第十話~君に紡ぐ物語~
杏奈の葉山家での仕事もあと数日・・・
公嗣は礼司に頼んでいた事を改めて確認する。
『ありがとう、父さん。今の俺に出来る事を精一杯やるよ・・・。』
澄んだ表情を見せる公嗣に杏奈はそっと声をかける。
「坊ちゃん、何かスッキリした顔をされていますね。」
『うん。』
杏奈の言葉に素直に答える公嗣。
今の公嗣に迷いはなかった。
「あ、そういえば・・・書籍化の話はどうしたんですか?」
ふと杏奈がこの間の小説の話をした。
『あの話だけど、断ったんだ。』
「断ったんですか?・・・え、坊ちゃんは小説家になりたかったから、ネット小説で投稿されていたのではないですか??」
杏奈の指摘に対して、公嗣は改めて話す事にした。
これが最初で最後のチャンスだろうから。
『確かに話を作るのは好きだけど、ネット小説に投稿していたのは・・・小説家になりたかったからではないんだ。』
その言葉に杏奈は首を傾げた。
「それはどういう事ですか?」
『俺にはずっと気になる女の子がいたんだ・・・お話を読んでは色々な反応を見せてくれる、そんな可愛い女の子。時にはその子を困らせる事もしたけど、そのたった一人の女の子の笑顔を見たかったから書いていていただけで、小説家は目的ではなくて手段だった。』
ここで言わないと、もう二度と届かない。
公嗣は勇気を振り絞り、言葉を繋げる。
『杏奈ちゃん。いえ、佐々木杏奈さん。俺はあなたが好きです。でも、今の俺には何も出来なくて・・・実は父に頼んで仕事を斡旋して貰いました。杏奈さんがここを辞めた後にこの家を出る事になって・・・5年は離れますが、俺はあなたを迎えにいきたいんです。その時は俺と結婚していただけませんか。』
「坊ちゃん・・・。」
あ・・・そういえば、話していなかったですね。
杏奈が紗希である事は公嗣に話していなかった・・・
ここで全てを打ち明けて話を途切れさせるより・・・
杏奈は公嗣が小説を書いていた理由が自分の笑顔の為だという事を聞けて嬉しかった。
「坊ちゃん・・・私なんかで良いのですか?」
『君じゃなきゃダメなんだ。』
紗希では聞けなかった言葉。
公嗣から聞きたかった言葉にあらためて・・・
「はい、公嗣さん・・・」
と公嗣からのプロポーズを受けた。
そして・・・
杏奈の葉山家での仕事も終わり・・・
公嗣はトランクに荷物をまとめて部屋の入り口に立っていた。
『みんな、杏奈さん・・・俺、頑張るよ。』
玄関には家族が見送りに集まっていた。
「公嗣、頑張れよ。」
『ありがとう、父さん。そういえばあの部屋って一人で使うには広すぎないかな?』
用意して貰った部屋が一人で使うには広かったので礼司に質問した。
「そうか?まぁ、何だかんだで使うんじゃないか?」
『そうかなぁ、まぁいいか。ありがたく使わせてもらうよ。』
礼司の解答は適当だったが、公嗣は素直に受け取る事にした。
「頑張ってね、公嗣♪」
『相変わらずだね、母さんは。』
「そうね、うふふ。」
『じゃあ、行ってくるよ。』
いつも通りの公美子に公嗣は落ち着いて反応した。
「頑張って、兄さん。」
『あぁ、お土産を楽しみにしておいてよ。』
「う、うん・・・。」
『・・・?まぁ、頑張ってくるよ。』
美玖が変わった反応してたけど、まぁいいか。
公嗣は見送りに来た家族に手を振って葉山の家を出た。
公嗣は1人新幹線に乗る。
新鮮な気持ちと不安な気持ちもあるけど
『気持ちを切り替えていこう。』
家族や杏奈の事を考えれば不思議と前向きになる。
そろそろ新幹線が出発するところだった。
周りの席も埋まっていき、出発手前まで公嗣の隣は空いていた。
公嗣は女性に声をかけられる。
「お隣失礼しますね。」
『どうぞ・・・!?』
隣を振り向くと・・・
なんと、隣に座ったのは紗希だった。
『えっ!?紗希がどうして??』
「実は先日、ある人からプロポーズを受けて・・・」
プロポーズ?紗希くらい美人なら普通にあり得そうかな、公嗣は納得する。
「5年待ってほしいって話をされたけど、私は自由にしていいって事だから私もついていく事にしました・・・」
へぇ、紗希も思い切った事をするなぁと公嗣は感心した。
「私が付いていく話をしたら、父やおじ様が協力してくれるって話になって・・・」
巧おじさんと父さんが?なんで??公嗣は不思議そうな顔をした。
『それにしても、似た様な事ってあるんだね。』
5年待ってほしいとか自分と似ているんだなぁ・・・
公嗣の鈍感な態度にしびれを切らした紗希は
「公嗣さん、結局分からなかったんですね・・・私です。杏奈ですよ。」
『え?・・・そんなまさか・・・』
公嗣は紗希の言う事が信じられなかった。
そんな公嗣に紗希は今までの事を公嗣に話していく・・・
「最初に公嗣さんに出した料理はサバの味噌煮でしたよね。美味しいと言ってくれたじゃないですか。」
杏奈が作ってくれたサバの味噌煮は最高だった・・・忘れる訳がない。
「私に初めてくれたプレゼントは私の好みをおさえた色とりどりのマカロンです。」
杏奈が喜んでくれるならお安い御用だった・・・もちろん、大切な思い出だ。
「私の作ったご飯は温かいうちに食べる様に努力してくれたじゃないですか。」
杏奈の悲しい顔は見たくない、たったそれだけだけど大事だった・・・今でも変わらない。
「公嗣さんが書いたハーレム物に海鮮丼を作って問題点指摘しましたよね。」
杏奈に二度とハーレム物は書かないと誓った・・・
「何で恋愛ものの男性キャラの方が公嗣さんより勘が鋭いんですか?」
ほっとけ・・・
「今からでも絵本読んであげますよ。」
また頼もうかな・・・
「それから・・・」
『もういいよ。分かったから・・・』
公嗣と杏奈の中にしかない思い出、二人だけの物。
紗希の言葉に嘘がない事も分かるし、俺の好きな人の口調で決してものまねなんかじゃない。
杏奈として俺の傍にいてくれた女性、それが・・・
『紗希だったんだね。ずっと俺の傍で見守っていてくれて・・・ありがとう。』
「やっと分かってくれましたか。」
ようやく杏奈と紗希が同一人物だと理解した公嗣。
そこに騙されたという感情はなく、ニコニコする紗希にあえて尋ねる。
『・・・でも、俺なんかで良いのか?』
「それ、今更聞きますか?いいですよ、目的地に着くまで私の愛をたっぷりと説明しますよ♪」
ドヤ顔の紗希に公嗣は・・・
「!!」
紗希を抱きしめる事で答えた。
『遅くなってごめん。』
「いいんですよ。」
二人は離れた時間を取り戻す様にギュッと抱き締め合った。
時間を忘れてしまうほど抱きしめたいと思う公嗣だったが、紗希が何かを思い出したように公嗣に話しかけた。
「あ・・・おじ様から公嗣さんに手紙あるんでした。」
『え???』
紗希はバッグから手紙を取り出して公嗣に渡した。
手紙にはこう書かれていた・・・
ーーー
公嗣へ
この手紙を見ている頃には紗希ちゃんとの話は終わっているだろう。
・・・そう思って話を続けさせてもらう。
お前の事だから気が付いてないかもしれないが
私達家族はお前と紗希ちゃんの事は応援していた。
もちろん、巧も綾ちゃんもだ。
それに、晶紀ちゃんの願いでもあったからな。
大切にしてあげなさい、紗希ちゃんを。
そして、お前自身の思いを。
礼司より
追伸:孫、待っているからな。
ーーー
『・・・。』
公嗣は紗希を見る。
隣で見ていた紗希は顔を真っ赤にして俯いていた・・・
『・・・まったく、皆は・・・ありがとう。』
公嗣は紗希の頭を撫でた、紗希は公嗣に寄りかかりこう繋げる。
「将来の夢は私と結婚して、幸せな家庭を作る事なんですよね。」
『!!・・・何故それをっ!?』
公嗣が紗希と離れてからはその夢を紗希に語る事はなかったはずなのに
紗希は何故か知っていた。
「公嗣さんの部屋掃除していたら、小学校の卒業アルバム見つけて・・・そのページだけすぐ開いたんですよね。まるで忘れない様に・・・。」
『その時はそれだけしかなかったからね。』
公嗣にとっては紗希への思いが心の支えで全てだった。
だから、失った時の反動は大きかった。
でも今は、今なら・・・
「みんなが驚くくらい幸せになりましょうね。公嗣さん。」
『そうだね。紗希。』
二人は未来へ進む、過去を乗り越えて・・・
5年後ー
「パパ~♪」
小さい女の子が公嗣に駆け寄ってくる。
女の子を抱き留め公嗣は立ち上がった。
『もう、ママに似ていて本当に可愛いな~千歳は♪』
「え~、私が一番じゃないの?」
『比べられないなぁ~ママも千歳も一番だよ。』
「やった~♪」
抱き上げた千歳に公嗣はそういうと、千歳も嬉しそうに笑う。
その様子を見ていた礼司は・・・
「私にはよく『美玖には甘い』って言ってたけど・・・公嗣、お前も大概だな。」
呆れた表情で公嗣に話す。
公嗣もその点は自覚していたみたいで
『まぁね・・・紗希も笑いながら「おじ様が美玖ちゃんに接している時と同じだね。」って言ってたし。父さんに似たと自覚しているよ。』
やや自嘲気味に語った。
そこに紗希、美玖、公美子が合流する。
「お待たせ、公嗣さん。」
「お待たせじゃないよっ!お姉ちゃんは千歳ちゃんに何教えているのよっ!いきなり「美玖おばちゃんもメイド服似合いそうだね♪」とか言い出してびっくりしたわよっ!!」
「あ、確かに美玖ちゃんにはメイド服似合いそうだね♪」
「もう、親子して私にメイド服を着せようとしないでよっ!」
美玖と紗希のやり取りを見ながら公美子は笑っている。
「あらあら、いつまでも仲良しさんね~♪」
「母さんも笑ってないでさ・・・あぁ、千歳ちゃんの教育が・・・もう、千歳ちゃんは私が預かろうかな。」
「『ダーメ♪』」
美玖の発言にダメと声を合わせる公嗣と紗希。
更に、巧と綾も加わる。
「ははは、紗希も公嗣君も楽しそうだね。」
「お父さん、アレはバカ夫婦というのよ。」
二人の様子に笑いながら話す巧と呆れる綾。
「酷いなぁ、綾姉ちゃんは。」
『巧おじさん、綾姉さんこんにちは。』
「巧おじいちゃん、綾おばちゃんこんにちは。」
親子で巧と綾に挨拶をする。
「こんにちは公嗣君、千歳ちゃん。晶紀にも幸せそうな紗希を見せられて嬉しいよ。」
「ちょっとハラハラさせられたけどね。まぁいいんじゃない?」
紗希は綾を見て
「あれ、綾姉ちゃん。和弘兄ちゃんは?」
「うちの旦那は今日はちょっと外せない用事があってね。よろしくって言ってたわよ。」
「へぇ~、そうなんだ。千歳を和弘兄ちゃんに見せて綾姉ちゃんにもそろそろ・・・」
綾と和弘は結婚して長いが子供はいない。
「あのねぇ・・・そういうのはやめなさい。二人で丁度いいのよ。二人で。」
「・・・と綾姉ちゃんは言っているけど、お父さんはどうなの?」
「うーん、綾と和弘君の子供かぁ。お父さんは期待しているぞ。」
「はぁ・・・ここでこんないじられ方するとは思わなかったわ。」
紗希も楽しそうだ。
何かいいなぁ・・・とほほ笑む公嗣に
「パパ、今日はみんな集まっているけど何かあるの?」
千歳が公嗣に尋ねた。
『今日はみんなで晶紀おばあちゃんのお墓参りに行くんだよ。』
「うん。」
今日は晶紀のお墓参り。
綾をいじり終わった紗希が戻ってきた。
「ただいま。千歳、公嗣さん。」
「おかえり、ママ。」
公嗣は紗希を見つめて・・・
『おかえり紗希、千歳。大好きだよ。』
「え、あらたまってどうしたの?」
首を傾げる紗希に公嗣は照れながら話す。
『今、とても幸せなんだ。』
「私もとても幸せ・・・大好きだよ。」
紗希は千歳を抱き上げた公嗣ごと抱き締めて、公嗣も紗希を抱きしめ返す。
公嗣と紗希はみんなとの幸せをあらためて感じていた。
(完)
最後まで見ていただきありがとうございます。
公嗣と紗希の物語、大団円ですね。
最初の時点で公嗣と紗希が結ばれる構想は練っていたのですが・・・
「公嗣は杏奈が紗希だと分かるのか?」ここをどうするのか悩みました。
結局、公嗣は杏奈にプロポーズして紗希が明かしていく流れになったのですが
たぶん「そうはならんやろ・・・」と思った方もいるかもしれませんので・・・
参考にならないとは思いますが私の考えを。
公嗣が長い間紗希に会っていなかったので、その間の紗希の成長に気づけなかった。
ここがポイントになると思います。
・公嗣が思っている紗希=自分をお兄ちゃんと慕う女の子
・実際の紗希=杏奈
公嗣の認識が9話までは前者、10話の杏奈へのプロポーズ後に後者に切り替わる事で
紗希から自分が杏奈である事を話しても自分が好きになったのは成長した紗希であると理解します。
逆に気付いていたなら杏奈へのプロポーズは無かったんじゃないかなぁと。