怪人耳掻き男
※耳掻きは適切な掃除方法で行い、掃除間隔は適度に開けましょう。
※この物語ではいくつか危険な耳掃除方法が記載されています。絶対に真似しないでください。
「はぁ~~~!」
恍惚とした顔で、私は思う。
耳掻きって、やめられないよね!
でも最近ちょっと刺激が足りない感じ。
折角通販でチタンの耳掻きをかったのに、もう慣れちゃったような……。
「こうなったら、この前特注で作ってもらっためちゃくちゃ長いネジで、やってみるか!」
「ならーん!」
突如窓から部屋に飛び込んできたのは、全身タイツの怪人。
顔はいいんだけど、ヒーローもどきの全身タイツ姿はちょっとナシ。なにより――。
「俺の名は耳掻き男! お前の耳掻きは何もかもがまちがっている」
「私は耳雅歌ユイです……そんなこといわれても」
「みろ、この長いネジを!」
いつの間にか私から奪ったネジを掲げて、耳掻き男。
「いいネジ業者に特注したようだな。このキレキレのスクリュー……これで耳を掻けば耳の中全体が掻けて、さぞや気持ちいいだろう!」
「でしょ?」
「だがそれも最初だけだ! すぐに外耳の皮膚が傷つき、外耳炎になるぞ! そうしたら、傷が痛い、治りかけて痒い、痒いから掻いて傷ができて痛い――のスパイラル地獄だ。かつての俺もそうだった」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
ネジを奪い返して私が訊くと、怪人耳掻き男はくわっと目を見開いて、
「まず耳掻きは柔らかい素材を使え、古来からの竹、プラスチック、エストラマー、現代ではよりどりみどりだ!」
「でもそれだとかゆみが……」
「冷やせ! 耳の下、顎の骨がある辺りを徹底的に冷やせ! 間違っても冷たい水を耳に直接入れるなよ? この俺のように目眩に悩まされるようになる。耳がカサカサする? その場合は耳の入り口にワセリンをごく微量塗っておけ! 少しはましになるはずだ!」
「耳キン○ンや耳シー○リーズは?」
「もうそこまでいっているのか! 手に負えない女だな! いいか、それらは最初スースーして気持ちいいが、段々慣れて使用量が増えていく! そしてあるとき耳に傷がついているのにも気づかずに耳の中に流し込んで――大惨事だ!」
「うっ、それは確かに気持ちよさそうというより、痛そう……」
「ようやく理解できたようだな」
「でも、耳の中がちょっとゴソゴソするんですよね」
「なに? ちょっとみせてみろ」
そういって怪人耳掻き男は全身タイツのポケットから竹の耳掻きを取り出すと、
「どっちの耳だ」
「両方です」
「では右からだな」
一瞬で私の横に立つと、痛くない程度に耳たぶを下に引っ張ってから、さらに右へ。
「って、立ったままやるんですか?」
「安心しろ、俺の耳掻きはすぐ終わる」
怪人耳掻き男のいうとおり、スッと耳掻きが入ったかと思うと、耳の壁には一切触れずに中のゴソゴソしたところにコリッと耳掻きがあたった感触。
そして次の瞬間には、ゴソッという音と共に、耳掻きが引き抜かれ――耳の中が一気にすっきりした気分に!
「ふん、やはりな。抜けた髪の毛が丸まって耳の奥に入っていた」
いつの間にか空いた手の上のティッシュを乗せて、そのうえにコイル状に丸まった髪の毛の乗せて、怪人耳掻き男。
「では反対側だ。む、こっちは耳の皮が少し剥がれているな。取れるものだけ取ってやろう」
スッと入った耳掻きが丁寧に、繊細な動きで剥がれた耳の皮――つまり耳垢――に当たル感覚。
コショ、シュコ――ゴゾガザ。
「よし、取れたぞ」
再び取れたものをみせてくれる怪人耳掻き男。
その手の上には、直径三ミリほどの白いシート状の耳垢がありました。
「三週間は耳掻きをしないように、教えた対策も効かないなら耳鼻科に行け。ではな!」
「ちょっとまって!」
二階のベランダから飛び出そうとする怪人耳掻き男を呼び止め、私。
「その耳掻き、どうなってるの?」
「これか……」
そう、怪人耳掻き男のもっとも怪人を思わせる部分は、全身タイツではなく、それ。
左の耳から入って、右の耳に突き抜けた煤竹製とおぼしき古い耳掻き。
「どうもこうもない。これは呪いの耳掻きで、俺の脳を貫通しているのだ」
「それじゃ死ぬでしょ!?」
「ああそうとも。だが、これは呪われた耳掻き。これが突き刺さっている限り、俺は死ぬことがない」
「なんでそんなものが……」
「かつては――俺もお前のような耳掻き好きの、ただの男だった」
目を細めて、怪人耳掻き男は続ける。
「竹からはじまって、プラスチック、金属、象牙、耳掻きの素材は何でも試した。匙型、円盤形、スクリュー型。だが、お前と同じように俺もまた耳掻きの刺激を求めすぎ、どの耳掻きでも満足できなくなった――そんなある日」
そこで怪人耳掻き男は、自分の耳に突き刺さっている耳掻きを指さしました。
「呪いの耳掻きを手に入れた。その耳掻きは極上の掻き心地を得られるが、二度目の耳掃除で確実に死ぬといわれる曰く付きだ。だが、俺は我慢できなかった」
どこか恍惚の笑みを浮かべて、怪人耳掻き男。
「噂通り、極上の気持ちよさだったよ。こよりのように繊細で、切り詰めたパイプ掃除用のタワシよりも力強かった。竹のようにしなやかで、金属のように鋭い。俺は夢中で耳掻きを延々と続け……きがついたら、こうなっていたのさ」
再び耳掻き、それも匙部分を指さして、怪人耳掻き男。
よく見てみると、匙の部分はうっすらと血で汚れていました。
「以来俺は不死身の身体と、超人的な体力と、過度な耳掃除をしている人間の感知能力を身につけてしまったというわけだ……」
「二度目の耳掻きで死ぬっていうのは?」
「単純に、この呪われた耳掻きを引き抜くということだ。そうすると呪いは解けるが、同時に俺は脳を貫いているわけだから、死んでしまうのさ。もっとも、引き抜くときには極上の気持ちよさを味わえるそうだがな」
「つまり、その耳掻きを引き抜く人は、あなたに極上の気持ちよさを与えられた上に、この世のものとは思えない耳掻きを、一度だけ味わえるってこと?」
「そういうことだが――」
私に向き直り、怪人耳掻き男は声を低く落とします。
「お前、何を考えてる?」
『次のニュースです。ここ数年、独身女性の家に窓から飛び込み、耳掃除のやり方を教えては去って行く『怪人耳掻き男』ですが、その出現報告がなくなって三ヶ月が経ちました。専門家は、有名になりすぎて身を隠したのか、あるいは何らかの事故に遭ったのではないかと推測しています。
また、『怪人耳掻き男』と入れ替わるように『怪人耳掻き女』なる存在が都内を中心に、数カ所で目撃されています。暖かくなってきましたが、戸締まりには十分気をつけてください。警察は、模倣犯とみて『怪人耳掻き女』の行方を追っています――次は、お天気コーナーです。お天気キャスターの橘さん?――』
※面白かったら、ポイント評価やブックマークへの登録をお願いいたします!