砂地獄
「吟麗草のお茶、作れる?」
掠れた声のハリーが眉を下げて呟いた。
「薬湯になるけど、出来るわよ。そうねえ、一杯銀貨五枚」
「今飲むのと、持ち帰り用二本。鮮度保持の瓶で」
「じゃ、十九枚ね」
私は目の前の美丈夫に、料金を告げた。
ハリーは頷き、金貨二枚をカウンターに置いた。
私がお釣りの銀貨を渡そうとすると、手を振って要らないと言い、咳払いをする。
「喉を痛めたの? 酷い声ね」
「ああ。砂漠でサンドワームに遭遇しちゃって、もろに砂煙吸っちゃってさ」
時空庫から吟麗草を引っ張り出し、水洗いしながら私は首を傾げた。
「サンドワーム? あんなにおとなしい魔物がどうして」
「子育てシーズンだよ。子連れの雌に遭っちゃったのさ」
「あらまあ。それは災難だったわねぇ」
吟麗草は青みのある美しい草で、裏側は銀色で柔らかい。
昔から、喉にいいと言われている薬草だ。
「昔はそこら中に生えてたけれど、今じゃ希少薬草だから。うちに在庫があって良かったわね」
「あると思って来たんだよ、こんな声じゃ歌えないからなぁ」
サラリと長い銀の髪を揺らしたハリーは、吟遊詩人。
先日のマダム達のお言葉を借りると。
「銀の貴公子はね、歌だけじゃないの。小麦色の肌に鮮やかな青い瞳がセクシーなのよ〜」である。
時々この街にやって来るので、カフェの十年来の常連さんでもある。
「でも、人が通るルートに雌サンドワームって不思議ね」
臆病で用心深いはずなのにね。
何かから逃げていた可能性がある。
「うん、警らには報告しておいたよ」
話しながらも手は止めず、柔らかな葉をちぎって水からゆっくり煮出す。
効果を高めるために小鳥の歌声と呼ばれる潤菜の茎も一緒に。
火を止めて、魔蜂の蜂蜜をたっぷり加える。
「薬湯だから美味しいとは言えないけれど、メア・ビーの蜂蜜入りだからすぐ効くわよ」
大きなマグカップを持ち上げ、ハリーは安心したように笑顔になった。
「へえ、メア・ビー。それは初めてだな」
「メア大陸固有種だし……商品になるほど量も採れないから、出回ってないんでしょうね」
「メア大陸は行ったことないんだよね。そもそも人間には厳しいって言うしな」
「そうねえ。個人で住んでる長命種とか、鬼族の里があるけれど人間は居ないと思う」
「だよね。まあ、行くこともないだろうから試せて嬉しいよ」
ハリーはカップに口をつけ、驚いたように動きを止めた。
「これ……不味くない」
「メア・ビーのおかげね」
「いや、ほんとに。美味しいわけじゃないけど不味くない。吟麗草のあの苦味とか酸味、エグさが消えてる」
「飲みやすいでしょう」
「うん、これはいいね」
ハリーの声は少し張りを取り戻した。
彼の声枯れは病気ではない。
砂塵を吸い込んで粘膜を軽く損傷しただけ。
吟麗薬湯は即効性があるし、夜には酒場で美声を披露出来るんじゃないかな。
「一ヶ月、この街に滞在予定なんだ。一回くらい聞きに来て欲しいな」
「そうね、そうしようかしら」
すっかり元気そうになったハリーを見送り、私は店のドアに閉店の札をかけた。
きっちりと砂塵よけの外套を羽織り、カフェすぐ横から始まる砂漠を見渡す。
広域探索魔法をベールを落とすように広げていく。
「……サンドワーム一頭、幼体二頭。相当遠くまで行ってるわね」
サンドワーム進行方向とは逆側に、大きな反応がある。
(──砂地獄じゃないの)
砂地獄はサソリの一種で、名前の通りすり鉢状の穴を掘り餌を待ち構えるタイプの魔物だ。
魔物というからには魔力があるのだが、砂地獄は外に作用する魔力を持っている。
つまり、魔法を使える厄介な虫だ。
使う魔法は単純で、転移魔法の一種である『引き寄せ』だ。
「幼体は軽いから引き込まれやすい……だから逃げたのね」
これは街の警らに知らせたほうが良さそうだ。
砂地獄は数百年地中で過ごし、十年ほど地上に現れて寿命を終えるのだけれど。
その間は繁殖の為に暴食するので非常に危険。
数百年に一度現れるかどうかの魔物だけれど、街から探索出来る近さにいるならば討伐対象になる。
(報告まではするけれど、討伐は冒険者ギルドの管轄だわ)
人の営みに余計な手を出さない、これは長命種にとってとても大事。
私はくるりと反転し、街の方へと足を向けた。




