第2話:違和感
王城の朝は、光で満ちていた。
王太子と聖女が並んで歩くだけで、空気がやわらぐ。
廊下をすれ違う侍女は自然と微笑み、
衛兵は誇らしげに背筋を伸ばす。
聖女の胸元の宝珠が、淡く脈打つ。
王太子の紋章が、それに応える。
二人の距離が近づくたび、
光は安定し、波は滑らかに整う。
観測塔では数値が並ぶ。
安定指数、上昇。
民心値、良好。
共鳴波形、理想曲線。
「完璧です」
記録官が小さく息を吐く。
理論通り。
物語通り。
国家が望む形。
――完璧な調和。
だが。
その調和の輪の中に、一つだけ静止点がある。
午後の茶会。
王太子、聖女、そして婚約候補の三名。
庭園の薔薇が風に揺れる。
聖女が微笑みかける。
「本日は陽気が良いですね、殿下」
宝珠が光る。
王太子の胸元が応じる。
空気が温む。
人々の呼吸が揃う。
「そうだな。穏やかだ」
そして視線が、レディアナへ向く。
「あなたはどう思う?」
問いは自然。
だが、わずかに意識が混じる。
彼女はカップを置き、庭を見た。
「風が南寄りです。来週は雨になるでしょう」
沈黙。
宝珠の光が、一瞬だけ揺れる。
聖女の微笑みが、ほんの少しだけ固まる。
「……お天気のお話ではなくて」
「失礼いたしました。穏やかで結構かと」
声は落ち着いている。
揺らぎがない。
共鳴が起こらない。
王太子ははっきりと感じる。
聖女と目を合わせるとき。
自然に胸が高鳴る。
守りたいと思う。
手を伸ばせば、光が強くなる。
だが。
レディアナを見たとき。
高鳴りが起きない。
代わりに生じるのは――観察欲。
なぜ揺れないのかという疑問。
なぜ期待も緊張も見えないのかという違和感。
それは不快ではない。
だが、落ち着かない。
聖女がそっと言う。
「少し、波が乱れています」
「私のせいか?」
「……いいえ。外的要因でしょう」
視線が、自然にレディアナへ向く。
彼女は薔薇を眺めている。
花弁の枚数を数えるような、冷静な目。
その周囲だけ、空気が動かない。
光は届いている。
だが、吸収されない。
反射もしない。
ただ、存在している。
観測塔。
数値がわずかに揺れる。
「対象アルセリア接近時、共鳴波形に微小ノイズ」
「再現性あり」
「……誤差?」
「誤差にしては、規則的です」
庭園では、茶会が続く。
王太子は意識的に、レディアナへ問いを投げる。
「婚約候補となった感想は?」
普通なら。
緊張。
誇り。
希望。
何かしらの感情が、光となって返る。
だが彼女は答える。
「責務が増えただけです」
「……それだけか?」
「それ以上でも以下でもありません」
王太子の胸に、微細な刺激が走る。
責務。
栄誉でも夢でもない。
構造をそのまま受け止める言葉。
聖女がやわらかく笑う。
「レディアナ様は、理性的でいらっしゃいますのね」
「感情は大切ですが、判断とは分けるべきかと」
また、波が乱れる。
王太子は初めて気づく。
自分が、彼女の反応を待っていることに。
共鳴しない。
揺れない。
期待しない。
それが、なぜか胸に残る。
完璧な調和の中にある、静かな不協和。
夕暮れ。
茶会は終わる。
聖女と並べば、再び波形は整う。
安定。
安心。
理想。
だが去り際。
レディアナが軽く一礼する。
その瞬間。
王太子の胸が、わずかに跳ねる。
共鳴ではない。
違和感。
静かで、消えない何か。
彼は自分でも理由がわからないまま、彼女の背を目で追っていた。
理想は完成している。
数値は安定している。
国家は問題ない。
それなのに。
完璧な調和の中に、たった一つ。
音を立てない疑問が生まれていた。
なぜ、彼女だけが揺れない。




