9 聞こえない告白
*この話は「やわらかな風が吹く丘の上で待つ君に、この言葉を音にして届けられたら」とほぼ同じ内容です。
「美咲、昼間どこに行ってたの?15時頃」
夜、絵里からチャットメッセージが入った。時間を見ると23時を回っていた。
その絵里からのメッセージはいつもの雰囲気は微塵もなく、叩きつけるような荒々しいものだった。
「え?作の施術を受けてたけど?」
「どこをされたの?」
「え?どういうこと?どうしたの絵里?」
「美咲、作のことが好きなの?」
「え?私?そんなわけないじゃない」
「私見ちゃったんだ」
「え?なにを?」
「部屋の中で作と抱き合っているところ」
え?なんで、絵里が…
「絵里、それは誤解で」
「誤解って何?」
「作は、似たような障害を持っているから、ちょっと親近感がわいて、ほら年齢的にも弟みたいな感覚で」
「弟みたいな感覚で近づいて、自分のものにするつもり」
「絵里、どうしたの?ちょっと変だよ」
「変だよ!変になっちゃうよ!いつもそう。私は耳も聞こえる。声も出せる。でもいつも美咲の後を歩いている」
「絵里…」
「私、いつも美咲には敵わない。勉強だって仕事だって」
「絵里、そんなことない、絵里だっていいとこたくさんある」
「どこ!?私のいいところってどこ?耳が聞こえるところ?」
「絵里、そんなつもりじゃ…」
…
「ごめん、美咲。私酔ってるね。帰ってからずっと飲んでるんだ。酷いこと言っちゃった。でもね、いつもなの、いつも美咲といると誇らしい反面、劣等感を感じるんだ…」
「絵里、作のことは誤解だから。明日また話そ?」
「ごめん、もう寝るね。おやすみ」
そしてその後、メッセージを送っても既読はつかなかった。
美咲はスマホのメッセージアプリを何度も確認し、そして自分の両腕を強く抱きしめた。
自分の中に生まれた感情。許されない感情。襟に見られたことへの後悔ではない、全く別の感情
それを抑え込むように、取り払うかのように、強く強く握りしめていた。
◇◇◇◇◇
作はオフィスを出て、駅まで歩いていた。
白杖を使い、道の縁を探してなぞっていく。もう通い慣れた道だ、目が見えるように歩くことだってできる。
人の足音から、どれくらい近くにいるのかもわかる。同じ方向に歩いているのか、正面からきているのか。
その微妙な音を聞き分けて、作は帰り道を急いでいた。
不意に、肩をトントンと叩かれた
「はい」
立ち止まったが、誰の声もしない。
何かが落ちてきただけか。
そう思って再び歩き出そうとした時、不意に声が聞こえた。
『作、私よ。美咲』
美咲さん?
「美咲さんですか?いやでも声」
誰かの手が作の手に重なる。この感触は確かに美咲さんの手。
『驚いた?これね今開発中の文字を音声にする機能なの』
「そうなんですか?びっくりしました」
『変でしょ?私の声。合成音声だけど』
「いや、正直イメージ通りの優しい声で、全然違和感がないです」
『ふふ、ありがとう。ねえ、ちょっと時間ある?絵里のことで?』
「絵里さんのこと?」
『ちょっと人目に付きたくないの。場所移動して話していい?』
美咲と作は、近くの公園に移動した。辺りは暗くなり始め、人通りも少ない。
『ここならあまり人目につかない。今はあまり絵里の耳に入れたくないの』
「絵里さんが?どうして?」
『実はね、昨日絵里と喧嘩しちゃって」
「え?絵里さんと喧嘩?」
『あなたのことで』
「僕?」
『作、知ってた?絵里はあなたのことが好きなの。惚れっぽい娘だけど、今回は本気みたい』
美咲は胸に手をやった。自分の手で胸の中を押しつぶすように。
「そ、そうなんですね」
『あなたはどう思っているの?絵里のこと』
「どう…って」
『作、あなたは目に障害を持っている。そして絵里は健常者。障害者と健常者が一緒になることは並大抵の覚悟ではできないことは、あなたもわかっているでしょう?』
作は戸惑いながら返事をする。
「はい、知っている…つもりです」
『作、絵里は本当に良い子なの。人のためなら自分のことは二の次にしちゃうような。だから自分を壊しかねない脆さがある』
「…」
『もし、あなたが絵里のことを本気で考えているなら、何も言わない。でもちょっとでも揺らぐところがあるなら、絵里とは距離をおいた方がいい。お互いに傷つかないためにも』
「僕、僕は…」
作はぎゅっと握りしめた手を美咲の手に上に重ねた。顔は下を向いたままだ。美咲も思わず作の手を握り返す。その拍子にポケモジ端末を落としてしまい、乾いた音が響いていた。
(どうしたんだろう。何を言っているのかわからない。口元が見えないから)
美咲は作の表情や口元を探ろうとじっと見つめていたが、作が顔を上げることは無かった。
美咲は、強引に手を引き離し、作の顔を正面に見据えた。
(作、口元を見せてくれないと、何を言っているのかわからない。ちゃんと私の顔を見て言って)
「僕は…美咲さんの」
その時、作の耳に、人の集団が近づいてくる喧噪が聞こえてきた。
つられて美咲も作の視線を負う。
(あ、まずい)
慌てて美咲は作の顔から手を放す。
同じ会社の開発部のグループが数人、公園の中を歩いてきていた。当然美咲のことも知っているし、襟のことも知っている。
(ごめん、作。また今度続きね)
美咲は同僚に見つからないように、足元のポケモジを拾い上げ、そそくさと公園を出て行ってしまった。
作は1人ベンチに座り込んで、美咲の足音を追うように首を回し、そして重い腰を上げるように公園を後にしていた。
作から離れた美咲は、1人で考え込んでいた。
(さっきのアレ、なんだったんだろ?また辛い事を思い出したのかな?)
(あ、そうだ。『ポケモジ』の記録機能があった)
美咲はポケモジを取り出して、さっきの作の言葉を確認しようとした。
ところが、
ポケモジには「メンテナンス」の文字が表示されていた。試作品のため、たまにログの吸い上げとメンテナンスが行われる。当然その間は使用することはできない。
美咲は落胆しながらもポケモジをバッグに入れ、駅への歩いて行った。
<つづく>




