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海のdoll  作者: 水菜月
1/16

*夕映 ① 

挿絵(By みてみん)


モノカキコさんが描いて下さった遥果。



 ああ、私はこうして、今夜も海に潜る。

 この感触を手に入れたくて、まだ彼といる。


 あなたが誰なのか知っていた。だから近づいた。

 私が何者かは伝えずにはじまった関係。

 

 ただ海のそばで、波の音を、鼓動を聞いていれば、それでよかった。

 私たちに必要だったのは、愛ではなかったから。


 カッコつけてるみたいな嘘の葉。

 耳元でささやく、今日だけのコトノ葉。



 夕映ゆえさんに会いたくて、週末はライブハウスに通っていた。


「夕映え」が似合う彼女。

 茜色の空はいつだってあなたの背景に流れていく。たなびく雲も、消えゆく鳥の群れも、全てあなたの許にある。

 その声は、その情景を伝えるために存在した。私にとっては奇跡のように。


 高揚して薄桃色になった夕映さんの頬に見とれてしまう。

 歌い尽くして、まもなく伏せてしまう前のほんの一時に、同じ空間でいられることに私は震える。


 夕映さん。そのささやくような甘く掠れた声。

 あなたを見つけたのは、バイト帰りに通りかかった隣り駅の歩道橋。

 夕闇の中、アコースティックギター片手に歌っている声がふと聴こえてきた。


 その音は、私が今まで何となく見ていた景色を、急に意味のあるものに変えていったんだ。一瞬にして。


 あの時、もうすでに沢山のファンに囲まれていたね。

 前髪が顔にかかって表情がよく見えない。もっと近くに行きたい。

 でも、私は遠くから立ち尽くして、ここまで届く声だけを受け取った。


 彼女の歌が、何度も何度も繰り返し、胸の中で再生される。

 また会いたい。けれど、次の日には彼女の姿はなかった。


 毎日通い詰めて、再び逢えた時の想いをどう表現していいかわからない。


 ある雨音が痛い夜。

 さすがに今夜はいないだろうと思いながら、勝手に足が歩道橋に向かう。


 夕映さんは来ていた。ギャラリーは私だけだった。たった一人の聴衆。

 透明な合羽を着て、ぽつんと立ってる彼女から聴こえてきたのは、泣き出しそうな歌声。

 差し出す傘にそっと入って来て、至近距離で私の耳だけに届いた。


「はじめての二人きり。君との距離はいつか縮まる気がしてた」

 私にささやいたのか、歌詞を呟いたのかわからない。

 さっきまで泣いていた癖に、可笑しそうな、いたずらな瞳が私だけを映す。


「金曜はここにいるよ。よかったら来て」

 渡してくれたのは、ライブハウスのカード。

 いつもは遠い目をした彼女の焦点が、私をしっかり捕えた。





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