2 LIKEとLOVE
*この話は「やわらかな風が吹く丘の上で待つ君に、この言葉を音にして届けられたら」とほぼ同じ内容です。
LIKEとLOVEは違う。同じ様に言葉は言う人によって重さが違う。そう言ったのは私の大学時代からの親友、美咲だった。
美咲は聴覚障害者で、音は全く聞こえず、喋ることもできなかった。コミュニケーションは手話か筆談。それでも、親しみやすさと、聴覚障害者とは思えない積極性で、いつもグループの中心人物だった。
そんな美咲と私の出会いは、大学の手話サークルでだった。
私が手話サークルを選んだのは、もともと高校時代から手話サークルに入っていて手話技能検定も3級を持っていたという安易な理由だった。大学生になったらバイトもしたいしカレシも欲しいしね。そこにいたのが大学2年生の美咲だった。美咲とは同じ年だったが、私は一浪しての入学だったため、年次では後輩になっていた。
美咲は一般受験で現役合格をするだけあって、いわゆる地頭が良い人だった。学部での成績もトップだったと聞いている。
ただそれが生まれ持った才能ではなく、血の滲むような努力の成果であることも私は知っていた。
聴覚障害があるから、大学の講義は全て録音し帰宅後に文字起こしをして自作のノートにまとめていた。要点が的確に整理されたそのノートは、同じ学部の生徒から「売ってくれ」と言われていたとか。本当に売ったかどうかは知らないけど。でも教授の論文のサポートをしたのは本当らしい。
講義を昼と夜2回受けているようなものだったと思う。それでもサークル活動には参加していたし、夜の飲み会にもほぼ参加していた。
一体いつ寝ているんだろう?って思って、美咲に聞いたことがある。
美咲は自分の耳に手を当てて、こう手を動かしていた。
(私、コレだからさ、他の人よりがんばんなくちゃだし)
私は比較的カレシを作っては別れるという行為を繰り返していたが、美咲にはその影さえ見えなかった。
一度誰か気になる男の人はいないのって、酔ったついでに聞いたがあるが、美咲はちょっと寂しそうな顔をして
(障害者と健常者が付き合うのって、相当の覚悟がいる)
と言っていた。
そんな美咲の進路は、自分のような障害者が健常者と肩を並べることのできる社会、そのためのサポートツールを作る仕事をしたいと言っていた。そして障害者枠があり積極的に障害者を採用していた会社に美咲が就職した。まさに自分の置かれた立場を100%利用する美咲の強かな性格を物語っているエピソードだ。
(利用できるものはなんでも利用しないと)
そんなことを美咲はよく言っていた。だから私も、そんな美咲のコネを頼って同じ会社に就職したのだった。手話ができるのと、美咲の口ききが効いたらしい。
美咲に(こんなことして、チートっぽくない?)って聞いたら(使えるものはなんでも使え)って返ってきた。
美咲は会社でも健常者に劣らない活躍をしていた。
声は出せなかったが、パワーポイントとホワイトボードを駆使したプレゼンテーション力で「相対性理論も中学生に分かるように説明できる」とまで言われていた。美咲自身は(それは無理)って言っていたけど。
取引先との飲み比べでも相手を潰しては無双をしていたらしい。セクハラ男性陣を何人も手玉に取って、相手のSNSを特定し奥さんの事をちらつかせて相手を震え上がらせた事もあり、取引先の女性陣からも慕われていると聞いている。
そんな美咲と私は、6年目となり、今同じプロジェクトチームにいる。相手の話し言葉を文字にする端末「ポケモジ」のプロジェクトチームだった。
美咲は聴覚障害者の気持ちがわかるということでの採用。私は美咲の通訳兼補佐ということで参加している。
このプロジェクトの中でも美咲は無双ぶりを発揮していた。
「ポケモジ」の特徴は、話者を識別し、誰が話したことかを特定して文字に起こすことだった。これは美咲の発案だった。
(同じ好きでもLOVEとLIKEでは意味が違うでしょ?同じ様に誰が言ったかで意味が違ってくるの。絵里が私に言う好きと、絵里が惚れた相手に言う好きが違うようにね)
と、美咲がウインクしながら言ってた。
聴覚障害者は、複数人で話していると、顔を正面から見るのが難しく、何を言っているのかわからないことが多い。さらに、従来品では文字起こし機能はあるが、せいぜいどの方向にいたのか、どのマイクで拾った音なのかを特定するだけだった。
(それでは意味がない!)
と美咲は強調した。
健常者が音で誰が話しているか聞き分けるように、聴覚障害者も誰が話しているかを識別する必要があると。そうしないと、言葉は単なる記号でしかない。誰が発した言葉なのかを特定することで、言葉は人の心を伝達することができると。
これは美咲のプレゼンの時の話だった。
美咲は人がしゃべっている口元の形で、おおよその話している内容を察することができる。これには前後の文脈が重要らしい。「選択肢」と「洗濯機」は、ほぼ同じ口の形だが、前後の文脈で判断しているとのこと。
美咲曰く、SNSやネットの切り抜き記事のようなもの、らしい。
SNSやネット記事では、前後の文脈を無視して切り取られて、別の解釈をされることがあると言う。
(前にコメンテーターの言葉が炎上した事があったでしょ?)
と美咲は言っていたが、私は覚えていなかった。と言うかそもそも知らない。
そのコメンテーターは「女性は子供を生む機械」と発言し炎上していた。コレだけ見たら、とんでもない発言だ。
だが、実際には「女性は子供を生む機械だということを言う人もいるが、そんなことはない」と否定していた発言だった。
まったく真逆の意図だ。
(もちろん悪意を持って切り抜かれたらどうしようもないけどね。でもそれを恐れていたら何も言えなくなっちゃうでしょ?)
(だからこそ、誰が言ったのかが重要なの)
今は「ポケモジ」では、話者が特定できるように声の特徴を記録し、次に同じ特徴の人が話した時に識別できるようになっている。
同時に人物名を登録でき、「誰が」話したかを特定できるようになった。個人情報の問題があったが、音の特徴をユニークなコード化することで問題をクリアすることができた。
登録した情報は、原則他の人には共有されず、自分の端末にのみ保存される。
この機能の開発に半年以上費やした。
美咲は諦めることをしなかった。何度も開発部に足を運び、βテストを何度も重ねて、やっと実用レベルの試作品ができたところだ。
その機能はすさまじく、5、6人でわいわい話している時でも的確に話者を特定することができていた。また公共の音声アナウンスなどは全ユーザーに共有し人間と機械的なアナウンスを区別し判定できていた。
(聴覚障害者にとって、外出先での緊急放送の見える化は命を守るツールなの)
実際に東日本大震災の時は防災無線や呼び方の声が届かず、2倍以上の犠牲者を出したらしい。
(その時に、このポケモジの機能があればね)
美咲は手を強く握りしめた。
先日のプレゼンでは、美咲はわざと紛糾するような議案を投下して、議論が紛糾しているところを、的確に話者を特定して見せたのだった。
まさに、ぐうの音も出ない状態だった。
ただ営業部本部長の滑川だけは、面白くない顔をしていた。「障害者を雇うのは企業の社会貢献の一環だからね」と言い放ち、明らかに美咲のことを下に見た態度が鼻につく、嫌なジイさんだった。
この滑川は、美咲が機能追加した時に「そんな高いものは、障害者のような貧乏人には売れない」と言い放った男だった。元々ハラスメント気質があり、いけすかない男だったが、これほどまでとは思わなかった。
その滑川の言葉を知った時、美咲の目の奥に僅かだが怒りの火が灯ったかのようだった。
結局、その役員会では滑川の意見に引きずられ、費用の削減を検討することになった。
そこで美咲が取った次の手が、厚生労働省の補助金だった。大学時代から教授のサポートをしていた美咲は、厚生労働省にもツテがあり、この話を持って行ったようだ。
障害者支援の補助金対象にすることができれば、購入のハードルが下がる。宣伝にもなる。利用者が増えれば、それだけ統計データが蓄積し、さらなる機能向上が見込める。
また美咲の無双が始まったと私は思っていた。ここまでくると嫉妬心も起きない。ただ美咲の手伝いをしているだけで満足だった。
こんなすごい人と親友なんだぞって自慢したくなる。
<つづく>




