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第4章

 朝の市場を歩けば、ひそひそと交わされる声が嫌でも耳に入る。

「追放された冒険者が、新しい勢力を作ってるらしいぜ」「腐敗したギルドに逆らってるって話だが……本当にうまくいくのか?」

 最初こそ誤解混じりの陰口ばかりだったが、最近は「意外と実力がある」「正当に評価してくれる」と、俺たちを好意的に見る者も増えてきた。実際、ギルドを通さず依頼を引き受けることで、安く確実にこなせるのなら、市井の人々にとってはありがたいはずだ。噂が広まるにつれ、俺たちに興味を示す者も増え、仲間も順調に集まってきている。


 だが、その盛り上がりは、俺たちの存在を快く思わない者たちの目にも留まることになる。

 街角の貼り紙に掲げた「追放者募集中」「新たな冒険の第一歩」という文言。それらの間を縫うように、ギルドの手先やスパイが紛れ込み始めた。腐敗したギルドには、不正資金を動かす独自のネットワークがあると聞いていたが、ここまで露骨に探りを入れてくるとは思わなかった。


 実際、拠点には妙な連中が増えている。やけに馴れ馴れしく「加入を検討している」と言いながら、組織の資金や行動計画を根掘り葉掘り聞いてくる者。仲間が警戒して追い返すこともあれば、うっかり受け入れてしまうこともある。気づけば、内部情報が漏れているのは明白だった。

 だが、証拠がない以上、誰を疑えばいいのかもわからない。

「資金の流れがおかしいんだ」

 渋い顔をした商人崩れの仲間が、俺に耳打ちする。

「どこかで不正に出金されてる可能性が高い」

 思わず眉間に皺が寄る。コツコツ貯めた資金が、誰かの手で勝手に動かされている。もしそれがギルド側へと流れているのだとしたら――。焦燥と苛立ちが胸を突く。


 そんな不穏な空気の中、襲撃は突然訪れる。

 その晩、俺は拠点で簡単な書類整理をしていた。木の机に広がる報告書と資金収支のメモ。数を確認しながら、わずかながらの充実感を噛みしめていた、はずだった。

 ――が。

 突如、外から鋭い叫び声が響く。

「敵襲だっ! 火が放たれてる!」


 夜闇を裂く炎の轟き。

 慌てて外へ飛び出すと、隣の倉庫が激しく燃え上がっていた。火の粉が舞い、焦げた木材の匂いが鼻を突く。仲間たちは混乱の渦に巻き込まれながらも、必死に指示を求めてこちらを見る。


「くそ……! 仕掛けてきたか!」

 俺は剣を抜き、周囲を見渡す。

 黒装束の集団が、炎の隙間を縫うようにしてこちらへ突っ込んでくる。ギルドの手先――先頭に立つ男の胸元には、正式ランクのバッジが月光にちらついていた。その動きからして、只者ではない。

「消火班は水を! 戦える者は迎撃しろ!」

 瞬時に指示を飛ばす。倉庫の改造時に仕掛けておいた警報装置や資材置き場を防衛に活用するしかない。簡易罠も仕掛けてあるが、うまく機能してくれるかどうか。


 頭の中で拠点の「耐久度」をイメージする。どこがどの程度の被害を受けているか、使用可能な設備は何か。これは決して遊びではない。だが、商人崩れの仲間やエリシアの情報網を駆使し、俺たちは組織の活動を数値化し、管理するシステムを作り上げていた。それが、今この瞬間にも役立っている。


 しかし、敵の攻撃は容赦なかった。

 火炎魔法の閃光が走り、倉庫の壁が焼け焦げる。仲間たちが次々に傷を負いながらも応戦する中、俺も剣を振るうが、圧倒的な数の前に押される。拠点の「ダメージ」が蓄積していく感覚に、警戒レベルが跳ね上がった。


「情報が入った!」

 駆け寄ってきた仲間が息を切らしながら報告する。

「奴ら、ギルド本部から多額の支援を受けてる! しかも、裏で指揮してるのは……ガルツだ!」

「やっぱりな……。あの野郎、自分の手は汚さずに済ませるつもりか」


 奥歯を噛みしめる。ギルドの御曹司、ガルツ――影に潜み、こちらを潰す算段ばかりしている男だ。戦力をぶつける前に拠点と資金を焼き払うつもりなのだろう。

 だが、こちらにも策はある。

 すでにシステム上でまとめた「敵の資金供給ルート」を断つ手はずは整えていた。ギルドが闇資金をやり取りしている商会や倉庫――そこを先に押さえれば、奴らの補給は途絶える。エリシアが提供してくれた情報網を駆使し、俺たちはすでに動いていた。


「今だ! そっちは任せる! 俺はここを死守する!」

 合図とともに仲間の数人が火の手から離れ、裏口へと回り込む。荷馬車を使い、素早くギルドの倉庫を急襲する算段だ。作戦が成功すれば、襲撃部隊は長くはもたない。

 しかし、その刹那。拠点の奥から、耳障りな叫び声が響いた。

「裏切り者だ! こいつ、敵に情報を流してやがった!」


 思わず振り返る。

 仲間の一人が、別のメンバーに取り押さえられていた。かねてより行動を怪しまれていた男だ。焦りに染まった顔、右へ左へと泳ぐ視線――そして、そいつの荷物から転がり落ちた書類。ギルドに宛てた密告書と、俺たちの資金記録。

 喉が冷たくなる。


「……どういうつもりだ」

 低く絞り出した声に、そいつは震えた。

「す、すまない……! だが、金が……金が必要だったんだ……! ギルドに借金をしていて、返さなきゃ殺されるって……!」

 「……だからって、仲間を売るのかよ」


 拳が震えるのを自覚しながら、それでも俺は睨みつける視線を逸らさなかった。

 確かに、彼には家族を養うための借金があると聞いていた。だが、それを理由に、俺たちが必死で積み上げてきたものを裏切るなんて――到底、許せるはずがない。

 周囲の空気が一瞬にして重くなった。戦意を剥き出しにしていた仲間たちが、彼を睨みつける。士気が落ちかけているのが肌で感じられたが、俺はグッと息を呑んで、冷静さを保つ。


 「……こうなった以上、お前を信用するのは難しい。だが、今は敵に回らないでほしい」


 仲間を売った彼を、今すぐ処罰したい気持ちはある。だが、今は拠点が危機に瀕している最中だ。感情に流されている場合じゃない。裏切りの事実だけで、皆の間に広がる不信感は計り知れない。だが、ここで疑心暗鬼に陥れば、俺たちは本当に終わる。


 「……もう裏切りはしない……どうせ、ギルドは俺を切り捨てるだろうし……」


 彼は膝をつきながら、それでも戦う意志を示した。裏切った者を再び信じるのは難しいが、今はひとまず、最低限の作業を命じることにする。すべての決着は後だ。

 その時――

 火の手が舞い上がり、戦場に混乱が広がる。黒装束の襲撃者たちの動きが、先ほどよりも荒くなっているのが分かった。追い詰められてきたか。

 「行くぞ!」

 俺は剣を握り直し、一気に突撃する。ぶつかってきた敵を斬り伏せると、もう一人が火炎魔法を詠唱し始めた。しかし、それを見越していた仲間の水弾が炸裂し、魔法は未完成のまま霧散する。

 「くそっ……!」

 隙を逃さず、俺は魔法剣に魔力を込め、一気に相手の武器を弾き飛ばした。



 追撃しようとした瞬間、新たな影が闇夜の向こうから現れた。

 ギルドの紋章を高々と掲げた兵士たち。その後方には、見慣れた男の姿があった。


「やれやれ、俺がわざわざ出向く羽目になるとはな。まさか、お前たちのような負け犬どもがここまで食い下がるとは思わなかったぜ」


 ガルツ・エルバート。あの男が、嘲笑を浮かべながら腕を組み、こちらを見下ろしていた。

 炎を操る剣士として名を馳せる彼が、なぜこの前線に現れた? ……いや、理由は明白だ。俺たちの資金断絶作戦が功を奏し、奴らにとってもはや時間との勝負になったのだろう。


「やっと出てきやがったな、ガルツ……!」


 思わず握りしめた拳が震える。だが、それは恐怖ではない。怒りと、今こそ見せつけてやれるという確信が、胸の内で熱を帯びていた。

 こいつは、俺をギルドから追放した張本人だ。この腐敗しきった組織のシステムを利用し、権力と金でAランクの座に居座り続けている。


「レオン・アルスター、貴様を叩き潰す時が来たようだな。努力? 才能? そんなものは無意味だ。強さとは、家柄と金で決まるんだよ」


 ガルツの火炎剣が揺らめき、熱風が肌を焼くように吹きつける。仲間たちが一瞬たじろぐのがわかった。だが、俺は前に出る。


「歪んだ数値評価にすがって、俺を“無能”と決めつけたお前が……その幻想をぶち壊される番だ」


 言葉とともに、鼓動が高鳴る。全身を駆け巡る熱い衝動。「覚醒カウントダウン」が、確実に進行しているのがわかる。

 ガルツが薄笑いを浮かべ、火炎剣を振り下ろした。

 瞬間、凄まじい火柱が巻き上がり、拠点の床が焦げる。焼け付く熱気が襲いかかるが、俺は剣を横に振り、炎の勢いを逸らして踏みとどまった。身体の奥から漲る力……血が沸き立つような感覚が走る。



 仲間たちが援護に回ろうとするが、ガルツの取り巻きがそれを阻む。結果として、俺とガルツの一騎打ちに近い構図が出来上がった。相手の火炎剣術は手強い。だが、なんとか魔法剣で受け流し、カウンターの機会を狙う。俺たちの「連携システム」が、ここで頼りになる。


 周囲の仲間が作った一瞬の隙を突き、ガルツの横を斬り込もうとした瞬間——胸に鋭い光が走る。


(何だ……今のは?)


 自分でも説明できないほどの力が湧いてきた。剣先が一瞬、眩しく輝く。それを目の当たりにしたガルツの瞳が見開かれ、焦りの色が浮かぶ。躊躇するように後退したその隙を逃さず、俺は追撃の斬撃を繰り出した。


「ぐあっ……!」

 ガルツの火炎剣は衝撃に耐えきれず、火の粉を散らしながら地面へと落ちる。取り巻きたちが狼狽し、口々に驚愕の声を漏らした。


「まさか、あのガルツ様が……!」


 その瞬間、仲間たちが一斉に動き出す。襲撃者たちを囲み、ここでさらに経済戦略で得た物資——金属製のバリケードや結界道具を活用し、一気に敵の退路を封じる。総攻撃の体制が整い、戦況は俺たちにとって有利なものとなった。

 ガルツは苦しげに立ち上がるが、もはや火炎剣は手元にない。その顔には怒りと恐怖が入り混じっていた。


「チッ、こんな負け方、認められるかよ……!」


 彼のHPが底を突きかけているのは、俺たちの“システム”で確認するまでもなかった。


「お前が何を認めようと、この場の結果は変わらない。自分の目で見ろよ——俺たちは家柄も金もないが、こうして組織を立ち上げ、腐敗をはねのける力をつけたんだ」


 そう告げると、ガルツは苛立ちを隠せないまま、取り巻きに支えられながら後退していく。仲間たちが制止しようとするが、俺は首を振った。ここで討ち取ったとしても、すぐにギルドが代わりを送り込んでくる。今は拠点の被害を最小限に食い止めることが先決だ。


「くそ……お前らなんて、またすぐに潰してやる……!」

 闇夜に紛れ、ガルツは捨て台詞を吐き捨てながら姿を消した。その背中を追う者はいない。俺たちはすでに勝利を確信していた。


 システムの画面を確認すると――といっても、俺たちの使うのは記録帳や魔法端末の類だが――そこには“ガルツ部隊の敗北”という無情な文字が刻まれている。資金断絶作戦は成功し、やつらの援軍も望めない。事実上、今回の襲撃は俺たちの完全勝利だった。


 夜明けが近づくにつれ、燃え盛っていた火の手も徐々に鎮火していく。倉庫やいくつかの設備は大きく損傷したが、それでも拠点としての機能は保たれている。戦いの傷跡は深いが、仲間たちの命に別状がないことを確認し、俺はようやく安堵の息を吐いた。


 空を見上げれば、深い紫がわずかに薄れ、東の地平から金色の光が忍び寄る。長い夜が終わる。


「……なんとか乗り切ったな」


 息を整えつつ、仲間たちを見回す。誰もが疲弊しきっているが、その表情には確かな充実感があった。裏切り者の存在や、予想外の損害もあったが、それでも勝利は揺るがない。この戦いを乗り越えたことが、俺たちにとっての転機になるはずだ。


「レオン、これを見てくれ」


 商人崩れの男が記録帳を片手に近づいてくる。視線を落とせば、そこには資金の流れや組織の成長を示すグラフが描かれていた。襲撃による被害を差し引いても、敵の補給を断ったことで得た利益や、依頼主からの特別報酬が上回り、俺たちの組織はむしろ一段階成長している。


「やっぱり資金断絶作戦が効いたんだな……大成功だ」


 わずかにこみ上げる疲労感が、勝利の実感とともに和らぐ。俺たちは底辺から這い上がってきた小さな組織だった。それが今や、大規模ギルドと正面から戦えるだけの力を持つまでになった。その事実は、これまでの苦労が決して無駄ではなかったことを証明してくれている。

 しかし、まだ終わりではない。

 ガルツは退却したが、彼が背負う“ギルドの権力”そのものが消えたわけではない。やつらは必ず別の手段で妨害してくるだろう。腐敗した旧体制を変えるには、さらなる戦いが避けられないのは明白だった。

 だが、それでも。俺たちはこの夜を乗り越えた。

 疑心暗鬼で揺らいでいた仲間たちの信頼も、共に戦ったことで、わずかながら回復の兆しを見せている。ゆっくりと視線を落とすと、自らの心の中で何かが確かに成長しているのを感じた。血統の力も、先ほどの一瞬で一段階解放された気配がある。


「……よし、みんな、ご苦労だった。ひとまず休もう。そして傷が癒えたら、もう一度体制を整え直すんだ。俺たちはもっと強くなれる」


 仲間たちは疲れた笑みを浮かべながら頷く。炎の残り香がまだ漂う拠点で、俺は拳を握りしめた。今回の襲撃を受けてもなお、俺たちは倒れなかった。それどころか、ガルツとギルドに痛撃を与えた。この戦いは、ただの追放者集団が“新たな時代を切り拓く存在”へと変貌しつつあることを示している。


 そして心のどこかで、エリシアの姿が脳裏をよぎる。もし彼女がこの場にいたら、きっと頼もしい助言をくれたことだろう。その思いが、この組織にはまだまだ伸びしろがあるという確信へと繋がる。


 朝日が拠点の一角を照らし始める頃、俺は改めて胸を張った。ギルドの襲撃を乗り越えた今、俺たちの成長は天井知らずに加速する。灰の匂いが漂う空気の中で、その希望は確かに芽生えていた。何より、仲間たちの士気は今までにないほど高まっている。


 これは終わりではなく、始まり。次なる戦いはさらに大きなものになるだろう。だが、俺はもう逃げない。腐敗の象徴であるギルドにも屈しない。誰もが立ち上がれる新たな秩序を築く――それが俺たちの使命だ。


 夜明けの光に染まった空の下で、俺たちは再び決意を固めた。追放された男がここまで組織を率い、ギルドの主力を打ち破るなど、誰が想像しただろうか。だが、それは現実となった。後に続く者たちのためにも、俺たちはさらなる高みを目指す。


 強い風が吹き抜け、焦げた煙のにおいを運び去っていく。まるで、新たなステージへ進むための合図のように――。


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