六話・不穏な終わり
有明と行寺は捜査本部にいた。四名の被害者の足取りは未だ掴めず、現在逢坂雄一と接触してると思われる咲洲成美には警察官を護衛としてつけている。そして逢坂雄一の足取りや正体は未だ掴めない。
「やっぱり亡霊なんですかね・・・」
行寺が諦めたように言う。
「亡霊?」
「本当に死んでるはずの逢坂雄一が幽霊となって追いかけてくるとか・・・」
「変な事言うなよ・・・」
行寺の言葉に少し震えていると、会議室の扉が勢いよく開けられる。若い捜査員が息を切らしながら報告をする。
「サイバー犯罪対策室の住畑です。警察のホームページにこんなものが・・・」
住畑という捜査員がノートパソコンを見せる。ノートパソコンの画面には警視庁のホームページが映っていたが、ERRORの文字と文字化けが酷くなっていた。
「警視庁のサーバーに大量のメールが送られ負荷がかけられてサーバーが落ちました。恐らくDoS攻撃でしょう」
「DoS攻撃ってことは、IPアドレスの特定はそこまで難しくないか」
「今やってます。そしてそのメールを解析したところ、こんな文面が」
住畑はパソコンのキーを操作してメールの文面を見せる。
『無能な警察。何をやっても無駄だ。これ以上僕の愛を邪魔するなら、四人みたいに殺す。逢坂雄一は、僕はずっと追い求めた愛を見つけたんだ』
警察への挑発か、生意気にも恋文か分からないがとにかく逢坂雄一は警察にコンタクトをとってきた。そして同時に四人の被害者の殺害も認めていた。
「特定を急いで・・・・・・あ、結果が出ました!」
住畑は他の捜査員からパソコンを受け取る。
「IPアドレスからメールを送ったパソコンを特定出来ました。同時にそのパソコンから咲洲成美のパソコン、Wi-Fi機器、電子機器に接続した形跡がありました。ダークウェブにもアクセスしています」
「持ち主は?」
「ええと・・・・・・蛍村勝則・・・・・・・・・」
捜査線上に上がっていない名前だな、と思いながら何処かで見たような感覚になる。そして蛍村の職場を聞いてあっ!と声を上げる。そして咲洲成美と繋がる。
有明は急いで蛍村の職場に電話をかける。
「もしもし!蛍村さんは今いますか!」
少し話してから電話を切る。
「蛍村は今日体調が悪いと休暇をとっているそうです!」
「すぐに咲洲成美の家にいる警察官に警戒するように連絡しろ!」
指示を受けた捜査員が警察官に連絡をするが、何度かかけてこちらに叫ぶ。
「応答がありません!何度も連絡しているのですが、無線もとられてないようです!」
「ちょ!有明さん!」
急に走り出した有明を行寺は急いで追いかける。捜査員達は少しキョトンとしていたが、すぐにそれぞれやるべき事を成すべく行動に移す。
行寺は有明を追いかける。
「有明さん!ちょっと待ってください!」
「急げ行寺!警察官も連絡に出ない辺り、蛍村はこうなる事は予想していたんだろう。警察官を黙らせられた事を考えると相当用意周到だったみたいだな。四人の殺害も、咲洲成美に対するストーキング行為も、逢坂雄一の名を騙ったことも」
車に乗り込むと、行寺は勢いよく発進させる。
「本当に蛍村が・・・?でも逢坂雄一の名はどこで知ったんでしょう?咲洲成美は誰にも話してないみたいでしたし・・・」
「そこは本人に聞くしかないだろ。とにかく蛍村はどういう訳か今日、咲洲成美に接触するつもりだ・・・」
咲洲成美のマンションに向かう道の途中で、逢坂雄一の名が、何故か頭から離れる事はなかった。
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葉山は職場で仕事をしていたが、中々集中出来ていなかった。昨日少し喧嘩をしてしまい、ギクシャクしてしまっていた。咲洲の事は理解しているつもりだったが、その実咲洲が言わないだけで自分は何も咲洲の事を理解していなかった事を痛感していた。
「葉山?大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だ。心配かけてすまないな」
「いや、いいんだけどさ。・・・彼女のこと、もし喧嘩とかしたなら謝っとけよ」
隣の同僚が少し遠い目をして行ってくる。自分よりも女性経験が豊富な彼は、同時にそういう経験も豊富なのだろう。
「どんなに喧嘩しても、どっちが悪くても、とにかく男が謝れば穏便に済むんだ。なら、そっちの方がいいじゃないか。見栄張って嫌われるより、潔く男が謝った方が俺はかっこいいと思うけどな」
「初めてお前からの話で少し心に響いたよ」
「どういう意味だよ!いつもはくだらないってか!」
そう叫ぶ同僚を見て少し勇気づけられる。毎回毎回振られてビンタされてる奴が今隣でこうして笑ってる。ちゃんと気持ちを伝えて、自分でスッキリする形で終わらせてるからだろう。ウジウジするのはやめよう、と心に決めた。
仕事に戻ろうとすると着信音が鳴る。会社の電話ではなく、自分のスマホの。画面には咲洲成美の文字。
「もしもし?」
電話に出るが、しばらく荒い息が聞こえる。何かあったのだろうか、と思い大丈夫かと聞こうとした時、向こうから咲洲の声が聞こえる。
「助けて!今、家の前に誰かいる!」
「成美?家の前に?!警察官は?!」
「分からない!帰ってきた時はもういなかったの!」
電話の奥で何やら物音が聞こえる。
「すぐ行く!通話は繋いだままにしとけ!」
急いで帰り支度を始める。まだ仕事は残っていたが、同僚に残りを頼み、上司に「急用です!すみません!」と上司の返事を待たずに職場を後にして走り出す。
外を走りながら通話の音に耳を傾ける。咲洲の短い悲鳴と物音が聞こえる。
「くそっ!」
電車では待ってる時間が惜しいと感じ、タクシーに乗り込み、急いで自宅に向かうように運転手に言う。
スマホの向こうで物音が聞こえる。
そして、
ガチャン。
と。
一番聞きたくない音が聞こえた。
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扉がの鍵が開く。ドアノブが動く。扉が引かれる。外が見える。しかし、その外は人影によって遮られていた。
咲洲成美は、リビングで尻もちをつきながら、スマホの通話を繋ぎながら、その人影を見る。
「あ・・・・・・・・・」
スマホを持ち上げる力も無くなった。スマホを落として、しかし落とした事すらもう認識できなかった。
扉の前に立っていたのは。
逢坂雄一としてストーカーをしていのは。
「咲洲。君が心配で来ちゃったよ」
「課長・・・?」
咲洲成美が働く商社の課長、蛍村勝則だった。
「どうして・・・・・・課長、もしかして逢坂雄一って・・・」
「咲洲、やっと君の家に入れてくれたね。ずっとこうしたかったんだ」
ゆっくりと、家に足を踏み入れてくる。咲洲は後退りするが、それを追い込むように咲洲の元に走ってくる。
「ひいぃ?!」
咲洲の上に被さるように倒れ込む。蛍村は荒い息をしながら顔を近づける。目は興奮で血走っている。
「逃げないでくれよ。君と俺の仲だろ?ずっと一緒に仕事をやってきたじゃないか」
「なんで!やめてください!私には彼が・・・」
「あんな奴より俺の方がいいだろ?!仕事だって理解してるし君の事ずっと見てきたし俺の方がずっとずっと君の、咲洲の事を理解してる。比べる必要なんて・・・」
「だから、私は課長の事は人として尊敬してますけど、男女の関係とかそんな!!」
「なんで俺の言う事が分からないんだよおぉ!俺は君の事を愛してるんだよ理解してるんだよ好きなんだよ分かるだろぉぉぉ?!」
「っ!」
蛍村が咲洲の手首を強く掴み叫ぶ。咲洲の手首から嫌な音が聞こえる。咲洲は痛みと嫌悪が混じった表情で蛍村を見る。
入社当初から咲洲のみならず新入社員の事をよく見てくれていた。時に叱り、時に褒め、時に謝り、時に一緒に喜ぶ。部下の成功も失敗もいつも同じ目線で共有してくれてきた。咲洲にも沢山喜んだり叱ったりしてくれた。そんな蛍村を課長として、人として尊敬していた。
それなのに。蛍村は咲洲を部下としてだけではなく、それ以上に女として見ていたのだ。それがストーカーにまで発展していた。警察は逢坂雄一が咲洲の友人を殺害した殺人事件に関係しているかもしれないと言っていたが、そんな事はもう頭にはなかった。
「助けて・・・・・・匡平く・・・んぐっ?!」
「俺の前であの男の名前を言うな!君は、俺のものだぁぁぁ!!」
蛍村は手で咲洲の口を塞ぐ。重ねて咲洲にビンタをしてくる。
咲洲は痛みと恐怖に耐えながらスマホを見る。画面は床に面して見えないが恐らく繋がっている。ならこの会話も、音も聞こえてるはず。
「逢坂雄一の名前を使ってストーカーをしてたのは・・・」
「ストーカーなんてしてないさ。君を見守ってたんだよ。ほら」
そう言ってスマホを取り出す。画面には動画。そこには電車で帰る咲洲、バスに乗る咲洲、葉山と歩く咲洲、咲洲咲洲咲洲咲洲咲洲咲洲咲洲咲洲・・・・・・
「ようやく俺のものになる・・・・・・安心してくれ、俺が一生、養ってやる。一生、俺の傍で」
「やめて・・・・・・やめてください・・・・・・」
蛍村の手が咲洲の首に回る。首から鎖骨、胸へと指が這う。咲洲の豊かな胸を触りながら蛍村は興奮のあまり息を荒く吐きながら口を近づける。咲洲は口づけを避けようと必死に顔を逸らすが顔を強く掴まれ、正面に向けられる。
あの頼れる課長の面影はもうない。そこにあるのは、一人の女に執着し、ストーカーまでして追いかけてた狂気の男の顔だけだった。
「お願い・・・・・・誰か助けてぇ・・・・・・・・・」
目を強く瞑る。その時を待つ。
そして━━━━━━━━
「動くな!蛍村!!」
「・・・・・・は?」
聞こえてきたのは、二人の男の声。一人は蛍村の名を叫び、一人は素っ頓狂な声を上げる。
そして、しばらくの硬直の後、素っ頓狂な声を上げた男、蛍村が男に向かって行く。
「じ、邪魔をするなぁぁぁぁぁぁ!!」
懐に忍ばせていたナイフを取り出し、男に向かっていく。
男はナイフを掴むと関節技で手首を絞める。蛍村は痛みでナイフを手放す。男はその隙を見逃さず、蛍村を床に倒れ込ませ拘束する。
「蛍村勝則。咲洲成美へのストーカー及び銃刀法違反で現行犯逮捕する!」
そのまま蛍村に手錠をかける。蛍村はまだ暴れていたが、その後来た二人の警察官に抑えられる。
「有明さん!一人で行くなんて何考えてるんですか!!」
「待ってるよりも、俺が捕まえた方が早いだろ」
「じゃなくて、ナイフ持ってたんですよ?!普通は有利な状況を作ってから・・・」
「そんな事やってたら手遅れになってたかもしれないぞ」
有明は行寺に言い放つ。行寺は全く、とブツブツ言いながらもう一人の警察官と蛍村を立たせ連行していく。蛍村はその後も「咲洲ぁぁぁ!俺の咲洲ぁぁぁ!」と叫んでいた。
有明は咲洲の元へ行くと、咲洲に手を差し伸べる。
「間に合って良かったです。大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
有明は顔を綻ばせると、床に落ちていたスマホを取り、画面を見てスマホを耳に当てる。
「葉山さんですね?咲洲は無事です。今から警察署の方へ来てもらえませんか?そちらで咲洲さんも保護します」
有明は少し話すと、スマホをこちらに渡してくる。咲洲は通話が繋がっている事を確認する。
『成美!無事なのか?!何が起きたんだ?!一体誰が?!』
「待って一気に言わないで・・・・・・とりあえず、私は大丈夫。ありがとう」
『そっか・・・・・・ごめん、俺がもっとちゃんとしてれば・・・』
「・・・・・・・・・そうだね。葉山くんがちゃんとしてくれないからこうなったのかも。でも私も油断してたし。だからこれからちゃんとしよ?色々とね」
『色々・・・・・・?・・・とにかく俺も警察署に向かうから、そこで』
「うん、また後で」
通話を切る。有明はそれを確認すると警察署に向かう為に、車へ案内する。マンションの通路からパトカーが見える。あのパトカーにストーカーが、逢坂雄一を騙った蛍村勝則が乗っている。
パトカーを見送ると行寺が有明の元へ走ってくる。
「家の前にいた警察官ですが、まだ見つかりません。恐らく逢坂雄一、いや蛍村勝則の協力者でしょう」
そうか、と有明は答え、車に乗る。咲洲も車に乗り、警察署へ向かう。
車の中で、有明と行寺に聞く。
「あの、どうして蛍村課長がストーカーだと?」
「今日、警察にサイバー攻撃がありまして、そのIPアドレスを辿ったところ、蛍村勝則のパソコンに行き着きました。現在、蛍村の職場と自宅のパソコンを押収して中身を調べています。恐らく過去のストーカー行為の記録等が残っているでしょう」
行寺が話す。警察にサイバー攻撃なんて、自分から捕まりに行くようなものだ。蛍村もきっと自制が効かなかったのだろう。あんな狂気じみた顔を見れば分かる。しかし、助手席に座る有明は浮かない顔をしていた。
「有明さん?どうかしました?」
「いや、蛍村は・・・・・・」
そこまで言って咲洲がいることに気が付き、また後で話す、と行寺に伝えて黙る。恐らく有明の中ではなにか引っかかるものがあって、それは恐らく咲洲の不安をまた煽ることになる。だからここで話すべきではないと判断したのだろう。
しばらくの沈黙、車内では一言も会話がなかった。咲洲はストーカーの正体への衝撃か、有明は何か考え事か、行寺は話題がなかったからか皆一言も話さなかった。しばらくして警察署に着く。
「それでは咲洲さん、こちらへお願いします」
駆け寄ってきた警察官に連れられ、咲洲は奥の部屋へ向かっていく。それを見送ると、有明はタイミングを見計らったかのように話し始める。
「行寺、本当に蛍村が逢坂雄一を騙ったストーカーだと思うか?」
「え?だってそう目星を立てて、現にこうして咲洲さんの家で彼女に詰め寄っている所を逮捕したんじゃないですか。・・・・・・何か気になることでも?」
浮かない顔をしている有明に行寺は不思議そうな顔で質問する。しかし、有明はそこから答えることはなく、行くぞ、と言い残して蛍村がいる取調室に向かう。
取調室では、一つの机を挟んで、蛍村、扉の方には有明と行寺がいた。蛍村はしばらく騒いでいたが、諦めたのか、それともそこまで重い罪にはならないと思ったのか静かにしていた。
「蛍村勝則。商社の総務課の課長。そして部下の咲洲成美を執拗にストーカーしていた。間違いないな?」
「俺はストーカーじゃない・・・・・・彼女と付き合っていたんだ・・・」
頑なにストーカーという事を信じない蛍村に向けて、質問を変えていく。
「それじゃあ、逢坂雄一という名前はどこで知った?適当に作ったのなら分かるが、逢坂雄一という名前の人物は咲洲成美の高校時代の知り合いなんだ。偶然じゃないよな?そもそもストーカーなら普通手紙で出したり警察にサイバー攻撃までして名前なんか出さないよな」
「サイバー攻撃?・・・・・・そんな事知らない!俺はそんな事してない!それに逢坂雄一って名前も知らない!手紙も知らない!」
「嘘つけ!サイバー攻撃された痕跡からIPアドレスを辿ったらお前のパソコンに行き着いた。そしてお前のパソコンを調べたら、中からストーカーしてる時の写真やダークウェブに侵入した形跡も見つかった」
行寺の話を聞いて、蛍村は知らないの一点張りだった。しかし、しらばっくれている、というよりは本当に知らないという感じだった。
「パソコンをもっと調べたら、なんと、殺人事件に繋がるファイルまで出てきた。牧野祐介、桐原健、青山奈緒、佐竹遥菜。この四人は先日、何者かに殺害され、勝島運河に遺棄された。どうして彼らの名前や個人情報のデータがお前のパソコンにあるんだ?!」
「本当に知らない!俺はただ咲洲の事を追いかけてただけで!そんな奴ら知らないし殺人なんかもしてない!そんなバカな事するか!」
「ストーカーだって十分バカな事だろ!」
蛍村は頭を抱えて蹲ってしまう。あまり刺激しては聞き出せるものも聞き出せなくなってしまう。有明は諭すように言う。
「お前、本当に知らないのか?本当にただ咲洲成美をストーカーしていただけなのか?」
「そうだよ・・・」
「だがな、手紙の封筒からお前の指紋が出てるんだ。それに実を言うと、その殺された四人は同じようにストーカー被害に遭っており、その手紙からもお前の指紋が出てるんだ。手紙なんて知らないならどうして封筒からお前の指紋が出てくる?」
蛍村は黙る。このまま塞ぎこまれたらいけない。
「なぁ、蛍村。もし誰かに嵌められたのなら、そいつにも罰を与えたいと思わないか?もしそうなら正直に話してくれ」
有明が諭す様に言うと蛍村はゆっくりと顔を上げる。その顔は疑いと困惑の表情だった。やがて蛍村はゆっくりと口を開く。
「確かにストーカーは咲洲にはしてた。他の四人には・・・・・・ある人から頼まれたんだ。これからある人達に手紙を定期的に届けて欲しい、そうすればお前が求める奴に合わせてやると」
「誰だかわかるか?」
「知らない。急にメールが来て、手紙もいつの間にかポストに入れられてたから。住所はあんたらが調べた通りパソコンに送られてきた。でも俺自身が調べたわけじゃない!ただ手紙を届けただけだし、殺してなんかいない!」
「でもお前のパソコンにメールが送られた形跡はないぞ。少なくともお前のパソコンで調べてお前のパソコンで保存されていた」
「嘘だ!本当に送られてきたんだ!」
有明と行寺は顔を見合わせる。そしてマジックミラーの向こうにいるであろう係長や管理官にも目を合わせる。
どうも蛍村が嘘を言っているようには思えない。確たる根拠はないが、もし蛍村が四人を殺害し、そのまま咲洲にストーカーをしていたとして。それはつまり人を四人も殺しておいて警察にバレること無く、ヘマする事無く行動していたということ。そんな奴がいきなりパソコンや個人が特定されるようなサイバー攻撃なんかをするだろうか。それにDos攻撃よりも、不特定多数のパソコンを通して攻撃するddos攻撃をする方が個人が特定されにくい。手紙に指紋を残したり、パソコンに痕跡を残したり。今までの犯人像とかけ離れている。
「・・・なぁ、蛍村。お前は・・・」
そこまで言ったところで取調室の扉が勢いよく開けられる。何事かと有明と行寺は見ると複数の捜査員が入ってくる。
「蛍村勝則はストーカー規制法違反と銃刀法違反、及び四人を殺害した殺人で送検する」
「ちょ!まだそうと決まった訳では・・・!」
「蛍村のパソコンから全てが出てきた。有明が言ったように誰かから送られてきた形跡もない。つまりこの計画は蛍村が単独で計画、実行した。これ以上の捜査は必要ない」
管理官が冷たく言い放つ。最も冷静で的確で慎重な判断を出さなければならない立場の人間が、パソコン一つで全てを決定づけるのは如何なものか、と思い抗議するが聞き入れて貰えない。
「それでいいんですか?!まだ蛍村が殺人までしたという確証は・・・」
「しつこい!これ以上の捜査は必要ないと言っている!勝手な行動は慎め!組織にいる人間なら分かるだろう。・・・咲洲成美への護衛も解除、これで事件は終わりだ」
「俺は殺人なんてやってない?!」
有明の制止を聞かずに捜査員達が蛍村を連れて行ってしまう。取調室には有明と行寺と静寂が残った。
「有明さん・・・・・・」
行寺が心配そうに有明を見てくる。有明はしばらく顔を顰め、咲洲成美と葉山匡平がいる部屋に向かう。
「いいんですか?有明さん、まだ事件は終わってないって思ってるんですよね?」
「一捜査員がいくら言ったって上は聞かないさ」
有明は静かに笑うと取調室を出る。行寺のその背中を追う。
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咲洲成美は葉山匡平と共に警察署の部屋にいた。葉山が先に到着しており、葉山は咲洲の乱れた服を見るな否やすぐに抱きついてきた。咲洲も懐かしい温もりを感じ、ゆっくりと抱き返した。その後、葉山に今日あったことを伝えた。葉山は怒ったりはしていなかった。
「俺がちょっとした事で空気悪くして、喧嘩して。それでなんか会い辛かった。そんなくだらない理由で成美を危険に晒した。そんな俺にも罪はある」
申し訳なさそうに、しかし目を真っ直ぐ見据えて話す葉山を責めるなんて選択はなかった。
「私もごめん。ごめん・・・・・・ごめんね」
その言葉を最後に会話は無くなる。しかし、葉山は咲洲の手を握ってくれていた。しばらくすると扉の向こうで蛍村の声が聞こえてくる。
「殺人なんて知らない!俺は!咲洲成美の恋人だ!」
事実を受け入れられないのか、まだありもしない事を言っていた。咲洲にとってストーカーという嫌悪していた存在が、蛍村課長という尊敬していた人だということに対し、相当なショックを覚えていた。しかしこれは現実なのだ。
蛍村の声が遠ざかると、部屋の扉が開く。入ってきたのは有明と行寺という刑事だった。
「咲洲成美さん、犯人は捕まりました。もうストーカーの心配はありません。事情聴取を終えたらおかえり頂いて結構です」
「えっ・・・有明さん?」
淡々と言う有明に対し行寺は困惑した表情だった。咲洲と葉山も同様だった。蛍村がストーカーだったのは確かだ。しかし、蛍村が逢坂雄一の名を騙っていたのなら、咲洲の友人の四人を殺害したのも蛍村なのか。
「あの、蛍村課長は・・・その、友人を・・・?」
「さぁ、どうなんでしょう?・・・とにかく今日はお帰りください」
なんとも言えない威圧に押され、事情聴取を終えた咲洲と葉山は警察署を出ていく。警察署を後にする間際、有明が言った。
「『警察』は事件は終わったと思っているようですが、『私個人』はそう思いません」
そう言って踵を返した。どういう意味だろうか?ストーカーは蛍村で間違いないのだろうか?殺人は?結局逢坂雄一はどこにいたのだろうか?そもそも生きてなんていたのだろうか?
事件が解決した筈なのに疑問が止まらない。
「成美・・・帰ろう」
「うん・・・」
終わった。終わったのだ。これでストーカーにも、逢坂雄一にも悩まされることは無くなる。
逢坂雄一はやはり死んでいたのだ。蛍村がどういう経緯かは分からないが逢坂雄一の名を騙り、咲洲をストーカーし、四人を殺害した。
もう終わった。そう自分に言い聞かせて自宅に向かう。