七話・それは、まだ追ってくる
行寺は有明の背中を追っていた。
咲洲成美へのストーカー、及び勝島運河の死体遺棄、その殺人の容疑で咲洲と同じ職場の蛍村が逮捕された。彼のパソコンを調べたところ、警察にサイバー攻撃をした痕跡や、殺害された四人の個人情報等が確認され、犯人で間違いないという結論が出た。
有明悟を除いては。
有明は蛍村のストーカーに関しては疑問を持っていなかったが、殺人に関しては疑問を持っていた。なのに、管理官にこれ以上捜査をするな、組織の輪を乱すな、と言われると素直に従ってしまった。行寺が知る、どんなに邪魔が入っても疑問を持ったらとことん突き詰める有明とはかけ離れていた。
行寺は有明に叫ぶ。
「有明さん!」
行寺の叫びに有明は止まる。
「本当にこれでいいんですか?有明さんは、納得してないんでしょ?!納得出来ないまま事件を終わらせるなんて、有明さんがすることじゃない!」
更に言う。
「有明さんはどうして刑事になったんですか?・・・僕は犯人を捕まえるとかキャリアを積みたいとかそんな事はどうでもいいです。僕は、ただ、『真実』が知りたいから刑事になったんです」
有明は振り向かず、しかししっかりと聞いてくれる。行寺はそう信じて話す。
「刑事が捜査権を持ってるのは、普通の人では出来ない『真実』を明らかにする義務があるからです。そして有明さんはその『真実』をどんな逆風が吹いても、構わず求めてきた。そんな有明さんを僕は尊敬していました!なのに、そんな有明さんが真実を明らかにする事を侮辱していいんですか?!」
今まで以上に捲し立てた行寺は、息を荒くしながら有明の背中を見る。有明は黙っていた。しかし必ず聞いている。すると、有明はゆっくりと話す。
「うるせーな」
「え・・・?」
そして振り返る。その顔には絶望も、諦めもなかった。あるのはどんな壁に当たっても真実を求めてやる、という強気の顔だった。
「誰が諦めるなんて言った?俺は『組織』としては諦めたが、『個人』としては諦めてない」
いつもの有明が居る。管理官や他の捜査員が嫌がりそうな行動を起こす有明がいる。
「『組織』でダメなら『個人』で動けばいいだけだ。・・・・・・絶対に諦めてたまるかよ」
行くぞ、と行寺に言う。行寺はいつもの理屈くさい生意気な後輩としてその背中を追う。
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咲洲成美は葉山匡平と共に自宅への道を歩いていた。ストーカーだった蛍村が捕まり、事情聴取をされ、もう心配ないだろうと話され自宅へと帰っていた。
「成美、仕事は大丈夫そうか?」
「うん・・・上司がストーカー、しかも殺人の容疑で捕まってるからね。会社は大分痛手だろうし、もしかしたら私も何か言われるかも」
世間体や付き合いが大事な会社にとって蛍村はもちろん、犯罪に関わった、いや巻き込まれた咲洲も会社のイメージを下げかねない存在だ。本当なら咲洲にも辞めて欲しいのだろうが咲洲は巻き込まれただけで何もしていない。もし会社から何か言われたら今度は引き下がらないだろう。
葉山は心配そうに咲洲を見る。
「そっか。でももし成美が会社を辞めることになっても大丈夫だぞ。俺はもう成美を養う覚悟はあるからな」
「うん・・・・・・ん?それってどういう・・・」
そこまで言ってはっ、とする。そして葉山を見る。いつになく真剣な表情だった。咲洲は葉山の意思を悟ると少し照れくさそうに笑う。
「ちゃんとしたその・・・・・・あれは待っててくれ。もっと相応しい場所でやるって決めてるんだ」
「ふふ、分かった。なら私からは何も言わないよ・・・・・・ありがとうね」
二人は顔を綻ばせる。久しぶりにこんな風に笑った気がする。最近はストーカーに追われ続け、笑う余裕なんてなかった。咲洲一人ならきっと壊れていたかもしれない。でも今は違う。葉山がいる。もう一人じゃない。
葉山とならどんな困難も乗り越えていけそうな気がした。
「よっしゃ!じゃあ今日は外でご飯でも食べるか!」
「いや、今日は家にしよ?・・・・・・今日は、もう疲れた。それに、二人でゆっくりしたいな」
「・・・・・・お、おう」
咲洲は葉山に寄り添う。葉山は赤面しながら歩く。
二人を邪魔する者はもう誰もいない。
果たして誰が決めたのだろうか。
もう邪魔する者はいない、と。
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有明は自分のデスクで今回の事件の捜査資料を読み漁っていた。もちろん事件は終わっている。しかし有明は納得出来ない。組織が動かないなら、個人で動く。それで組織に迷惑がかかろうと、真実が有耶無耶になるよりはマシだ。そう考える。
しばらくすると行寺が隣に座ってくる。
「有明さん、四人の被害者の最後の足取りがわかりました」
「どうだった?」
「全員、国道17号を深谷方面に向かっているのが確認できました」
行寺には四人の被害者の最後、つまり殺害されたと思われる日の足取りを追ってもらっていた。今まで何故か被害者の足取りが分からなかったが、蛍村が逮捕されたことで蛍村が被害者宅に行って殺害、もしくは近くに呼び出して殺害した、と結論づけられた。そんな証拠どこにもないのに。
「深谷か・・・・・・確かそこには四人の出身高校があったよな?」
「はい。しかしそこからの足取りを掴めていない以上、必ずしも高校に向かったとは・・・・・・」
「あと、青山奈緒に関してですが、やはり二ヶ月に国道17号を深谷方面に向かっているのが確認できました。どうして彼女だけ二ヶ月なんでしょう?手紙もそうでしたし」
「うーん・・・・・・蛍村が言ってたように蛍村に指示を与えてた奴は、どうやって四人の、咲洲成美の居場所を突き止めたんだ?」
全員の居場所を突き止める。そう簡単な話では無いはずだ。いくら探偵を使ってもそう簡単には見つからないはず。それに探偵なんか使ったら顔を見られる可能性がある。蛍村を操って、警察を欺いて殺人を犯してストーカーまでしている奴が、そんなヘマはしないだろう。
「青山奈緒だけ二ヶ月に接触してたとすれば・・・・・・」
「青山奈緒から他の人の居場所を聞き出した、とかですかね」
四人一気に居場所を突き止めるのでは無く、一人から居場所を聞く。
しかしどうして殺害したのか。動機が分からない。蛍村はもちろん、蛍村を操っていた奴も。
そこで思い出す。蛍村を使って手紙を出していた名前を。
逢坂雄一。もし彼を知る人物なら、殺害された四人に対して何か恨みでもあったのかもしれない。しかし逢坂雄一とその家族は九年前に強盗に殺害されている。逢坂雄一と親しくしていた友人もいなかった。近所付き合いもあまりなかったらしい。
「なぁ、九年前の逢坂家の強盗放火殺人なんだが、犯人は確か金を奪った後、タイに行ったんだよな?」
「え?・・・あぁ、はい。放火された直後に家の付近で目撃され、同じ服装の人が羽田空港からタイ行きの飛行機に乗っていくのが確認できてます。そこから先の行動は・・・・・・」
首を横に振って分からない、という意思を示す。
有明は少し頭にモヤがかかっているような感覚に襲われる。
放火された家から出てきた遺体は三人。家に住んでいた家族の人数、身長等から逢坂家の親子三人だろう、と判断された。
付近で目撃された怪しい人物。
そして事件当日に行方不明となっている咲洲成美の弟。
逢坂雄一は咲洲成美と付き合っていた・・・・・・・・・罰ゲーム・・・・・・恨み・・・・・・恋・・・・・・・・・
「なぁ、放火の跡から見つかった遺体は鑑定してないんだよな?」
「えぇ、人数もあってましたし、恐らくそうだろうと。歯型鑑定もしようとしたんですが、あまりに遺体の損傷が酷く歯型鑑定どころじゃなかったそうです」
「遺体が本当に逢坂雄一だったのかは確証はない・・・」
「え、ちょっと、まさか有明さん、逢坂雄一は生きてるとでも?・・・・・・だって遺体は三人ですよ?もしすり替えたとしても同じ体格の同じ身長の人を見つけてなんてそんな・・・・・・」
有明もまさかとは思っていた。しかし逢坂雄一はどうも四人の過去について詳しすぎる。咲洲成美についても罰ゲームで嘘の告白をした事をもし知っているのなら。それは恐らく本人しか知りえないこと。
「行寺、一つ頼まれてくれるか?」
「無茶な事以外はなんでも」
そう言って行寺に指示をする。行寺は少し困惑した表情を浮かべながらも、有明の指示に従う。
夜も遅かったので、次の個人捜査会議は次の日にした。
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咲洲は目を覚ます。カーテンの隙間から朝日が差し込む。いつもなら目覚まし時計が鳴るまでは絶対に起きないのだが、今日は陽の光で目が覚めた。
体を起こすと隣には葉山が寝息を立てて寝ていた。
いつもの朝。つい昨日の事を忘れそうになる。昨日は本当に激動の日だった。
しかしそれももう終わり。今度こそ過去の亡霊は現れない。そう思った。
咲洲は葉山を起こすと朝食を作る。葉山が眠そうに起きて顔を洗いに行く。寝ぼけている葉山に朝食を出す。こんな当たり前の日がこんなにも幸せだったのか、と思う。
「あれ、成美は会社はどうするんだ?」
「今日は休む・・・というか会社から休めって。巻き込まれて大変だったろうからって言われたけど、結局のところ落ち着くまでは来るなってことだよ」
そう言うと葉山は笑う。
「ま、どっちにしろ俺も休ませようとは思ってたんだ。色々大変だったのは事実だし。・・・・・・今日はゆっくり休めな」
「・・・うん、そうする」
優しく微笑む葉山を見て咲洲も微笑む。もう忘れた。殺人とかストーカーとか。確かに殺された四人は友人だったし、悲しい。でも正直最近連絡はとってないし、九年前の罰ゲームからは少し距離をとっていた。薄情かもしれないが、もう忘れようと思っていた。
朝食を食べ終わった葉山は急いで会社に行く支度をする。
咲洲は葉山を玄関先まで見送る。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
葉山は踵を返す。すると少し立ち止まって振り返る。
「・・・・・・今日、大事な話がある」
「・・・分かった。待ってる」
葉山は会社に向かう。咲洲はそれを見送ると家の中に入る。そして袖をまくって気合いを入れる。最近バタバタしてて掃除やら何やらと出来ていなかったので、今日の休みでやろうと思っていた。葉山にはゆっくり休め、と言われたがそこまで軟弱じゃない、と心で言って掃除に取り掛かる。
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有明は朝からある場所に来ていた。埼玉県深谷市にある東京名西大学深谷高校だった。しかし校内に入らずにその周りを歩いていた。
「防犯カメラは・・・正門と裏門だけか。しかし二ヶ月前はもちろん一ヶ月前の映像なんて残ってないよなぁ・・・」
辺りを見回す。裏門の方は民家が多く並んでいた。一か八かで話を聞いてみる。
聞き込みに入ったのは裏門に一番近い二階建てのマンション。
「すみません、警察の者ですが・・・・・・ここ最近、あの高校付近で不審な人物を見たりしませんでした?」
そう聞き込みしていく。しかし、一向に有力な情報は得られない。あと一部屋、ここがダメなら他の民家を、と諦めかけていた。最後の一部屋の住人は三十歳位の男性だった。
「すみません、警察の者ですが、最近あの高校付近で不審な人物を見たりしませんでした?」
「最近っていつです?」
「あー、一ヶ月前とか・・・」
「それは最近じゃないでしょう・・・」
すみません、と謝る。当然だ。一ヶ月前の事を思い出せ、と言われても余程印象に残る事じゃない限り覚えてなんていないだろう。男性は少し考えるように宙をみて、あっと声を上げる。
「一ヶ月前かどうかは分からないけど、何度かそこの高校で人が話してるのは見ましたよ」
「えっ?!詳しくお願いします!」
有明の勢いに押され、たじろぎながら男性は話す。
「俺夜帰りが遅いんですけど、あの時は夜の十一時位だったかな。裏門を入ってそこの校舎の裏辺りで人の話し声が聞こえたんですよ。二人くらいの。こんな夜中に変だな、と思って」
「その人の顔とか分かりますか?」
「いやぁ、夜中だし、街灯もほとんどないし。・・・・・・でも二人とも女の人の声でしたよ?」
「二人とも女・・・?えっと、他の時は?」
「他の時は・・・男と女の人の時とかありましたけど・・・」
「そうですか・・・・・・話の内容とかは?」
「いやぁ、気味が悪かったんでいつも聞かないで帰ってきてました」
そうですか、と言う。有明はおかしいと思った。蛍村は男、もし蛍村と四人が接触してたなら必ず片方の声は男のはずだ。しかし女二人の声の時がある。つまり被害者と女性が会っていたということになる。そして逢坂雄一が生きてるのなら、その時も声は必ず片方は男の声でないとおかしい。
男性に礼をいい、マンションを後にする。
「どういうことだ?四人があっていたのは女?でも他に逢坂雄一と接点がある女性は・・・・・・」
とにかく確認するしかない。有明は高校に入り、当時の担任の先生に話を聞く。
「逢坂くんと親しかった女子ですか?・・・・・・いなかったと思います。その、こういう事を言うのは教師としてはいけないんですけど・・・」
周りを見渡してから、声を潜めて話す。
「逢坂くん、少し気味が悪くて・・・いつも独り言言ってるし、ノートに何書いてるかと思えば暗い内容の日記だったり・・・・・・人を見る時の目も怖くて。皆、特に女子は気味悪がってました」
「そうですか・・・」
やはり居ない。逢坂雄一と接点がある女性。強いて言えば罰ゲームをしていた被害者の佐竹と青山、そして付き合っていた咲洲成美。なんだかもうわからなくなってきてしまった。
諦めて高校を後にする。校舎から体育館の建物の横を抜ける。すると建物の端の方の扉の前で警備服を着た男性が何かをしていた。
「すみません、警察の者ですが・・・何かあったんですか?」
警備員は少し驚くと、あぁ、と言って扉を指さす。
「いやね?最近ここの扉が夜に開けられているかもしれない、って学校側から言われましてね。鍵とか調べたんですけど昔に壊れたままだから、夜開いててもおかしくないんですよ」
そう言って鍵穴を見る。確かに手入れがされておらず、錆びて壊れていた。
「ここは何の部屋ですか?」
「用具室でしたけど、新しい用具室が他に出来てからは使われてませんよ」
「そうなんですね」
特に関係無さそうだ、と結論づけ、有明は今度こそ高校を後にする。正門を出たところで行寺からスマホに着信が入る。
『有明さん!調べましたよ!』
「お、何か収穫でもあったのか?」
行寺には蛍村のパソコンに誰かがアクセスした痕跡がないかをサイバー犯罪対策室の住畑に調べてもらうように頼んでいた。
『徹夜してもらってパソコンを調べてもらいました。その結果、何とか一つのIPアドレスからのアクセスを確認できました』
「他の被害者のパソコンやスマホとの関連は?」
『それを今必死で調べてます・・・住畑さんもう死にそうになってますよ・・・』
「分かった分かった、何か差し入れでも買ってすぐ戻る。住畑にもよろしく伝えておいてくれ」
『分かりました・・・住畑さん、めっちゃ怒ってますよ・・・』
そう言い残して通話を切る。有明は今度ご飯でも奢るか、と考えながら急いで行寺の所へ戻る。
警視庁に戻ると、有明のデスクの所に行寺とサイバー犯罪対策室の住畑がいた。住畑は充血した目をこちらに向けるとちょっと怖い動きでこちらに向かってくる。
「怖い怖い怖い・・・」
「昨日徹夜だったんですからね・・・・・・あんなにキツイのは初めてですよ・・・」
ごめんなさい、と謝って少し高めのお弁当を渡すと瞬速で受け取る。
「有明さん、これ見てください」
行寺がパソコンの画面を見せる。そこには五つの画面に分割されており、それぞれ何やら数字と文字の羅列があった。プログラミング言語というやつか。
「蛍村のパソコンから何度も同じIPアドレスからアクセスされています。他の被害者の四人のパソコンにも、同様のIPアドレスからアクセスされています」
確かに一つだけ全く同じ文字の羅列がある。それがおそらく犯人のIPアドレスだろう。
「そしてそのIPアドレスを更に辿ってみたところ、ダークウェブ内の一つのアカウントにたどり着きました。誰のパソコンかはわかりませんでした。しかし、そのアカウントなんですが、九年前に作成されてタイ行きの飛行機のチケットを違法入手しています」
九年前、そしてタイ行きの飛行機。繋がった。やはり九年前の事件と今回の事件は繋がっていた。そして行寺がパソコンの画面を操作して映像を映す。羽田空港の防犯カメラだった。
「そして四年前、同じアカウントがダークウェブ内で日本行きの飛行機のチケットを入手しています。そのアカウントから入手されたチケットを調べたら、四年前の三月一日・・・・・・時間まではわかりませんでした。そして、そのアカウントが不正に取得したチケットの購入者の名前は・・・・・・・・・逢坂雄一」
逢坂雄一。その名前が出てきた。なぜ九年前に死んだはずの逢坂雄一の名前がここで出てくるのか。どうしてタイからの帰国の飛行機にいるのか。
有明は全てが繋がった、と感じた。
どうやらその日の空港の防犯カメラの映像を入手したらしい。もちろん全てではなく、降りるゲートの出口に設置されている防犯カメラだ。
「よし、手分けして探すぞ。九年前に海外に逃亡して、六年の歳月を経て日本に来たということは、その時点でもう咲洲成美等に近づく準備はできていたということ。もしかしたら俺たちがこの捜査で見た事がある人物かも知れない」
行寺とディスクを分ける。住畑にも手伝ってもらおうかと考えたが、徹夜させた上にこれ以上やらせたら本気で刺されかねないのでやめておく。
防犯カメラの映像を見始めてから数時間。未だに見つけられずにいた。それもそうだ。探し出すべき人物が分かっているならある程度探しやすいが、今は「会ってるかもしれない知っている顔」を探している。つまりその「会ってるかもしれない」人の中に犯人がいなければただの時間の無駄だ。
それはつまり蛍村が殺人犯であり、ストーカーであるということは事実、有明の疑念はただの考えすぎという事になる。しかし、それならそれでもう良かった。これで有明の疑念が杞憂だったら、これで事件は終わり。そうでなければこの時間は無駄ではなくなる。有明はとことんやる。自分一人になっても、自分の疑念が晴れるまで。
行寺にも疲労が溜まり、限界が近づいてきた。ほぼ自動的に無意識に次のディスクを取り出し、パソコンに入れる。映像が再生される。もう感覚が機能しなくなっていた。ただ、流れていく人を見る。足取りを、服装を、顔を見る。脳内に映像がなだれ込み、勝手に処理されていく。
もう限界だ。そう思ってディスクを取り出そうとする。その時。
「・・・・・・・・・・・・・・・あっ!」
有明が叫ぶ。ウトウトしていた行寺は飛び起きる。他の刑事たちも有明の方を見る。有明はそんな目線を気にせずに映像を巻き戻す。行寺は有明の見ているパソコンの画面を覗き込む。
「有明さん、何か見つけましたか?」
「・・・・・・・・・ここ。・・・今ゲートを出た人・・・・・・こいつ・・・・・・」
震える指で画面を指さす。行寺は指の先にいる人物を見る。そして、目を見開く。
そう。その人物は、この事件の捜査中に「会ってるかもしれない知っている顔」だった。
「こいつが・・・・・・・・・」
有明はゆっくりと立ち上がる。
「逢坂雄一だ・・・・・・・・・生きてたんだ・・・・・・・・・『全てを変えて』生きてたんだ!」
有明は走り出す。行寺は画面にいる人物を理解できないまま有明を追いかける。
「どこ行くんですか?!」
「やっぱりまだ終わってない!この事件は、逢坂雄一による事件は終わってない!」
走りながら叫ぶ。
「逢坂雄一は、まだ捕まっていない!」
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葉山は仕事を早めに終え、早めに退社した。いつもより早く仕事を終わらせたのは、今日咲洲と大事な話をするため、必要なものを揃えるためだった。
ストーカーの件で葉山の心の中ではある決意が固まっていた。咲洲が怖い目に遭ったのも、それを助けられなかったのも、自分に覚悟が足りなかったせいだ、と感じていた。彼女を、もうこれ以上不安にさせたくない。もう逃げてはいられない。そう決意していた。
必要なものを揃えた葉山は咲洲に電話をかける。今日は家にいるはずだ。夕焼けを見ながら咲洲の顔を思い浮かべる。この後の反応を考えると自然と顔が綻ぶ。それを楽しみにしていると咲洲が通話に出る。
「もしもし?成美、今から帰るから・・・・・・・・・」
「恭平くん!!早く帰ってきて!」
聞こえてきたのは切羽詰まった咲洲の声だった。何が彼女をそこまで追い詰めているのだろうか。もうそんな存在はいないはずなのに。葉山は言われようのない不安を覚える。
「どうした?!何があったんだ?」
「また来てる・・・・・・あの手紙が・・・・・・『逢坂雄一』が!」
その名前聞いて走り出す。その名前は、ストーカーが偽りに使った名前で、四人を殺した犯人の名前で、咲洲を悩ましていた亡霊の名前。しかし、それはもういないはずだった。葉山は走る。自宅に向けて、人通りの少ない道を通る。
「待ってろ!すぐに帰って━━━━━━━」
次の瞬間。
葉山の頭に激痛が走る。
葉山は何が起こったのかを理解できないまま。
その意識を闇に落とされていった。
「匡平くん!匡平くん!」
突然、葉山の声が途切れ、通話が切れた。その後、何度かけても繋がることは無かった。テーブルの上に置いてある手紙を見る。
『ようやく、君を僕のものにできる。待っててね、成美』
稚拙な文字で書いてあった。そして最後には「逢坂雄一」の名前。
「どうして・・・・・・彼はいないはず・・・・・・死んだはず!だって逢坂雄一は蛍村課長が騙ってた名前で・・・・・・・・・なんでっ!」
警察に通報する、そんな冷静な判断すら出来なくなっていた。そして咲洲が選んだ選択は。
葉山以外に頼れる唯一の親友を頼ることだった。微かな望みをかけて電話をかける。すぐに出た。
「もしもし・・・・・・どうしよう・・・また来てる・・・どうしよう!優香!」
その相手は、頼れる同僚、渚岡優香だった。
「成美?どうしたの、そんなに慌てて・・・・・・」
「また来てるの!ストーカーが!」
「え?!だって捕まったんでしょ?!どうして?!」
「分からない!でも手紙が来てる!私の事をまだ見てる!まだ追ってくるの!」
咲洲は冷静さを欠いていた。
「彼も急に電話に出なくなって・・・!」
「成美!私もすぐに行くから!!今日は私も早退したし、すぐに行くから、絶対に出ちゃダメだよ!」
そう言って通話を切る。
咲洲はスマホを抱える。
警察に通報しようか。しかし、警察はもう蛍村を逢坂雄一を騙った殺人犯でありストーカーとして逮捕した。今更言ってもすぐには来てくれないだろう。
頼れる人はもう渚岡しかいない。
逢坂雄一は、咲洲の中にある罪そのものだった。直接は関与してないが、罰ゲームで偽恋愛を暴露したその日に死んだ。神がお前が殺した、とでも言わんばかりだった。ずっと、ずっと。逢坂雄一は罪として咲洲に十字架を背負わせていた。
もう終わった。勝手ながらもそう思っていたのに。
当時その罰ゲームに関わった四人が殺されて、咲洲にも近づいてきた。自分も殺される。
そして。
扉が叩かれる。
ドンドンドンドンドン!!
チェーンが揺れる。
咲洲は恐る恐るのぞき穴を覗き込む。
そこに居たのは━━━━━━━━━━━