解釈違いで爆ぜる前に。~乙女ゲームの主人公に転生したけど解釈違いなので早々に終わらせねばならぬ~
「スピカ、すまないが……君との婚約の話は、無かったことにさせてくれ」
推しからの生婚約破棄、いただきましたァーッ!
窓から夕陽が射しこむ放課後の生徒会室。
苦悶の表情を浮かべる美男子ラスティとは真逆に、私はニヤけるのを堪える為に頬肉の内側を噛んでいた。
ラスティ・ポヴィドルは絵に描いたような優秀な生徒会長様だ。
金髪碧眼の整った顔立ちに、高身長で文武両道。いつでも真面目で優しいが、実は内に熱いものを秘めている。そんなキャラクターだ。少し天然気味なところがあるのがまたチャーミング!
そんなラスティは大人気ファンタジー乙女ゲーム、『君の為に鐘は鳴る』の攻略キャラクターの一人であり、私の推しの一人だ。
この婚約破棄の流れはゲーム最序盤のイベントであり、ここから主人公スピカ・カラメルちゃんの物語が始まるってワケ。
いやぁ、まさか私が乙女ゲームの世界に転生しちゃうとはね。
オタクだからこの事態への飲み込みも早いけど、多少は混乱しているよ。
だって! 推しが目の前にいるんだよ!? 興奮するなって方が無理じゃない!?
「……大丈夫か? 息が荒い様だが……」
「あひぃ! うっ、うん、大丈夫! 婚約破棄ね、分かったわ。残念だけど分かったわ。じゃ、私はこれで!」
これ以上この場に居ると色々と耐えられそうにもなかったので、私は急いで生徒会室を後にした。
一つ下の階のお手洗いに駆け込んで、鏡の前で息を整える。
「はぁぁぁぁ~……ラスティ、顔良……知ってたけど」
感嘆の息を吐きながら顔を上げた。
鏡に映った顔を見て、また違う種類のため息が出てしまう。
薄紫色の大きな瞳に、赤味がかった茶髪が肩のあたりでふわふわ揺れる。
美少女と言って差支えの無い整った顔立ちは、本来の私の顔とは似ても似つかないものだ。
うぅ、本当にスピカだ……私、スピカの中に入ってるんだ……。
私の意識がハッキリとしたのは、先ほどの婚約破棄イベントの直前の事だった。
流れ的に私=主人公スピカだとは思っていたけれど、こうしてこの目で確認すると本当に……辛い。
「ごめん……スピカ、本当にごめんんんんん……」
このまま泣き崩れてしまいたかったが、スピカはこんな事では涙しない。
そう、スピカ・カラメルは強いのだ。
いつでも元気で明るく前向きで、とことん自分の信じる道を貫く少女。
何度苦境に立たされても、決して諦めない熱いファイティングスピリッツ。
ルート次第では迫りくる魔族に対抗するために、学院の生徒達を率いて最前線に立つ戦乙女と化すむちゃ強ガール。
それでいて、慈愛の心で自己犠牲も厭わない側面を持つ天使スピカ・カラメル。
今まで出会って来た二次元キャラの中で一番の推しとなったスピカ。
そんなスピカの中身が私とか、解釈違いも甚だしい。冗談じゃない!
何故こんなことになったのかとか、正直どうでもいい。
私のやるべきことは一つ。早くスピカの中から出ていく! これのみよ。
大体こういう状況はゲームクリア、即ち誰かを攻略することがゴールになるに違いない。多分。
攻略するなら断然ラスティだが、それは解釈違いで私が死ぬ。
私が好きなのは、ラスティ×スピカなのだ。
×私ではない。断じて違う。
だからきっとラスティに甘い言葉を投げられても、そうじゃなァーいッ! ってキレてしまって駄目だと思う。
じゃあ、どうするか。
ラスティルートのスピカが好きすぎてラスティルートだけは毎日繰り返し遊んだのだが、ぶっちゃけ、他キャラのルートは攻略サイト頼みだったので、いざエンディングまで自力で行けと言われるとちょっと自信が無い。
このゲームは割とシビアで、一つ選択肢を間違えると平気で他ルートに行ったり、バッドエンドに行ったりする高難易度ADVでもある。しかしそんな高難易度ADVの中でも、比較的緩く遊んで辿り着けるエンディングが一つだけある。
ライバルキャラクター、アトリア・キルシュトルテとの友情エンドだ。
「アトリア~! 一緒にランチしましょっ!」
「なっ、なんで貴女と一緒しなければなりませんの!」
「いいじゃない! ほらほら~」
「ちょっと! 引っ張らないで下さる!?」
翌日から私は早速、アトリアの好感度上げに勤しみだした。
自由に動けるときは常にアトリアの元へ向かい、アトリアに話しかける。
縦巻きロールのハニーブロンド、高飛車な性格に気の強そうな顔と絵に描いたようなライバルキャラクター、それがアトリアだ。
基本的にスピカと攻略対象の恋路を邪魔してくるキャラクターなのだが、いま目指している友情エンドとシナリオ中で断片的に拾える彼女のお茶目な様子とお嬢様としての気高さが密かな人気を博している。
かくいう私も結構、アトリアの事は好き。
ラスティルートの次に気に入っているのが友情エンドなくらいだ。
何だかんだ食堂に付いて来てくれたアトリアと、テーブルを挟んで向かい合う。
ゲーム内でも描かれていた、美味しそうな豪華ランチが目の前に!
コラボカフェの究極系ですよ、こいつは。
「……貴女、よろしいのかしら」
「何が?」
「何がって、貴女、ラスティ様から婚約破棄を言い渡されたのでしょう? そんな人がこんなところでパスタを食べている余裕なんて、おありなのかしら?」
ミートスパゲッティを食べる私を見て、アトリアがふふんっと鼻を鳴らして笑った。
発生場所は違えども、この会話は固定イベント的な側面がある。
どっから婚約破棄の話が漏れたのか、謎なんだよねぇ。
「別に大丈夫! 今はラスティより、アトリアと仲良くしたいから!」
「貴女! 何を仰っていますの!?」
慌てるアトリア、可愛い~。
と、その時、食堂がにわかに騒がしくなる。
出入り口に視線を向ければ、そこにはラスティの姿があった。
噂をすれば何とやらである。
どこか物憂げな顔をしたラスティは、私に気が付くと慌てた様に顔を背けてしまった。
自ら婚約破棄を言い出したのに、この反応。
その理由はラスティルートの中盤で明かされるのだが、今回は割愛させていただこう。
真実を聞くのは私の役目じゃない。スピカの役目だ。
私はアトリアに向き直し、彼女に話しかけた。
「ねっ、今日の放課後、一緒に勉強しない? 私、魔法学で分からない部分があるからアトリアに教えて欲しい!」
「貴女、この状況で良く平然としていられますわね……」
そりゃあ、今の私は早くアトリアとの友情エンドを迎えることで頭が一杯だからね。
気分はさながらRTA走者である。
比較的簡単とは言え、友情ルートにも必要な条件はある。
まずは賢さ。学院トップクラスの才女であるアトリアは、賢い相手しか対等と見做さない。アトリアに認めてもらう為には、まず勉強が出来なきゃダメなのだ。
そして他攻略対象との好感度。
これが中々に厄介で、スピカが攻略対象の個別ルートに入った途端に、アトリアはライバルキャラとして本格的に動き始めてしまう。つまり、友情エンドを目指すならば他キャラの好感度を最低限に抑え、フラグを立てないようにしないとならない。
このゲーム、めちゃくちゃ分岐が細かいので、気が付かないうちに個別ルートに突入していることなんてざらにある。そうなると、その周では友情エンドには辿り着けなくなってしまう。
だから今の私がすべきことは、勉強勉強アトリア勉強アトリア勉強……みたいな感じで、余分を一切挟まない事だけだ。
多分、最速で夏休み突入前には友情エンドに入れるはずだ。
一刻も早くクリアーして、スピカにこの体を返さなきゃ!
時間がかかればかかる程、私が解釈違いで発狂しかねない――!
執念とも言える勢いで、私は勉強とアトリアの好感度上げに勤しんだ。
アトリアとの友情はあっという間に結ばれて、恋バナなんてしちゃう仲にまで進展した。
あと一歩。あと一歩というところで、思わぬ事態に遭遇する。
なんとラスティに呼び出されたのだ。
放課後の屋上に、私はラスティと二人でいる。
断ろうかと思ったんだけど、あまりにもラスティが辛そうな顔をしているからOKを出してしまった……。こんな状況であっても、推しには笑っていて欲しいんだよ……。
「覚えているかい、スピカ。幼いころに交わした約束を」
……まずい。この出だしはアレだ。
婚約破棄の真相を言い出すやつだ。
待って! 私、ラスティルートに入らないように気を付けていたのに!
「大人になったら結婚しよう。幼い僕たちの約束は、僕にとって何時しか叶えるべき目標となっていた。けれども、それは僕の独りよがりなのではないかと気がついてしまったんだ」
脳内に映像が流れ込む。
幼い頃のラスティとスピカが微笑み合っている、尊さカンストムービーだ。
ラスティはスピカを真に愛しているからこそ、婚約の約束を呪縛と考えてしまったんだよなぁ。でも、スピカもこの幼い頃の婚約の約束をずっと胸に抱いていて、支えにしていたんだよねぇ……!
この二人のすれ違い、そして一から関係を構築しなおして再び恋をする展開が王道でありながらたまらんのですわ!
両片思いからの両想い万歳! スチルの美しさが眩しいーッ!
「君を手放してからの僕には虚無しかない。君が好きなんだと、思い知らされるばかりだ。……スピカ。僕にこんな事を言う権利はないと承知している。それでもどうかもう一度、君と一からやり直すチャンスを僕にくれないか?」
……辛い。
正直に言って、めちゃくちゃに辛い。
どうしてこの告白を聞いているのが私なのか。
違うんですよ違うんですよ。
ラスティの愛の告白を聞くべきはスピカであり、中身の私じゃあない!
でも、ここで断ってしまえば、スピカとラスティの物語が終わってしまう。
それは駄目だ。私が二人の物語を終わらせる事だけは許されない!
「……あと少しだけ。あと少しだけ待っていて。貴方だけを見るスピカに、必ず戻るから」
これが今の私に言える精一杯。
ラスティも納得してくれて、何とかその場を収めることが出来て一安心。……だった筈なのだが。
「貴女、やはりラスティ様をお慕いしているのね。負けませんわよ!」
だぁー! 立っちまったァ! アトリアのライバルフラグ!
「違うんだよ! 私が今、一番仲良くしたいのはアトリア! アトリアだけ!」
「やはり……一方的な婚約破棄を告げた僕には、やり直すチャンスは与えられないか……」
「そっちも違うって! あと少しだけ待って! そしたら必ずスピカとラスティは結ばれるから!」
「ほら御覧なさい! 貴女、わたくしを踏み台とするつもりですわね!」
「ちーがうってー! あ~~! もうっ!!」
私は、私を挟んで立つアトリアとラスティを同時に抱きしめた。
目を丸くして驚く二人に私は大声で告げた。
「私が二人とも必ず幸せにする! 私を信じて!!」
「……スピカさん」
「スピカ……」
私の告白に二人は目を細め、頬を染める。
どこからともなく、歌が流れてきた。
え、ちょっと。これ、エンディングじゃない……?
徐々に大きくなってくる曲は、今でも毎日聞いている神エンディング曲だ……!
「まさかの二股ハッピーエンドォ!? このまま終わるの!? こんなエンディング知らないよ!?」
私の叫びも空しく、視界がどんどんブラックアウトしていく。
あ~~、終わる~~!
ごめん、スピカ! この状況で貴女にバトンタッチしてしまう事を許してーっ!
……。
…………。
「……はっ、な、なに? え、夢?」
ぷつりと途切れた意識が戻ったのはすぐの事だった。
目が覚めた私が居たのは、住み慣れた自分の部屋だった。
手にはコントローラーが握られていて、どうやらゲームをしながら眠ってしまった事が分かる。
「はは、夢オチ……」
安心したような呆れたような。
いい歳してゲームの夢見るなんて、恥ずかしすぎる!
照れ隠しに笑いながらテレビ画面に視線を向けて、私は硬直した。
画面には『君の為に鐘は鳴る』のエンディングスチルが映し出されていた。
スピカが、頬を染めたアトリアとラスティを抱きしめて幸せそうに笑っている。
今日まで長い事このゲームで遊んでいるが、初めて見るスチルに私は唖然とするしかなかったのだった。
「こ……これはこれで、有り、かな……!?」
取り合えず、スピカが幸せならOKです!!
今日も私の推しは可愛いね!
終わり
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