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ピュグマリオンの狂愛  作者: 熊谷聖也
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五話・来る

咲洲成美はいつも通り出勤していた。ストーカーに追われ、そのストーカーがもしかしたら四人を殺害した殺人犯かもしれない、そして九年前に死んだはずの逢坂雄一の名を騙っていると分かった昨日。警察からの護衛がつき、かなり行動が制限された。その後、逢坂雄一からの手紙は一通届き、警察官に見せたところ、なるべく仕事には行かないで欲しい、と言われたが、これ以上職場にも迷惑をかけられないので半ば強引に仕事に向かっていた。


隣には知らない男性。いつもならこの電車に乗って隣には葉山が座っているのだが、昨日から少しギクシャクしてしまっていた。葉山も朝方、「気をつけて」と言い残して足早に仕事に向かっていった。


「本当に逢坂くんが・・・・・・いや、ありえない。だってあの日、確かに警察は死んだって。遺体も三人見つかったって・・・」


昨日有明という刑事から聞いたことを思い出す。ストーカーは逢坂雄一であること。そして逢坂雄一は現在起こっている殺人事件の犯人かもしれないこと。そしてその被害者は皆高校時代の咲洲の友人だったこと。

恨まれているのだろうか。いや、恨んで当然だ。罰ゲームとはいえ人の気持ちを、尊厳を踏み躙ったのだ。九年越しでも復讐するかもしれない。

生きていれば。

逢坂雄一は死んだはずなのだ。罰ゲームとバラしたその日の夜に、強盗に襲われ、一家全員殺され、放火までされた。ニュースでも見たし、夏休み明けの全校集会でも逢坂雄一が死亡した事が伝えられた。

しかしストーカーは逢坂雄一の名を騙っている。もしくは本当に本人なのか?

もし生きているのならどうやって・・・

頭の中で考えが堂々巡りしていると新宿駅に着く。電車を降り、ホームを抜けて職場に向かう。職場への道を歩く時も、会社に入る時も逢坂雄一に見られているのだろうか。過去の亡霊は、九年越しに自分を苦しめるのか。ほぼ意識が逢坂雄一に向いているまま職場に着く。自分のデスクに着く。すると周りから妙な視線を感じる。前の人も、後ろの人も、課長も。その目線はあまり良いものではなかった。どちらかというと、疑いの目。好奇の目。咲洲が目を合わせると周りは慌てて視線を逸らし、仕事をするフリをしてヒソヒソ話している。居心地が悪くなっていると、隣から声をかけられる。


「成美!」


「あっ?!え?・・・あぁ、優香」


「大丈夫?ボーっとしてるけど・・・もう一日くらい休んでも平気だったんじゃない?」


渚岡が心配そうな顔をしている。他人から見たら今の咲洲は酷い顔をしてるのだろう。


「ごめん、大丈夫。もう迷惑かけられないし、昨日の仕事ありがとね」


「仕事はいいんだけどさ。・・・・・・あ、昨日刑事が家に来てさ、成美のこと色々聞いてきたんだけど・・・」


「え?私の事?どんなこと聞かれたの?」


渚岡は少し申し訳なさそうな顔をして話す。


「なんか過去の事とか聞かれた。私は入社からの付き合いだし、それ以前の事は何も知らないって言った。でもごめん、あの事は言っちゃった・・・」


「あの事?」


咲洲は何かとんでもない事を言ったのだろうか、と少し不安になる。そもそも何故刑事は自分の事を聞いてくるのだ。何もやましいことは無いのだから調べる必要なんてないはずなのに。


「弟さんのこと・・・・・・」


「弟・・・・・・」


咲洲は固まる。確かに一度だけ話したことがある。そして同時に思い出す。

咲洲の家は四人家族だった。父親、母親、弟、成美。弟は成美の一つ下だった。姉弟仲は良く、よく周りからも羨ましがられていた。

しかし、その弟は九年前、突然行方不明になった。そう、九年前のあの日。逢坂一家が強盗に殺害された日。その日の夕方、弟は本を買いに行く、と言って出て行ったきり帰ってこなかった。もちろん捜索願を出したが、結局弟の足取りは不明、その後戻ってくる事はなかった。しかし弟の行方不明と逢坂家の強盗殺人は関係ないはず。話されても別に困ることは無い。


「話しちゃまずかったよね・・・ごめん!」


渚岡は深く頭を下げて謝る。咲洲は慌てて頭を上げさせる。


「気にしないで。話されても困ることは無いし、優香は何も悪くない」


「ありがとう・・・でもごめん。昨日刑事が職場に来て、成美の事を色々聞いてきて。結構強めの口調で言ったら職場の人達に見られて噂になっちゃった・・・」


「そうなんだ・・・でもさっきも言ったけど優香は何も悪くないよ。むしろ感謝してる。優香だけは私の事を信じてくれてるし」


そう言うと渚岡も顔を綻ばせる。背中を叩き、仕事に戻る。

咲洲もとにかく自分は何も関係ないことを証明しなければならない。その為にも今は仕事に集中しよう、と考える。


しばらく仕事をしていると、課長から呼び出される。


「咲洲、ちょっといいか?」


「はい、何か?」


課長に呼ばれ、少し不安になりながら向かう。課長は言いずらそうな表情をして咲洲を見る。


「咲洲、明日から会社を休め」


「え?」


突然の宣告に戸惑いを隠せなかった。


「昨日刑事が来たんだ。咲洲について色々聞いていた。社内でもかなり噂になってるんだ。何かの犯罪に関係してるんじゃないかってな」


「そんな!私は何もやってませんし、関係ありません・・・・・・」


「もちろん、君が犯罪を犯すような人でないことは知ってるし、俺も信じてる。だがな、会社の立場としては、少しでも犯罪に関係してそうな社員がいるのはあまり良く思わないんだ。たとえ君が犯罪を犯してなくてもね」


言葉を失った。つまり会社は刑事が来た事を会社のイメージが下がるとしたのだ。それも自分の会社の社員が関係してるのなら尚更だろう。少なくともほとぼりが冷めるか、関係ないことが判明するまではその社員を置いておきたくはないのかもしれない。咲洲成美は会社のイメージを下げかねないので、来ないでくれ、と言っているのだ。

すると渚岡が立ち上がって課長に詰め寄る。


「それはあんまりじゃないですか!成美は何もやってないし、むしろ被害者なんですよ?刑事が私に聞いたのもあくまで被害者の関係者として話を聞いてただけです。それだけで成美をいかにも犯罪者扱いなのは酷いですよ!」


「俺だって咲洲が何もやってないことくらいは信じてる!だが、上からの命令なんだ。頼む、別にクビにするとかじゃない。君の無実と事件に関係ないことが判明するまでだ。頼む・・・」


頭を下げる課長を見て、課長を責める気にもなれなかった。というより課長も何も悪くない。課長だってきっと自分の事を信じてくれていると思う。

確かに友人に犯罪に関係してる人がいるかもしれないと分かれば、距離をとるかもしれない。いや、距離をとる。所詮人の付き合いなんてそんなものだ。自分の世間体や立場が危なくなると容赦なく切り捨てる。それと同じだろう。

所詮は他人。信じる方が馬鹿なのかもしれない。


「・・・・・・分かりました。しばらく会社を休みます。それでは失礼します」


咲洲はさっさと荷物をまとめて帰りの支度をする。課長は申し訳なさそうな顔を、渚岡は寂しそうな顔をする。


「優香、仕事なんだけど、またよろしくね。迷惑かけてごめん」


「成美・・・・・・」


咲洲は荷物をまとめると職場を出ようとする。すると渚岡が腕を掴んで咲洲を引き留める。


「私も色々調べてみる。だから早く帰ってきてね」


優しい言葉をかけられ、笑顔で頷くと咲洲は職場を後にする。


━━━━━━━━━━━━━━━


有明は会議室の机でペン回しをしていた。行寺が後ろから声をかける。


「有明さん、ペン回し上手いですね」


「ん?あぁ、昔から手癖が悪くてな。学校の成績よりもこっちの腕前が上がっちまったよ」


笑いながらペンをしまう。昔からとは言ったが、昔はここまでペン回しとかはしていなかった。むしろ出来るようになったのは最近だ。考え事が多くなるとペンを弄るのだが、最近は考え事が多いのか、ペンを弄るだけがペンを回し始めてしまっていた。


「それで、咲洲成美について何かわかったか?」


「えぇ、基本的には昨日咲洲成美本人が話したことに嘘は無いようです。ただ、一つだけ話してない事がありました」


「何だ?」


「関係無いとは思いますが、咲洲成美には弟がいましたが、九年前から行方不明になってます」


九年前、と聞いて少し身を乗り出す。


「九年前?日にちは?」


「ええと・・・・・・捜索願が出されたのが八月十五日の夜です。本を買いに行った息子が帰ってこないと警察に届け出たそうです」


「八月十五日の夜って・・・逢坂家に強盗が入った日だな」


「有明さん、もしかして強盗殺人事件とこの行方不明が関係あるとでも?それは無いですよ。確かに日にちは同じですし、関係あると考えられますが、一方は強盗殺人、一方は行方不明です」


「咲洲成美の弟が強盗犯の可能性は?」


有明の言葉に行寺はそれこそありえない、と言うような口調で言う。


「動機がありませんし、高校一年の弟に強盗殺人なんて真似できませんよ。逢坂家の人とも面識はありませんし、関係ないですよ」


「そうだよなぁ・・・」


自分でもかなり強引なこじつけだとは思っていた。少し疲れているのかあまり論理的な思考が出来なくなってきた。しかし、こうでも考えないともう何も浮かばないような気がしてきたのだ。

有明は立ち上がるとコーヒーを淹れにいく。

ずっと逢坂雄一の死亡について疑問が頭に残っていた。もちろん当時の警察の捜査を貶すつもりはないが、それでも些か疑問は残る。遺体は確かに三人だったが、当時の警察は遺体の人数だけで被害者は「逢坂家の人間」と断定した。調書には遺体を判別しようにも燃えて黒焦げになっており、誰が誰だか見ただけでは到底分からなかったという。遺体の写真を見たが、確かに遺体の損傷は激しい。ただ、人を殺して、放火までする。果たして放火の意味は何か。犯人は何もかも燃やして全ての証拠を無くそうとしたのではないか。もし、その証拠には「人間」も含まれていたら。遺体そのものに事件をひっくり返す様な証拠が残っていたら。

コーヒーの熱い感覚に思考を遮られる。反射的に手を離すと、有明は少し考えすぎか、と振り切り捜査に戻る。


━━━━━━━━━━━━━━━


咲洲は自宅に帰って・・・・・・はいなかった。職場で休暇という厄介払いを受けてから帰る気にはなれなかった。逢坂雄一がどこで見ているか分からない以上本来はまっすぐ帰るのが正しい判断なのだろうが、何だか悔しくて意地を張って外を歩いていた。すると懐の携帯が鳴る。


「もしもし?」


「咲洲?今家か?」


電話の相手は課長だった。あんな事を言われた後なので少し気まずいが声には出さない。連絡先なんて教えたっけ?と考え、入社時に連絡先とか書いた書類を沢山書いた記憶がある。色々なところに提出したが恐らく課長にも提出したのだろう。そこから連絡先を探したのだろう。


「いえ、帰る途中ですけど、何かありましたか?」


「いや、少し言い過ぎたというか、あんな言い方しなくてもなと思ってな。さっきはすまなかった」


「いえ、課長が謝る事なんて無いですよ。私が皆や会社に迷惑かけたのは事実ですし・・・」


その言葉を聞いて電話の向こうから安堵の息を漏らしているように聞こえた。


「そう言ってもらえるとありがたいよ。・・・社長はとにかく外面はいいからな。それを汚されたくなかったんだろう。俺も咲洲が早く戻れるように上を説得してみるから、少し待っててくれ」


「ありがとうございます。でもそんな事しなくていいですよ。自分で何とかしますから・・・」


課長は気にかけてくれているらしい。何だかんだ言って優しい課長に心の中で感謝しながら通話を切る。そういえば男性と自然に話せるようになったのはいつからだろう。昔は人見知りに加え、男性に対し苦手意識を持つことが多かった。父親がそれなりのクズで暴力も振るうことがあったのでそのせいだろう。高校生になってからは男性全員が悪い人ではない、と考えるようになり男友達もできた。しかし、逢坂雄一だけは違った。逢坂雄一の、咲洲成美を見る目は、父親と同じだった。父親は女としか見ておらず、逢坂雄一は咲洲成美という女を狂気的なまでに欲していた。だから言った。別れを切り出した日。ドッキリだとバラされても咲洲を求めてくる逢坂雄一に「生理的に無理。あなたが女だったら友達くらいにはなれた」と。今考えればどんだけ自分に自信がある発言なんだ、と思う。しかし、その後、逢坂雄一はよく分からない絶望と何か喜びのような表情を浮かべ、その日の夜強盗に襲われて死んだ。因果関係はないだろうが、どうしても自分が殺したように思えてならない。

マンションに着いたのは夕方だった。警察官はこちらを見ると驚いた表情を浮かべる。


「今日のお仕事は?」


「あー、ちょっと色々あって・・・しばらく仕事に行かないので」


承知しました、と綺麗な敬礼をして扉の前から退く。扉を開け、軽く会釈をすると部屋の中に入る。するとスマホに一通のメールが入る。会社からだろうか、と思いメールを開く。そこには仕事関係の文面とURLが貼られていた。URLをタップし、内容を確認して閉じる。するとまたメールが入る。随分短いスパンで来るな、と思いメールを開く。

一気に体温が下がる。


『今日の服はとても似合っているよ。でも部屋のカーテンの色は趣味悪いな。あの彼氏だね?君のセンスがこんなに悪いわけが無い』


「メール・・・どうして・・・」


咲洲は急いで家の前にいる警察官に呼びに行く。しかし警察官はそこにはいなかった。なぜ、と考える余裕もなく扉を閉めて鍵をかける。


『ほーら、今からそっちに行くよ。僕の愛しい、咲洲成美』


扉の前に人の気配を感じる。すぐに葉山にも電話をかける。しかし一向に繋がらない。スマホの電波を見ると何故か圏外になっていた。


「どうして?!メールは届いたのに!」


完全に逃げ場が無くなった。咲洲は皮肉にも自分で逃げ道を無くした。逢坂雄一は部屋に隠しカメラでも仕掛けているのだろうか。それともずっと何処かで・・・


扉が大きく揺れる。

大きな音を立ててノブが何回も上下される。


息を潜める。

すると、扉やノブの音が収まる。何処かに行ったのだろうか、と思うがそれは違った。扉の鍵がゆっくりと回転し始める。閉めたはずの鍵が、開錠の方向へ。


来る。

逢坂雄一か。それとも逢坂雄一の名を騙った誰かなのか。


荒い息を必死に押し殺して扉を見据える。

ガチャン。


扉の鍵が開く。

ノブがゆっくり下ろされる。

扉が開く。


そこにいたのは━━━━━━━━━━

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