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第6章

 「やるしかねぇか」

 自分でも口癖とはわかっているが、今日ほどこの一言が身に染みる日はない。いま、俺の目の前には幾重にも連なる人の波――ギルドの紋章を掲げた旧勢力の大軍勢が押し寄せている。先日までは局地的な衝突が断続的に続いていただけだったが、ついにギルド側は全面戦争を決意したらしい。それも、中心にいるのはギルドマスターの息子ガルツ。

 荒野の空はどんよりと曇り、まるでこの決戦の行方を暗示しているかのようだ。わずかな風が吹き抜け、土煙が舞い上がる。そんな中、エリシアや仲間たちが固唾をのんで戦列を整えている。ここには俺たちの拠点から集結した百人近い仲間が集まっている。かつては寄せ集めの追放者集団だった俺たちが、今やこうしてまとまった戦力をもってギルドに対抗できるまでに成長したのだ。


 その証拠に、システム上でモニターしている「総合戦闘数値」がすさまじい数値を弾き出している。商人崩れの男が運営する“魔道端末”には、冒険者ギルドの大軍勢が抱える戦力データと、俺たちの組織が持つ戦力データがリアルタイムで表示されているが、互角――いや、こちらの勢いがやや上回っているように見える。


「ここまで来たんだ、絶対に負けられない」

 仲間たちが揃って気合を入れる声が聞こえる。全員の顔には決意が宿り、かつての追放者の面影はもはや感じられない。俺はひときわ大きな声で宣言する。


「みんな、最終作戦を確認するぞ! 旧ギルドが総攻撃をかけてくるのは時間の問題だ。俺たちは防衛と奇襲を同時進行し、やつらの足場を崩す!」


 この宣言どおり、俺たちの“最終作戦”は大きく二段階に分けられる。まずは新拠点での防衛ラインを固め、敵に攻め込まれないようにする。その間に、分隊が敵の背後や補給路を断つ奇襲作戦を遂行し、最終的にはガルツのいる中枢部を叩く。すべてがタイミング勝負だが、エリシアの情報システムや、俺たちがこれまで構築してきた経済戦略を活用すれば可能なはずだ。


 暫しの静寂の後、やがて先鋒を担うギルド兵らしき部隊が轟音を立てて突撃してくる。

「来るぞ――全員、配置につけっ!」

 俺の号令とともに仲間たちが動き始める。迎え撃つ前衛たちは、すでに訓練で鍛えた連携を発揮し、盾と槍を組み合わせて相手の突破を阻止。後衛の魔法使いは、商人崩れの男が練り上げた物資支援――つまり魔法触媒や魔力増幅の道具をフル活用し、広範囲への妨害攻撃を放つ。

 「ぐあっ!」「馬鹿な、この防御は何だ……!」

 ギルド兵たちの悲鳴が遠くから聞こえ、彼らは一気に攻勢をかけようとするも、俺たちの新拠点が築く防衛システムに阻まれている。最近、拠点の周囲に結界石を多数配置したことも功を奏し、相手の魔法攻撃が思ったより届かないのだ。


 戦線が固まった瞬間、今度はガルツの姿が見える。豪奢な装飾を施した火炎剣を振りかざしながら、自分の軍勢を煽るように突き進んでくる。


「愚か者どもめ! 俺に楯突こうなんざ、百年早ぇんだよ!」

 その声には、焦りと苛立ちも見え隠れする。恐らく、こちらの戦力が想定以上に強化されているのを知って動揺しているのだろう。実際、先の襲撃や局地戦で俺たちが築き上げた経済戦略が大きく功を奏し、兵たちは十分な装備と士気を保っている。

 俺は少し鼻で笑いながら、仲間に向けて叫ぶ。


「やつを正面から引き受けるのは俺だ。他の部隊は、計画どおり資金ルートと補給線を断て!」


 鋭い号令に、仲間たちが一斉に応じる。数隊の部隊が素早く崖道や森林へと回り込み、戦略どおりの配置についていく。敵のギルド本部から流れる資金と物資、それこそがガルツたちの生命線。そこを断てば、一瞬で崩壊する。

 正面から突進してくるガルツに向かい、俺は静かに息を整え、剣を抜く。背中には仲間の熱い視線。胸の奥では“覚醒システム”が脈打つように高鳴っていた。


(これが、俺たちの決戦だ……!)


 ガルツが無数の火炎弾を撒き散らしながら突進してくる。タイミングを見極め、俺は剣を横に払った。火の粉が舞い、熱気が周囲を包む。しかし、先の修行で会得した魔力循環の術を駆使すれば、耐えられないほどの熱ではない。


「ハッ、ずいぶん余裕そうじゃねえか。追放されたクズが、俺に勝てるとでも思ってるのか?」

 ガルツの嘲笑を聞き流し、俺は冷ややかに鼻を鳴らす。

「お前こそ、まだわかってないのか? 俺たちはもう、昔の俺じゃない。何度言わせるつもりだ」


 魔法剣に全身の魔力を通す。手のひらに熱い輝きが凝縮され、血流そのものが剣へと溶け込んでいく感覚。ガルツの火炎剣と正面から激突した瞬間、閃光が爆ぜ、轟音とともに大地を揺らす。視界は土煙に包まれ、一瞬の耳鳴りが頭を締め付ける。

 だが、俺は即座に意識を取り戻した。

 ガルツと距離を取りながら、身体の奥底で“覚醒システム”が目覚めるのを感じる。圧倒的なエネルギーが湧き上がり、全身が研ぎ澄まされる感覚だ。


 視界の先、戦場の各所で仲間たちが奮戦している。前線で敵を食い止める者、後衛から魔法支援を行う者、補給線を襲撃する分隊。それぞれが自身の“成長スキル”を限界まで高め、同時に発動させている。

 システムの画面には、仲間たちのステータスが次々と上昇マークを示し、俺たちの組織の総合戦闘力がギルド本部に匹敵――いや、上回り始めている。


「……すげぇな。本当に、俺たちの組織がここまで来たんだ」

 思わず声が漏れた。すぐ近くにいたエリシアの護衛兵が、「はい、既に補給線がほぼ崩壊しています」と報告してくる。やはり奇輪が成功したんだ。敵の資金費道が断たれれば、長期戦は不利になる。だからこそ、ガルツは正面決戦で一気に決着をつけようとしているのだろう。


 ガルツと再び剣を交えると、奴の火炎剣が漂う焼き立つ紅の火花を吹き上げる。

「ここで終わりだ、レオン・アルスター」


 大きく上段から振り下ろされた刃を受け止めると、火炎の衝撃で腕がしびれる。けれど、今の俺は退くつもりはない。剣を押し返す勢いで斜めに回避しつつ、逆に剣壓を送り返す。

 何度も打ち合ううちに、ガルツの表情が漸漸に劣効の色を添えていく。


「何でだ……お前なんかが、こんなに強いはずは……」


 その言葉に含まれる困惑は、かつて俺を無能呼ばわりしていたころと比べ、明らかに違う。事実、家柄と金でステータスを底上げしただけのガルツとは、もはや次元が違うところに来ている――そう自信をもって断言できる。


 ふと、戦場の遠方から爆音が轟き、敵軍の一部が崩れ落ちる気配を察する。仲間が仕掛けた爆薬や兵糧庫への奇襲が成功したのかもしれない。資金調達システムが崩壊すれば、ガルツの大軍勢も長くはもたないだろう。

 すると同時に、俺の胸の奥が熱くうずき始める。まるで臨界点に達したエネルギーが外へ溢れ出すかのような感覚だ。苦しい――でも、その奥には高揚感が混じる。

(来る――覚醒システムが……!)

 視界の端で、エリシアの姿が目に入る。彼女も必死に他の仲間を指揮しながら、こちらをちらりと見て頷いている。王家の情報システムが示す限り、もう勝敗はほぼ決しているはず。最後に残るのは、ガルツとの個人的な決着だ。


 「俺は……自分を無能扱いしたお前に、もう一度だけ言うことがある」

 呼吸を整え、ガルツの前に立ちはだかる。この言葉はずっと胸にしまい込んでいた。

「お前たちが捨てたものの価値を、ようやくわかったか?」


 それはかつてギルドを追放されて以来、俺が何度も思い描いてきたフレーズ。俺の中で、最後の葛藤が解消される瞬間を迎えた気がする。血統の力どうこうではなく、俺自身がもう“無能”でも“負け犬”でもないと知っているからこそ、はっきりと言える。


 ガルツはうろたえた表情で剣を振り回すが、その動きにはもはやかつての威勢がない。


「くそ、くそっ……俺は……ギルドの御曹司なんだぞ! 家柄も、金も、全てを持ってるんだ。俺が負けるわけがねぇ!」

 だが、魔力の火炎が一瞬派手に燃え上がったあと、ガルツの体勢が乱れる。経済戦略を破綻させられ、補給も切れている今、何度も超火力の攻撃を繰り返す余裕は残っていないのだ。

「なら、その思い込みを今ここで砕く!」

 俺は剣を構え直し、全身の魔力を一気に集中させる。視界が白く染まるほどのまばゆい光が剣先に凝縮され、肌がびりびりと震える。これは俺の成長システムと、英雄王の血統が生み出した“必殺”の一撃かもしれない。脳裏をかすめるのは、古文書で読んだ王家の伝承――“真の試練を乗り越えた者は、封じられた力を解放する”という言葉。


 「はあああっ……!」

 叫びとともに、一気に剣を振り下ろす。衝撃波のような光の奔流がガルツを包み込み、地面が揺れるほどの衝撃が戦場を満たす。

 次の瞬間、ガルツの火炎剣がへし折れ、彼の身体が吹き飛ばされて土煙を舞い上げながら転がる。周囲の敵兵たちが「ガ、ガルツ様が……!」と悲鳴を上げる一方、味方の仲間は「やったぞ!」と歓声を轟かせる。

 俺は呼吸を乱しながらも剣を静かに下ろす。腕が痺れているが、心の中は妙に静かだ。あの何年にもわたって俺を嘲笑してきたガルツが、今、こうして地に伏せっている。この光景を信じられない思いもあるが、はっきりと感じるのは勝利の確信。


 魔道端末の画面を見ると、「ガルツ――敗北通知」という文字が浮かび上がっている。これで、旧ギルドの象徴でもある彼を打ち破ったことが公式に示されたわけだ。

「ま、まだだ……俺は……」

 ガルツは呻きながらも起き上がろうとするが、その手足は震えている。炎の魔力が尽きた今、奴はもう抵抗できないだろう。周囲にいた残りの敵勢力も、一瞬で士気がしぼんだように見える。エリシアや仲間たちが一気に制圧にかかり、次々と武器を捨てさせていく。

 「お疲れ、レオン」

 いつの間にか傍に来ていたエリシアが、ほっとした顔で声をかけてくれる。俺はうなずき、「これで決着がついたんだな……」と息をつく。


 戦場のあちこちを見回すと、まだ小競り合いこそあるものの、大勢はすでに決したようだ。組織の仲間が一斉攻勢をかけて、残ったギルド兵を包囲し、次々と降伏させている。経済面でも物量面でも、もはやギルドに勝ち目はない。それを示すかのように、魔道端末の表示が「旧勢力:壊滅状態」と出している。

 激しい戦いの代償は決して小さくはない。こちらも負傷した仲間は少なくないし、拠点への攻撃で設備が一部破壊されている。だが、一番大きな勝利は、腐敗した体制を支える主戦力がここで瓦解したこと。かつてギルドで虐げられてきた俺たちが、ついに対等以上の立場で勝負し、結果を示したのだ。


 最後に、仲間の一人が声を上げる。

「レオン、見てくれ。これ……すごい数字が出てるぞ!」


 彼が指差す魔道端末を見ると、組織全体の成長グラフが圧倒的な数値で頂点を示している。まさに今、仲間一人ひとりが“最終的な成長”を遂げつつあるというイメージだ。皆の積み重ねが一気に花開き、俺もまた、血統の力をある程度まで引き出した。

 達成感とともに、未来への強い意志が胸に沸き立つ。ここで腐敗ギルドに打ち勝っても、まだ世界には闇の気配がある。たとえば、魔神ダルヴァスの復活という脅威も無視できない。だが、今の俺たちなら、きっとどんな敵とも渡り合える――そんな自信を持って言える。


「みんな、本当にお疲れ。……これで一つの区切りがついたな」


 俺は仲間たちに向けて言葉をかける。全員が、汗と埃まみれの顔で笑い合っている。追放者だったころには考えられない光景だ。この瞬間、俺たちは確かに“勝者”であり、同時に新たな時代を切り拓く立場にいる。

 エリシアがそっと近づいてきて、小さな声で囁く。


「レオン様、これで終わりというわけではありません。あの闇の魔神が動き出す前に、私たちはもっと備えを固めないと……」


 その言葉に、俺は力強くうなずく。ガルツという分かりやすい敵を打ち破ったのは大きいが、本当の戦いはまだ先にある。英雄王の血統が完全に覚醒したわけでもない。俺はようやくスタート地点に立ったに過ぎない。


 それでも、今日の勝利は揺るぎない事実だ。かつてギルドに「才能がない」と嘲られた俺が、仲間たちと力を合わせて新勢力を築き、最強のAランク冒険者と言われたガルツを打ち倒した。その過程で、血統の力がどんな可能性を秘めているのかも垣間見えた。


「やっとここまで来た。……でも、まだまだやれる。俺たちはもっと強くなるし、きっと世界だって変えられる」


 剣を鞘に収めながら、そう呟く。仲間たちの歓声や笑い声が遠くでこだましている。負傷した者を手当てし、装備を確認し、崩れた拠点を修復すれば、また新たな一歩を進めるはずだ。


 ギルド兵たちが武器を捨てて降伏し、ガルツが意気消沈した顔で地にうずくまっているのを横目に見ながら、俺は空を仰ぐ。どんより垂れ込めていた曇り空に、わずかに陽光が差し込み始めた。戦いの代償として大きな傷跡は残るが、その先に見えるのは確かな光――俺たちが選び取った未来だ。

 こうして新旧勢力の激突は、俺たちの勝利に終わった。成長グラフの頂点に到達したという実感とともに、今後訪れるさらなる試練への覚悟が胸に広がる。英雄王の力を完全に解放するのはまだ先かもしれない。それでも今なら言える。


「これからも、腐敗なんかに負けたりしない。必ず俺たちの手で、この世界を――」


 最後まで言葉にはしなかったが、仲間たちの視線がその続きを物語っている。頬に吹く風は優しく、そこにエリシアの澄んだ瞳が重なる。彼女の気高い微笑みが、次なる戦いの準備を急かすかのようでもある。

 ――だが、今はただ、この勝利を嚙みしめる。無能扱いされた男と、その仲間たちがここまで来たのだ。誰もが誇らしげに顔を上げられる。それだけで、かつての悔しさや寂しさは充分に報われる。

 戦いの終息を見届け、俺は再び胸の奥に小さく誓う。いつか本当に世界規模の危機が訪れるとしても、もう恐れたりはしない。覚醒システムは今この瞬間も進行中だ。英雄王の末裔として、一人の冒険者として、俺は次なる一歩を踏み出す――そこに仲間たちの笑顔がある限り、俺は何度だって立ち向かうと決めたから。


 晴れ間が広がっていく空を見上げながら、俺はギルドに突き付けられた“敗北通知”の文字を思い出す。圧倒的な権力を握っていた旧勢力が、今ここで崩れ去った。これこそ、俺たちが手に入れた大きな勝利の象徴なのだ。

 ならば次へ進むしかない。血統の完全覚醒と世界の新たな秩序のために――。仲間たちの笑顔と歓声に包まれながら、俺の胸には確信が芽生える。このまま歩みを止めず、さらなる高みを目指そう、と。

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