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第8章

 瓦礫が積み上げられた拠点の一角を踏みしめると、靴底から伝わる砕けた石のざらりとした感触に胸が痛む。つい先日までここは激戦の舞台だった。仲間たちが血と汗を流し、旧ギルドの兵を押し返したあの場所――今は嘘のように静まり返っている。冷たい朝の空気が肌を刺し、遠くから風に乗ってかすかな焼け焦げのにおいが漂ってくる。

 俺はゆっくりと息を吸って、鼓動を落ち着かせる。混戦を制してから数日が経ったが、まだ心のどこかがざわつくような感覚が消えない。勝利は得た。腐敗の象徴だった旧ギルドを打ち破った。それでも、残るものがある――大切な仲間を失った喪失感。新たに背負った責任の重さ。目の前の廃墟は、それらを容赦なく突きつけてくる。


 今日、この場所で行われるのは“追悼の儀”。戦いで命を落とした仲間の魂に別れを告げ、皆が改めて前を向くための式典だ。気づけば、周りには同期の仲間や新規に加入した人々が集まってきている。多くは疲労と憔悴が色濃く残る表情だけれど、彼らの瞳には確かな意志が宿っているのを感じる。

 やがて、木製の簡易舞台の上へ進み出たのは、先日の激戦をくぐり抜けた勇士たち数名。そして、俺もその中に加わる。お世話になった仲間の名が読み上げられるたび、沈痛な空気が一面を覆っていく。誰かが震える声で「ありがとう」とつぶやき、それが静寂の中でやけに大きく響く。


「彼らは確かに命を懸けて、この世界に風穴を開けてくれたんだ」

 俺は唇を噛みしめながら、そう言葉にする。場に漂う空気に呑まれそうになるが、言わなきゃいけない。

「だから……絶対に無駄にはしない。俺たちは新しい時代を作る。そのために生き抜く。それが、ここで散っていった仲間に応える唯一の方法だから」

 声が震えて、言葉がうまく続かない。けれど、拍手でも歓声でもない、何か深い同意のような空気が全員を包む。次の瞬間、組織の管理端末から「絆ポイントが加算されました」という表示が浮かび上がる。俺たちはシステムによって信頼や団結を数値化しているが、いまはそれが不思議と自然に受け入れられる。“数字”は仲間が共有する気持ちの一端を、視覚的に照らすだけ――そうわかっているからだ。


 追悼の儀が終わると、重々しい雰囲気のまま人々は静かに解散していく。けれど、そこにはどこか“次へ進もう”という決意がにじんでいる。俺もその背中を見送りながら、深く息を吐く。もう立ち止まるわけにはいかない。


 翌日、焦げ跡の残る拠点の中央広場で、俺は仲間たちと共に、新たに作り直した旗を掲げる。先の激戦で破れた古い旗を捨て、象徴として描き直した剣と翼の意匠――苦しいときも、どこかで希望を見失わない。そんな思いを形にしたデザインだ。

「俺たちは、もう一度ここから始める。実力と誇りで拓いてきた道を、もっと大きな流れに変えていくんだ」

 声に力を込めると、集まった仲間の間から小さな歓声と拍手が起こる。まだ大きな熱狂というほどでもないが、戦いで傷ついた人々の心にはじわりと届いているはずだ。


 そして、その日は第一王女エリシアも拠点に姿を見せていた。彼女が華やかな衣装のまま地図を広げ、国全体の情勢を説明してくれる。王家の情報網によって集められたデータは圧倒的な量と信頼性があり、被災地や困窮地域、今後の復興が必要な場所がこと細かく示されている。

「ここを重点的に支援すれば、かなり混乱は抑えられるはずです。ですが、資金や物資、それから人員がどうしても足りません」

 彼女の声は透き通っているが、その奥には強い責任感がにじむ。俺はうなずきながら、書類に目を走らせる。

「ありがとう、エリシア。あなたの情報なしじゃ、この広域な復興は考えられない。俺たちの組織も力を貸してくれるはずだ」

 視線を上げると、彼女のまなざしが静かにこちらを捉えていて、少しだけ胸が熱くなる。高貴な雰囲気と、俺に向ける熱い思いが混ざり合ったような眼差しだ。慣れないが、いまは頼もしい。


 早速、俺たちは組織全体で復興への協力を呼びかける。もともと腐敗ギルドの影響下で苦しめられていた市民も多いから、賛同の声が思った以上に集まる。すると、システム上の「人気度」ゲージがみるみる上昇していくのがわかる。

「随分と注目を浴びているな」

 商人崩れの男が満足そうな顔で端末を見せる。確かに高い数値が出ているが、俺は気を引き締めるように自分へ言い聞かせる。

「人気があるってことは、その分期待も大きい。応えられなかったときの反発は相当だ。いいか、驕らずにやっていこう」

「わかってる。ここまで来ておごりなんか捨てちまったら、また同じ轍を踏むだけだろ?」

 彼の言葉に首肯すると、周囲の仲間も同じように深く頷いている。やるべきことは山積みだが、やりがいもある。ここにいる全員が、“新秩序”という大志を自然と共有できている気がする。


 いま必要なのは、組織内の専門性をより明確に分けることだ。防衛・外交・経済・魔法――それぞれの強みを伸ばし、弱点を補う連携システムを再構築する。

 狭い会議室にメンバーがひしめき合い、白熱した議論が続く。何人かは紙やペンでアイデアを走り書きし、魔法使いがそれを魔道端末に落とし込む。エリシアの情報データと、商人組の経済ノウハウが掛け合わさると、これまで見えなかった連携スキルが次々と生み出されていく。

「魔力で物資の運搬効率を高める“魔送ネットワーク”とか、どうです?」「いいですね、それに合わせて商隊を送り出せば、利益も出せるし援助もスムーズだ」

 そんな声が飛び交うたび、端末の画面に新しい“連携スキル”が登録され、みんなの目が輝いていく。かつては想像もつかなかった技術と戦略の融合――これこそ、俺たちが築こうとしている新しい世界の先駆けかもしれない。


 やがて議論が一段落したところで、俺は椅子から立ち上がり、全員を見回す。

「正直、ここから先は未知の領域だ。だけど、俺たちはもう一度腐敗や不正に飲まれるわけにはいかない。自分たちの実力と信頼で、この国を支え、守っていく。その意志があるなら、一緒に来てくれ。俺はやるしかねぇと思ってる」

 言い終わった瞬間、静寂が訪れるが、その直後に大きな拍手と歓声がわき起こる。システムのメッセージ欄が「信頼度大幅上昇」を示し、仲間たちは笑顔でこちらを見つめる。まるで、この場に漂う空気が温度を上げたかのような熱気を感じる。


 しかし、状況は楽観視できない。エリシアから「国外でもあなたたちの勢力拡大を警戒している勢力がある」と警報が届く。早くも外交や防衛の準備を進めなければ、せっかく勝ち取った秩序を崩される可能性があるのだ。

「わかった。即座に防衛体制を整えよう。各部門のリーダーは、シミュレーションを開始してくれ」

 俺の指示で仲間が散り散りに走り出し、魔法陣を展開したり、兵の配置を図上シミュレーションしたりする。旧ギルドを破り、国内の一定の支持を得た今こそ、他国からの干渉が来るのは予想の範囲内だ。ここで焦らず、しっかりと備えるのが俺たちの責務だと自覚している。


 同時に、組織内部でも改革はさらに加速している。誰がどんな強みを持っているかをシステムで改めて可視化し、新理念への同意を求めると、ほとんどのメンバーが「賛同」を選択した。かつて“追放者”と呼ばれ、弾かれていた人々はもちろん、新たに参加してきた若い冒険者たちも、腐敗のない評価を求めてここに集まっている。


「ここまで支持してくれるとは……」

 思わず漏らすと、隣を歩いていたエリシアが笑みを浮かべる。

「ええ、レオン様が勝ち取った信頼は本物ですよ。皆、あなたの想いに応えたいと思っているんです」

 その言葉に、胸がじんと熱くなる。仲間がいるからこそ、俺は迷わず次へ踏み込める。


 日が暮れるころ、戦場跡だった広場では小さな祝賀祭が催される。大々的な行事をする余裕はないが、勝利を祝い、ここまでの道のりを噛みしめるためのものだ。料理の香りが漂い、簡素なテーブルに寄り添うように人々が集まり、戦闘で負傷した仲間をいたわる姿も見られる。

 そこで自然に始まるのは、個々の成長エピソードの共有だ。「俺は剣の才能が無いと言われ続けたけど、魔法と組み合わせたら急に強くなれたんだ」とか、「私は人前に立つのが怖かったけど、今は副隊長として指揮を執っている」とか。笑いや感嘆の声が絶えない。

 俺も思わず顔がほころぶ。この短期間に、ここまで多様な力を伸ばせるなんて――昔なら信じられなかった光景だ。さすがに端末をいちいち見なくてもわかる。組織の成長グラフは明らかに上昇しているはずだ。


 「レオン様、そろそろ次の大きな方針も考えないといけませんわ」

 祭りがひと段落したころ、エリシアが俺の近くに腰を下ろして微笑む。ほんのりと紅潮した頬は、まるで王女という身分を忘れるほどくつろいでいる証拠かもしれない。

「そうだな。隣国との連携、あるいは協定を結ぶことも視野に入れたい。外交担当のメンバーに助力してもらおう」

 俺がそう提案すると、彼女は軽く頷き、システムの画面を開く。すると「外交ポイントを付与できます」という項目が表示されている。どうやら隣国の商人や政治家との接触をすでに試みており、具体的な成果が出そうな段階だという。


 祭りの終盤、皆が片付けを始める頃、少しだけ風が強くなってきたのか、夜の冷気が肌を刺す。俺は外に出て星空を見上げる。灼熱の戦火に焦がされたあの場所が、こんなにも穏やかな夜を迎える日が来るなんて、少し不思議な気持ちだ。

 足音も立てずに寄ってきたエリシアが、隣でそっとささやく。

「レオン様、あなたはずっと『自分に才能なんてない』と思い込んできたのでしょう? でも今や、多くの人があなたを中心に新秩序を築こうとしている。……誇っていいんですよ」

 その瞳を見つめると、俺は軽く首を振ってから笑みをこぼす。

「才能より、大事なものを見つけたからな。仲間がいて、やるべきことがあって、必要とされてる。それだけで“やるしかねぇ”って思えるんだ」

 彼女は小さく笑って、「私もあなたの仲間の一人として、ずっと支えます」と静かに誓う。その言葉が嬉しくて、少し胸が苦しいほどだ。


 夜半過ぎ、倉庫にある仮設の会議室に戻ると、メンバーたちが再度集まり始めていた。どうやら外部脅威に備えた戦略シミュレーションが進行中らしい。冒険者と商人、それに魔法使いが三つ巴でデータを突き合わせている。

「ここはこう動くべきだな……」「もし戦争が起きたら、避難ルートを確保して……」「外交でどうにか衝突を避けられないか?」

 白熱した議論に割って入り、俺も加わる。どれも現実的な危機管理に必要な議題ばかりだ。見えない脅威に備えて、より強固な土台を築く――まさにこれが“最終チャレンジ”への準備なのかもしれない。


 会議を終えたころには、仲間たちは疲労の色をにじませながらも、そこかしこに笑顔が浮かんでいる。「これでまた一歩、前進できたな」「うまくいけば大きな戦争を避けられそうだ」といった声が聞こえ、俺の胸にも小さな安堵が灯る。


 最後に、エリシアと二人で倉庫の外へ出て夜空を見上げる。星が柔らかくきらめき、静寂の中で遠くの光がかすかに瞬いている。あれは町の灯りか、あるいは隣国の国境か――どちらにせよ、俺たちが未来を築くステージはさらに広がっていくのだろう。

「レオン様、これからますます大変になりますね。けれど……私たちならきっと、やり遂げられます」

 彼女の声は、以前よりも落ち着いた響きを持っている。俺も同じ気持ちだ。もう“不安”だけに囚われてはいられない。俺たちがここまで築いてきた秩序と信頼を、もっと大きな可能性へと繋げていくために、踏み出す時が来たのだ。

「……ああ、やるしかねぇよ。みんなで掴んだ勝利を無駄にしないために」


 そう言い切ると、胸の奥で静かな熱が沸き起こる。かつての敗北や追放の痛みは、俺を変えるきっかけに過ぎなかったのかもしれない。今は、仲間と一緒に未来を描ける自分がいる。エリシアの微笑みと、夜空の星の光が、まるで次の章へ進むための道標のように見えて仕方がない。


 そう、俺たちの旅はまだ続いていく。激戦を制した今こそ、新秩序を確立して内面を成熟させる絶好の機会だ。これまでを糧にして、さらに大きな世界へと踏み出すために――追放者として地を這っていた日々とは違う、本当の意味での冒険が始まろうとしているのだ。



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