おみやげ
──今日は久しぶりに天気がいい。
十日ほど周辺で猛威を振るっていた砂嵐は、あちこちに積もった砂だけを残し消えうせている。
私の小さなお店もそう。
外から見ると、白い建物がうっすらと黄土色に染まっている。
(こういう時、魔法は本当に便利よね……)
手作業でやるとなると……屋根や壁の砂を箒で払い落とさないといけない。
目や呼吸器──色々と健康被害もあるから、放置というわけにはいかないのだ。
まずは、風魔法で砂塵を取り除けてから。
水魔法をヴェールのように建物に這わせて微細な振動を与えれば、塵も汚れも消え失せる。
魔法であれば数分で終わる。
すっかりきれいになった店を背に、私はちょっと離れた場所にある街中の様子を眺めた。
(ここは郊外のさらに端っこだから、隣り合う建物はないけれど)
建物が密集している街中の掃除は大変そうだ。
人々が総出で除去作業をしているのが見てとれる。
みんながみんな、掃除に向いてる魔法を持っているとは限らないから。
(私が手伝えば、すぐ終わるんだろうけど……)
一度手を出せば、次も期待される。
そしてそれは私がやって当たり前、になってしまう。
人々は感謝を忘れ、自分で解決することをやめてしまう。
無償の善意は往々にして、悪意のない搾取に繋がってしまうのだ。
なので、人々の生活には関与しないのが最適解なのよね。
「今日はお客さん来るかしら」
日に二、三人来れば上々の私の店は誰も来ない日もある。
今日はどうだろう?
街中があんな様子では、誰も来てくれないかもね。
(まあ、それでも構わないんだけど……)
私は店内に戻り、在庫が少なくなってきたタンポポコーヒーの補充作業を始めることにした。
フレッシュハーブが売りの店ではあるけれど、タンポポコーヒーを好むお客さんも多いのだ。
大量のタンポポの根を洗い、薄くスライスして魔法で乾燥させていく。
その後は、じっくり焙煎していくだけ。
香ばしい香りがし始めて、スライスが焦げ茶色になったら完成だ。
作り置きしても、時空庫に入れておけば香ばしさが消えることもない。
粉砕も魔法で出来るのだけれど、お客さんの目の前ですり鉢で粉状にする方が良い。
自分が口に入れるものの製作過程を見るのは、大人でも楽しいものだからね。
「よし、これで数年はいけるでしょ」
そろそろ夕暮れに近くなった頃──本日一人目のお客さんが現れた。
「よう、久しぶり」
「そう?」
「五年ぶりだぞ。ああ、でもエルフだと長い時間でもないのか……」
確かに。
つい先日って感覚だ。
「昨日夜中にようやく砂嵐が収まっただろう? それでやっと街までたどり着いたんだよ。十日も南のオアシスで足止め食らって参ったわ」
「出発後に砂嵐の直撃? どうせまた勝手に抜け出して来たからでしょ」
「どうかな。……文は飛ばしたから、爺やが迎えに来るとは思うけれど」
平民の衣装を着ているものの、イシュライールという名のこの男性はまごうことなき王子様である。
身分は第四十八王子殿下、だ。
「ヘイデンを抜け出して、南のオアシスまで三日くらいよね。そこで足止めとなると──王宮を抜け出してもう十三日以上は経ってるんじゃないの?」
「いや。ん、いい匂いだな。それ飲みたい」
イシュライールは鼻をうごめかし、タンポポコーヒーを所望した。
「そんな騒ぎにはなってないと思うぞ。うちの母親は正規のハーレム要員だからな」
「あら、そうだったの」
長年戦争中であった砂漠の二大国にはハーレムがある。
戦争で夫を失い生活に困窮した寡婦をハーレム要員にして、生活保障をする──昔からあるしきたりだ。
「じゃなかったらホイホイ出歩けないって」
「なるほどねえ」
そういうルートで後宮に入った場合、お渡りがあっても無くても立場が不利になったりはしない。
生活レベルは庶民と変わらないが、少なくとも飢えたりはしないし、子育ても安全に出来る。
(王の子じゃなくても育ててもらえるってのは、素晴らしい福利厚生よね)
稀にお渡りがあって生まれた子は、王子王女の身分が与えられている。
百人以上いるけれどね。
「さすがに王妃とか寵姫の子供だと、無理だろ」
「そりゃそうね」
そう言って、私はタンポポの根をすり鉢でゴリゴリと粉砕し始めた。
「俺みたいな名ばかり王子はそこそこ自由だけど、母親の位の高い王子はガッチガチの王族だからな」
「そうね、救済措置としてのハーレムと政略としてのハーレムは別だものね」
「まあ、親父の顔なんて見た覚えないけど。教育はしてもらえたし文句は無い」
紙フィルターで淹れたタンポポコーヒーは、結構本物に近くて美味しい。
イシュライールは砂糖をたっぷり入れて、嬉しそうにカップを持ち上げた。
「で、なにしにこっちまで来たの?」
私の問いに、イシュライールは一瞬きょとんとした顔をした。
「ああ、言ってなかったか。実はこの街の女の子と付き合ってて」
「デートしに……?」
「うん。来年婿入り予定なんだけど、会いたくなっちゃってさ」
「王族なんだから呼べばよかったんじゃない?」
「そうなんだけどさ、会いたくなっちゃったんだよ。義父さんが卒倒しちゃって大変だったけど」
(そりゃそうよね。身分が低いとされてても、王子様は王子様だもの。お気の毒に)
でも、こんなに好きって気持ちをぶつけられたら──その女の子は嬉しいんじゃないかしらね。
言わなくてもわかるだろう?って人より、言葉や行動で示してくれる方が素敵だもの。
「情熱的なのは素敵だけど。黙って出てくるのはダメなんじゃないの」
「ごもっとも。そこでだ、ちょっと持ち帰り用の茶を頼むわ」
「お詫びの品がハーブティー?」
「うん。みんな好きだからなー。爺やにはタンポポコーヒー、あとはなんだっけバラの花が入った水を二十本」
「持ち帰り用の瓶は基本無料だけど、あなたのは保存魔法付きだから銅貨二枚よ」
栓を開けるまでは、鮮度保持出来るようにしてあるから無料というわけにはいかない。
儲けようとは思ってないけれど、損もしたくないのだ。
私は大きなボウルに塩水を張って、色とりどりの薔薇をむしり始めた。
花びらを泳がせ、細かい汚れを落としてから一枚一枚丁寧に水気を拭き取る。
イシュライールが前回持って帰ったローズウォーターは、バラの花びらの他にミントとローズマリーが入っていたものだ。
「綺麗なもんだなぁ。俺には美味しく感じないけどさ」
「ふふ、見た目も香りもいいし、美容にいいのよ。でも殿方には物足りないのかもね」
保存瓶に綺麗に見えるよう気をつけながらハーブと花びらを入れ、水を注ぐ。
本来は六時間ほど置いておくものだが、魔法で一気に時間経過させれば完成だ。
(発酵とかには便利だけれど、生き物には使えないのが不便なのよねぇ)
菌、微生物以外の生命体には使えない。
もちろん時間を進めるだけで、戻すこともできない。
「便利だなあ、魔法って」
「そうね。万能ではないけれど」
時を戻すのは、いかなる場合であっても不可能。
でも、時を戻したがる人のなんと多いことか。
私は小さく息を吐いて、全てにの瓶に封をした。
イシュライールはご機嫌でお土産をしまい込み、明日は彼女と来ると宣言して帰って行った。
(しばらくいる気なのかしら……?)
会ったことはないが、爺やさんが気の毒ね。
タンポポコーヒーを気に入ってくれるといいのだけれど。




