第1話 伝説との邂逅
全ての魔道人形を破壊し終えた頃、洞窟内の空気は土と魔力の残滓で満ちていた。
静寂が支配する中、俺はひと息つき、肩にかかった土埃を払う。
「結局、全て破壊してしまったな」
戦闘中、なんとか無力化し持ち帰られないか試行錯誤したが、難しかった。
四肢を破壊しても地を這って噛みついてくる。
核だけ残しても、時間が経てば周囲の土や岩などの自然物から体を再構築する。
戦闘力はそれほどだが、その特性は厄介極まりない。
だからこそボスへ献上できれば、と思ったが。
まあ、かまわない。
考えてみれば、命を持たない兵士である魔道人形とは、自動防衛機構のようなもの。
それがここに存在するということは、誰かが意図して配置したということで。
すなわちこの洞窟には何か――守りたいもの、隠したいものがあったということだろう。
魔道人形がいつ造られたものなのかはわからない。
幼いころ母に読み聞かせてもらった絵本に、ヒロインを守る存在として登場していた記憶はある。
が、まさか実在するものだとは思わなかった。
古代の遺物だろう。
そして、核の破壊されていない魔道人形がこれほど大量に残存していたということは、だ。
この洞窟を踏破した者はおそらくこれまでに存在せず、この先にお宝が眠っている可能性が高い。
そこまで考えて、俺は視線を前に向けた。
静けさの中、さらに進むと、空間が突然開けた。
「……何だ、ここは」
湿った土の匂いが次第に薄れ、代わりに澄んだ空気が肌を撫でる。
まるで、異なる次元に踏み込んだかのような感覚。
天井は高く、壁面には青白く発光する苔がまばらに生えており、その光が水面のように揺れている。
広間の奥、中央には不可思議な光景が広がっていた。
宙に浮かぶのは、複雑に折り重なった魔力の線が形成する、鋭角的な構造体。
何層にも重なった、角ばったクリスタルのような結晶。
その各頂点には小さな魔法陣が浮かび、繊細な光の線で互いを結びつけている。
あの構造が一体何を意味しているのか、まるで理解できない。
ただただ奇怪で、そして不安を呼び起こす。
だが、それだけではなかった。
その中央には、静かに眠っている女がいた。
長く柔らかな金の髪が宙にたゆたうように流れ、淡く光を反射して幻想的に輝いている。
肌はまるで雪のように白く、まるで触れると消えてしまいそうな儚さを湛えている。
その頬にはほんのりと血色が差し、薄桃色の唇は彫刻のように整っている。
顔立ちは精緻で、左右対称に近い完璧さ。
閉じた瞼の奥に隠された瞳が目を覚ましたとき、その光がどれほどの輝きを放つのかを考えると、思わず息を呑んでしまう。
そして何より特徴的なのが、長く尖った耳。
まるでこの世の理を逸脱した存在、神話の登場人物のようだ。
思わず呟いた。
「これは、いったい……」
その言葉が口をついて出たが、すぐに冷静さを取り戻す。
目の前にいるのは、ただの女ではない。
その異様な結晶と、彼女の佇まい。
何かが確実に絡み合っている。
あれだけの魔道人形を配置し、封鎖された空間の最奥に存在するものがこれ。
その目的は一体何か?
…………罠。の、可能性も、ある。
視覚的に強く注意を引き、近づけば自動的に発動する魔法装置。
俺のような侵入者を誘導して排除するための仕掛け。
しかし……。
あの女の存在は、ひどく不自然だ。
彼女自体が装置の一部である可能性もある。
あるいは、彼女がこの装置に封印されている対象か?
それとも、誘引物として設置されているのか?
彼女の髪の色、肌の質感、耳の形──それらはすべて伝承に語られる『エルフ』の特徴と一致する。
「魔道人形といい……童話の世界か、ここは」
水晶体全体からあふれ出る強い魔力。
しかしそれからは、殺意のようなものは感じられない。
むしろ暖かく、神秘的で、周囲の生命を癒しているかのようだ。
俺は近くにあった石を拾い、試しに水晶体へと投げる。
ピシッ。
音もなく石は弾かれた。
目に見えない防壁か、魔法による自動防御。
迎撃ではない、防御だ。
この構造は、外部の干渉を防ぐためのものだろう。
石を投げ続けて、さらに検証を重ねる。
その結果、確信に至る。
この構造は、外敵を排除するものではなく、中にあるものを守るための結界。
物理的な衝撃で壊せるものなのか、魔力による中和や上書きが必要か。
極力、魔力は消費したくないのだが。
俺は冷徹に、殺気を完全に消して一歩を踏み出す。
感情も敵意も抑え、ただ静かに、指先で水晶構造に触れる。
パリン。
「――ッ!」
あまりにもあっさりと音を立てて、水晶が砕けた。
内部の魔力が一瞬にして暴れ出すが、俺の体には影響を与えない。
女の身体は重力に従い、ふわりと落下した。
瞬時にその体を受け止める。
軽い。
温かい。
柔らかい。
生命の脈動を、感じる。
微かな吐息が、桃色の唇から漏れた。
「……ん」
俺の腕の中で、女がわずかに身じろぎする。
長いまつげか震え、閉じられていた瞼が静かに、本当に静かに、ゆっくりと持ち上がった。
その瞬間、世界が淡く染まる。
覗いた瞳はまさしく宝石。
濁り一つない清冽な碧。
澄んだ湖面のようでいて、光を受けたガラス細工のように繊細。
それはまるで、悠久の時を超えてなお曇らぬ、聖櫃の奥に祀られた聖なる水晶のよう。
ただの美しさではない。
見る者の心を射抜き、思考を止める、圧倒的な純粋。
その双眸が、俺の顔を映し出す。
恐れも、疑いもなく。
ただ無垢な眼差しで、初めて見る世界を。
そしてそこに居る俺を、まっすぐに捉えていた。