自由
お待たせしました。
『おやめなさい!!』
少女の鋭い制止の声が部屋に響いた。
その声に俺を含めた部屋にいた三人はその声に反応して動きを止め、声のした方を思わず見た。
すると、そこには。
「どうやら間一髪のところだったようですね。」
鎧を着込んだ真っ赤な髪の気の強そうな女騎士と、
「…えぇ、もう少し遅ければ私の恩人が殴られてしまうところでした。」
なぜか、俺が街で会った「あの少女」がドアの前で立っていた。
「…あなた方は何をしているのですか?」
少女はそう言って二人の兵を冷たい眼差しで見た。
それに俺を殴ろうとしていた兵とは別の兵が反応し、椅子から立ち上がった。
「お、おい!ちびっこ」
てっきり俺は兵が突然の乱入者を追い出すと思って、少女に向かって逃げるように声をかけようとしたのだが、
「ハッ!た、ただいま誘拐犯を尋問していたところです!」
「え?」
兵は追い出すどころか、寧ろ少女の質問に丁寧に答えていた。
(あっ、そういえば貴族の子だったんだ。)
兵の少女に対するあまりの態度に驚いたが、尋問中に聞いた少女が貴族の子供だという事を思い出して納得した。
兵たちの話では少女はかなり身分の高い貴族の娘らしいので、彼らは少女に無礼な態度は取れないのだろう。
「尋問?私にはまるで脅しているように見えますが?」
少女は先ほどから俺の胸倉を掴んだままの兵を見ながら言った。
「え、あ、こ、これは違うのです!」
そして、今更慌てて手を引っ込めて言い訳を始める兵。
そこには先ほどまで俺に対していた時のような高圧的な態度はなく、あったのは自分よりもはるかに年下の少女に頭を下げる情けない姿だけだった。
(…なんだかなぁ。)
その姿を俺は椅子に座ったまま微妙な気分で見ていた。
「大体、彼が何をしたというのですか!ただ迷子になった私の面倒を見てくれただけではないですか!」
「で、ですが」
「とにかく彼は無罪です!関係者の私が言うのだから間違いありません!」
「し、しかし」
「しかし、ではありません!それにこの事は父もすでに知っており事の顛末を聞いて大変お怒りです!」
「そ、そんなっ…!」
「だいたい、あなた方は……!」
「……なぁ、ちょっといいか?」
俺はそこで二人の口論に横槍を入れた。
そして、両手についた枷を持ち上げながら言った。
「…白熱してる所悪いんだけど、ちびっこは俺が無罪だってわかってるだろ?…だったら早めにコレ外してくれないか?」
俺のその台詞に。
少女は「あっ」という顔で気がつき、慌てて兵の一人に枷を外すよう命令してくれた。
「す、すみません。すぐに外させます。そ、そこのあなた、枷を!」
「は、はい!」
少女の命令に、兵は急いで俺の両手に付いた枷を専用の鍵で外す。
カチャン
枷の外れた音がし、その音と共に俺は晴れて自由の身になった。
枷を外された俺は「謝罪をしたいから」と、少女と鎧を着込んだ女性に、ものすごく豪華な部屋に案内された。
フカフカの絨毯に、腰をおろすと体ごと沈みそうになるソファー。
壁には高そうな絵と調度品が品良く設置されている。
そして、テーブルの上にはこれまた高そうなカップに紅茶のセット。
それを見て、ここは絶対さっきまで牢屋にいた人間がいる場所じゃないと思いながら、俺は少女に謝罪ではなくこれまでの事についての説明を頼んだ。
「…それで、どうしてこうなったのか説明してもらえるか?」
「…はい、もちろんです。」
俺の少し険のある言葉に、少女は申し訳なさそうに頷いた。
そ して、とんでもない事を言われた。
なんと、目の前のこの少女はこの国の王女だと言うのだ。
……言われてみれば確かに少女は品の良い顔立ちをしているし、服も高級そうな服を着ている。
それに髪の色も綺麗な銀色でよく櫛が通っている。
小さい子供という認識しかなかったのであまり容姿は気にしなかったのが盲点だった。
だが、驚くべき事はまだ続いた。
祭りの今日、目の前の王女様はこの城を抜け出して城下に出たと言った。(ちなみにこの言葉でここが城の中だと知った。)
賑やかな城下の様子に心惹かれ、つい城の警備の目を盗んで抜け出してしまったらしい。
そして、パレードに夢中になり迷子になったところで俺に会った。
ここまではいい。
迷子にはなったが、後は俺が王女を城の近くまで送り届ければ、事は穏便に済んだはずだった。
問題は次だ。
「…以前から私にしつこく迫ってくる方がいまして。…その方が私が脱走したことをどこかで嗅ぎ付け、騒ぎを大きくしたんです。」
俺はその言葉を聞いて「うわ」と思わず顔をしかめた。
それは、めんどくさい貴族の揉め事に巻き込まれたのかと思ったのと、王女の言葉からひしひしと「そいつ」に対しての嫌悪感が伝わってきたからだ。
嫌な予感がして、まさかと思いながら「そいつ」の歳を聞いてみた。
「…ちなみにそいつ、歳いくつ?」
俺の質問に、王女は少し言いにくそうにしながら「…25です」と答えた。
想像していた通りの嫌な答えを聞いて、俺はさらに顔をしかめた。
見た目10歳ほどの王女を25歳の男がご執心。…なんだか犯罪と陰謀の匂いがプンプンする。
俺は気分が悪くなったが、同時に段々と今回の話のオチが読めてきた。
城を脱走中の王女と俺が一緒の所を、その貴族か部下に目撃されたのだろう。
そして、それをその貴族に嫉妬され、俺は無理矢理に誘拐犯にされた。
俺をその貴族お抱えの騎士にでも捕まえさせれば、手柄は全部そいつの元に行き、尋問で適当に弱らせて都合のいい様に調書を取れば完璧。
俺は間違いなく王女誘拐犯として死罪になっただろうし、俺を捕まえたその貴族は周りから賞賛される事だろう。
幸いにも、王女が助けてくれたので事なきを得たが、あのままだったらやばかったかも知れない。
そう考えると、目の前の王女には感謝しなくてならない。
一応、俺の予想が当たっているか王女に確認を取ると、王女が「…はい。そのとおりです。」と頷いたので、俺は座っていたソファーから立ち上がって、対面のソファーに座る王女に向かって「助けてくれてありがとう。」とふかぶかと頭を下げた。
きっちり三秒数えてから顔をあげると、何故か王女とその護衛らしき真っ赤な髪の女性は驚いて俺を見ていた。
その反応の理由がよくわからなかったが、俺は話の続きをしようと王女に声をかけて促し会話を再開させた。
「…それで、その貴族が俺を牢屋にぶち込んだ張本人なわけだな?」
「は、はい。そうです。」
「…ちなみにそいつが今ここに居ないのはなんでだ?」
「…今回の件は部下が勝手に勘違いしたからだと言って」
「…まさか、部下を残して逃げたのか?」
「はい…。」
それを聞いて俺は頭の血管が切れそうになった。
貴族お得意のトカゲの尻尾きりをしやがったのだ。その貴族は。
立場が悪くなるとすぐに部下に責任を擦り付けて、自分は逃げる。
卑怯な手だ。
俺は頭に血が上り、テーブルに身を乗り出して、王女にその貴族をとっちめる方法はないか聞いた。
すると素晴らしい事にとても面白い話が聞けた。
なんでもその貴族。
「ミスリル」を教会に売っているらしいのだ。
王女の話では、その貴族は腕のいい鍛冶師を何人も雇って質の良いミスリル製の道具を作らせて売っているらしい。
この質の良いミスリル製の道具が教会の人間に大変好評で、その貴族はそれでひと財産築いたそうだ。
そして、そのことで貴族社会でも有望の出世株だと期待されている。
俺はそれを聞いて堪えきれず「ははっ」と笑った。
突然笑いだした俺に、王女もその護衛の赤髪の女騎士も驚いていたが、俺は気にせず王女に向かってこう言った。
「なぁ、王女様。俺の鍛冶師の腕を買ってくれないか?」
俺の言葉に「え?」と驚く王女に向かって俺はさらに言葉を続けた。
「あんたには助けてもらった恩があるし、あの貴族には借りがあるから特別に安くしてやるよ」
「え? え?」
困惑する王女を見て苦笑しながら、俺は自信に満ちた声で言ってやった。
「ドワーフの鍛冶師の腕だ。今買わなきゃ損するぞ?」
あともう少しこの話続きます。
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