始動
「つまり、そのバカ貴族が今後お前にちょっかい出さないようにプライドをズタボロにしてやるから、俺を雇えって言ってるんだ」
「えっ!、そ、そんな事できるんですか?」
「あぁ、出来るぞ」
「ど、どうやってですか?」
「簡単だ。バカ貴族が作るミスリルより質の良いミスリルを、学生の俺が作る」
「!?」
王女はトールのあまりに突飛な台詞に驚いた。
なぜなら、目の前の青年は学生の身でありながら貴族に雇われた熟練の鍛冶師達よりも、良質のものを作ると言っているのだ。
これには王女は驚きを隠せなかった。
ただ呆然とトールを見つめて固まった。
だが、トールはそれに構わず話し続けた。
「もし無名のしかもただの学生が、その貴族達が作ったミスリルよりも良質のミスリルを作ったらどうなると思う?」
「そ、それは……」
トールの質問に、王女は先ほどの言葉の衝撃からまだ復帰できず、まともな返事をする事ができない。
しかし、王女の代わりに答えを返した人物がいた。
「…間違いなく彼らが作ったミスリルの道具は信用はガタ落ちしますね」
「「!?」」
それはトールが最初にいた尋問部屋に王女と一緒に入ってきて、この部屋に入ってから一言も話さず、ジッと部屋の隅に立っていた赤髪の女性だった。
「失礼、姫さま。差し出がましいようですが口を挟ませていただきました」
「い、いいえ構いません。それよりもユリア、続きを聞かせて」
(…ユリアっていうのかこの人)
と、トールはユリアと呼ばれた赤髪の女性を見た。
気の強そうな目と、真っ赤な長髪の背の高い女性。
顔立ちは整っているが、その鋭い眼光のせいか何故か圧迫感を感じる。
(…俺の苦手なタイプかも)
と、トールは心の中で感想をつぶやいた。
「はい、では続けます」
そう言ってユリアと呼ばれる女性はトールと王女に向かって話し始めた。
「確かに、彼が例のミスリルのよりも良質の物を作れば例の貴族のプライドも、彼が作るミスリルのブランドも、傷をつける事が可能でしょう。そして、そんな事になれば面目を潰された例の貴族は、今までの様な高慢な振る舞いを自重する事でしょう」
「ほ、本当に?」
「………。」
ユリアの言葉に、王女は期待に満ちた目で見つめる。
「はい、間違いありません。あれほどの投資をし、製造した高品質のミスリルの道具が、ただの学生が作ったものに劣るなどいい笑い話ですからね。しばらくは恥辱で人前に出るのも嫌がるはずです。」
「な、なるほど」
と、王女が納得しかけたところで、ユリアが「ただし、」と付け加えた。
「な、なにか問題でもあるんですか?」
ユリアの言葉に王女は戸惑いながらユリアに聞いた。
「はい。あります」
戸惑う王女の質問にユリアは静かに答える。
そして、チラッとトールの方を見た後、言葉を続けた。
「それは今までの話が、彼にそれだけの技術がある、という事が前提になっているからです」
「!?」
「彼には失礼ですが、まだ若い彼が熟練の鍛冶師の匠の技を超える技術を持っているとはとても考えられません」
それは王女もトールとの会話中、疑問に思った事だった。
目の前の彼はどう見ても十代後半の青年。その彼が熟練の鍛冶師よりも優れた技術を持つとは普通では考えられない。
「あ、あの!」
王女はその事についてトールに何か聞こうと思い切って声をかけた。
だが、それにトールは頭を掻きながら「あー、ちょっと待ってくれ」と王女の言葉を遮り、
「あー、ユリアさんでしたっけ?悪いんですが、ちょっと持っている剣を鞘から出して見せてくれません?」
と、ユリアに頼んだ。
ユリアは驚いた。いきなり青年が自分の剣を見せろと言ったからだ。
室内の、しかも王族のいる前で抜刀しろとは正気とは思えない。不敬罪に問われてもおかしくない。
だが、目の前の青年はそんな事は気にしないと言わんばかりに、
「あぁ、別に剣を貸せといってるわけじゃないです。ちょっと見せてくれればいいんです」
と言って自分の腰に差した剣をジッと見ながらいった。
私はその視線を受け、どうすれば良いのか少し迷った。青年に害意がない事は目を見ればわかる。
まるで気に入ったおもちゃを前にした子供のようにその瞳に濁りはない。青年は本当にただ自分の持つこの剣を見たいだけなのだろう。
だが、それと剣をこの場で抜刀するかは別の問題だ。
この青年がどれだけ純粋な人間だろうと、王族の前で軽々と剣を抜くなどあってはならない。
私はそう思い、青年には悪いが剣を見せることは出来ないと謝罪の言葉を言おうとしたが、王女の言葉がそれを遮った。
「…ユリア。申し訳ないけれど、彼にあなたの剣を見せてくれない?」
「姫様…!?よ、よろしいのですか?」
「はい。この場での抜刀を許可します」
私はその姫様の言葉に驚愕した。
まさか、あの気弱な姫様が抜刀の許可を出すとは夢にも思わなかったからだ。
だが、驚いたのはほんの一瞬。すぐに気を取り直し、腰に差した剣の柄に手を置き、
「…わかりました」
と言って鞘から剣を抜いた。
…この時の私はまだ理解していなかった。
青年が言った「ドワーフの鍛冶師の腕」という言葉の意味。
それは、ただの法螺でもなければ、称号でもない。
それが単なる「事実」だと、私が理解するのにさほど時間はかからない。
「へぇー、結構まめに手入れしてますね」
「当然です。武器は戦士にとって命ともいえる大事な物、手入れを怠るなどあってはならない」
と、ユリアさんは剣をトールに見せながら少し胸を張って答えた。
トールはそれに「それは感心です」と社交辞令を言ってからユリアさんに剣をしまっていいですよと声をかけた。
ユリアが剣をしまったのを見て、トールは「さてと、」と前置きをする。
そして次の瞬間、トールは一気に喋り始めた。
「ユリアさん。あなたの剣は見た目はただの「レイピア」のようですが、中身は全くの別物ですね。まず材料の鉱石が最高品質の玉鋼。剣の色艶と重さのバランスの良さ。特に、柄の部分には身体能力を向上させる高価な宝玉が埋め込まれ、周りの装飾のまじないの模様がその宝玉の能力をさらに底上げしています。なかなかの名剣ですね。…ただ、少し宝玉の力が弱まっているようです。早めにマナを補充する事をお勧めしますよ。後、日頃の手入れも重要ですが、そろそろ専門の店で砥ぎに出した方いいですね。見たところ、最後にとぎに出したのは大分前ではないですか?」
「「…………。」」
「あー、それに………ん?」
他にも若干歪んでいる護拳の部分や握りの細かい工夫についてトールは喋りたかったのだが、ユリアと王女が自分のことを珍妙な生物を見るかのような目で見ていたので喋るのを止めた。
「…あー、失礼しました。少し熱が入りすぎたみたいです」
そう言ってトールはゴホンわざとらしく咳払いして、二人を横目でチラッと見た。
「「……………………。」」
二人とも驚いて目を丸くしている。
「んん! あー、ゴホン!」
「「!!」」
トールは二人の様子を見て、今度は少し大きめの咳払いをして注意を自分に向けた。
そして、落ち着き払った声で二人に聞いた。
「えーっと、今ので俺が少しは腕の立つ鍛冶師だと認識して貰えると嬉しいんですが、どうですかね?」
剣の材料から付加されたまじないに宝玉の能力。それら全ての解析に説明。
これは鍛冶を生業とする人間には必要な技能だ。
トールはそれを目の前で披露する事で自分が腕の立つ鍛冶師だと二人に見せ付けたのだ。
もちろんこれだけでは信用に足りないと思うが、この場には自分の作った作品がないから仕方がない。日を改め、後で自分の作品を見せるしかない。
(…サリアに頼んで持ってきて貰う事できるけど、今どこにいるかわからないしなぁ)
と、考えていると
「……すみません、貴方のお名前を聞かせて貰えますか?」
王女が今までの気弱な雰囲気とは違った、凛とした表情で俺を見つめていた。
トールはその様子に少し面食らった後。
「…トールだ。トール=グラノア」
と、名乗った。
それを聞いた王女は手のひらを自分の胸に当て、
「…名乗るのが遅れましたね。私の名前はルシア。この国の第3王女です。後ろにいるのは私の側近騎士のユリアです」
と名乗り、後ろにいたユリアさんも紹介され軽く頭を下げた。
「あ、あぁ。よろしく」
突然の自己紹介にトールは戸惑いながら挨拶を返した。
なぜ今更自己紹介をするのかも意味がわからず、混乱していると
「…トールさん」
と、王女がいきなり「ガシッ」と俺の手を掴んだ。
「!?」
トールは王女の突然の行動に驚き、慌てて王女を見た。
「……い…す…、……い」
そこで見たのは、先ほどの凛とした王女の姿ではなかった。
「お…い…す…、……い」
それは、トールが街で初めて会った時に見た。
「お…い…す。助…て…い」
あの、
「お願いですっ…、助けてくださいっ…!」
迷子の子供の姿だった。
トールはそれを見た瞬間。
『ポンッ』
と握られた手とは反対の手で、王女の長い髪の上に手を置いた。
「…安心しろ」
そして、頭を撫でながら安心させるように
「俺の剣でお前を「守って」やるよ」
と笑いながら言った。
ごめんなさい。活動報告の予告より遅れました。今後はもっと余裕を持ってから報告します。
そして、次の話からはトールが貴族をボロボロにする話を書きます。
後、そろそろ総合PVアクセスが50万を超えそうなので何か閑話でも書こうと思っています。
まだ、何を書くか決まってないので誰か「こんな話書いて!」というのがあればどうぞ。なるべくかけるよう努力します。でも必ず書けるかどうかはわかりません。(作者の力量不足です)
以上、長々とすみませんでした。