第4話:王子の苛立ち
王城の回廊は、今日も穏やかだった。
聖女が隣を歩けば、空気はやわらぎ、
王太子が微笑めば、人々は安心する。
宝珠は安定した光を放ち、
共鳴波形は理想曲線を描く。
完璧。
何一つ問題はない。
――そのはずだった。
「……なぜだ」
王太子は、無意識に呟いていた。
視線の先。
窓辺に立つレディアナ。
書物を閉じ、静かに庭を見ている。
彼女の周囲だけ、空気が動かない。
聖女が近づく。
「レディアナ様、本日の式典資料をご覧になりましたか?」
「拝見しました。構成は合理的かと」
「……お気に召しましたか?」
「国家運営としては妥当でしょう」
妥当。
称賛ではない。
共感でもない。
ただ、評価。
その言葉が、王太子の胸をわずかに刺激する。
聖女が笑えば、宝珠は強く輝く。
だがレディアナの言葉には、光が乗らない。
反射しない。
染まらない。
「……婚約候補として、思うところはないのか」
王太子は、気づけば問いかけていた。
レディアナは首を傾げる。
「責務を果たすのみです」
「それだけか?」
「それ以上を求められていますか?」
静かな反問。
挑発ではない。
だが、揺るがない。
王太子の胸に、熱が走る。
怒りか。
否。
焦燥。
なぜ、動かない。
なぜ、自分を特別視しない。
他の候補たちは、視線だけで頬を染めた。
期待し、憧れ、揺れた。
だが彼女は。
対等な目で見る。
評価する。
距離を置く。
それが、許せないわけではない。
だが、落ち着かない。
夜。
王太子は一人、執務室にいた。
書類をめくる。
だが、集中できない。
脳裏に浮かぶのは、静かな瞳。
共鳴しない目。
宝珠の光を跳ね返す、透明な壁。
「……私に興味がないのか」
その可能性が、胸を刺す。
王太子という存在に。
象徴に。
国家の中心に。
興味がない。
そんなことが、あり得るのか。
胸の奥で、不規則な波が立つ。
共鳴ではない。
安定でもない。
ざらついた感情。
苛立ち。
机を指で叩く。
一定のリズムが、次第に速くなる。
「……確認すればいい」
翌日。
王太子は意図的に、レディアナへ接近する。
廊下で、庭で、会議で。
視線を向ける。
問いを投げる。
距離を詰める。
だが彼女は、変わらない。
丁寧。
冷静。
揺れない。
その度に、胸がざわつく。
聖女が隣に立てば、すぐに安定する。
安心する。
だが。
それは“整う”だけ。
刺激はない。
中庭。
王太子は、ついに彼女の前に立つ。
「なぜだ」
「何がでしょう」
「なぜ、共鳴しない」
初めて、言葉にする。
レディアナはわずかに瞬く。
「共鳴とは、義務でしょうか」
「……違う。だが」
言葉が詰まる。
共鳴は自然。
理想。
国家の礎。
だが、義務ではない。
ならば。
なぜ自分は、それを彼女に求めている。
レディアナは静かに言う。
「殿下が揺れれば、私は揺れるべきですか」
「……」
「私は、感じたことしか返せません」
その言葉は柔らかい。
だが、強い。
王太子の胸に、鋭く刺さる。
感じたことしか返せない。
つまり。
今の自分には、返すべき感情がないと。
それは否定ではない。
拒絶でもない。
だが、物足りない。
王太子は気づく。
自分が、彼女の反応を欲していることに。
揺れてほしい。
焦ってほしい。
自分を意識してほしい。
それは恋ではない。
まだ。
だが確実に、執着だった。
共鳴しない存在。
理論外の静寂。
その無反応が、逆に彼を縛る。
完璧な調和の中で。
たった一人、揺れない少女。
王太子は初めて、自分の胸のざらつきを認める。
これは安定ではない。
だが、無視できない。
「……ならば、揺らしてみせよう」
その小さな決意が。
やがて、王命干渉へと繋がることを。
このときの彼は、まだ知らない。




