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長命エルフの小さなカフェ〜今日はなに飲む?〜  作者: 藤 野乃


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4/4

おみやげ

──今日は久しぶりに天気がいい。

 

 十日ほど周辺で猛威を振るっていた砂嵐は、あちこちに積もった砂だけを残し消えうせている。

 私の小さなお店もそう。

 外から見ると、白い建物がうっすらと黄土色に染まっている。


 (こういう時、魔法は本当に便利よね……)


 手作業でやるとなると……屋根や壁の砂を箒で払い落とさないといけない。

 目や呼吸器──色々と健康被害もあるから、放置というわけにはいかないのだ。

 


 まずは、風魔法で砂塵を取り除けてから。

 水魔法をヴェールのように建物に這わせて微細な振動を与えれば、塵も汚れも消え失せる。

 魔法であれば数分で終わる。

 すっかりきれいになった店を背に、私はちょっと離れた場所にある街中の様子を眺めた。


 (ここは郊外のさらに端っこだから、隣り合う建物はないけれど)

 

 建物が密集している街中の掃除は大変そうだ。

 人々が総出で除去作業をしているのが見てとれる。

 みんながみんな、掃除に向いてる魔法を持っているとは限らないから。


 (私が手伝えば、すぐ終わるんだろうけど……)


 一度手を出せば、次も期待される。

 そしてそれは私がやって当たり前、になってしまう。

 人々は感謝を忘れ、自分で解決することをやめてしまう。

 無償の善意は往々にして、悪意のない搾取に繋がってしまうのだ。

 なので、人々の生活には関与しないのが最適解なのよね。


「今日はお客さん来るかしら」


 日に二、三人来れば上々の私の店は誰も来ない日もある。

 今日はどうだろう?

 街中があんな様子では、誰も来てくれないかもね。


 (まあ、それでも構わないんだけど……)


 私は店内に戻り、在庫が少なくなってきたタンポポコーヒーの補充作業を始めることにした。

 フレッシュハーブが売りの店ではあるけれど、タンポポコーヒーを好むお客さんも多いのだ。


 大量のタンポポの根を洗い、薄くスライスして魔法で乾燥させていく。

 その後は、じっくり焙煎していくだけ。

 香ばしい香りがし始めて、スライスが焦げ茶色になったら完成だ。

 作り置きしても、時空庫に入れておけば香ばしさが消えることもない。


 粉砕も魔法で出来るのだけれど、お客さんの目の前ですり鉢で粉状にする方が良い。

 自分が口に入れるものの製作過程を見るのは、大人でも楽しいものだからね。


「よし、これで数年はいけるでしょ」


 そろそろ夕暮れに近くなった頃──本日一人目のお客さんが現れた。


「よう、久しぶり」


「そう?」


「五年ぶりだぞ。ああ、でもエルフだと長い時間でもないのか……」


 確かに。

 つい先日って感覚だ。


「昨日夜中にようやく砂嵐が収まっただろう? それでやっと街までたどり着いたんだよ。十日も南のオアシスで足止め食らって参ったわ」


「出発後に砂嵐の直撃? どうせまた勝手に抜け出して来たからでしょ」


「どうかな。……文は飛ばしたから、爺やが迎えに来るとは思うけれど」


 平民の衣装を着ているものの、イシュライールという名のこの男性はまごうことなき王子様である。

 身分は第四十八王子殿下、だ。


「ヘイデンを抜け出して、南のオアシスまで三日くらいよね。そこで足止めとなると──王宮を抜け出してもう十三日以上は経ってるんじゃないの?」


「いや。ん、いい匂いだな。それ飲みたい」


 イシュライールは鼻をうごめかし、タンポポコーヒーを所望した。


「そんな騒ぎにはなってないと思うぞ。うちの母親は正規のハーレム要員だからな」


「あら、そうだったの」


 長年戦争中であった砂漠の二大国にはハーレムがある。

 戦争で夫を失い生活に困窮した寡婦をハーレム要員にして、生活保障をする──昔からあるしきたりだ。


「じゃなかったらホイホイ出歩けないって」


「なるほどねえ」


 そういうルートで後宮に入った場合、お渡りがあっても無くても立場が不利になったりはしない。

 生活レベルは庶民と変わらないが、少なくとも飢えたりはしないし、子育ても安全に出来る。


 (王の子じゃなくても育ててもらえるってのは、素晴らしい福利厚生よね)


 稀にお渡りがあって生まれた子は、王子王女の身分が与えられている。

 百人以上いるけれどね。


「さすがに王妃とか寵姫の子供だと、無理だろ」


「そりゃそうね」


 そう言って、私はタンポポの根をすり鉢でゴリゴリと粉砕し始めた。


「俺みたいな名ばかり王子はそこそこ自由だけど、母親の位の高い王子はガッチガチの王族だからな」


「そうね、救済措置としてのハーレムと政略としてのハーレムは別だものね」


「まあ、親父の顔なんて見た覚えないけど。教育はしてもらえたし文句は無い」


 紙フィルターで淹れたタンポポコーヒーは、結構本物に近くて美味しい。

 イシュライールは砂糖をたっぷり入れて、嬉しそうにカップを持ち上げた。


「で、なにしにこっちまで来たの?」


 私の問いに、イシュライールは一瞬きょとんとした顔をした。


「ああ、言ってなかったか。実はこの街の女の子と付き合ってて」


「デートしに……?」


「うん。来年婿入り予定なんだけど、会いたくなっちゃってさ」


「王族なんだから呼べばよかったんじゃない?」


「そうなんだけどさ、会いたくなっちゃったんだよ。義父さんが卒倒しちゃって大変だったけど」


 (そりゃそうよね。身分が低いとされてても、王子様は王子様だもの。お気の毒に)


 でも、こんなに好きって気持ちをぶつけられたら──その女の子は嬉しいんじゃないかしらね。

 言わなくてもわかるだろう?って人より、言葉や行動で示してくれる方が素敵だもの。


「情熱的なのは素敵だけど。黙って出てくるのはダメなんじゃないの」


「ごもっとも。そこでだ、ちょっと持ち帰り用の茶を頼むわ」


「お詫びの品がハーブティー?」


「うん。みんな好きだからなー。爺やにはタンポポコーヒー、あとはなんだっけバラの花が入った水を二十本」


「持ち帰り用の瓶は基本無料だけど、あなたのは保存魔法付きだから銅貨二枚よ」


 栓を開けるまでは、鮮度保持出来るようにしてあるから無料というわけにはいかない。

 儲けようとは思ってないけれど、損もしたくないのだ。


 私は大きなボウルに塩水を張って、色とりどりの薔薇をむしり始めた。

 花びらを泳がせ、細かい汚れを落としてから一枚一枚丁寧に水気を拭き取る。


 イシュライールが前回持って帰ったローズウォーターは、バラの花びらの他にミントとローズマリーが入っていたものだ。


「綺麗なもんだなぁ。俺には美味しく感じないけどさ」


「ふふ、見た目も香りもいいし、美容にいいのよ。でも殿方には物足りないのかもね」


 保存瓶に綺麗に見えるよう気をつけながらハーブと花びらを入れ、水を注ぐ。

 本来は六時間ほど置いておくものだが、魔法で一気に時間経過させれば完成だ。


 (発酵とかには便利だけれど、生き物には使えないのが不便なのよねぇ)


 菌、微生物以外の生命体には使えない。

 もちろん時間を進めるだけで、戻すこともできない。


「便利だなあ、魔法って」


「そうね。万能ではないけれど」

 

 時を戻すのは、いかなる場合であっても不可能。

 でも、時を戻したがる人のなんと多いことか。

 私は小さく息を吐いて、全てにの瓶に封をした。

 

 イシュライールはご機嫌でお土産をしまい込み、明日は彼女と来ると宣言して帰って行った。


 (しばらくいる気なのかしら……?)


 会ったことはないが、爺やさんが気の毒ね。

 タンポポコーヒーを気に入ってくれるといいのだけれど。


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