噂話
「あら? 一人?」
「うん」
店のドアが揺れたので、開けてみると──私の目の前には、ちいさな男の子がいた。
(この子は確か、ベルベルさんの息子さんね。四歳だったかしら)
一体どうしたというのだろう?
歩いてこれるとはいえ、小さな子の一人歩きは危険だ。
街中からここまで、この子の足なら二十分はかかるはず。
治安のいい街でもないからびっくりだ。
「あのね、僕……」
「迷子?……あら、ケガしてるじゃない」
(やだ、手首と腕に青痣……大人の手に、掴まれた跡のように見える)
サッと全身を見渡してみたが、いたって元気そうである。
おかしいのは腕のアザだけだ。
「座ってお水を飲みましょうか」
カウンターの椅子は危ないので、小さな椅子を出して座らせる。
「手は動かせる? 痛そうね」
「痛い」
幸い、痛みを誤魔化すペパーミントの湿布なら手持ちがある。
小さい子だし、薬効の強いものは使えないから応急処置はそれでいい。
「冷たー」
「そうね。痛いのなくなるから、貼っておきましょう」
「うん!」
「さて、お名前は? 私はジューンよ。あなたのお父さんはベルベルさんでしょう?」
「僕、ルカ」
「ルカね。あなた、ここまでどうやって来たの?」
「知らないお姉ちゃんと。でも、いなくなっちゃった」
「その腕は、知らないお姉ちゃんが掴んだの?」
「うん」
(誘拐? でも、途中で居なくなるとは──)
これは早急に親元に返すべき案件だ。
きっと心配していることだろう。
「じゃあ、お家に帰ろうか」
私は一旦店を閉め、ルカを抱えて街中へ向かった。
すぐに警らの人に会ったので、事情を説明してルカを引き渡した。
「良かった、今まさに探してたところだ」
「やっぱり。うちの店の前にいたの。右手に痣があるから、気をつけてあげて」
やはり、騒ぎになっていたようだ。
ベルベルさんの家は貸しラクダ屋さんだから、知らない人が沢山訪れる。
店先で遊んでいたルカは、目を離した一瞬の隙に居なくなってしまったのだという。
「店の周辺には、魔法が使われた形跡は無かったわ」
「そうか、情報ありがとう」
警らの人と別れて、店に戻る。
周囲には何もなく、争った形跡もない。
(まあ、無事でよかったわ。あとは私には関係のないこと)
自分が当事者じゃないトラブルに首を突っ込むと、ろくなことにならないのは経験上知っている。
あとは警らのお仕事だ。
ほどなくして、賑やかなマダムの三人連れがやって来た。
「ああ、疲れた!」
「甘い物が良いわ」
「メニュー見せて」
常連のマダムたちは、冷たいものが良いと言う。
彼女たちは同時期にこの街に嫁いできて、かれこれ四十年ほど通ってくれている。
注文を聞いて、三人分のピーヌ水を用意する。
「さっき警らの人が大勢通りに出てたわ」
「ああ、どこかの商隊の小さい女の子が居なくなったって言ってたわ」
「見つかったみたいだけどね。どこかのお店の日陰にいたって聞いたわ」
ピーヌの皮をすりおろし、果汁を絞り香りの良いミントと松露草を一緒に水に入れておく。
「小さい女の子が商隊にいるって、またどうして」
「さあ? 商人のお子さんとかじゃないの」
「私も色々聞かれたけどね、昨日来て今日居なくなる人達の顔まで、覚えてられないわ」
マダムたちのお喋りは止まらない。
私は魔法で水を凍らせ始めた。
振動を与えながら、きもちゆっくりめに凍らせていくと透明で溶けにくい氷が出来上がる。
(こういう氷は高級品。自分で作れない場合は大赤字だわ)
「いつ見ても綺麗な氷ねぇ」
「ふふふ、ありがとうございます」
冷たい飲み物を楽しみながら、彼女たちは噂話に興じている。
黙って聞いていると、迷子の女の子とルカのことがごちゃ混ぜになっているようだ。
(悪い人たちではないけれど、思ったことをすぐに口に出すから。根も葉もない噂話の発信源なのよねえ、いつも)
悪気がないのがまた、どうしようもない。
(まあ、噂話ってそんなものよね。鵜呑みにしてはいけないわ)
ちなみにルカくんの件は、後日お礼を言いに来たベルベルさんから真相を聞いた。
『知らないお姉ちゃん』はベルベルさんの疎遠だった妹さんだったらしい。
当然ながら、絶縁したそうだ。
身内だからという理由で、警らには突き出さなかったようだけれど。
そのかわり妹さんはご主人と、他大陸に引っ越していったそうだ。
(もう会わないなら、ルカくんは安全ってことね)
このお店の位置は、数分歩けば砂漠なのだ。
一歩間違えばルカくんは砂漠で迷子。
ベルベルさんが怒り狂うのも、当然ね。




