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第1章

 ギルドマスターの怒号が耳をつんざく。

「お前には才能がない! さっさと出て行け!」


 胸を貫かれるような痛みが走った。レオン・アルスター、十八歳。幼い頃から血の滲むような鍛錬を積み、一流の冒険者を目指してきた。だが今、俺は「無能」の烙印を押され、嘲笑と軽蔑の視線を浴びながらギルドを追われようとしている。


 俺を追放に追い込んだのは、ギルドマスターの息子、ガルツ。Aランク冒険者の称号を持つが、その実力は家柄と金で作られた虚像に過ぎない。俺の魔法剣を奪おうと企み、「レオンは戦闘で足手まといだ」と虚偽の報告をでっち上げた。腐敗したギルドはそれを疑いもせず、俺を「才能なし」と断じた。

 仲間だと思っていた連中も口々に言う。

「あいつがいなくなって、むしろ助かるな」

 信じていたものが音を立てて崩れていく。悔しさよりも、ただ虚しさが心を支配していた。


 ギルドの戦闘能力評価は数値化され、俺のステータスはCランク相当から一向に上がらなかった。どれだけ任務をこなしても、評価は変わらない。ギルドマスターの庇護を受ける者がAランクやSランクを与えられ、俺のように後ろ盾のない者は冷遇される。そんな不条理を知りながらも、しがみつくしかなかった自分が惨めだった。

 正式に追放を言い渡された瞬間、ガルツは嘲るように笑った。彼の火炎剣術がもてはやされるのも、実力より家柄の影響が大きい。けれど、この腐ったギルドではそれが絶対の力として扱われる。俺が何を言おうと、何を証明しようと、彼らは耳を貸さない。俺は「不要」と決定され、それに従うしかなかった。


 深夜、ギルドを追われた俺は、人気のない夜道をとぼとぼと歩く。手元にあるのは僅かな所持金と、自分だけの剣。それだけだった。夜風が肌を刺し、心まで凍えそうになる。

 けれど、その奥底でわずかに燻るものがある。

 本当に俺には伸びしろがないのか?

 幼い頃から鍛え続けた剣技と魔法に、まだ隠された可能性があるのではないか?

 父さんと母さんが言っていた言葉が脳裏をよぎる。

「誇りと信念を失わなければ、道は必ず開ける」


 ――信念。

 それだけでどうにかなるほど甘くはないと知っている。だが、それでも胸の奥に残る火種は、まだ消えていない。

 俺は息を吐き、拳を握りしめる。


「やるしかねぇか……」


 その言葉は、夜の静寂に吸い込まれるように消えていった。

 けれど、不思議と心が軽くなった気がした。

 俺は、ただ沈んでいくつもりはない。


 翌朝、街外れの掲示板の前で足を止めた。視線を引いたのは、一枚の古びた張り紙。

「隠された血統の伝説――古の神殿に眠る力」

 普段なら気にも留めない類のものだ。だが、なぜかこの言葉が胸に引っかかる。ギルドを追放された今となっては、そんな胡散臭い話にすがりたくなるほど、俺は追い詰められているのかもしれない。情けなさに舌打ちしつつも、心のどこかでざわつくものを感じた。


 「封印された王家の力を解放する秘密の儀式」「伝説の英雄王の末裔」──そんな非現実的な文言が並ぶ。馬鹿げている。だがもし、本当に俺に隠された力が眠っていたら? ありえないと分かりながらも、脳裏に過る淡い期待を振り払うように頭を振り、現実的な金策を探そうと街の中へと歩き出した。


 だが、その日は何をやっても上手くいかなかった。護衛の仕事は、相棒役の男が「追放者とは組みたくない」と言い出して破談。日雇いの倉庫整理も「信用できない奴には任せられない」と突っぱねられた。どこへ行っても閉ざされた扉。完全な失敗続きに、心が折れそうになる。

 そんな中、路地裏で小さな子どもが抱えた箱を落としそうになったのを、咄嗟に支えることに成功した。些細なことだ。

「ありがとう、兄ちゃん!」

 屈託のない笑顔が向けられる。その一言が、不思議と胸に沁みた。俺は、こんなことで救われるほど弱っているのか?

「俺はただのモブなのか?」

 ギルドの評価が低かっただけで、剣の腕は決して悪くなかったはずだ。実戦でも、それなりに活躍していたと自負している。だが、Cランクから抜け出せなかったのは、ギルドの腐敗が原因だったのか、それとも本当に俺の力が足りなかったのか……。

 思考が堂々巡りする中で、ふと胸の奥がすっと軽くなる感覚があった。


 ──追放されたことで、俺の人生は白紙になった。

 妙な言い方だが、「リセットボーナス」とでも言うべきか。縛られていた環境が消えたことで、俺の成長ゲージはようやく真の意味で動き出したのではないか。漠然とした直感が、確信めいたものに変わりつつあった。

 その夜、宿にも入れず途方に暮れていた俺は、同じくギルドを追放されたという二人組の冒険者と出会う。

「ギルドの裏事情を暴こうとしたら、あっさり除名された」

 彼らはそう嘆いた。話をするうち、俺たちは自然と意気投合し、夜明けまで語り明かしてしまう。彼らと同じく、腐敗した体制から弾かれた者は決して少なくないことを知っただけでも、大きな励みになった。

 話の中で、彼らは「新しい組織を作れないか」と提案する。

 冒険者が生き抜く方法は、魔物討伐やギルドの依頼だけじゃない。情報を売る。商人と手を組み、ギルドに頼らない独自の交易ルートを作る──そんな選択肢もあるのだと、彼らは教えてくれた。同時に、ギルドが資金を不正に流用しているという噂も耳にする。やはり腐敗は根深い。

 俺たちは「いつか必ずギルドに反撃できる証拠を掴む」と決意を固める。とはいえ、いきなり大それたことをするわけじゃない。まずは小さな行動から。自分たちで仕事を分担し、少しずつ金を集める。わずかな利益でも、ギルドを通さずに得られたという事実が、俺にとっては「初めての成功体験」だった。

 小さな歩みかもしれない。それでも、確かな手応えがあった。

 ──俺はここから、這い上がる。


 夜の帳が降りるなか、俺はただ星空を見上げ、静かに座り込んでいた。

 息を詰まらせるような闇の中、突如として流星群が降り注ぐ。無数の光が天空を裂き、その煌めきはまるで俺に「まだ終わりじゃない」と囁きかけているかのようだった。

 胸の奥がざわつく。悔しさを押し込めるように歯を食いしばるが、それよりもわずかな希望が灯るのを感じた。

 それはまるで、見えない成長ゲージがゆっくりと、だが確実に目盛りを上げ始めているような感覚だった。


 翌日、街の外れにある古びた書店を訪れる。

 埃まみれの本が無造作に積まれる店内。そこに、ふと目を引く一冊があった。

 『王家の深き系譜と封印』

 その題名を見た瞬間、昨日見た掲示板の内容が脳裏をよぎる。

 ――「かつて世界を救った英雄王の血脈は、何らかの理由で歴史から抹消された」

 店主に話を聞くと、そんな伝承が記されているらしい。

 迷うことなく手に取り、購入する。

 ただの噂話にすぎないかもしれない。

 だが、それでも「自分に何か特別な力が眠っているかもしれない」という希望を、完全に捨てることはできなかった。


 その日の午後、俺はささやかな計画を実行することにした。

 追放者たちと協力し、護衛任務を請け負う。

 ギルドに頼らず、自分たちの力だけで依頼をこなせるか試してみるためだ。

 探し回った末に、弱小商人の荷物運びの仕事を見つけ、契約を交わす。

 結果は――意外なほど順調だった。


 危険を察知する勘、慎重な立ち回り、そして剣技。俺が今まで培ってきたものは、決して無駄ではなかった。報酬は決して高くはないが、ギルドの腐敗した仕組みに頼らずに済んだことが、何よりの収穫だ。


「俺は変わる」

 胸を叩き、そう誓う。無力なまま朽ち果てるつもりはない。必ず、ここから立ち上がる。


 夜更け、薄暗い路地で仲間の一人と情報を交わす。

「ギルドが裏で魔物を利用し、資金をかすめ取っているらしい」

 もしこれが事実なら、腐敗した体制を覆す手がかりになる。俺たちは次の一手を話し合い、決意を固める。


 ふと、昼間手に入れた『王家の深き系譜と封印』を思い出す。この伝説がもし真実なら……俺がその末裔だったら……?荒唐無稽な空想に、苦笑が漏れる。それでも、その考えが心のどこかで俺を惹きつけているのは事実だった。もし俺に眠る力が本当に存在するのなら、それを手に入れてやる。


 冷たい夜気を吸い込み、拳を握る。

「明日はもっとやれるはずだ」

 失意の底にいたはずの俺だが、その光を手放したくはなかった。

 たとえ追放されようと、無能と罵られようと――俺の冒険は、まだ始まったばかりだ。


 世界には、まだ数多くの謎が眠っている。

 封印された王族の血統。英雄王の伝説。

 もしそれが俺自身の運命に繋がるのなら、なおさら進む意味がある。


 思い出す。

 ギルドに入ったばかりの頃、俺は何度も馬鹿にされながらも、小さな成功を積み重ねた。「やればできる」という感覚を、俺は確かに知っている。


「お前には才能がない。ギルドから出て行け!」


 あの時の声が蘇る。だが今になって思えば、それは「新たな道」を示していたのかもしれない。伝説の王族の末裔が、本当に存在するのなら――それが俺だと証明することが、ギルドへの最大の復讐になる。


 もちろん、そんなものはただの夢物語かもしれない。だが、それでも構わない。今はただ、絶望の中に灯った小さな可能性に手を伸ばす。

「お前たちが捨てたものの価値を……今さら理解したか?」

 いつか、そう言い放てる日が来るのなら。それを想像するだけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。


 髪をくしゃりと乱し、夜の空気を深く吸い込む。まだ終わりじゃない。

 むしろ、ここが始まりだ。

 世界の頂点に立つ――その物語の幕開けを、俺はすでに肌で感じていた。


 名残の流れ星が、一瞬だけ夜空を横切る。

 まるで俺の心に火を灯すかのように。

 俺は迷わず、一歩を踏み出した。

 やるしかない。

 そう心に決めた瞬間、成長ゲージの針がまた、わずかに上昇した気がした。



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