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第3章


 朝焼けを背に、俺たちは荒野へ足を踏み入れる。追放者同士で結成した新たな組織は、まだ動き出したばかり。それでも、早速小さな仕事が舞い込み、草原地帯の外れまで護衛を依頼された。辺りは一面、岩と砂ばかり。風が吹くたびに砂塵が舞い上がる。こんな場所に何があるのかと訝しみながらも、依頼人は商材を運搬するために近道をしたいらしい。ギルドを通さずに済めば、相手にとっても安上がりだし、俺たちにとっても実績を積む機会になる。だから、迷わず引き受けた。


 日差しが強くなり始めたころ、視界の先に砂ぼこりを巻き上げる馬車が見えた。ちらりと覗いた紋章に思わず足を止める。貴族風……いや、それ以上の格式を感じる。普通の旅人が乗るような代物ではない。ましてや、ギルドから追放された俺たちのような者が関わっていい相手とも思えなかった。


 そのとき、馬車のほうから甲高い悲鳴が響く。驚いた馬が暴れたのか、あるいは車輪が岩に乗り上げたのか――馬車が傾き、護衛らしき兵士たちが慌ただしく動いているのが見えた。迷う間もなく、俺の足は前へと走り出していた。依頼人の荷物を運んでいる最中ではあったが、見捨てるわけにはいかない。仲間たちも、ためらうことなく俺の後を追っていた。


 そこで目にしたのは、想像を超える威圧感を放つ人物だった。


 豪奢な衣装に身を包みながらも、一切の隙を見せない――第一王女、エリシア・フォン・ルクセリア。その名を聞いた瞬間、俺は息を呑む。この王国を統べる王家の第一王女。そんな人物が、なぜ荒野のど真ん中にいるのか。

 エリシアの周囲を囲むのは、緋色の甲冑をまとった兵士たち。馬車は横倒しに近い状態で、車輪が砕けて動かせなくなっていた。彼女は兵の制止を振り切るように進み出ると、落ち着いた声で言葉を紡ぐ。


「大丈夫ですか? そちらの方々は……」


 丁寧な言葉遣い。しかし、そこに漂うのは紛れもない威厳だった。知的な光を帯びた瞳がこちらを射抜く。その視線は恐れ多いものではなく、むしろ不思議な安心感を与えるものだった――まるで、この荒野の灼熱すら和らげるかのように。


「俺たちは、ええと……通りすがりの護衛だ。もしかして、そちらの馬車が故障したのか?」


 できるだけ礼儀正しく問いかけると、エリシアは小さく頷き、傍らの兵士が事情を説明し始めた。どうやら彼らは王都を離れ、遠方の領地へ向かう途中だったらしい。しかし、道を誤ったか、あるいは馬の様子がおかしくなったかで、運悪く馬車の車輪が岩に乗り上げてしまったという。見る限り、修理には手間がかかりそうで、兵士たちも困惑の色を隠せない。

 だが――当のエリシアは驚くほど落ち着いていた。

 周囲の状況を的確に見極め、必要な物資や人手を冷静に洗い出していく。その姿は、まるで頭の中で幾通りもの選択肢を即座に整理し、瞬時に最善策を導き出しているかのようだった。現場の指揮を執る王族など、そうそういるものではない。彼女の姿を目の当たりにし、俺は知らず知らずのうちに感心してしまう。

 と、そんな俺の様子に気づいたのか――

 エリシアは澄んだ声で言った。


「冒険者の方々、よろしければ修理を手伝っていただけませんか? もちろん、相応の報酬はお支払いします」


 その一言で、周囲の兵士たちも即座に動き出した。ここは荒野の只中であり、警戒を怠るわけにはいかない。ゆえに、多くの兵士は周辺の見張りに回らざるを得ず、修理に割ける人手が圧倒的に足りなかったのだ。折しも俺たちは荷運びの最中であり、武具や工具の類も手元にある。手を貸さない理由など、どこにもなかった。

 俺たちは互いに目配せを交わし、すぐさま助力を申し出る。

 こうして始まった即席の共同作業の中、エリシアは気さくに話しかけてきた。思いのほか、壁がない。王族特有の傲慢さもなければ、上から目線の態度もない。それどころか、兵士たち一人ひとりに目を配り、声をかけ、気遣っている。

 そして――

 一瞬だけ向けられた視線に、なぜか言葉にできない温かさを感じた。

 気のせい、なのかもしれない。それでも。

 胸の奥が、そっと熱を帯びるような気がした。



 馬車の修理の段取りを一通り説明し終えたあと、エリシアはふと俺の剣に視線を落とし、静かに囁く。

「その剣……ただの武具ではないですね。持ち主がその真価を引き出せれば、もっと大きな力を発揮するはず……」

 一瞬、心臓が跳ねる。この魔法剣は、俺がギルド時代から愛用しているものだが、正しく評価されることなく今に至る。しかし、なぜ彼女は初対面でそこまで見抜けるのか。まるで人の潜在能力を数字で測るかのような、不思議な観察眼を持っているように思えた。


 その間にも、修理作業は手際よく進んでいく。俺の仲間たちは補強材を探したり、兵たちと連携して周囲の警戒を固めたりと、それぞれの役割を果たしていた。幸い、この一帯の魔物の気配は薄い。広がるのは荒涼とした砂地——危険は少なそうだが、油断はできない。もしもの時は、王女を守るという責任もある。そんな自覚が芽生えたせいか、自分の中で何かが少しずつ変わっていく気がした。

 やがて車輪の仮修理が完了し、馬車はどうにか動かせる状態になる。兵士たちは安堵の息を漏らし、次の宿場まで行ける見通しが立ったことに胸を撫で下ろしていた。エリシアも深々と礼を述べる。

 その直後、仲間の一人が気を利かせて「俺たちもそろそろ行くとするか」と言いかけた瞬間、エリシアがそっと手を上げ、「少し待ってください」と制した。


「助けていただいたのに、何の礼もせずにお別れするのは心苦しいです。もしよろしければ、今宵は私たちの野営にご一緒しませんか? ささやかですが、食事もご用意できますし……」


 まさか王女からそんな提案を受けるとは思いもよらず、仲間も俺も顔を見合わせる。もっとも、砂漠地帯の夜は冷えるし、宿が取れるような町まではまだ距離がある。安全を考えたら、まとめてキャンプするのも悪くないかもしれない。俺たちは遠慮がちに承諾した。



 夜の帳が降り、まばらな星々が瞬く下――焚き火を囲んでいるのは、王女の一行と俺たち。一見すれば奇妙な組み合わせだが、不思議と居心地の悪さはない。

 エリシアが作ってくれたのは、質素ながら栄養バランスの取れた食事。聞けば、料理の腕も独学で磨いているらしい。「私はまだまだ勉強中です」とさらりと告げるその姿に、思わず感心する。王族でありながら、努力を惜しまぬ人なのだと。

 焚き火の揺らめきの中、エリシアがふと問いかけてきた。


「あなた方は、ギルドを通さずに活動されていると聞きましたが……何か理由があるのですか?」


 一瞬、場が静まる。仲間たちの肩がこわばり、俺自身も答えに迷った。

 だが、王族相手だからといって必要以上に隠すのも不自然だ。


「――腐敗したギルドでは正当な評価を受けられなかったんです」


 俺たちは追放された。だから、自らの手で新しい組織を作ろうとしている。

 簡潔に説明すると、エリシアは小さく頷き、静かに呟く。


「やはり……今の冒険者ギルドには腐敗があるのですね」


 その言葉に、俺は驚いた。王族ならば、ギルドを含めたすべての組織を守る立場にあるはず。けれど彼女の瞳には、ただ従うのではなく、理不尽を見過ごさない強い意志があった。同時に、どこか寂しげな色も浮かんでいる。

 ――内情を知りながらも、手を出せずにいたのか。


 話を重ねるうちに、俺は自分の来歴や幼少期の修行についても自然と語ることになった。

 両親を早くに失いながら、一人で努力を続けたこと。ギルドでは数値評価が伸び悩み、結局「無能」のまま上限値を押しつけられたこと。そしていま、わずかながらも「成長ゲージが動いている」と感じていること。俺自身もなぜか、彼女になら素直に話せる気がするから不思議だ。

 エリシアは静かに微笑みながら、俺の話にじっと耳を傾けていた。


「あなたは本当は無能なんかじゃないわ。血統――いえ、あなた自身の可能性が、まだ正しく開花されていないだけなの」

 その言葉は、ただの慰めではなかった。透き通るような瞳が真っ直ぐに俺を捉え、まるで心の奥底まで見抜かれているような気がする。胸が熱くなり、喉が詰まる。俺が何か言おうと口を開きかけた時、彼女は静かに首を振った。

「……なんとなく、わかるんです。あなたが持つものが、まだ眠っているだけだって」


 その夜、俺は寝袋の中でなかなか寝つけなかった。焚き火の消えかけた赤い残光が視界の端に揺れ、夜風が頬を撫でる。ぼんやりと夜空を見上げていると、不意に気配を感じた。

 上体を起こすと、月明かりの下でエリシアが書簡を読んでいた。柔らかな銀色の光が彼女の横顔を淡く照らし、その面差しはどこか儚げだった。俺に気づくと、彼女はそっと微笑む。


「夜風が冷たいわ。あまり無理をしないで」

 そう言いながらも、その瞳はまるで「もっと話をしたい」と語っているようだった。俺が黙っていると、彼女は手にしていた書簡をそっと閉じ、ふと夜空を仰ぐ。


「王家には古い伝承があるの。“真に試練を乗り越えた者には、隠された力が宿る”と……。その力は、王族の中でも稀にしか芽生えない。血統が断絶したかに見えても、いずれ時が来れば目覚めることがある。私はそれを確かめたくて、この旅を続けているの」


 彼女の声は穏やかだったが、確固たる信念を感じさせた。

 その語り口から察するに、彼女は“レオン・アルスター”という名を知っているわけではないようだった。ただ、王家の情報網を駆使し、腐敗したギルドに追放された者の中に「特別な資質」を持つ者がいる可能性を感じていた。そして、もしかするとそれが俺なのではないか、と微かに考えている節がある。

 けれど、エリシアは強引に問い詰めることはしなかった。ただ、「もし何かの力に気づいたら教えてほしい」とだけ言い、静かに微笑む。

 その微笑みが、どうしようもなく胸に刺さる。

 ギルドに追放されて以来、「伝説の英雄王の末裔かもしれない」などと口にしたところで、誰も信じてはくれなかった。むしろ笑われるだけだと思っていた。

 でも、彼女は違った。

 俺自身がまだ確信を持てずにいることを、それでも「あなたは無能じゃない」と言い切ってくれる存在がいる。たったそれだけで、こんなにも心が救われるものなのか――俺は、改めて思い知らされるのだった。



 それから数日後――エリシアの馬車は別の町で修理を終え、旅路の再開を迎えた。その折、俺たちは再び彼女と合流することになる。目的地が近いため、エリシア側が護衛の増強を決めたのだ。打診を受けた俺たちの組織は、報酬の好条件と第一王女の依頼という信用度の高さを考慮し、正式に「共同作戦」を組むこととなった。


 作戦内容は単純だ。街道沿いの盗賊や魔物を排除しつつ、エリシア一行を先導する。いくつか小競り合いは発生したものの、エリシアの情報網のおかげで敵の動向を事前に把握できるのは心強い。俺たちは息の合った連携を見せ、まるで「連携ボーナス」が発動したかのように効率的に立ち回る。


 そんな中、不意に魔物の群れが襲いかかってきた。俺は反射的に剣を抜き、迎え撃つ。すると、身体が妙に軽く感じる。気のせいではない。これまでの戦いと比べ、明らかに動きに無駄がない。華麗とまでは言えないが、魔物の攻撃を躱し、的確に剣を振るう。

 短い戦闘だった。だが、仲間たちは驚いたように「お前、いつからそんなに動けるようになった?」と声をかけてくる。

——確かに、自分でもはっきりと分かるほど、動きに冴えがあった。

 ギルドで命を削るように戦っていた頃よりも、何倍も洗練された技が繰り出せる。まるで身体そのものが戦いに適応したかのように。それだけではない。一瞬、自分の身体から淡い光が漏れたように見えて、思わず息を呑む。



「……あなたなら、できるはずです」


 少し遅れて駆けつけたエリシアが、静かに言う。その声音は、まるでこれが当然のことだと告げるように穏やかだった。英雄王の血統、あるいは王族の特別な資質を持つ者として、俺が覚醒するのは必然だとでも言いたげに。


 周囲の兵士たちが「姫様?」と戸惑いの声を漏らすが、エリシアは何の動揺も見せない。


 その後、俺たちは魔物を撃退し、そのまま護衛を続行。予定していた街道を無事突破することに成功した。エリシアとの連携は、俺たちの組織にとっても大きな前進だろう。ただの報酬だけではない。名のある王族の依頼を成し遂げたという実績が加わる。それがどれほどの意味を持つか、仲間たちも理解していた。「こんなにスムーズに行くのは初めてだ」と、誰もが驚きを隠せない様子だった。


 夜営地で少し落ち着いたころ、エリシアは俺に一通の手紙を手渡しにきた。

 王家の紋章が入った封筒には、何やら古い文章がびっしりと書かれているらしい。その一端には数字の羅列があり、それこそが「血統の成長数値」に関する暗号かもしれない――と彼女は言う。おそらく古い王宮の文献にしか載っていない情報で、彼女もまだ一部しか解読できていないらしい。


 「もし、あなたが自分の出自や力について気になるなら、ぜひ参考にしてみてください。私も、もっと詳細を調べておきますから」


 エリシアがそう微笑む。その表情には優しさだけではなく、どこか使命感のようなものが宿っていた。俺の血統が本物かどうか、まだ定かではない。それでも彼女は、「もしそうならば、一緒に真実を解明しよう」と手を差し伸べてくれる。その意志はただの好奇心ではなく、王国に生きる者としての責任感、そして世界の未来を案じる気持ちの表れなのだろう。


 手紙を受け取った瞬間、胸の奥が熱くなる。もしかすると本当に、俺は英雄王の末裔なのか――そんな考えが脳裏をかすめ、心臓が高鳴る。ずっと根拠のない妄想に過ぎないと思っていた。しかしエリシアの存在が、その妄想を現実味のあるものへと変えつつあった。


 その夜、わずかな休憩時間を利用し、俺たちの組織の仲間とエリシア一行による作戦会議が開かれた。商人崩れの男がまとめた「利益の再配分プラン」をエリシア側が興味深そうに聞き入れ、兵士たちは「こんな経済戦略もあるのか」と感心している。その光景は、まさに俺が思い描いていた“新しい時代”の片鱗だった。王家の情報網と俺たちの創意工夫が結びつけば、腐敗を乗り越え、より多くの人々が自由を得ることができるかもしれない。


 夜も更け、仲間たちは順番に仮眠をとり始める。俺は星空を見上げながら、エリシアから預かった書簡をゆっくり開いた。そこには、抽象的な魔法文字に混じって「ステータス」や「覚醒指数」といった単語が並んでいる。それは、まるで俺の成長システムの仕組みを、はるか昔に示唆していたかのような記述だった。


「本当に、俺の中で何かが動いているのか……」

 つぶやいた瞬間、胸の奥にかすかな震えを感じた。あの魔物との戦闘で見えた光は、決して幻ではない。自己暗示だと自分に言い聞かせようとするが、心の奥底ではすでに確信めいた感覚が芽生えていた。

 傍らでは、仲間たちの寝息が静かに響いている。その寝顔を見ていると、共に歩んできた道のりが鮮明に蘇る。ギルドで無能扱いされていた俺を、彼らは受け入れてくれた。そして今、王女という存在が俺の血統をほのめかしている。


 ――これは、ただの偶然なのだろうか。

 それとも、俺の運命はすでに決まっていたのか……?

 成長の針がわずかに動くのを、俺は確かに感じ取った。覚醒へのカウントダウンは、すでに始まっているのかもしれない。だが、その全貌は未だ霧の中。試練を超えられるかどうかも定かではない。

 けれど――

 守りたいものが増えた今、迷っている時間はない。

 エリシアの穏やかな微笑み。王族が持つ広大な情報網。そして、俺の中で静かに目覚めつつある英雄王の血。そのすべてが交わるとき、きっと世界は変わる。仲間たちと築いた「新たな組織」も、ここからさらに進化していくだろう。


 夜風がそっと髪を撫で、心地よい眠気が忍び寄る。封筒の中身をもう一度確かめ、静かに瞼を閉じる。しかし、高揚感が胸を締めつけ、簡単には眠りにつけそうになかった。

 あの日、馬車が軋む荒野で言葉を交わした瞬間。そのとき、運命の歯車は確かに噛み合い始めたのだ。血統の秘密、覚醒の可能性、仲間たちと切り拓く未来。追放され、孤独に沈むはずだった俺が、今や新たな道を掴もうとしている。


 エリシアは、俺にその確信を抱かせるだけの強さを持っていた。それこそが、王家に宿る「聖霊の加護」の一端なのかもしれない。

 静寂の夜闇に包まれながら、俺は眠りにつく。

 覚醒の鼓動を胸に抱き、新たな運命を思い描きながら――。


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