5 光を失った過去
*この話は「やわらかな風が吹く丘の上で待つ君に、この言葉を音にして届けられたら」と同じ内容です。
甲子園準決勝。南川作はマウンドの上で、次のバッターを待っていた。
夏の甲子園は、その熱気と連続する試合による体力の消耗戦だ。
選手層の厚い学校は、試合ごとにピッチャーを変えるか、数イニングで交代することができる。
南川作の野球部の選手層は、決して厚い方ではない。3年生の作と2年生の2人のピッチャーでここまで勝ち進んできた。
南川作は、「100年に一度の逸材」「超高校生投手」とも言われ、ドラフト会議でも複数球団が一位指名してくるだろうと言われている。
160kmに迫る速球と正確無比なコントロールを武器に、ライバル高の打者を次々に沈めていった。
作の才能は幼少期から現れていた。
リトルリーグでプレーをしていた頃は、センターを守っていて、その俊足からくる守備範囲の広さと、ミート打法と俊足を組み合わせた出塁率の高さとホームに戻ってくる得点数が高かった。
中学に上がりピッチャーに転向、外野手ならではの肩を生かした投球は、中学時代から「プロ並み」とも言われ、スポーツ推薦で中堅どころの高校に進学し、まさに野球一辺倒の生活を送ってきた。
整った顔立ちとインタビューなどで見せるハニカミから、年齢を問わず女性ファンが多く、学校から「プレゼントの送付はご遠慮ください」とアナウンスが出されるほどだった。
いつもお守りがわりに持っているパワーストーンから「ストーン王子」とマスコミから持て囃され、誰もが将来の野球界を背負って立つ逸材と信じて疑わなかった。
そんな作の最後の甲子園。これに勝てば決勝進出。昨年はエラーで惜しくも準決勝で敗退したが、昨年にもまして作のピッチングに磨きがかかり「今年の優勝間違いなし」と言われていた。
9回表、カウントはワンナウト。ランナーなし。
キャッチャーが内角低めにミットを持ってくる。
小細工は入らない。お前の速球で十分だ。そう言っているようだった。
(任せろ!ズバッと決めてやる!)
作は大きく振りかぶって、渾身の力をこめてボールを放った。
吸い込まれるように、バッターの内角低めに走る。
風を切る鋭い音がして、バットが空を切った。
「ナイスボール!」
ベンチからチームメイトの声がかかる。
キャッチャーからのボールを受け取り、軽くベンチのチームメイトを見た。
応援席では「ファイト!作!」の横断幕と、真夏の甲子園らしからぬ女生徒の多さが目につく。女生徒だけではない。一般の観客と思われる人も多くいる。
先ほど、女生徒が運ばれていった。熱中症だろうか。
制服から、同じ学校の生徒だと思うが、大丈夫だろうか。
作の心に余裕があった。無理せず涼しいところで観戦して、明日また元気に決勝戦を応援してほしい。
今年こそ甲子園優勝!3年間、チームメイトとともに汗を流してきた。昨年の悔しさをバネに。
あのときエラーをした先輩は、泣きながら謝ってきた。先輩のせいではない。
単なる凡フライだったが、太陽でボールを見失っていた。変なところに打たれた自分のミスでもある。過信してカバーに入らなかったメンバーの責任でもある。
でも、その先輩は、ずっと謝っていた。
卒業式の日、作はその先輩に約束する。必ず来年こそは優勝だと。
きっと先輩は観客席のどこかで見てくれているはずだ。
いける。調子は絶好調だ!スタミナも十分にある。
キャッチャーが再度内角低めにミットを運ぶ。先ほどよりボール一個分上か。
大きく振りかぶり、キャッチャーミットに視線を送る。ボールの走るラインが光の筋となって見えるようだ。
肩を大きくまわしてボールを放つ、離れる瞬間に「ジュッ」という音がする。いいぞ、球が走っている。次はキャッチャーミットにボールが収まる「パーン」という乾いた音。
だがその時は、代わりに「ガキッ」という鈍い音が響いた。
バットに当たったか、だがこの音ではせいぜい内野ゴロだ。
作は前方に走り出そうとした瞬間、顔面に衝撃を受けて意識を失った。
気づいた時は、真っ暗だった。目を開けているのか閉じているのかもわからない。
ただ、機械的なノイズだけが聞こえていた。
「ここは?」
無意識に声を出す。
「あ、起きましたか?」
女性の声がした。聞き覚えのない声。
「ここは一体?」
「安心して。ここは病院よ。今先生を読んでくるから」
そういうと、ドアの閉まる音がして、足音だけが去っていった。
病院?
試合はどうなった?
「南川作さん、気分はどうですか?」
またしても聞き覚えのない声、今度は男の人。
「すいません、これは一体」
「どこか痛みが出ていますか?」
そう言われて、眉間に激しい痛みがあることに気づいた。
「頭が、額が痛いです」
「ふむ、鎮痛剤を入れておきましょう」
手で探ると、左腕にチューブのようなものがついていた。
「あの、自分はどうなったのですか?試合は?」
それに対しての答えはなかった。次第に意識が遠くなっていった。
次に目覚めると、目覚めたと言っても目の前は相変わらず何も見えないので、音で感じた。
どれくらい眠っていたのだろう?
しばらくすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「作、大丈夫か?」
野球部の監督の声だった。
「監督!」
「監督、俺どうなったんですか?試合は?」
「…そんなことはいいから、今は体を休めることだけに集中しろ。また来る」
その後、母親の話で真実を知った。
あの時、折れたバットが自分の顔面を直撃し、そのまま病院に送られたこと。
2年生ピッチャーがマウンドに立ったが、前日の試合の疲れが残っており、何度も打たれて逆転負けしてしまったこと。
自分は病院で4日間意識が戻らなかったこと。
「負けた?試合に負けた…」
母親は叫ぶように言った。
「試合なんて良いでしょ!それよりあんたの体!」
数週間後、顔の包帯も取れて退院のめどが立った時、医師からさらに残酷な事実が伝えらる
作は、自分のこととは思えず呆然とし、母親のすすり泣く声が病室に響いてた。
<つづく>




