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海のdoll  作者: 水菜月
9/16

*奏多 ⑤


 うっかり朝まで奏多の家で眠ってしまった。とうとう帰り損ねた。

 もうどうせ言い訳はできないから家には連絡しない。気づかない可能性だってあるから。


 キッチンからいい匂いがしてきた。

 脱ぎ捨てられた奏多のシャツを羽織って行くと、彼は麺を茹でていた。

「おはよう」

「何を作っているの」

「たらこスパゲティ」


 大きな皿の上に、たらこの中身とバターの欠片が乗っている。

 その上に茹で立てのスパゲティがトングで盛られた。湯気がもわっと上がって、たらこのピンク色が鮮やかになる。

 それをさっと混ぜてから、奏多は魔法のようにちぎった大葉を散らす。ピンクと緑のきれいな配色。

「イカがあるとうまいけど、今日はシンプルに」


「初めて男の人に料理を作ってもらった」と言うと、奏多は「料理って程のものじゃないけどな」と笑った。

「底の方にたらこが固まってるから、よく混ぜろよ」


 フォークでかき混ぜてる私の横で、奏多がスプーンも使っていたから、その真似をする。

 まずはスプーンとフォークでスパゲティをぐっと引き寄せて、それからスプーンの上でフォークに巻きつけるのか。

 器用だね!って言ったら、片頬で苦笑いしている。私は世間を知らないらしい。


 たらこの塩味と大葉の香りが合わさって、喉に入って来る瞬間がたまらない。コンビニのより具は少ないのに、断然こっちがいい。


 人が作ってくれるごはんって、こんなにおいしいんだ。知らなかった。

 私は、その後黙ってその一皿を堪能した。

 お行儀悪いけど、お皿も舐めてしまうくらいに、泣き出したい程ずっとすがりついていた。


 私があまりに「おいしい、おいしい」って一口ごとに連呼するものだから、奏多は呆れながら、満更でもない様子だった。


 この日以来、奏多は時々、私にごはんを作ってくれるようになった。

 パンケーキとかイングリッシュブレックファーストとか、お洒落なものも登場する。

 時にはおやつにドーナツを揚げてくれたりまで。世の中のお母さんというのは、みんなこうなんだろうか。


 私はコンビニからファミレスにバイトを変えた。海沿いのファミレス。

「もっと食を見てみたくなったの」って告げたら、彼はきょとんとした顔をして、「ファミレスだとあっためるだけじゃねーの?」と笑った。


 でも、私にはこのくらいの段階を踏むのがいい気がするの。急にレベル上げると転げ落ちるでしょ。免疫がないんだから。


 奏多の隣で、手先を見ているのが一番楽しい。

 少しずつ手伝うようになって、レタスを洗ったのが新鮮だった。ちぎると、音が感触として伝わってくる。パリッ、シャリッと響く。


 たべるって生きることなんだ。抱き合うくらい、実感を伴うこと。




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