四話・過去から
咲洲は警察署に来ていた。
というのも、退院する時に彼氏である葉山から警察署で話を聞いてもらっているから、咲洲も来て欲しい、と言われたのだ。すぐに支度を始め、病院入り口に行くと既に警察の人が迎えに来ていた。車に乗り込むと咲洲は病院にも逢坂雄一なるストーカーが来ていたことを話し、保護を頼んだ。
警察署に着くとすぐに上の階に案内され、会議室と書かれた部屋に案内された。廊下は捜査員で騒がしく、何か事件でもあったのだろうか、と不思議に思いながら見ていた。会議室には数人の刑事と葉山が座っていた。刑事は咲洲を見ると、葉山の隣に座るように促した。
「咲洲成美さんですね?私は警視庁捜査一課の有明と申します。こっちは行寺」
行寺と呼ばれた刑事は軽く頭を下げる。葉山の方に目をやると少し疲れているような顔をしていた。そういえば昨日から病院に運んできてくれたり、警察署にストーカーのことを話に行ってくれたりと休む暇がなかったのだろう。
咲洲は刑事達を見て少し思う。今まで散々言ってきてまともに聞き入れてくれなかったくせに、今になって何故話を聞く気になったのだろうか。
「ストーカーのことは葉山さんから聞いています。対応が遅くなり申し訳ありません。警察を代表して謝らせてください」
有明は深く頭を下げる。行寺も同じく頭を下げる。ここまでされると思っていなかった咲洲は慌てて言う。
「そ、そんなことやめてください。どうか頭を上げてください。聞き入れてもらえたのなら結構ですから」
そういうと有明は頭を上げてありがとうございます、と柔らかい口調で言った。咲洲が落ち着くと有明は本題に入る。
「早速ですが、ストーカーについていくつかお聞きします。ストーカー被害に遭われたのは一ヶ月ほど前からで間違いないですか?」
「はい。仕事から自宅に帰ると郵便ポストに白い封筒が入ってました。最初はイタズラかと思って無視してたんですけど・・・内容が次第に過激になってきて・・・」
そう言って写真を見せる。葉山から話を聞いているのだろう。納得したように頷くとさらに質問を続ける。
「昨晩、またストーカーから手紙が届いたそうですね。そしてその手紙を読んで意識を失われたと。何故ですか?」
「それは・・・・・・」
「逢坂雄一・・・という名前に何か?」
「っ!」
その名前を聞いた瞬間、息が詰まる思いがした。死んだはずの男。本当に近くで咲洲を見ていたのか。もしくは名を騙った誰かなのか。
「成美・・・何か知ってるなら話してくれ。もしかしたら君の命に関わることかもしれないんだ」
「私の・・・命?」
葉山は有明と目を合わせる。有明は葉山の言いたいことを悟ったように話す。
「昨日、この警察署管内で死体遺棄事件があったのはご存知ですか?」
「はい、確か勝島運河に・・・」
「実は何者かに殺害された様なんです。そしてその被害者なんですが、この四名です」
有明は写真と名前が写された紙を見せる。その紙を見て咲洲は驚きの表情をする。
「ご存知ですよね?何せ、あなたの高校時代のご友人だそうですから」
牧野祐介、桐島健、青山奈緒、佐竹遥菜。容姿は大人びていたが、面影は消えていない。最近は連絡を取り合ってはいなかった。
「そんな・・・彼らが殺された・・・?どうして・・・」
咲洲の反応を見て行寺は懐から四枚の白い封筒を出す。
「実はこの四名の被害者たちにはある共通点があるんです。それはある一人の人物からストーカー被害を受けていたこと。そしてその人物とは、逢坂雄一であること」
「え・・・?」
咲洲は自分の元に送られてきた手紙と四通の手紙を見比べる。内容こそ違うものの、稚拙な字、一人称、そして名前。全てが同じだった。
「もう一度お伺いします。逢坂雄一という名前に心当たりは?」
「それは・・・・・・」
話そうとしない咲洲を見て葉山が強く語りかける。
「なぁ、もう分かってるだろ?成美をストーカーしてる奴は、他の人にもストーカーをしていて挙句殺してるんだぞ!もし同じ奴だった成美だって危ないんだ!」
「葉山さん、落ち着いてください。彼女にも心の整理が必要でしょう」
行寺は葉山を軽く押さえつけるように肩に手を置く。葉山はすみません、と呟くと静かに椅子に座る。咲洲はしばらく黙っていたが、やがて静かに話し始める。
「逢坂雄一という人は・・・私の高校時代に同じクラスにいた人です。この四人もいました」
行寺はメモをとりはじめる。葉山と有明は静かに咲洲の話に耳を傾ける。
「逢坂くんは、クラスでも目立たない人でした。資産家の息子でしたけどそれをあまり話したりはしなかったので、皆同じ立場のいちクラスメイトとして接していました。中にはお金持ちという事を妬んでいじめる人もいました」
頭の中で当時のことを思い出しながら話す。
「でも二年生の夏休み中に逢坂くんは、強盗に襲われて死んだって・・・・・・」
「警察の記録にも残っていました。九年前の八月十五日、逢坂雄一の家に強盗が侵入、一家全員を殺害した後、家に放火。焼け跡から三人の遺体が発見され、三人家族だった逢坂雄一とその両親だと断定。犯人は未だ不明の未解決事件です」
咲洲は俯く。有明は少し気が引けたが質問をする。
「あなた、もしくはご友人が逢坂雄一に恨まれている、なんてことはありませんか?」
「そ、そんな!恨まれるようなことは・・・・・・何も・・・・・・」
歯切れが悪い。何か隠している。被害者と同様に、逢坂雄一に対して恐怖心がある。
「何も無い人が、九年越しにクラスメイトを四人も殺して、一人に執着してる。これで何も無いという方がおかしいと思いますがね」
「・・・・・・」
「先程葉山さんも言ってましたが、逢坂雄一と名乗る人物は本人にせよそう出ないにせよ、恐らく逢坂雄一に関係ある人物、九年前の強盗殺人に関係ある人物です。あなたのご友人が殺害された以上、咲洲さんも狙われていると必然的に考えるわけです。本当のことを話してくれないと、こちらもあなたを守るなんてことはできませんよ」
冷たいかもしれないが、今は犯人に繋がる唯一の糸なのだ。何としても真実を聞き出す必要があった。咲洲は少し俯くと静かに呟く。
「罰ゲーム・・・・・・」
「罰ゲーム?」
有明と行寺は顔を見合わせる。葉山も少し怪訝そうな顔をする。
「罰ゲームで嘘の告白をして、しばらく付き合った後、友人達が嘘だとネタばらしをして罰ゲームが終わる・・・・・・それを一度逢坂くんにやった事があります・・・」
「それはまた・・・・・・」
嫌な事を考えるものだと思うが口には出さず、淡々と続ける。
「それはもしかしたら恨みに持つかもしれませんね。ちなみにそれはいつですか?」
「九年前の・・・八月十三日です。その後、強盗殺人が起きて・・・」
「ま、強盗殺人とその罰ゲームに因果関係があるかは分かりませんが、とにかくもし逢坂雄一の関係者がいるならそれを恨みに持ってるかもしれませんね」
有明が言うと行寺が耳打ちをする。
「それだとどうして告白した張本人である咲洲成美に対してだけ全く違う、好意を持っている態度なのかの説明がつきません・・・・・・」
「そこは後で考えるよ・・・」
痛いところを突かれる。そこは後で考えるとして今は目の前の真実に目を向ける。
「とにかく、あなたはこちらで保護しますので安心してください。入院していた病院にもストーカーが来たということなのでそちらはもう防犯カメラ等を調べています」
「お願いします・・・・・・」
葉山は咲洲を連れて会議室を出る。警察官に着いていくように指示する。完全に居なくなったところで有明がため息をつく。
「ますます分からないぞ・・・・・・逢坂雄一だとしても確かに逢坂雄一は死んでいる。関係者といっても家族も皆死んでるし、話を聞く限りだと仲の良いクラスメイトも居なかったようだしな・・・」
「遺体も確認されてますしねぇ・・・」
「ちなみに強盗は金を奪ったのか?」
行寺は資料を見ながら答える。
「家にあった現金三千万円と金を預けていた銀行口座の暗証番号が書かれたノートや通帳等が盗まれてます。事件の三日後、何者かによって口座から現金が国外の百の口座に振り分けられ、数ヶ月かけて全て盗まれています。恐らく一億円はあったかと」
「おいおい、国外の口座って、つまり強盗の犯人は国外逃亡してるってことか?・・・・・・犯人の目撃情報とかは無いのか?」
「最寄りの駅に黒いフードを被り、大きなスーツケースを持った男の姿が確認できてます。時間も一致します。ちなみに事件から五日後、羽田空港から同じ服装、同じスーツケースを持った男がタイ行きの飛行機に乗り、その後完全に消息が絶ってます」
何だか複雑なことになってそうで有明は考えるのを辞める。今回の事件と九年前の資産家の強盗殺人事件が関係あるかは分からない。しかし、逢坂雄一という名を使っている以上、完全に関係ないとは言えないだろう。そして逢坂雄一本人が死亡してるので犯人を絞り込むのはかなり難しそうだ。
「とにかく、被害者と過去の事件との間には因縁があった。過去から犯人を絞り込むしかないな」
有明と行寺は会議室から出る。
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咲洲と葉山はマンションの部屋にいた。外には護衛の為の警察官が居る。二人は帰ってきてから殆ど会話を交わしていない。
葉山はその空気に耐えかねて重い口を開く。
「なぁ、どうして言ってくれなかったんだ?付き合う時、俺は過去にどんな事があったとしてもまとめて受け入れるって言ったよな?」
「言えるわけないでしょ・・・イジメをして、挙句相手が死んで・・・」
「でもそれは成美のせいじゃ・・・」
「分かったような事言わないでよ!」
咲洲は声を荒らげる。葉山は黙る。
咲洲の中では罪悪感があったのかもしれない。いやあった。だがやめることはできなかった。友人達を失望させたくなかったから。友達でいたかったから。そんな勝手な理由で逢坂雄一を期待させ、陥れ、絶望させた。忘れられない。告白は嘘だ、罰ゲームだった、と伝えた時の逢坂雄一の顔。憎悪ではなかったが、全ての感情が消えていたような表情だった。
そんな顔を見てしまったら、いくら殺人で関係ないとはいえ、死んだ事に罪悪感は山のように芽生える。
「ごめんなさい・・・・・・」
「いいよ・・・別に」
それ以上会話はなかった。
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「有明さん!」
「行寺?何か分かったのか?」
行寺は有明の元に駆け寄る。何かあったのだろうか。
「いや、病院の防犯カメラ見てみたんですけど、昨日咲洲成美の病室に来たのは会社の同僚と葉山匡平、医師と看護師だけでした」
「逢坂雄一の関係者は来てないか」
会社の同僚が実は逢坂雄一と関係があるかもしれない、と考えるがそうなると犯人の幅は広がりまくる。絞り込むなんて無理だ。
「とりあえずその会社の同僚にも話を聞いてみるか」
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「それじゃあ、失礼します。誰か来ても知らない人だったら絶対に開けないでくださいね」
「分かりました。遅くまでご苦労さまでした」
警察官が頭を下げ、マンションを後にする。さすがに夜中までずっと立っててもらう訳にはいかないので、夜中は絶対に外に出たりしないことを条件に帰ってもらうことにした。咲洲は扉を閉めると鍵とチェーンをかける。
「はぁ・・・」
「成美」
葉山が声をかける。
「明日仕事は?」
「行かないと。仕事疎かにしたら周りに迷惑かけるし」
「そっか」
最近の癖だろうか。つい郵便ポストに手を入れてしまう。
嫌な感触がする。紙の、封筒の感触。
恐る恐る取り出す。やはりあの白い封筒だ。
「・・・・・・」
もう何も言わない。何も言わなくてもわかる。
封筒を開ける。中には一通の手紙。
『警察に助け求めたって無駄だよ。四人とも助けられなかった無能集団さ』
稚拙な持で書かれている。そして最後の文。
『僕はずっと見ているよ。絶対に、逃さない。絶対に』