4 指での語らい
*この話は「やわらかな風が吹く丘の上で待つ君に、この言葉を音にして届けられたら」とほぼ同じ内容です。
(やったね美咲!あのエロジジイの顔!スカッとした)
(絵里のおかげだよ。うまく伝えてくれたから)
(イヤイヤ、美咲の魅力でしょ?見た?あのジジイ鼻の下伸ばしちゃって、いやらしい顔してた。でも気をつけてね。あいつあからさまに美咲のことを下に見ているから)
(大丈夫。相手にしてないから…あっ)
「え?きゃっ!」
思わず声が出ていた。私は頑丈な壁に激突し、その場に座り込んでしまう。
調子に乗って美咲の方ばかり向いて前を見ていなかった。
「すいません、大丈夫ですか?」
その頑丈な壁が謝ってきた。
「いえ、こちらこそ。前を見てなくって…」
私はそのぶつかった壁…じゃなくって男の人を見て固まってしまう。
あの人だ。あの視覚障害者の。
「あ、あの私、この前スポーツドリンクをもらった、あの」
言っていることが支離滅裂だ。その人は怪訝そうな顔をしている。そりゃそうか。
その人は、何かを思い出すように言った
「ああ、あの二日…体調が悪かった方ですね。その後どうですか?」
「はい、おかげさまで。いただいたスポーツドリンクで回復しました」
「それは良かった。すいません、私は目があまりよくなくて失礼しました」
「あ、いえ、こちらこそ」
「それでは…失礼します」
え、あ、行っちゃう。どうする?呼び止める?ええい!
「あ、あの、待ってください」
「はい?」
「あの、えっと、お昼まだですか?」
おい!私!直球すぎるだろ!
「え?」
「あの、良かったら一緒に食べませんか?」
美咲が不思議そうな顔で私とその人を見ていた。
(美咲、この人。この人だよ。こないだスポドリくれた人)
(あ、そうなんだね?)
(今、私ランチに誘っちゃった)
(いいじゃない、行っておいでよ)
(美咲も一緒に来て)
(え?なんで?)
(だって、私1人じゃ緊張して)
(何10代の女子みたいなこと言ってんの。私たちアラサーよ?)
(お願い!ちゃんと通訳するから)
(もうしょうがないな)
「あ、あの、この人、私の友人で美咲です。一緒にお昼とか食べませんか?」
「美咲…さん?」
あ、そうか見えないんだった。
(美咲、手を出して)
(え?こう?)
私は美咲の手を強引に掴んで、男の人の手においた。
「この人が美咲です。私の友人」
「ああ、そうですか。初めまして」
「あ、すいません。美咲ですけど、聴覚障害者で音が聞こえないんです」
「え?聴覚が?」
「だから私が通訳しますね」
(美咲、初めましてって言っている)
(うん。で、この人の名前は?)
しまった。聞いてなかった。
「あの、すいません。まだ名前を言ってなかったですね。私、西原絵里といいます。この会社は5年目です。で、こっちは東條美咲、私より1年上の6年目です」
「ああ、すいません。私も自己紹介してなかったですね。私は南川作と言います。「作る」という漢字で「さく」です。昨年入社した新人ですので、作って呼んでください」
「じゃあ、私たちも絵里と美咲で」
「よろしくお願いします。先輩」
(どうしよう。先輩って呼ばれちゃったよ)
(どうしようも何もないでしょ。口の動きでだいたい何言っているかわかったけど)
「じゃ、作さん、改めて一緒にランチ行きませんか?」
「素敵な先輩のお誘いは断れませんね。ぜひご一緒させてください」
(きゃー素敵な先輩だって!)
(絵里、あんまりはしゃぐとポカするよ。落ち着いて)
「じゃ、オフィス出たところにおすすめのイタリアンがあるからそこでも」
「はい、イタリアン好きです」
作が立ち上がって言った。
「あの、女性のこんなことをお願いするのは失礼なのですが、腕を掴まらせていただけますか?」
あ、そうか視覚障害者だもんね。
「はい、もちろんです。どうぞ」
私は作の手を自分の二の腕に誘導した。
「ありがとうございます」
心臓の鼓動が早くなる。
え、意識しちゃってる?作の手が温かい。
私たち3人は連れ立ってオフィスを出た。時間は11時半を回っていた。
あ、しまった
(美咲、11時半すぎちゃってる)
(あのイタリアンだと混むかもね)
(ちょっと先行って席取ってくるから、作をお願い)
「作さん、すいません。先にお店取っておきますね。作さんは美咲とゆっくりきてください」
私は作の手を美咲の腕に移動して、店に向かって走り出した。
◇◇◇◇◇
(ちょっと絵里!)
美咲は、作とオフィスの出口に取り残されて、走り去る絵里を見て呆然としていた。
作の口が動く。
「あ、あの、東條さん?」
美咲は作の手にそっと指で字を書いた。
(みさき)
「美咲?」
(そうよんで)
作はニコって笑った。
「僕の言葉がわかるのですか?」
(くちのうごきで)
「すごいですね、魔法みたいだ」
美咲は魔法という言葉にクスっと笑った。花が咲いたような笑顔だった。
(ふつかよいのえりにすぽーつどりんく、もっていってくれたんだってね)
「そうです。その、お酒の匂いでわかったので」
美咲は笑った。
(それきいたらえり、おちこむからいわないであげてね)
作は、それを聞いて笑みがこぼれた。
「わかりました」
(よくしってたね、ふつかよいにすぽーつどりんくって)
「本で読んだ事があります」
(ほん?よめるの?)
「オーディブルと言う本を読んでくれるサービスがあるので」
(あ、なるほど。わたしもほんよむのすき)
「美咲さんはどんな本が好きですか」
(みすてりとかがおおいかな)
美咲は作のことを見ながら手を動かした。
(ねえ、さくってよんでいい?なんかおとうとができたみたい)
作はおどけたように言う
「はい。もちろん、美咲姉さん」
(ねえさんはやめて)
美咲と作は手を取りながら笑い合った。まるで本当の姉弟のように自然に手を取りながら。
◇◇◇◇◇
(美咲、席取れた。左の奥)
私は美咲にLINEを送って、1人お店の席で待っていた。
ギリギリセーフだった。最後のテーブル席を確保できていた。美味しいだけあって、ランチはすぐに満席になっちゃうから、この店。
席について、水を一口飲んで、とんでもないことに気づいた。
美咲と作!
聴覚障害者と視覚障害者!どうやってコミュニケーション取るのよ!
私は店を飛び出したい衝動にかられたが、ここで席を離れるわけには行かない。
ヤキモキしながら待っていると、美咲と作が入ってきた。ただにこやかに談笑しているように見えるのだが、まるで陽の光がスポットライトのように2人を照らすような存在感。周りの人が自然に避けていく。
(絵里、席ありがとう)
私はついぼーっと見惚れてしまっていた。
(絵里?)
(ああ、美咲、ごめん。後先考えずに走り出しちゃって)
(ううん、それは大丈夫だけど、何かあった?)
(いや、作を美咲に任せちゃったから、大丈夫だったかなって)
美咲はクスッと笑って作の掌に指を動かしていた
「絵里さん、ありがとうございます。大丈夫ですよ。美咲さんと話しながらきました」
「え?話しながらって?」
「美咲さんは、私の口の動きを読んでくれるので」
「うん、美咲はそれができるけど…?」
「後はこうしてくれました」
見ると美咲が指で作の掌に何か動かしていた。それを見た私は納得した。
「指文字ね!」
「はい、美咲さんは自分の言葉を手で話してくれました」
流石美咲!
私たちはランチセットを注文した。ランチセットにはサラダと好きなパスタかピッツァとドリンクが付くお得なセットだ。
字が読めない作のために、私がメニューを読み上げる。
「作、普段はどうしているの?」
「店員さんにおすすめを聞いています」
「それじゃ自分の好きなものを頼めないね」
「そうでもないですよ。店員さんが好きなものを聞いてくれたりしますので、それも楽しいです」
私は美咲の言葉を通訳しながらなので、食べるのが遅くなってしまう。美咲はいつもの通り、私にペースをあわしてくれている。
作は、やはり障害者枠で採用されていた。私たちは知らなかったけど、従業員の福利厚生の一環で、マッサージルームがあるらしい。そこでマッサージ師として勤務していると。
作曰く、視覚障害者には多いパターンだとか。
20代の私たちには縁がないよねって話したら、そうでもないらしくて、20代の人も多いらしい。
「目を使うからか、眼精疲労、首や肩こりの人が多いですね」
聞くと、結構人気で、数週間先まで予約でいっぱいだとか。
「じゃあマッサージが上手なんだね。私も一回受けてみようかな?」
「上手かどうかは分かりませんが、歓迎します。マッサージで歓迎ってのもおかしいけど」
私は美咲に手話でメッセージを送る。
(美咲、私結構好きかも)
美咲が私に手話で(合格)って送ってきた。
美咲の人を見る目は確かだ。よーし!
私たちは他愛もない話をしながらランチを楽しんだ。彼の仕草は、視覚障害者とは思えないほど優雅で品があった。
店内が混み合ってきた。オジサングループが店員さんにテレビをつけてくれって頼んでいる。どうやらオジサンの母校が春のセンバツに出ているらしい。
野球に興味のない私には雑音でしかない。
半分ぐらい食べただろうか?作はピッツァを頼んでいたが、ぴたりと手が止まっていた。
(作さん、どうしたの?)
美咲が手話で聞いてくる。
「作?どうしたの?」
「すいません、大丈夫です」
どう見ても大丈夫じゃない。まるで火が消えたみたいに。
「そうは見えないよ。気分悪いの?」
突然作は立ち上がって財布からお金を出した。
「すいません、急用を思い出しちゃって。先に戻ります」
そう言うと、私たちの返事を待たずに店を出て行ってしまった。
(彼?どうしたの?)
(わからない)
(なんか、急に気分悪くなってたみたいだけど)
(美咲、私なんかしちゃった?)
(ううん、絵里は何もしていないと思うけど)
私たちはお互いに顔を見合わせて、作が残して行った半分のピッツァを眺めていた。
私たちの不安とは裏腹に、レストランにはラジオから流れる歓声と、それを聞いているオジサンたちの歓喜の声が響いていた。
<つづく>




