12 卒業と旅立ち
「美咲、体大丈夫?」
私と作は美咲の病院に見舞いに来ていた。入院して1週間、やっと面会できるようになっていた。
あの後、追加機能は無事役員会議の承認をとり、早速新機能の開発が始まっていた。その報告を兼ねてだった。
本来であれば上司の新谷さんも来るところだが、新谷さんは「それは西原さんに任せるよ」と言って来なかった。あいかわらず、とらえどころのない人だ。代わりに社長からのレターを託されていた。
(ごめんね、迷惑かけて)
美咲が手話で話してきた。
「ううん、全然迷惑なんて。これ、新谷さんから、社長からの謝罪文だって」
私も手話で応じる。作には聞こえていない。
私は絵里に新谷さんから託されたレターを渡した。社長から美咲に対しての「教育不足」を謝罪するレターだった。
あの役員会のあと、滑川は社長に呼び出されて、会社の意義とか社会貢献の話をみっちりされたらしい。懲戒とまではいかないが文書による勧告を受けて、社会貢献の教育と活動することになったそうだ。
「なんでも営業全体で社会貢献の教育のやり直しと、強制的に活動参加することになったらしいよ。ちょっとはみんなの意識が変わるかな?」
(そう、なんだ)
「私もごめんね。美咲にぜんぶ押し付けちゃっていたから」
美咲は首をフルフルと横に振る。
(自分のためだから)
「美咲、まだそんなこと言っているの?私もう分かっているから。美咲のプレゼン何度も読んだよ、それで分かった」
(絵里?)
「作のためでしょ?」
美咲の顔が紅潮する。
「作ともっと話したいんでしょ?もっと近づきたかったんでしょ?通訳とを介さずに直接」
(絵里…ごめん)
「謝らないで!やっと見つけたんでしょ?強く見せなくて良い。自分の素を見せてもいい相手が」
(絵里…でも絵里が)
「私の事は気にしないで。実はね私会社辞めることにしたの。やめて海外の障害者支援団体で働くことにした」
(絵里?え?まって?どういう…?)
「へへ、実は前から思ってたんだ。ほら私いつも美咲にくっついてたじゃない?だから本当の自分ってものを試してみたくなったの。本当に自分のやりたいこと」
(絵里?それってもしかして)
「あ、別に失恋したからじゃないからね?そもそも失恋だと思っていないし。だから遠慮しないで美咲は自分のことだけ考えて。私はね海外でイケメンの金持ちを見つけてくるよ。待っててね。いつか豪邸に招待しちゃうんだから」
私は、自分の手を必死に動かした。そうでもしないと自分の感情がでてしまいそうだったから。
「だからさ、美咲も素直になりなよ?ちゃんと思っていることを作に伝えないと。思いは言葉にしないと伝わらないんでしょ?」
美咲は途中からうつむいて顔を真赤にしていた。まったく世話の焼ける。
私は美咲との手話を終えると、作の手をぽんと叩いて伝えた。
「作、これ我が社の最新の試作品ね。作の言葉が美咲に文字として伝わって、美咲の気持が声になって出るから。これで美咲と話して。私ちょっと出てくるから」
「はい、え?絵里さん?」
「じゃあね、あとよろしく」
「あ、よろしくって、ちょっと!」
私はプイッと横を向いて病室を出てきた。そうでもしないと美咲に目に溜まった涙を、作に泣き声を悟られてしまいそうだったから。
これでいい。これで美咲はやっと自由になれるんだ。だから悲しくない。
病室を出てエレベーターホールに急ぐ。だめ。だめだ。ここで涙は流せない。もっと離れないと。
◇◇◇◇◇
私は一度トレイに行き、メイクをし直した。そろそろ作が降りてきても良い時間だ。
私は鏡の自分に向かって言った。「大丈夫、笑って!いつもの絵里だ!」
どれくらい時間が経っただろうか。ロビーでぼんやりとエレベータの点滅を眺めていると、作がエレベーターから降りてきた。私は勤めて明るい声を心がけた
「おー作、おわったー?」
作は私の声に気づいて、近寄ってきた。
「絵里さん、待っててくれたんですね」
「そういうわけじゃないけどさ、ちょっと休憩。でどうだった?」
「どうって?」
「告白した?好きってちゃんと言えた」
「…」
「え?言えなかったの?」
「…まったく!だらしがないな。ちゃんと自分の思いを伝えないと!」
私が身を引いてあげたんだからねって言葉はかろうじて飲み込んだ。
だが作の口からは意外な言葉が出てきた。
「…絵里さん、会社をやめるんですね。美咲さんから聞きました」
「…あー、うん。美咲から聞いたの?そう、辞める。やめて海外に行ってバリバリ活躍してこようと思ってね。ほら前からの夢だったし。海外で仕事するの。それでさ、金持ちのイケメンとか捕まえて。ほら日本人て海外でモテるっていうじゃない、それに…」
「…僕も会社を辞めようと思います」
「…え?なんで?」
「僕は今のままでは、美咲さんに守られる存在です。でも美咲さんを守れる存在になりたい。それにはもっと勉強して、健常者と同じぐらい働ける場所にいかないと」
この子は…やっぱり美咲のことを真剣に…
「そっか!吹っ切れたんだね!作も」
私はこみ上げてくる感情を押し殺して、明るく言うことに成功した。
「はい」
「じゃ卒業だ。2人で」
「はい、絵里さん卒業おめでとう」
「作もね!」
私と作は硬い握手をした。
大丈夫、美咲と作なら、どんな障害があっても乗り越えられる。だって私の憧れの親友と、惚れた男だよ。うまくいくに決まっている。いやうまくいかないと許さないんだから。
<つづく>




