第5話:公開討論
王立学術院・大講堂。
白亜の壁に囲まれた円形の議場には、貴族、官僚、学者が集っていた。
本日の議題――
「国家安定における象徴的感情の役割」
表向きは学術討論。
だが誰もが知っている。
実質的な主題は、王太子と聖女の“理想的共鳴”であることを。
壇上には三名。
王太子。
聖女。
そして、レディアナ=フォン=アルセリア。
ざわめきが広がる。
婚約候補が、国家論を語る。
前例は少ない。
王太子が口火を切る。
「象徴の安定は、民心の安定に直結する」
宝珠が淡く光る。
「王家と聖女の共鳴が示す安心は、国家の礎である」
頷きが広がる。
聖女が続く。
「人々は希望を求めています。調和は心を落ち着かせ、不安を和らげます」
光が柔らかく会場を包む。
安堵の空気。
まさに証明。
理論は体現されている。
司会が問いを向ける。
「レディアナ様は、いかがお考えですか」
視線が集まる。
彼女は静かに立ち上がった。
ドレスの裾が揺れる。
「安定は必要です」
まず肯定。
誰もが息を整える。
「しかし、安定は“結果”であって“目的”ではありません」
わずかなざわめき。
「感情を調律し、安心を供給することは有効でしょう。ですが、それが制度化されたとき」
彼女は一拍置く。
「感情は自由でなくなります」
宝珠の光が、わずかに揺れる。
王太子の眉が動く。
「感情は制御できるものではない」
王太子が反論する。
「我々は制御していない。ただ自然な共鳴が起きているだけだ」
レディアナは視線をまっすぐ向ける。
「では質問いたします。共鳴が国家安定をもたらすと証明されたとき、それを“強化”しようとはなさらないのですか」
沈黙。
学者たちがざわつく。
王太子は即答できない。
聖女が口を開く。
「強化とは?」
「例えば、共鳴を最大化する相手の選定。感情の誘導。象徴の演出」
空気が、僅かに張り詰める。
レディアナは続ける。
「国家安定のためなら、個人の感情はどこまで許容されますか」
王太子が言う。
「国家は多数の幸福を守る存在だ」
「多数の幸福のために、少数の自由を制限してもよろしいと?」
「極論だ」
「いいえ。論理の帰結です」
静かな声。
だが一歩も退かない。
「感情が国家安定装置となるならば、感情は政策対象になります」
会場が凍る。
「政策対象となった感情は、もはや純粋ではありません」
宝珠の光が、不規則に揺れる。
観測席で誰かが息を呑む。
王太子が低く問う。
「ではどうすべきだ」
レディアナは即答する。
「感情は、結果として尊重されるべきです。手段として扱われるべきではありません」
「理想論だ」
「いいえ。現実論です」
彼女の声は落ち着いている。
「感情を装置にした国家は、短期的に安定します」
会場が静まり返る。
「しかし長期的には、主体性を失った民が増えます。自ら選ばぬ幸福は、責任を伴いません」
一拍。
「責任なき幸福は、危機の際に崩れます」
その言葉は、刃のようだった。
王太子の胸に、鋭い違和感が走る。
責任。
自分は選んでいるのか。
それとも、選ばされているのか。
レディアナは最後に言う。
「国家安定は、“民意”と“経済”と“信頼”の均衡です」
「個人感情の演出は、補助であって本質ではありません」
静寂。
誰もすぐに反論できない。
聖女の宝珠が、微かに震える。
王太子は彼女を見つめる。
揺れない瞳。
恐れも媚びもない。
ただ、論理。
やがて、拍手が一つ。
そして、二つ。
大きな波へと変わる。
学術的には、明確な勝利だった。
だが王太子の胸は、静まらない。
論破された悔しさ。
それ以上に。
彼女の言葉が、正しく響いてしまったことへの焦燥。
共鳴しない。
揺れない。
だが。
確かに、心を動かす。
その事実が。
彼をさらに、苛立たせた。




