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やさしい風が吹く丘の上で待つ君と、この心を共に言葉にできたなら  作者: 雨後乃筍


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10 屈辱と脱落

 翌日美咲は、出社するなり資料を持って開発部に走っていった。私は慌てて美咲を追いかける。遅れて開発部に到着すると、開発主任と美咲がやり合っていた。


「そんな無茶ですよ、開発スケジュールが大幅に遅延する」


(遅延してもいい、どうしてもこの機能が必要なんです)


 美咲の資料を見ると「ポケモジ」に取消線が引いてあり、「ポケモジトーク」という新しい名前になっていた


 ポケモジトークって?


 資料を見ると、従来のポケモジは相手の話を文字起こしする機能だったが、打った文字を音声再生する機能が追加されていた。しかも自然な口調で。


「自然な口調の音声データって、どれだけメモリを食うと思っているんですか?」


(音声のタイプは一種類でいいです。その代わり、最初の設定で好みの音声を登録できるようにしてほしい)


「しかし、そうするとスピーカーまで搭載しなければ行けなくなります。ハードウェアの限界ですよ」


(Bluetoothかイヤホンジャックで外部出力すればいい)


「それにしたって、開発期間の延長と追加予算が必要です。承認が降りるわけがない」


(それは新谷さんと相談してなんとかします。とにかく見積もり予測を出して下さい)



 開発部を出た美咲は、そのまま新谷さんの机に、文字通り突撃して行った。


 どうしたのだろう?美咲らしくない。


 美咲は自席に戻ると、新谷の席に資料を持って行った。


(新谷さん、この新機能を今度の役員会で出させて下さい)


「東條さん、良い機能だと思うが、これは通らないよ」


(なんでですか?)


「こないだだってギリギリ通ったようなものだ。販売予定の遅延とコスト増。営業部がうんと言わないよ」


(でも…)


「あの滑川さんが承認すれば、彼の周りも追従するだろうが」


(滑川さんを説得します!)


 そのやりとりを横で聞いていた私は、妙な危機感を覚えた。


(美咲!何を考えているの?あの滑川が簡単に納得するわけないじゃない)


(それでもやる!これは絶対に必要な機能だから)


(音声出力って、聴覚障害者には関係ないでしょ?)


(これは作…。ううん、視覚障害者の為、障害を持った皆の為)


(作?作の為なの)


(違う、特定個人の話じゃない)


(でもあの滑川だよ?何か相当の材料が無いと)


(材料ならある。大丈夫。まかせて)


 明らかに無理している。私はこんな美咲を前に見たことがあった。そう、健常者に負けないと無理していたときと同じだ。


 ◇◇◇◇◇


 あの後、美咲はまさに鬼気迫ると言った勢いで仕事をしていた。 滑川とどんな会話がされていたのか、美咲は教えてくれない。ただ昼間は外出し役所やら製造メーカーを回りほとんどオフィスにいなかった。帰ってきたと思ったら、一心不乱にPCに向かって資料作りやら調査やら。


 私が通訳として同行することもあったけど、ほとんどが「ポケモジ」を抱えて一人で活動していた。


「体壊しちゃうよ」って私が声をかけても、返ってくるのはいつも同じ返事だった。


(私は大丈夫だから、絵里は絵里のできることをお願い)


 美咲から、開発部や私への依頼も多数飛んでいた。正直通訳として同行するよりも美咲のタスクをこなすので精いっぱいでもあった。


(なんとしても次回の役員会に間に合わせる)


 そう言って美咲は没頭していたけど、私が見ていてわかるぐらいに、日々焦燥し顔色が悪くなっていった。会社に泊まり込んでいるときもあったみたいだ。


 そんな時、恐れていたことが起こってしまった。


 私がトイレから出てきたとき、廊下の向こうから何かが落ちるような音が聞こえてきた。


 そして、誰かが叫ぶ声。


「誰か!誰か来てください!人が倒れています!誰か!」


 私が急いで声のする方へ向かうと、備品倉庫中から「美咲さん、美咲さん、しっかりしてください」という、作の焦燥感にかられた声が響き渡っていた。


 慌ててドアを開けると、そこには横たわった美咲と、その横に座りこむ作の姿があった。


「美咲!どうしたの!美咲しっかりして!作、これはいったい?!」


「わかりません。ただ、すごい熱で」


 私が美咲の顔に手をやる。


 熱い!


 ものすごい熱だ。


「作、ここにいて。美咲のそばに!誰か呼んでくるから」


 私は作を美咲のそばに残して備品倉庫を出た。足に何かがあたり、はじけ飛んだ。


 美咲のバカ、だから言ったじゃない。あんなに無理して!一人で抱え込んで!


 私の目に涙が出てきた。


 美咲、美咲、美咲、


 ◇◇◇◇◇


「作、ちょっといい?」


 私は作の施術室を訪れていた。


「絵里さん、美咲さんは?」


「うん、救急車で病院に行った。しばらく入院するだろうって」


「入院って、大丈夫なんですか?」


「わかんない。過労とストレスじゃないかって話だけど」


「そうですか、美咲さんが」


「作、あそこで何があったの?」


 作が首を横に振る。


「僕もわからないんです。備品を取りに行ったら、美咲さんがいて。その時はまだ何ともなくて」


「そう...」


「う...いや、ちょっと変でした。なんかふらふらしているようでしたし、呼吸音も普通じゃなかった。一人で立てないような感じを受けました。残業が続いてとかも言ってましたし」


「あの子、一人で我慢してたみたいだからね。でも、普通じゃない。なにがそこまで...」


 作がおずおずとなにかを差し出してきた。


「絵里さん、これ、美咲さんのそばに落ちていました」


「これは?...ポケモジの試作品?」


「美咲さんが倒れた時に一緒に床に落ちたみたいです。もしかしたらなにかわかるかもって...」


 私には作の言いたいことがわかった。


「ありがとう、ちょっと調べてみる」


「絵里さん、その、美咲さんは大丈夫なんですよね?会いに行ってはだめですか?」


 私は胸が締め付けられるような気がした。でもぐっと堪えて冷静に言った。


「作、気持ちはわかるけど、しばらく面会謝絶だって。面会ができるようになったら一緒に行こう。それまではそっとしておいてあげて」


「わかりました」


 美咲、ごめんね。あんたのプライバシーのぞかせてもらうよ。


 <つづく>


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