院にいるその竜人族が『誰』なのか、ということだ。
そのことを考えると、震えが止まらない。
誤字脱字の報告と、感想を待っています。
次あたりで、新キャラを出す予定です。