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海のdoll  作者: 水菜月
12/16

*遥果 ③


 それからはじまる、彼女と二人で過ごす日常。

 彼女の部屋で制服を脱ぐ。いつも私だけが裸体を見せる。狡い人なんだ、夕映さんは。


 ねぇ、私はあなたが喪失した時間ではないよ。

 私とあなたの生まれた時間差がたとえ6年だとして、それはあなたが失った時間ではないんだ。人には人の、あなたにはあなたの時がある。


「遥果が羨ましいわ」

 どうして自分の美しさに目を向けないのだろう。

 あなたが心身を削って世の中に出したその歌の中に、あなた自身が削り出されてなどいないよ。

 あなたが勝手に自分が減っていくように思っているだけで、あなたには、それだけのものが零れているのに。


 私に届いたあなたの輝きは失われない。どうしたら、それをわかってくれるの。

 言葉を尽くす。夕映さんに賛辞のキスを贈る。ほんの少し息を吹き返したようにみえると、私は心底嬉しくなる。


 彼女は人前ではいつも優しさであふれている。歌っている姿は、薄絹をまとったような天性の女神。

 けれど二人きりの時、中身は迷ったままの邪気に覆われている。受け身にみえてあなたは、きちんと蜘蛛の巣を張り巡らせている。罠を張る。


 私はかかった獲物だ。もちろん自ら志願して捕えられたのだけど。

 その強さは、私などでは到底敵わないくらいに。弱そうに見せる必要なんてないのに。


 何かを生み出す人の辛さなんて私にはわからない。いつ枯渇するか震えている可哀そうな歌姫。

 その両腕を掴んで身体中を舐めまわしたい衝動に駆られるけど、あなたは拒否して硬直してしまう。なぜ。


 代わりに、思う存分私に触れることで慰められるなら、いつでもこの身を投げ出すつもりだ。あなたの目でピン止めされて、いつしか標本の蝶になる。見くびっていたのかもしれない、あなたの苦しみを。 


「ほしいもののためには、たとえ傷ついたって構わない。いや、傷つかないと所有できないことを知っている。遥果、あなたはそんなことを全身で訴えてた。最初から」


 動けない、身体が言うことを効かない。その目は力強い。

「あなたのことを束縛なんてしないわ。そう理解ある女を演じて奏多に近付いてくる蟻たちの多いこと。そんな約束なんて、ずっと守るものでもないわ。縛りたければ縛ればいい。解きたいなら、無理矢理リボンを引っ張ればいい。覚悟がないから自分に言い聞かせるのよ」


 手に入れたいものを、手にしたはずなのに。

 なのに、何故あなたは、私は、虚しいのだろう。


 奏多に近付いたのは、このゴールに行き着くためだったのに。

 私は今、奏多が恋しくて仕方ない。ただの手段として選んだあなたが心底愛しい。




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