第2章
夜明け前の薄闇を仰ぎながら、俺は静かに拳を握りしめた。胸の奥に燻る追放の痛みは、未だに鈍く残っている。しかし、いつまでもくすぶっているわけにはいかない。冷たい空気を吸い込むたび、悔しさは薄れ、代わりに焦燥が芽生えてくる。
昨夜まで、わずかな報酬を求め、共に戦っていた仲間たち。追放者ばかりが集まったその集団は、ある意味では傷を舐め合う寄り合いに過ぎないのかもしれない。だが、彼らの瞳には、俺と同じ炎が灯っていた――「このままで終わるつもりはない」という強い意志が。
それならば、何かを成せるのではないか。
そんな思いが、心の奥で静かに燻り始める。
朝日が昇るころ、俺は仮住まいの安宿で机に向かっていた。昨日手に入れた古文書や知人から借りた経済戦略書を広げ、必死に目を走らせる。どうすれば俺たちは強くなれるのか。ただ戦うだけではなく、経済面でも独立し、腐敗したギルドに頼らずに生き抜く方法はないのか――。
難解な理論書をめくるたび、頭が煮えそうになる。それでも、その奥に見える未来図が、俺の心を激しく揺さぶった。
冒険者の主な収入源は、依頼報酬や魔物の素材売却。しかし、そこに交易や情報を組み合わせれば、収益の幅は飛躍的に広がる。そして、その利益を仲間同士で分け合う仕組みを築けば……。
「実力主義、数値重視の組織……」
呟いた言葉に、自らの胸が高鳴る。冒険者ギルドは表向きこそ実力主義を謳っているが、実際には貴族の威光や家柄が評価を歪めている。ならば、真に実力だけが評価される新たな組織を作ればいい。名声に左右されず、純粋に力を持つ者が正しく報酬を得られる組織を。
その構想を独り胸に秘めていても仕方がない。
俺は昨日出会った追放者たちに声をかけ、半ば即席の集会を開くことにした。場所は町外れの空き倉庫。みすぼらしいが、人目を気にせず話すにはうってつけだ。
予定時刻を少し過ぎたころ、三人、四人……と、似たような境遇の奴らが集まってくる。中には、以前は冒険者ではなかった商人崩れの男もいる。どうやら役人にワイロを払わないとまともに商売できず、結局追いやられたクチらしい。彼は「商業面の知識があるから、少しでも力になりたい」と言う。こういう人材がいてくれるなら、俺が構想している“経済戦略”を具体化できるかもしれない。
「みんな、悪いが座ってくれ。ここは狭いが、しばらく我慢してほしい」
個人仕様の地味な倉庫。その奥で声をあげると、まず方々に乗り物を並べ、それを回りに座らせる。
座ったところで、現在の状況や問題点をサッと確認する。その話の流れで出てくる言葉は大体決まっている。『ギルドを見返したい』『腐敗した体制に一瞬の光を』『自分の実力を証明したい』――そんな思いばかりだ。熱を浴びるようなその話に耳を注ぐと同時に、俺はノートを開いて、気になるキーワードを一つ一つ記し始めた。
もう一度、確かに感じる。――追放者たちの内面に潜むストレスと、それと反比例に高まる向上心。公式ギルドの陰で苦涙をなめさせられてきたからこそ、決したものがある。『生き残るために』『何をもって食っていくか』『何が実績に繋がるのか』。真剣な顔をした論議を前にすると、自然と希望が浮かんでくる。
しばらくすると、自称「商人崩れ」の男が手帳を展開した。そこに描かれていたのは、「小額投資→利益再配分→個々の成長資金に回す」という大まかな方向性。経済戦略に殆ど明るくない俺でも、親しみやすい素晴らしいプランだと直感でわかる。これを冒険と競技に組み合わせれば、俺たちだけの新しい収益モデルを構築できるかもしれない。
「みんなで資金を出し合い、冒険の成果も合算して、その数値を明確に共有する。ギルドのやり方ではなく、俺たちだけの実力主義のシステムを作るんだ」
その男は意外にも熱を込めていた。おそらく、他の誰よりも試算錯誤を繰り返してきたのだろう。多くを試し、被価値の思いを味わって、それでも諦めずにここにいる。俺と同じように、『正当に評価されない痛み』を知っている人間だった。
一方、元冒険者の青年たちは、それぞれに鬱屈とした想いを抱えていた。
「剣技や魔法には自信があるんだ。けど、金がなくて装備を新調できない」
「ギルドじゃロクに評価されなくて、まともなパーティにも入れてもらえなかった」
口々に漏れる不満と挫折の声。そのどれもが、彼らをここへと導いた理由だった。しかし、それだけに共通の痛みがあるからこそ、結束できる可能性がある。今ここで力を合わせれば、単なる追放者の集まりではなく、新たな道を切り拓く存在になれるかもしれない。そんな確信が、胸の奥でじわりと膨らんでいく。
「じゃあ、まずはできるところから始めよう」
俺は周囲を見回しながら口を開いた。
「護衛任務や採集の依頼をこなして資金を貯める。それを元手に装備を整え、より大きな依頼を受けられるようにする。そうやって少しずつ規模を広げていくんだ」
仲間たちが顔を見合わせ、次第に希望を宿した視線を向けてくる。確かに荒削りな計画だが、やらずに腐るよりはよほどマシだ。昨日の護衛案件で得た手応えが、それを裏付けてくれる。
「問題は信用だな」
商人崩れの男が腕を組んで言った。
「俺たちみたいな追放者は、世間じゃ“信用ならない連中”って見られる。最初の資金が少なすぎると、大口の依頼なんてとても受けられない。だからこそ、地道に実績を積むしかないんだ」
彼の言葉に、皆がうなずく。
そう、俺たちにはギルドの肩書きも、後ろ盾もない。ならば、ひとつひとつ結果を積み上げ、純粋に「実力で評価してくれ」と示すしかない。それこそが、俺たちに残された唯一の道――“実力主義”という戦い方なのだから。
こうして即席ながら結成されたチームは、まず「トライアル作戦」と銘打ち、活動を開始した。依頼掲示板を隈なく巡り、ギルド非公認の雑務をかき集める。どれも報酬はさほど高くないが、依頼人の多くは「ギルドの手数料を避けたい」「ギルドに頼むのは敷居が高い」といった事情を抱えているため、こちらと利害が一致する。
いざ動き出してみると、これが思いのほか順調だった。複数人で役割を分担すれば、護衛・採集・運搬といった簡単な仕事も効率よくこなせる。そして、何よりも嬉しいのは、一つひとつの成功が積み重なって、各自の「実績」として記録されていくことだ。俺たちはそれを“システム”と呼ぶほど大仰なものではないが、商人崩れの男が手帳に数字を記録していくだけでも、成長を実感するには十分だった。
初めての小規模作戦を終えた夜、倉庫へ戻ると、皆の表情はどこか晴れやかだった。あれほど沈んでいた者たちが、生き生きと次の計画を語り合っている。「初期チャレンジ報酬」などと呼べるほど豪華なものではないが、それでも自力で稼いだ金を分配できたことは大きい。たとえ数枚の硬貨でも、追放者にとっては価値ある第一歩なのだ。
その夜、俺たちは囲んだ食卓の上で、今日の依頼を振り返っていた。
「依頼人と話し合うときに、もっと慎重に言葉を選ぶべきだったな」
「個々の判断で動きすぎた。次からは連携を重視しよう」
反省点も改善策も、自然と口をついて出てくる。誰かを責めるわけではなく、次に繋げるための前向きな話し合いだ。この空気こそが、俺たちの強みなのだと改めて思う。
そんな中、「仲間同士の信頼度を数値化したら面白いんじゃないか?」という冗談混じりの提案が飛び出した。俺は思わず笑ったが、一理あるとも感じた。信頼を数値で可視化できれば、疑心暗鬼や裏切りを防ぐ手がかりになるかもしれない。もちろん、人間関係が単純な計算で測れるものではないが、指標として使えるのなら悪くない。
「よし、俺たちが新しい時代を作るんだ!」
思わずこぼれた言葉に、皆が力強く頷く。倉庫の中に熱気が満ちていくのを感じた。俺の胸の内にはギルドへの反抗心が渦巻いていたが、それを前面に押し出すよりも、「俺たちの道を切り拓く」というポジティブな意志を示す方がずっと重要だった。
そして、その場の勢いで話は広がり、新しい組織の名前や象徴となるロゴの話にまで発展する。まるでお祭り騒ぎのようだ。誰かがノートに下絵を描き始める。剣と盾を組み合わせたデザインに、自由の翼をあしらったシンボル。
これが完成すれば、きっと「俺たちの旗印」として、誇りを持てるものになるだろう。
未来はまだ不確かだ。だが、こうして皆で熱く語り合うこの時間こそが、俺たちの新たな一歩なのだと感じていた。
皆が帰った後、倉庫に残って後片付けをしていた俺は、ふと鞄の中の文献が気になった。あの古書店で買った一冊だ。たしか「伝説の王家の血筋と、それを担う者が秘める成長の鍵」についての記述があったはず。
パラパラとページをめくると、朽ちかけた文字が目に留まる。
『血統の覚醒は、肉体と精神、そして世界の在り方を変革し得る』
具体性には欠けるが、言葉の端々が胸に突き刺さる。まるで俺たちの“組織づくり”も、その覚醒のステップのひとつであるかのように感じられる。
「王家の力……本当にそんなものがあるとしたら、俺に関係あるんだろうか」
小さく呟き、首を振る。荒唐無稽な話だ。けれど、毎日少しずつ前へ進むたびに、自分の中の何かが確実に積み上がっていくのを感じる。単なる精神的な成長ではない。もっと本質的なシステム……まだ輪郭は見えないが、確かに作動し始めている。
翌朝、組織の基盤づくりのために仲間が再び集まった。さっそく小さな案件をいくつか受注する。商人崩れの男は「安い魔物素材を買い取り、加工して売り直す」プランを考えているらしく、意外にも商才を発揮していた。一方、冒険者組は近隣の危険地帯を巡回して小金を稼ぐ算段を立てる。俺も同行したかったが、今日は事務作業を優先せざるを得ない。皆が無事に戻ってきたら、数字を集計し、その成果を共有して次のモチベーションへ繋げる。それだけで、たった数日間の動きが確かな流れを生み出していることを実感できた。
振り返れば、追放された直後は絶望しかなかった。だが、こうして少しずつ「自分たちの足で立つ」手応えを得られると、過去の苦しみさえ未来への推進力に変わるのがわかる。ギルドにいた頃には得られなかった不思議な活力。「そうだ、俺たちはやれる」胸を張って思う。まだまだ満足はしない。けれど、確実に俺たちは出発点に立てたのだ。
その日の夕方、集計した数字を確かめながら、みんなで拍手しあった。わずかながらも利益が出たことに、一同が歓喜している。下等動きの貧乏集団とはいえ、その壯大な士気こそ、仲間たちの最大の資産だった。
「…血統の秘密か」
頭の片隅に、古文書のフレーズがべったりと貼り付いて離れない。「試練を乗り越えた者のみが覚醒する英雄王の血」とか「封印を解く鍵」とか、抽象的でありながらも何か重要なヒントが隠されている気がした。まだ、どう行動すればいいのか判断はつかない。しかし、仲間たちと共に進む中で、その答えに続く道が見えてくるかもしれない。
夜も曼手になり、倉庫を引き上げるように外へ出る。少し風が強まっていた。星明かりの下、古びた建物の窓にかすかながら光が流れるのを見つめながら、俺はこの街の空気を吸い込む。「俺たちにできること」を問うように。
尽きたギルドに代わる、新しい冒険者たちの場所を作れれば、助かる命もあるだろう。たとえ小さな一歩でも、仲間が納心して踏み出せば、そこから大きな流れを生み出せる。追い出され、退帰の道すら無かった俺にとって、いつの間にか「見返してやる」という欠悪な思い以上に、「ずっと面白いことをやっていこう」という気持ちが上回っていた。これこそが、成長のゲージを満たすエネルギーなのかもしれない。
歩を進めながら、気づけば「血統に関する数字」という文言が脳裏に浮かんでいた。古文書には「そこに伝承の数値が示されている」とあったが、その真意はまだ不明だ。しかしいつか、その手がかりを掴めたなら、「英雄の力」は実在のものとなるのだろう。その可能性に期待しながら、もっと強くならねばならないと、改めて思った。
「やるしかねぇか」
お気入りの口癖をつぶやいたとき、心の中のモチベーションがわずかに増した気がした。
胸の奥に閉じ込めていた何かが、ゆっくりと目を覚まし始める。長い間、燻っていた炎が、静かに息を吹き返す。この決意がやがて「世界を変える」力となるなんて、今の俺には想像もつかない。けれど、一つだけ確かなことがある――俺はもう、ただの“無能”の烙印を押された追放者ではいられない。
血統に隠された秘密、新たなシステムの構築。そのどちらも、俺にとって避けては通れない道だ。追い求めるべき真実がある限り、俺は歩みを止めない。夜風が肌を撫でるなか、遠くの空に微かに浮かぶ月を見上げる。暗闇に覆われた道も、必ずどこかに光が差し込む。その光が、俺たちを導いてくれるはずだ。まだ名もなき俺たちが、いつの日か実力を証明し、「新時代を切り拓いた」と胸を張れる瞬間が来ると信じられるほどに、この胸には熱い炎が灯っている。
血統の秘密を解き明かす鍵、そして蠢く強大な敵。その不安さえも、俺の歩みを止めることはできない。拳を固く握りしめる。どんな壁が立ちはだかろうとも、仲間たちと共に乗り越えてみせる。昔の俺が今の俺を見たら、きっと驚くだろう。だが、それでいい。これこそが再起――次こそ、俺たちの番だ。
夜明けはもう、すぐそこまで来ている――そう信じられるほど、俺の心は強く燃えている。
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