謁見
量が多そうだったので二つに分けます。
最悪な事はまだ続いた。
俺があの悪夢から回復する前に、王との謁見が叶ってしまったのだ。
これはユリアさん達が頑張ってくれたおかげなのだろうが、今は最悪のタイミングだった。
まるで引きずられるように牢から出され、両手に鉄枷が嵌められた。
そして、四人ほどの兵に自分の周りを囲まれる形で俺は歩き始めた。
向う先は王のいる「謁見の間」。
俺はそこで自分の無罪と子爵の作るミスリルの危険性を説明しなければならない。
…だが、今の俺にそれをまともに説明できる自信がない。
俺はまだあの悪夢から回復していない。
これから王との謁見で気合を入れなければならないのに、俺の気持ちは沈んだままだ。
何とか気合を入れようとするけれど、その度にあの悪夢が頭の中でチラつき余計に体調が悪くなってしまう。
体調は最悪、頭の中もぐちゃぐちゃ。
…そんな状態で俺は王に謁見した。
けれど最悪な体調で望んだ王様との謁見は、意外にもスムーズに進んだ。
「ふむ、おおよその話はこちらが把握していたものと一緒だったようだ。だが、情報が混乱して間違った話が我の耳に入ってしまったようだな」
多分、ユリアさん達が大方のはなしを王様に説明してくれていたのだろう。すでに王様は事のあらましを知っていたようだった。
「………。」
「…そんなに脅えるでない。話を聞く限り、そなたを罰するつもりは我にはない」
「はい…申し訳ありません」
「よいよい」
そう言って、王様は手を軽く振るう。
俺の体調はあいかわらず最悪だったが、逆に余計な力が入らず楽に話せた。
「そなたは自分の作った物の力を見せただけではないか、そう畏まるな。…まぁ、貴族に対して少し暴力的だったようだが…」
「本当に申し訳ありませんでした…」
「だから、よいと言っておろう…」
そして、なにより意外だったのがこの国の王様の人柄だった。
俺は王様は気難しくておっかない人なのだと思っていたが、この王様は全然違った。
王様は顎髭を生やした渋い人で、明るく冗談の好きな人だった。
「本当によいのだ。こんな事はあまり言いたくはないが、あの者は最近少し調子に乗り過ぎていたのだ。…貴族の子女やメイド達からの苦情が我の耳にも入って来ていたほどにな」
「………」
「だから、今回の事はあの者にとっていい薬だったのだ。」
「……はい」
今も俺の誤解が解けると、冗談交じりに俺の緊張を解こうとしてくれる。
…不思議だ。
王様と話していると、気持ちがとても楽なる。
ずっと、このまま話を続けていたい思ってしまう。
─だけど。
子爵の汚染されたミスリル。
アレについて、俺は今すぐにでも王様に話をしなければならない。
その為には、王様との会話は今すぐ終わらせるべきだ。
でも、この心地よい時間を終わらせるのは、すこし辛い。
「………。」
俺は心の中にあった迷いを振り切るため、きつく目を閉じた。
そして、腹に力を入れ覚悟を決めた。
覚悟を決め、俺は声を出す。
「…国王陛下、無礼で大変申し訳ありません。自分は、聞いていただきたい話しがあるんです」
ざわざわ ざわざわ
ざわざわ ざわざわ
「どうか自分の話を聞いてください。…とても、とても大事な話なんです」
恐れ多くも王様に話しかけてしまった俺を見て、王様の周りの人達が眉をしかめている。
貴族ならまだしも、平民が王に向かってこのような事を言うのは酷く無礼な事だ。
無礼な俺の事を貴族だけでなく、警備の人間も冷たい目で見ているのがわかる。
でも、ただ一人。
王様だけは違った。
王様は俺の無礼な態度にも眉をしかめる事はなかった。
いや、それどころか。
「…何か訳ありのようだな。いいだろう話してみなさい」
王様は俺の言葉を聞いて、真剣に話を聞く姿勢をとってくれた。
俺は王様のその姿を見て、周りから余計な邪魔が入らないようにすばやく話を始めた。
「はい、実は─」
そして俺は、子爵の作らせているミスリルの危険性について、王様に全てを話した。
材料にモンスターの爪や牙が使われ、瘴気がミスリルの特性を用いて人を汚染していく危険性を俺は冷静に語った。
初めは眉をしかめながら聞いていた人達も、話が進む内に徐々に顔色が悪くなっていった。
おそらく自分や身内が買っていたりしたのだろう。
もし、俺の話が本当ならば彼らはかなりまずい事になる。
瘴気に汚染されると、「浄化」にかなりの手間と金がかかる上に、下手をすると命にも関わるからだ。
俺が最後に「詳しく調べればはっきりわかるはずです。特に長く使っている物はそれだけ汚染されてますから、はっきりとわかるはずです」と言ったところで周りが一気に騒がしくなった。
そして、俺の話を聞き終わった王様はというと、先ほどまでとはまるで人が違った。
眉間に皺を寄せ、口を真一文字に結び、目じりを吊り上げ、近くにいた側近らしき人にびしびし指示を飛ばす。
王様はすぐさま子爵の工房に兵を向かわせ、さらに高位の魔術者を呼ぶ。
臣下達に指示を出し続ける姿を見て、俺はこの人は本当に王様なんだと改めて認識した。
そして、王様が子爵の工房に兵をやり、そこで作らせていたミスリルの武器や装備を何点か持って来させ、高位の魔術者に持ってこさせた武具に「穢れ」がないか調べて貰った。
結果、俺の予想は全てあたり、武具のすべてに大小の違いはあるが瘴気汚染による「穢れ」が発見された。
これには高位の魔術師も、その様子をみていた人達も驚き、すぐさまこの事は大騒ぎとなった。
その騒ぎを静めるために王様はすぐさま以下のような指示を飛ばした。
『子爵の工房はすぐさま営業を一時停止。』
『武具店なども、子爵の工房産の物はすべて回収。』
『教会の一部でも、子爵の工房で作っていたミスリルの製品を使っていた為、すぐさまそれらの使用停止を呼びかけた。』
『もちろん、それらの製造に関わっていた子爵は早急にお城に来るように厳命。』
この事から子爵にはなんらかの重い処罰がくだされることが予想された。
これで子爵のとんどもない不祥事も、あのちびっ子王女との約束も、すべて片付いた。
俺は明日からは学生として懐かしいあの学院の寮の部屋で眠れる。
そんな安心を、俺はしていた。
でも、そんな俺の安心はすぐに吹き飛ぶ。
…いや、それどころか王都に来てから一番つらい経験をこの後する事になる。
王様が指示を一通り終えて、じっと俺の顔を見つめた後、こんなことを話し始めた。
「どうやらそなたには大変な借りが出来てしまったようだ…。誤解で牢に押し込めてしまっただけでなく、貴族の不祥事まで知らせてもらってしまうとは…」
「あー、いや。それは気にしていませんので、どうかお気に病まずに」
王様がなんだか気落ちしているようなので、俺は恐縮してしまう。
そんな態度をされると、俺はどうしていいのかわからなくなる。
だが、王様は俺をさらに混乱させるような事を言う。
「そう言うな、是非とも我に詫びと感謝をさせてくれ」
「え…」
詫びと感謝?
(んー、それはちょっと)
正直なところ、感謝はいいけど詫びはちょっとまずい。
だって、俺が牢屋に入ったのは計画のうちだったのだ。
なんだか騙しているようで悪い。
そんな事を考えていると、王様がちょっと困ったような顔で俺を見て言った。
「…だが、我は国王だ。人前で軽々しく頭を下げるわけにはいかぬ。そのため、どうしても形ある物でしかこの気持ちをあらわす事でできぬ。…そのかわり何でも欲しいものを言ってくれ、我が必ずそろえて見せよう」
…なんだか、考え事をしている間に段々おおごとになっている。
これはまずいと思い、頭の中で今欲しいものを思い浮かべた。
すると、一つの物が思い当たったので王様にお願いしてみた。
「でしたら、国王陛下。お願いがあります」
「おぉ、なにか望みの品があるのか? なんでも言ってくれ、すぐさま用意させよう」
王様は喜ぶ顔を見て、ちょっと落胆させてしまうかもと思いながら俺は願いを言った。
「俺の剣を返してください」
俺の言葉を聞いて、すこし唖然とする王様。
少し言葉を震わせながら俺に聞く。
「…そんな事でよいのか?」
「はい」
「…もしかすると、それは子爵のミスリルを破壊したという剣のことか?」
「はい、そうです。ここに来る前に没収されてしまい、今手元にないんです」
「…ふーむ。まぁ、そなたがそう望むならすぐに持って来させよう」
「ありがとうございます」
「…ふーむ」
なんだかすこし考え込んでいる王様とは違い、俺はホッとしている。
たとえ一時的でも人の手に自分の剣があると言うのは、とても落ち着かなかったからだ。
でも、これで剣は俺の手元に戻ってくる。
俺はこの時までは安心していた。
悪夢の始まりは、俺の手元に剣が返ってきたことから始まった。
布に包まれたそれは確かに俺の作ったミスリル製の剣で、少し布を外すと白銀に光る金属が見えた。
紛れもなく自分の剣だ。
俺がホッとしていると、王様がこちらをじっと見ていることに気がついた。
その目は子供が見たこともない昆虫を見た時の目にそっくりで、キラキラとしている。
なんとなく王様の目線を追ってみると、俺の手にある剣を包んでいる布に行き着く。
なので、俺はなんとなく目で「見てみます?」と合図を送ってみた、すると王様は満面の笑みを浮かべた。
俺はなんだか嬉しくなってきて、剣を包んでいた布を一気に外した。
すると、布から出した剣を見た王様は「おぉっ!」と驚き、王座から腰を浮かし、謁見の間にいた護衛や国の偉い人たちも剣を目を丸くして見ていた。
『聖なる銀』と呼ばれるミスリルの輝きに、みんなが驚いていた。
だが、皆がミスリルの輝きに驚いている中、俺の背後からガシャガシャという金属音が聞こえた。
後ろにいる誰かが鎧でも着こんでいるのかと思い、俺は背後を振り返ろうとした。
すると、
ガッ!!
背後にいる誰かを見る前に、俺が手に持っていた剣はその誰かに奪われてしまった。
「あっ!」と思って自分の手を見た後、慌てて自分の背後を振り返った。
そこには思っていた通り、鎧姿の男がいてそいつの手には俺の剣があった。
俺は慌ててそいつの手から剣を取り返そうとすると。
「貴様、これをどうやって手に入れたのだ…?」と語尾を強め、そいつがそう聞いてきた。
しかも、鎧姿の男は興奮しているようで、目がギラギラと血走っていた。
俺は訳が分からなかったが、とにかくこの男から剣を奪い返そうと手を伸ばした。
でも、鎧男は剣を持った手を頭上に上げて俺の手が届かないようにしてる。
俺は今地面に膝を突いて座っている状態。対して男は俺の背後で普通に立っている。
これでは絶対に俺の手は届かない。
俺は若干イラつきながら鎧男を睨むが、鎧男はまた「どこで手に入れた…?」と言って剣を返すつもりはないようだ。
このままでは話が進まないと思って、俺は仕方なく剣の出所を話した。
「どこで入手したもなにも、それは俺が作った剣だよ」
「何…?」
「俺は鍛冶師なんだよ。鍛冶師が剣を作るのは当たり前だろ?」
「………。」
「わかったら返してくれ。それはあんたの剣じゃない、俺の剣だ」
「………。」
どこかしぶしぶといった感じで鎧男は剣を俺に返した。
俺は剣を返してもらい、すばやく布を剣に巻きつけ、今度は奪われないように両腕で抱え込んだ。
何が起きたのかわからなかったが、とりあえず剣が返ってきてよかったと俺はホッとする。
しかし、俺がホッと一安心しているところ、この鎧男はとんでもない事を始めた。
コイツは王様の前で被っていた兜を外し、俺の横で片膝を突きあろうことかこう言った。
「陛下。コイツが持っているのは間違いなく純粋なミスリルの剣です。先ほどのコイツの話が本当ならば、実に素晴らしい事です。今すぐコイツに騎士隊全員分のミスリルの剣を作らせるべきです」
鎧男は目をぎらつかせながら、口元に笑みを浮かべながら、そう言った。
…ここから、始まった
牢屋で見た悪夢とは違い、目が覚める事のない。
一生忘れる事のできない。
悪夢が、始まった…。