第1話:婚約候補宣告
春の陽光が、王城の大広間に降り注いでいた。
磨き上げられた大理石の床。
赤い絨毯の先、玉座の下に立つのは王太子。
その隣には、白銀の髪を揺らす聖女。
柔らかな微笑み。
視線が交わるたびに、空気が温度を持つ。
人々は囁く。
「……なんという調和だ」
「まさに理想の並び」
「共鳴が、見えるようだ」
それは比喩ではなかった。
聖女の胸元の宝珠が淡く光り、
王太子の紋章が応じるように輝く。
祝福のような光。
安心感。
自然と笑みが広がる。
“理想的共鳴”
その言葉が、広間を満たしていた。
そして。
その中央に、もう一人。
レディアナ=フォン=アルセリア。
濃紺のドレス。
背筋は真っ直ぐ。
視線は静か。
共鳴の光は、彼女には届かない。
いや、届いているはずなのに――
反応しない。
まるで、そこだけ音が吸われているかのように。
王太子が一歩前に出る。
「本日、王家は新たな婚約候補を発表する」
ざわめき。
貴族たちの視線が集まる。
名が呼ばれる。
「レディアナ=フォン=アルセリア」
一瞬の沈黙。
そして拍手。
家格は十分。
才覚も申し分ない。
何より王命。
拒否はあり得ない。
レディアナは一礼する。
「光栄に存じます、殿下」
声は澄んでいる。
揺れがない。
聖女が微笑み、近づいた。
「ご一緒できることを嬉しく思います、レディアナ様」
宝珠がまた光る。
広間に安堵の波が広がる。
だが。
レディアナの瞳は静かなままだった。
「こちらこそ」
短い返答。
宝珠の光が、わずかに揺れる。
ほんの一瞬。
誰も気づかないほどの微細な歪み。
だが、王太子は見た。
なぜ、共鳴しない。
視線が交わる。
普通なら。
敬慕。
憧れ。
高揚。
何かが返ってくるはずだ。
だがそこにあるのは、対等な静けさ。
まるで――
評価しているかのような視線。
王太子の胸が、かすかにざわつく。
不快ではない。
だが、安定もしない。
「……何か申したいことは?」
思わず口をついて出る。
レディアナは一瞬だけ考え、答える。
「殿下と聖女様が並ばれると、場が穏やかになりますね」
「それは良いことだ」
「ええ。とても効率的です」
王太子の眉がわずかに動く。
効率的。
祝福でも称賛でもない。
分析。
周囲の貴族たちは、理想の並びに酔っている。
聖女の光はやわらかく、
王太子の存在は確かで、
国家は安定していると誰もが感じている。
ただ一人を除いて。
レディアナは、その構図を外側から見ていた。
「……共鳴が、弱い?」
遠く、観測席で誰かが呟く。
だがすぐに、光が安定する。
式典は滞りなく進む。
祝賀の音楽。
拍手。
華やかな声。
王太子は笑顔を保ちながら、思考を巡らせていた。
なぜだ。
なぜ彼女だけが、揺れない。
婚約候補宣告は、王家の栄誉。
誰もが心を動かすはずだ。
なのに。
レディアナはただ、事実として受け止めている。
喜びも、恐れも、執着もない。
それが、彼の胸をかすかに刺激する。
共鳴とは違う感覚。
微細な違和感。
式が終わり、列が解かれる。
聖女が王太子に微笑む。
「安定値、良好ですね」
「……ああ」
だが彼の視線は、すでに別の場所にあった。
広間の端。
窓辺に立ち、庭を眺めるレディアナ。
春風が彼女の髪を揺らす。
光は当たっている。
だが、輝かない。
その姿を見た瞬間。
王太子の胸が、ほんのわずかに跳ねた。
理想的共鳴の中に混じった、たった一つの沈黙。
その静けさが。
この日、物語を動かし始めた。




