さぁ、始めよう。
「…嫌なんだよ。人が泣いてるの見るの。…本当に、嫌なんだよ」
俺は独り言を呟く。
「…どうせ、ユリアさんからさっきの謁見での話を聞いたんだろうけど、…お前がそれを気にしてどうすんだよ」
泣いているちびっこを見ながらなんとなく理由を推測する。
情報が早すぎる気がするが、多分間違っていないだろう。
「…別に俺はそれほど傷ついてないし、気にしちゃいない」
さっきのは押さえ込んだ怒りを発散してただけだ。
「…だいたい、わかってんだよ。自分の考え方が『甘い』ってことぐらい。…ガキじゃないんだから」
十数年生きているんだ。それぐらいわかっている。
「…世界が思ったよりも優しくない事なことなんてとっくの昔に知ってるし、俺の考えが綺麗ごとだって理解だってしてる。」
当たり前だ。
そんなこと、十年前から『よく』知っている。
「…こんな事いつか言われるってわかってたんだよ」
あぁ、わかっていたよ。いつか俺の考え方を否定するヤツが現れる事ぐらい。
「…確かに、少しだけきつかったよ。─でも」
俺は顔を上にあげた。
「…それでも、俺は」
顔を上げた先に見えたのは、泣いているちびっこの顔。
俺はその顔を見ながら、独り言にしてははっきりとした口調でちびっこに向かって一つの言葉を吐いた。
それはある意味、自分にも言い聞かせるような言葉であって、ちびっこに言ったものではなかったかもしれない。
だが、俺はその言葉を言わずにはいられなかった。
なぜなら、あのちびっこは俺の事を完全に見くびっているからだ。
あいつは、俺が立ち直れないほど傷ついていると思って泣いている。
そして、それが自分のせいだと思っている。
俺はそれが我慢ならない。
俺はそんなに弱い人間ではない。
だから、俺はあいつに向かって言ったんだ。
聞こえるはずがないとわかっている距離にいながらも、俺はその言葉を口にした
その言葉は実に難しい。
子供が言えば、微笑ましく。大人が言えば、大抵の場合は白けた目で見られる。
年をとるたびに言えなくなってしまう言葉。
だが、俺はその言葉をはっきりと言ってやった。
俺のその姿を見た奴がどんな顔をするかなんて考えない。
ただ、これは宣言だ。
絶対に諦めないと言う宣言。
─俺はその言葉を、聞こえるはずのない距離にいる、この国の王女に向かって宣言した。
「夢を諦めない」
※※※
世界は優しくない。
生きている限り、傷つくことばかりだ。
辛く、苦しむことだって多い。
そんな中で俺が目指す『守る剣』は馬鹿げた夢だろう。
でも、だからどうだって言うんだ?
俺はその馬鹿げた夢を追いかけるのを止めるつもりは無い。
─寝る間を惜しんで鍛冶の技術を磨いた。
手や腕が火に焼かれようが構わなかった。
何度も、何度も鎚を振るった。
手の皮が固まり、次第に針も通らないほど硬くなった。
体がおかしくなるほど鎚を振るった。
これは、すべて『守る剣』を作るためだ。
俺が自分の夢を叶えるためにやってきたことだ。
それを、少し否定されたぐらいで諦めるとでも思ってるのか?
─ありえない。
そんな事、できるわけがない。
諦める事は、俺が自分を否定することだ。
諦めたら、すべてなかったことになるんだ。
俺の時間が、生活が、技術が、そして夢が否定される。
『なかった』ことになる。
そんなことはできない。
「それ」は俺の『全て』なんだ。
幼い日から憧れ、夢見た剣を作るために使ってきた『もの』
それをあんな事だけで全部「なし」になんてできない。
…絶対に出来ない。
…どうやら、そこの所をお前はよくわかっていない。
お前は、俺があれだけの事で立ち直れないほどダメージを受けているとでも思っているのだろう。
…とりあえず、まずはそこを訂正させてやる。
─ちびっこ、お前は知らないかも知れないが。
俺はな……。
「諦めが悪いんだよっ…!」
世界には『そんなこと』ばかりじゃないって。
中には優しく、楽しくと思えるものだってある。
あるはずなんだ。
俺はそうだと信じてる。
友情や愛情。
これらは見えなくても感じることはできる。
彼らの行動、言葉。
そこから彼らの想いを感じられる。
─だったら。
「俺の『守りたい』って気持ちだって伝えられるはずだろうがっ…!」
─さぁ、始めよう!
『守る剣』を作るなんて馬鹿げた夢を追いかけてきた、俺の本気を、
見せてやろう、泣いてばかりいるあの泣き虫王女に、この世界にある美しいものを、
感じて貰おう、俺の気持ちを、
─約束を守ろう。
いつか言ってやったあの言葉。
あれを果たす時がやってきた。
─守ってやろう。
今、お前の胸の中にある悲しい気持ち。
「それ」からお前を守ろう。
俺は、俺の作った剣でもって。
「お前を『守ろう』」