美女と薬湯
「昨日はお店閉まってたわね」
気怠そうにローズヒップティーを注文した妖艶な美女が、僅かに赤い唇を尖らせた。
「あら、来てくれてたの? ごめんなさいね、水を汲みに行ってて──」
「水を? エルフが、わざわざ?」
私は真っ赤に熟れたローズヒップを細かく刻みながら、答えた。
「魔力が高すぎると、水に変な味がついちゃうのよ。飲用水だけは単一属性の弱い魔力に限るわね」
この人の好みは、確かたんぽぽの根を入れたもの。
私は続けて根も刻み始める。
(ミントも少しだけ。ミントは本当に万能選手ね)
沸かしてあった熱湯を、刻んだハーブの入ったポットに注いでいく。
あとは数分放置するだけ。
ポットとカップをカウンターに出せば、あとは好きなタイミングで飲めばいいだけだ。
「お茶菓子は結構よ。最近、足首が痛くて」
フィーメナは顔を顰めた。
ゴージャスな黒い巻き毛が肩の上で踊っている。
「怪我でもしたの?」
「まさか。私はプロよ、そんなヘマはしない。実はね……」
「うん?」
「太っちゃったの」
私はまじまじとフィーメナの顔を見つめた。
小さな顔、伏せ気味に生えた長いまつ毛が琥珀色の瞳を彩り、なんとも言えない色気を放っている。
憂いを帯びた視線一つで空気が変わる美女。
身体は実に肉感的だが、踊り子ならではの筋肉で非常にバランスがいい。
「太った? 見ただけじゃわかんないわね」
「衣装が入らなくなるほどじゃないんだけど。でも踊ると足にダメージが来るのよね」
「ああ、自分にしかわからない増え方ってことね」
フィーメナは服の上からお腹をつまみ、ため息をついた。
つまめる肉なんて、なさそうだけれど。
「だから、ハチミツも茶菓子も無しよ」
「なるほど」
私は茶菓子を出すのはやめて、熟れたイチゴを三粒可愛らしい容器でフィーメナに出すことにした。
「イチゴは低カロリーだし、美肌にいいわよ」
「嬉しい。ここらじゃ乾燥果物ばっかりだもの。これなら食べても罪悪感無いわね」
(おそらく増えたといっても数百グラムっぽいけど……引っ張りだこの踊り子には致命的ってことね)
「ん、お茶もイチゴも美味しい」
「それは良かったわ」
「昨日はね、関節に良さそうな薬湯があるか聞きたくて寄ったの」
フィーメナの足首の痛みは病気から来る慢性のものではない。
おそらく、過荷重で一次的に負荷がかかり過ぎた痛みだと思える。
本人が言うように、痩せれば問題なさそうではある。
「なくはないけど、普通の薬湯って続けないと効果が出ないのよ」
フィーメナは首を傾げ、思案している様子。
「普通じゃない薬湯もあるってこと?」
「あるけど、魔薬湯になるから金貨レベルになっちゃうわよ」
「魔薬湯まで出せるの? この店」
「手持ちの材料で間に合うものならね。普通の薬湯はハーブティーと大差ない手順でいいけれど、魔薬湯は魔術だから」
値段も効き目も桁違いってことよ。
私はそう言って、まな板とナイフを洗い始めた。
変な味がする私が出す水は、洗い物や魔薬湯には問題なく使える。
乾けば味も無くなるし、魔薬湯にはむしろ魔力水が必須だ。
(でも、危険なのよね。物によるとは言え、効きすぎるものは内臓に負担がかかりすぎる)
フィーメナは赤く塗られたスラリとした指先に目を落とし、呟いた。
「一度、試してみようかしら」
「魔薬湯は一回で効果が出るし、数日症状が和らぐから、ここぞという時用よ。あなたなら……そうね、炎症を抑えて痛みを軽減するものがオススメね」
「魔薬湯を売りにしたら、お客さんもっと増えるんじゃない?」
「ここはカフェだもの。魔薬湯とか薬湯は、おまけみたいなものでいいのよ」
「ふうん? 儲かるのに、勿体ない」
フィーメナは不思議そうに呟いて、ポットから二杯目を注ぎ物思いに耽り始めた。
しばらくして、彼女は何事もなかったように笑顔で口を開いた。
「今日から何日か、仕事が立て続けに入ってるの。魔薬湯、飲むことにする」
フィーメナは決まった酒場専属の踊り子ではない。
ステージは酒場だけれど、酒場から依頼があれば踊りに行く。
これまでの会話から察するに、個人の依頼は受けていないようだ。
おそらく、トラブル回避のためだろう。
たおやかな雰囲気とは裏腹に、意外としっかり者なのである。
(荒っぽい砂漠では、女性も強かじゃないと生きていけないものね)
私は魔薬湯の準備を始めた。
特濃の魔力水。
私の場合、これは普通の水魔法で出せる。
後は関節の炎症を抑える植物。
悪魔の爪、ローズマリー、乾燥滅痛草……。
数種類の素材を刻んで、ミスリル銀の小鍋に放り込む。
「ひどい匂いねぇ」
「作ってる私もそう思う、本当に臭い」
「カフェの匂いじゃないわ」
「確かに」
私は風魔法で消臭しながら、作業を進めることにした。
鍋の素材は魔力水にどんどん溶けていく。
(普通の薬湯は煮出すもの。でも魔薬湯は素材が残ることがない)
余すところなく、全部溶け込んでいくのが魔薬湯なのだ。
ある程度溶け込んだところを見計らい、どんどん魔力を注いでいく。
これは魔法陣を刻んだミスリル銀の鍋じゃないと、耐えられない。
湯、という表現は名ばかりで熱は一切使わない。
勝手にぐるぐると回り始めた液体を眺めながら、慎重に注ぐ魔力を小刻みに調整していく。
魔力水は蒸発するわけではなく、濃縮されてとろみを帯びていく。
ちょうど半分、カップ一杯分になれば完成だ。
「色も酷いわね」
フィーメナが嫌な顔をした。
「安心して。味はもっと酷いから」
彼女は唇を引き結び、仇の敵のようにカップを睨みつけている。
ややあって、一気にそれを飲み干したフィーメナは震える声で囁いた。
「き、期待通りの味だったわ……」
私は笑いながらミントの葉をフィーメナに差し出した。
「噛めばいくらかマシになるわ。魔薬湯が吸収されるまでの二時間は飲食禁止ね。夜にはしっかり効果が出てるはずよ」
フィーメナはぐったりと頷き、手を振って帰って行った。
カウンターの上には、金貨二枚と銀貨一枚。
(今日はなんだか儲けちゃったけど……店内を消臭しなくては)




