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ピュグマリオンの狂愛  作者: 熊谷聖也
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二話・亡霊

昨晩、ストーカーの新たな手紙を受け取ってから警察署に向かった咲洲と葉山は暗い朝を迎えていた。


警察署に向かった夜、届いた手紙を受付に突きつけ、刑事にも突きつけた。前よりは話を聞いてくれるようになったが、それでも「今殺人事件の捜査で忙しいから」とたらい回しにされ、結局帰ってきた。警察からはなるべく一人で外を出歩かないようにと言われた。


「匡平くん、気をつけてね」


「いやいや、それはこっちのセリフだって。本命は成美なんだから、成美が無事じゃないと・・・」


「でも、それじゃあ匡平くんが・・・」


「まぁ本当に危なくなったら警察に逃げ込むよ・・・それより早く行こう」


最初、葉山は仕事を休んで咲洲と一緒に居ると言っていたのだが、まだ被害は出てないし自分の為に仕事を休んでしまっては周りにも迷惑がかかってしまうから、と説得して仕事に行くことにした。


北千住駅から新宿駅に向かう。いつも通りの通勤。いつも通りの電車。しかしそこに乗る人々の中に、もしかしたらストーカーがいるかもしれないと思うと一気に違う世界に見えた。


「・・・・・・み、成美!」


「え?」


「新宿、着いたぞ」


「あ、うん。それじゃまた夜に」


「気をつけてな」


電車を降りて昨日と同じように葉山を見る。心配そうな顔をしてこちらを見てる。心配をかけさせてはいけない、自分でも何とかしなくてはと心に決め、職場に向かう。



葉山匡平はオフィス機器の商社の営業だ。職場も彼女である咲洲と近く通勤も一緒に行っている。咲洲とは二年ほど前に友人との合コンで知り合った。といってもお互い良い人が見つからず、何より周りの雰囲気に耐えられない者同士だった。葉山自身、こんな都合の出会いなんてドラマの中だけだと思っていたが、いざ自分の身に起こるとすぐにお付き合いとまではいかなくても食事くらいは行くようになった。友達として付き合って半年、葉山の方から告白して、そのまま同棲生活に至る。

何の取り柄もない葉山をよく見てくれた。凄いと言ってくれた。そんな誰も見てくれなかった部分を見くれた咲洲に惹かれたのだ。

だから決めた。咲洲にどんな危険な事が迫ろうと必ず守ると。

職場に着くとすぐにデスクに着いて仕事を始める。


「ストーカー・・・対処法・・・」


仕事のウィンドウを開きながらちょくちょく調べごとをする。ストーカーへの対処法だ。警察が動いてくれないなら自分たちで動くしかない。


「ストーカーを相手にしないことか。連絡をやめるようにきっぱりと断る・・・・・・っても直接会って言ったらどうなるか分からないしなぁ・・・」


本気なのかどうかは分からないが、ストーカーは葉山を咲洲に「相応しくない男」と言っており、文面からは殺意なんかも感じ取れた。

悩んで、隣の同僚に聞いてみる。


「なぁ、もし彼女がストーカーに悩まされてたらどうする?」


「ん?いきなりなんだよ・・・まぁそうだな。ストーカーをかっこよく撃退し、そして彼女の手を握る。そして言うんだ、『やっぱり俺が一番だろ?』ってな!」


「お前に聞いた俺が馬鹿だった」


聞いといてそりゃないだろ!と喚く同僚を無視して仕事に戻る。




咲洲は同僚の渚岡と一緒に昼食を食べていた。


「え?!また昨日きたの?ストーカーの手紙?」


「うん・・・君には相応しくない男だって」


「うっわ、それやばいじゃん。完全に彼氏さんに嫉妬してるよね。彼氏さんやばくない?」


はぁ〜、と頭を抱える咲洲を見て渚岡も励ます。


「警察も動かないか・・・私に出来ることがあれば何でも言ってよ?」


「ありがとう・・・絶対頼るから」


任しとき!と胸をドン!と叩く渚岡を見て顔を綻ばせる。食堂に付いているテレビをふと見る。


『今朝、勝島運河で男女四名の遺体が発見されました。遺体には複数の刺し傷があり、警察は殺人とみて捜査を進めています・・・』


「しかもこんな物騒な事件まで起きて・・・本当に私に頼りなよ?あんた一人じゃなんか心配だからさ」


「うん、わかってる」


昼休憩の終了時間が近づき、急いで片付けをする。その際に持ってきていたバッグを落として中身をぶちまけてしまう。


「あーあーほらー、成美しっかりしなよー?」


渚岡が苦笑いしながら拾ってくれる。書類や財布、携帯を拾う。メイク道具を拾うが、リップが見つからない。探していると渚岡が差し出してくる。


「ほれ、向こうの方まで転がってたよ」


「ありがとうー、助かったー」


「気をつけなよ!」


さ、仕事に戻ろ!と肩を叩く渚岡の後を、リップをしまってから着いていく。


━━━━━━━━━━━━━━━


捜査本部。

捜査員たちが集まり報告を始める。


「遺体の身元が分かりました。牧野祐介、桐原健、青山奈緒、佐竹遥菜と判明しました。全員二十五歳、都内在住です」


「判明の経緯は?」


「牧野、桐島、佐竹に関しては同棲していた恋人から、青山は職場から行方不明届が出されていました。服装や体格、顔の特徴等も一致しています」


「よし、身元も判明したし、被害者の関係者を攻めるぞ。誰かに恨まれていたとか、そんな話がないかを調べる。舌の切断についてはまだ分からないとして、とにかく今は被害者の関係者を攻める!」


威勢の良い返事と共に会議が終わる。


「これで被害者の共通点でも見つかればいいんですけどね・・・」


行寺が不安そうに述べるので、有明は背中を叩く。


「やるっきゃないだろ。被害者の為にも、真実を明らかにする。それが警察の仕事なんだよ」


行くぞ、と会議室を後にする。



有明と行寺は牧野の恋人から話を聞いていた。


「そんな・・・牧野くんが・・・・・・」


「お察しします・・・それでこんな時に申し訳ないのですが、少しお話を伺っても?」


行寺に声をかけられ、泣く暇もなく恋人は顔を上げる。


「ここ最近、牧野さんに変わった様子はありませんでしたか?」


「えっと・・・・・・あ、手紙・・・」


「手紙?」


有明と行寺は顔を見合わせる。


「はい、一ヶ月くらい前から変な手紙が届くようになって・・・一度見ようとした時があったんですけど、見るな!って怒鳴られました。いつもは滅多に怒らない優しい人なのに・・・」


「その手紙、見せてもらっても?」


恋人が部屋の奥に行くと、少しタンスを漁ってからいくつかの手紙を持ってくる。どれも差出人はなく、白い封筒に入れられていた。


「これは・・・」


中身は「許さない」とか「逃げられると思うな」とかとにかく文面からだけでも殺意溢れる内容だった。


「これ・・・完全に犯人ですよね」


「この手紙を書いた人に心当たりは?」


「あるわけないですよ!私はともかく、牧野くんは周りからも信頼されている人でしたし・・・」


手紙を見て唸る。中には部屋を外から盗撮されていたり、後ろからつけている写真もあった。


「これ、お借りしてもいいですか?」



有明と行寺は牧野の自宅を後にし、桐島、佐竹の自宅にも訪問した。そこではある一つの有力な情報を得られた。


「皆見事にストーカーに悩まされてたみたいですね。しかもほぼ同時期」


「青山だけは分からないが、もう間違いないだろう。手紙を送り付けてた奴が犯人だろうな。内容から見ても恨み節ばっかりでやばい」


他の被害者の元にも謎の人物からストーカー行為を受けていた。そして手紙を毎日のように送り付けられ、しかしその事を恋人には話していなかった。そして誰もいなくなったもう一つ。確定的な情報を得られた。


「そして数十通目に書かれた名前・・・・・・」


「逢坂雄一・・・か」


筆跡が分からないように利き手ではない方で書かれたのだろう稚拙な字でそれは書かれていた。

逢坂雄一と。




捜査本部に戻ると有明と行寺は手紙を持って管理官の元へ向かう。


「管理官、被害者の共通点が見つかりました。この手紙です」


「これは?」


「牧野、桐島、佐竹は皆、一ヶ月ほど前から謎の人物からストーカー被害を受けていました。そしてそのストーカーの名前は逢坂雄一」


手紙を指さす。管理官が唸っていると他の捜査員も戻ってくる。


「青山の職場と自宅を調べました。自宅から逢坂雄一なる人物から大量の手紙を送り付けられていたようです。職場の同僚にもストーカー被害のことを少し話していたそうです」


「ストーカーはいつから?」


「青山は二ヶ月ほど前から」


有明と行寺はえ?と振り向く。他の三人は同時期に対し、青山だけ二ヶ月前からの被害。この差は一体何なのだろうか。


「よし、この手紙に書かれている逢坂雄一という人物を至急調べろ!恋人、関係者、取引先、もしかしたら過去に関係する人物かもしれん!」


管理官の怒号を受けて一斉に走り出す。


「でもおかしくないですか?ここまで被害を受けていて警察に被害届を出さないなんて」


「警察の俺が言うのもなんだが、警察に言ってもまともに動いてくれないって思ってたのかもな。ストーカー規正法はどうしたってな」


有明は自嘲気味に笑う。しかし確かにおかしい。一度くらいは警察に相談してもいいはずだ。それどころか恋人にすら話していない。青山も職場の人には話したみたいだが、それもほんの少しだけで後は口を閉ざしていたらしい。何か言えない事でもあるのか。


「先輩!僕達も行きますよ!」


行寺に急かされ、思考を止めて走り出す。


━━━━━━━━━━━━━━━


「それじゃね!彼氏さんもあんたも気をつけなよ!」


渚岡と別れ、職場を出る。昨日よりも辺りを気にしながら歩く。新宿駅に着くと、葉山もちょうど着いたようだった。


「・・・帰るか」


「うん」


電車に乗り込む。新宿駅から北千住駅に着くまで、二人は一切言葉を発さなかった。少し恐怖で思考が停止していたのかもしれない。だからだろうか。

二人に向けられたスマホのカメラに違和感を覚えなかったのも。


北千住駅に着き、足早にホームを出る。マンションまでの道を歩く。時折後ろを振り向きながら歩く。もう誰がストーカーかなんて分からない。しかしそうでもしないと恐怖が紛れなかった。


マンションに着くと、自分達の部屋がある三階を見上げる。


「え・・・・・・」


「どうした?・・・・・・あ」


部屋の扉の前に、誰かがいた。黒いフードを被った、誰かが。

葉山が階段を駆け上がる。


「成美はそこで待ってて!」


「ちょっと!一人にしないでよ!」


急いで葉山を追いかける。三階に着くと部屋の前には誰もいなかった。葉山は息を切らしながら辺りを見渡す。すると下の道路に先程の人物が歩いているのが見えた。


「成美!お前は部屋に入ってろ!俺が戻ってくるまで鍵を絶対に開けるなよ!」


「ちょ!危ないって!待ってよ!」


有無を言わず走っていく葉山を見てこのままでは葉山が危ないという恐怖と自分への恐怖で思考が止まり、咲洲は部屋に入り、鍵を閉める。

息が荒い。走ったからだろうか。しかし止まる気配がない。早く、早く帰ってきて。そう願うと部屋の前の通路から足音が聞こえてきた。


「あ、匡平く・・・・・・ん」


違う。明らかに違う。匡平は走っていた。戻ってくる時もきっと急いで戻ってくるはず。なのに足音はとてもゆっくりだった。ゆっくり動くメトロノームの様な足音が響く。しばらくすると足音が止まる。そう、咲洲の部屋の前で。


「早く・・・早く帰ってきてよ!匡平くん!早く!」


葉山のスマホに電話をかけようとするが手が上手く動かない。するとドアノブガゆっくりと動く。

ガチャン。ガチャン。

二度、ゆっくりと上下される。


ガチャガチャガチャ!

ドン!ドン!ドン!


勢いよくドアノブが上下され、扉が叩かれる。


「いや!いやぁ!誰かぁ!」


もうスマホの存在を忘れ、頭を抱える。

ガチャガチャガチャガチャ!

ドンドンドンドンドン!


しばらく鳴り響いてから音が止まる。そしてゴトン、と何かが落ちる音がして足音が去る。その後、荒い息と共に早足の足音が響く。


「成美!開けてくれ!俺だ!匡平だ!」


すぐに開けると葉山が息を荒くして立っていた。部屋に入るないなや葉山に抱きつく。


「怖かった!怖かったよぉ!」


「ど、どうしたんだ?まさか・・・部屋に来たのか?!」


「ううん、でも部屋の前まで来てドアノブを触ったり扉を叩いたりして・・・」


「そんな・・・」


とりあえず泣き止むまで葉山も静かに咲洲を抱いてくれた。泣き止むと咲洲は思い出したようにポストを見る。

やはりあった。白い封筒。そして今回は他にもなにか入っている。


「・・・成美・・・開けてみよう」


「うん・・・」


葉山に促され、封筒を開ける。中には手紙とスマホが入っていた。

スマホにはロックがかかっておらず、ほとんどアプリが削除されていた。残っているのは写真のアプリ。

開くと中には数十本という数のビデオが保存されていた。

再生すると、それは全て、葉山や咲洲を後ろから隠し撮りしたり、部屋を外から撮ったり、電車内で二人で帰っている映像だった。


「なによ・・・これ・・・」


「ずっと撮られてたのか・・・・・・?嘘だろ・・・」


二人は絶句する。最近は周りにも注意していたし、何より最新のビデオはつい先程乗っていた電車の映像と、帰り道を後ろから撮っている映像だった。

そして手紙を見る。相変わらず稚拙な字で書かれていた。


『今日も可愛かったよ、成美。でも今日の化粧は僕の好みじゃないな。もっと薄い方がいい。昔みたいにちょっと軽く化粧するくらいが君は一番似合う』


昔?どこまで妄想癖なんだ、と思いながら手紙を読み進める。


『ほら、覚えてるだろ?あの校舎の裏で、僕に告白してくれた日。君は少し化粧をしてたよね?それが僕にはとても美しく見えたんだ。だから僕の好みにしてくれよ。それともその男の好みなのか?その男が君をそんな風にさせたのか?』


葉山も手紙を見て呆然としている。何故だ。この手紙を書いた人はどうして自分を昔の知り合いのように話すのだろうか。


『あぁ、君が僕を思い出してくれないから。僕はずっと覚えている。あの日から一秒も忘れた事ないよ。ねぇ?思い出してくれよ。あの日、君が好きだと言ってくれた相手は誰だい?』


何を言っているのか分からなかった。こんな人は知らないし、知り合いに今も昔もこんな非常識な人はいない。そして咲洲が告白したのは人生で二度。一度は葉山から告白され、こちらから承諾した時。そしてもう一度は確か高校二年の夏・・・・・・

そして思い出す。あの日、確かに告白した。しかしそれは「嘘の告白」だった。そしてあの思い出したくない日に繋がるあの告白を。

冷や汗をかきながら手紙を読み進める。


『思い出してくれないなら僕から言おうか。君が、僕に言ってくれたら言葉、一言一句覚えてるよ。あなたが好きです、心から好きですって言ってくれた』


とてつもない悪寒に襲われる。


『君だけの、逢坂雄一だよ』


その名前を見た瞬間。世界が闇に包まれた様な感覚に陥った。あながち間違いではないのかもしれない。それは咲洲の意識が落ちた瞬間だったから。

何故意識が落ちたのか。

そこに書かれていた名前の人物は




九年前に死んだはずのクラスメイトだった。


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