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やさしい風が吹く丘の上で待つ君と、この心を共に言葉にできたなら  作者: 雨後乃筍


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11 特定機能と覚悟

 私は画面に表示されるログを呆然と眺めていた。美咲から引き継いだ資料と、ポケモジの記録を調べるためだった。本当は人のプライバシーを覗き込むなんて技術者としてあるまじき行為で、製品版では厳格にアクセス管理される部分である。

 だが、ポケモジトークはまだプロトタイプ。調査のためにすべての記録がクラウドに保管されている。


 そこには滑川の侮蔑的な言葉が並んでいた。私は怒りのあまり手が震えて涙が出てきた。


 こんなひどい言葉...美咲はアイツから直接...


 それは美咲がもっとも嫌っていた障害者の味方のようなふりをして侮蔑する言葉だった。美咲が健常者と肩を並べるようにどれだけの努力をしてきたのか、それを知っているから。いや、知らなくても許せない。


 そして、それと同じくらい衝撃的な記録を見てしまっていた。


 それは、私が美咲に酔っ払って喧嘩した翌日の記録。


 ポケモジ・プロトタイプは定期的にメンテナンスと再起動をする。だがメンテナンス中でも操作はできないが記録機能はバックグラウンドで動いている。


 そこには、美咲が自分のことを思って作に働きかけてくれたことが記録されていた。


「美咲のバカ、こんなおせっかいを」

 こんなに美咲に心配を掛けていた。それなのに私は美咲にあんなひどい言葉を。


 そして、作からの言葉も。メンテナンス中だからおそらく美咲の耳には届いていない。


 こんな。

 こんなの、ずるいよ。私が入り込めるわけないじゃない。だって私は目も見えるし、声も出せるんだよ。


 2人に敵うわけがない。健常者であることが、こんなにも妬ましいなんて。

 私はずっと美咲の言葉を通訳していた。言葉ではなく心を代弁してきたつもりだった。


 でも、これは。これだけは代弁できない。


 私の目から涙が出てきた。悔しさの涙ではない。怒りの涙でもない。悲しみでもない。

 これは、寂しさ?二人に必要とされていない寂しさ?2人の間に入れない寂しさ?


 それとも嬉しさ?

 わからない、ぐちゃぐちゃだ。


 私は机に突っ伏した。私はどうしたらいいの?こんなこと知っちゃって、2人にどんな顔で会えばいいのよ。


 作、あんたとんでもない爆弾投下してくれたね。


 私はギュッと手を握った。


 今、私ができること。私にしかできないこと。


 そんなことわかりきっているじゃない!


 絵里は画面に表示されているログをエクスポートした。


 ◇◇◇◇◇


 役員会に私は新谷さんと参加していた。

 美咲が企画した『ポケモジ』の音声機能を追加したことによる開発遅延の承認のためだった。


 私は美咲の作成した資料を何度も何度も読んだ。単なる音声機能ではない。そこに込められた思い。メッセージ。

 もちろんそんなことは直接書かれていないが、その裏にある作への思いをまざまざと見せつけられた。


 敵わないな、まったく。


 不思議ともう悔しさはなかった。寂しさはある。初めてそれに気づいたときは自分がなくなるんじゃないかってぐらい苦しかった。

 でも、日々嬉しさのほうが強くなっていった。


 私の親友、私の心の支え、私の憧れだった美咲。


 その美咲がやっと見つけることができたんだ。今まで健常者に負けないことが原動力だった美咲。気持ちのすれ違いを恐れてどこか壁を作っていた美咲。そして人を愛することを恐れていた美咲。


 それらの思いが全て込められたプレゼンだった。


「今日は東條さんではないのだね?」

 議長の一言と共に滑川のニヤニヤした顔が目に入った。


 私は怒りを抑えながら滑川を睨みつけた。叫びだしそうな私を新谷さんが目で制して、静かに役員全員に言った


「はい、東條さんは体調不良で休んでいますので、今日は私新谷と西原さんで説明します」


「『ポケモジ』が開発遅延だそうだが?」役員の1人が口を開いた。滑川の腰巾着だ。


 新谷がじろりとその役員を見た。


「正確には機能追加のための開発期間延長の承認依頼です、これは担当の東條のプレゼンですが、東條に代わって西原が説明します」


 私は美咲の用意していた資料をプロジェクターに投影した。これは美咲の努力の結晶。美咲が全てを犠牲にした。


「今回の機能追加は、誰にでも心を通じ合えるをコンセプトに機能追加しました。今までの『ポケモジ』は、話し手の言葉を文字にして聴覚障害者に伝えるものでしたが、実際には聴覚障害者だけではありません。視覚障害者の方もいらっしゃいます。目も見えない方に取っては『ポケモジ』で表示される言葉を読むことができず、音にして伝える必要があります」


「最大の難関はハードウェアでした。『ポケモジ』はすでに高性能のマイクを6機搭載しており、ここにスピーカーをつけるのはハードウェア的に無理があります」


「そのため、音声出力用のスピーカーは外部にすることにしました。こうすることによりポータブルスピーカーであれば聞き手のそばに置くこともできますし、イヤホンで聞くこともできる」


「そして何より重要なのは、視覚障害者の人の言葉を文字に変換して聴覚障害者に伝えることができる。そして聴覚障害者の方の文字を音声にして視覚障害者の方へ伝えることができる。誰1人介在者を置くことなく。今までは通訳の方を挟むことでコミュニケーションが可能でしたが、それは通訳の人の言葉であって本人の言葉ではありませんでした。これを使えば本人の気持ちを伝えることができます」


 私は美咲ならこう言うだろうという言葉を発した。美咲の通訳では無い。心の代弁者として。


 滑川がニヤニヤ顔を変えずに言ってきた。

「しかしねぇ、それで再度の開発遅延とはお粗末な話じゃないか。原因を作った本人に謝罪させるべきじゃないですか?ねえ皆さん?」

 滑川が誰に言うでもなく役員全員をぐるりと見渡して言った。


「新谷くん、東條くんはどうしたのかね」


「東條は過労で倒れて療養中です。先日備品室で倒れているのを別の社員が発見しました」

 会議室内にざわめきが起きる。


「かなり無理をしたようです。今日の役員会に間に合わせるために」


 新谷さんは、会議室をぐるりと見渡した。


「本人はいませんが、ここにメッセージがあります。議長、承認依頼とは別ですが、重要な事項ですのでプロジェクターに投影させてください」


 そういうと新谷さんは、『ポケモジ』プロトタイプ3をテーブルの上に置いた。美咲が使っていたものだ。そして、私がエクスポートした記録を投影した。


 画面上には見るのも悍ましい言葉が並んでいた。


「…現にキミや、あの按摩君も、正社員と同じ待遇で雇っているではないか」

「…本来ならコストでしかない君たちを。それだけでも十分感謝しても良いと思うがね」

「…迷惑を掛けないようにするのが、せめてもの恩返しではないのかね?」


 会議室がざわつき出した。


 この言葉を見るたびに怒りが沸いてくる。


「これは東条さんが持っていたポケモジに記録されていたものです。この発言が、東条さんの体調不良の原因になったと思われます」


 新谷は滑川を睨みつけた。

「議長、我が社は積極的に障害者を支援する事業を行っています。その意義は決して障害者を見下すことではなく、彼らと対等に社会貢献することが我が社の社会的意義だからです。違いますか?」


「そして、このようなハラスメントのような発言をする役員の説明を求めます」


 だが、滑川は涼しい顔をしていた。

「なぜ私が説明しなければならない?侮辱するのもいい加減にしろ!私は本部長として十分に会社の意義を理解している」


 滑川の勝ち誇ったような顔で、私たちを見ていた。たしかにこれだけでは滑川の言葉とはわからない。だが..


「滑川さん、これは美咲さんが持っていた『ポケモジ』の履歴です。ご存知かと思いますが、『ポケモジ』は所持者専用の設定が施されています。つまりこの『ポケモジ』は世界でただ一つ東條さんの持ち物です」


「そして」


 新谷が『ポケモジ』の画面を役員全員に見えるように向けた。


「『ポケモジ』には高度な話者識別機能があることはご存知ですね?」


『ポケモジ』の画面上には先程滑川が発した言葉が表示されていた。


『なぜ私が説明しなければならない?侮辱するのもいい加減にしろ!』


 新谷さんは続けた。


「『ポケモジ』では、話者の声の特徴を捉えて、過去の会話と紐付けすることができます。その特徴とは様々な感情、怒りや笑いなどで更に精度があがります。今の滑川さんの声は話者1として認識されました。これを滑川さんの名前に変更します」


 そう言うと新谷さんは、『ポケモジ』上で話者登録機能を起動し話者1を滑川に変更した。


「では、改めてプロジェクターをご覧ください」


 プロジェクター上では先程の会話が滑川として表示されていた。


「滑川さん、これであの音声はあなたが発したものだと証明されました」


 会議室が静まり返った。ただ1人滑川だけが青ざめた顔をしていた。


「こんな、こんなバカな。罠だ。これはあの女の!そうだ、AIだ!AIで合成した偽物だ!」


 新谷さんと私は滑川を睨みつけ、そして議長に視線を移した。


「滑川くん、後ほど話がある。新谷くん、すまなかった。我が社の役員にも意識統一が必要だったということがよく分かった」

「ただ、これだけは理解してほしい。滑川くんも会社の利益のことを考えた結果だということだ。もちろんだからといって許される事ではないことは承知している」

「さあ新機能のプレゼンを続けてくれ。私は新機能に賛成する」


 私は議長の言葉を聞いていた。もう何の感情も沸いてこなかった。ただ心の重さは晴れない。美咲の傷ついた心はこんなことでは治せない。


 そうだ、美咲の心を治せる唯一の方法。それを私は知っている。


 そして私自身も。


 <つづく>


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