第一章 デートⅠ
―デート当日
今日は世間ではゴールデンウィークであり、駅にはたくさんの人の群れが渦巻いていた。
まだ五月だというのに日差しは強く照り付け、気温は25度に達していた。
13時に駅前と待ち合わせしていたが、これなら午前中からの方が良かったか。
新太は15分前に駅前に到着し、陽葵を待っていた。
これほど暑いとは思っていなかった。外を歩くのは極力避けたいな。
そんなことを考えていると、携帯が鳴った。相手は陽葵だ。
「陽葵?どうした?」
「うん陽葵です、今着いたからどの辺にいるかなって」
「ああ、エスカレーターの近くにいるよ」
ヤバイ、なんか緊張してきたな・・・。
二回目でも緊張している自分に成長しないなと呆れてしまう。
「分かった、えーと・・・あっ」
と直接、「おーい」と聞こえた。
その声に新太は一呼吸置いてから振り返る。
「新太くーん、ごめん待った?」
「い、いやもう超待った。あっついよ」
「もー、そこは『いや、俺も今来たとこだぜ』ていうとこだよ?」
それは、「だぜ」までがセット何ですかね?
「嘘嘘、時間よりも早いだろ?そんな待ってないよ」
「ふふ、じゃエスコートしてもらおうかな」
「ハイハイ」
新太は陽葵の方を見る。
黒のオフショルダーシャツにベージュのプリーツスカートを合わせ、ベレー帽をかぶっている。
とてもよく似合っている。そのせいか新太は緊張してしまう。
「陽葵」
「ん?」
言おうか言わまいか迷いつつも新太は口を開く。
「に、似合ってると思う」
「・・・ありがとう」
陽葵はうつむきながら感謝を述べる。
照れた顔も可愛かった。
「よし、じゃあ行こうか」
「そういえば、新太君どこに行くの?電車に乗ったけど」
「まあ、もうすぐ着くよ」
「着いてからのお楽しみってやつかぁ、なんだろう」
そう言って陽葵はこちらに微笑む。
(まもなく白山、白山に到着します―。)
アナウンスが響く。
「ここで降ります」
「え?ここ?白山って古町通りか神社くらいしかないけど・・・」
「そう、これから白山神社に行きます」
「何しに行くの?」
「お参りだよ。神頼みってあんまり好きじゃないけど、これから二人が上手くいくようにとかさ」
「―。」
陽葵が立ち止まる。
「陽葵?」
「うん、それすごい良いと思う!ねぇ、おみくじしようよ。どっちが運良いか勝負しよ?」
「良いよ、やろうやろう」
陽葵が喜んでくれている様子を見て、ホッと胸をなでおろす。
しかし、これは陽葵というよりも自分のために考えた場所であった。
神の存在なんてもちろん信じてはいないけれど、信じざるを得ないようなことが実際起きてしまっている。
だから、神頼みでもなんでも新太はできることは全てやっておきたかったし、その方が気持ちも楽だった。
「そういえば、今白山祭りがやっているから屋台とかもあるよ。まあこの暑さだから長居はできないけど」
新太は今日祭りがやっていることを既にリサーチ済みだった。
「あ、じゃあおみくじの運勢が悪かった方が何か奢るっていうのは?」
「乗った」
陽葵の提案に新太は乗ることにした。
そうこう話をしているうちに、目的地である白山神社に到着した。
神社は予想以上の人で賑わっている。
「うわー、すごい人混みだね。新太君」
「そうだな、こんなに混むのか白山祭りって・・・」
あまり長居はできそうになさそうだ。
「じゃあ、さっさとお参りしておみくじを引いて来よう」
「・・・ねぇ、新太君?」
「何だよ?」
「その、凄い人混みだから・・・さ?」
なんだろう、陽葵が妙にモジモジしているようだ。
「うん?」
「だから・・・その、手繫いでも、良いかなって・・・」
「え?」
この時、新太は自分がすごい顔になっていることに自分でも気づいた。
それを隠すように顔をそむけて答える。
「も、モーマンタイ」
咄嗟に反応したため返事が気持ち悪くなってしまう。
だが、恐る恐る手を陽葵の方向へ伸ばす。陽葵の手もこちらに伸びる。お互い顔をそむけながら。
そして、その手が触れ合う。
陽葵の手はとても柔らかかった。新太はその手を優しく、でも離れないようにしっかりと握った。
「えへへ、じゃあいこっか」
新太たちは境内を目指して歩き始めた。
やはり人が多く参拝するにも並ぶ必要がある。
「見てただけでお腹すいちゃうよ~」
「そうだな、気になる屋台も何個かあったな」
待っている間、新太と陽葵は他愛のない会話をしていた。
その間も二人は手を繫いだままだった。
しばらく時間が経ち、ようやく新太たちの番が回ってきた。
新太は財布から45円を取り出す。
これは、昨日デートについて調べてた時に得た知識で「始終ご縁がありますように」という縁起の良いお金なんだとか。
そして勢いよく賽銭箱に投げ込み手を合わせる。
新太は『陽葵がこれから先、幸せになれますように』と、そう願いを込めた。
横を見ると既に済ませていた陽葵がこちらを見ていた。
「よし、じゃあおみくじ買いに行こうか」
「うん」
そう言うと、二人はおみくじを買いに向かった。
「そういえば、新太君必死にお願いしてたみたいだけど、何をお願いしたの?」
「ん?ああ、お願い事って言うと叶わないらしいよ」
「え、そうなの?じゃあ聞かないでおこうかな」
新太は、楽しそうな陽葵を見て思う。この頃の陽葵はおそらく、まだ自殺を考えてはいないと。
きっといつか、その分岐点があるはず。
まず新太自身がすべきこと、それは分岐点の回避だ。
でも、それは一体―。
「新太君?」
「は、はい」
「なんかボーっとしてたけど大丈夫?」
「あ、ああ・・・」
「着いたよ、おみくじ」
気付けばおみくじを売っている店の前に着いていた。
「よし、じゃあ買おうか」
ようやく二人はおみくじを買った。
「じゃあ、せーの!で開けるからな」
「あっ・・・」
陽葵が既に開けてしまっていた。
「ふっ」
「もぉー!何で一回フェイク入れたの!?開けちゃったじゃん!」
「あははは、ごめんごめん。俺もすぐ開けるよ」
多分、陽葵のこういう少し抜けているところもまた、人を引き寄せる要因の一つなのだろう。新太はそうおもった。
「どうだった?」
「俺は・・・小吉、微妙だなー。陽葵は?」
「ふっふっふ。じゃーん!大吉だったよ」
「マジで?すごいじゃん。何かいてあるか読んでみようよ」
「えーと、なになに、願事、首尾よく叶うしかし油断すれば破れる。待人、すぐ傍にいる。争事、人に協力求むれば吉。恋愛、愛情を信じなさいだって」
「おー、なんか大吉って感じだ」
「新太君は、なんて書いてあったの?」
「えーと、願事は諦めずに成し遂げれば結果はおのずとついてくる。待人、遠くない内に来る。争事、時には戦うべし。物騒だな・・・。えー恋愛は、愛情を信じなさい」
新太と陽葵は顔を見合わせて笑う。
「恋愛は一緒かぁ。なんか運命、みたいで嬉しい」
「・・・そうだな」
改めて口にするとなんだか照れくさい。
「じゃあ、約束通り奢ってもらうからね?新太君」
「まあ約束したからな」
「何にしようかな~」
やっぱり陽葵と話すのは楽しいと新太は思った。
二人は屋台の方へと向かおうとした。
「仲良いですね。そこのカップルさん」
どこからか声をかけられた。いや、別の人か?
「君たちだよ。さっきおみくじを買った」
先ほどおみくじを買ったカップルとは新太たちだ。どうやら新太たちに声をかけていたらしい。声のした方を振り返る。
「あの、なにか用ですか」
振り返ると、帽子を深くかぶった人物がそこにいた。性別は女性で、年は若く新太たちに近いような印象を受けた。
「私は占いのようなことをしていていてね。もしよかったら二人の相性と将来を占ってあげようと思ってね」
「あ、結構です。間に合ってます」
どう考えても怪しいだろ。断るに決まっている。
「いや、まってまってまって。え?タダでいいからさ」
「いや、大丈夫ですって、おみくじも引いたし・・・」
「え、本当に待って?怪しくないよ?名前とか住所とかも聞かないし」
「必死すぎるだろ!大体怪しい人は基本、自分の事怪しい者じゃないって言うんだよ」
なんなんだ?この人。怪しすぎる。それに新太は占いなど、一番信じていない。
「でも、お二人は今とても悩んでいるのにそれをお互い誰にも打ち明けられずにいる。違うのかい?」
「・・・!?」
確かにそうだ。新太は人には言えないような悩みを抱えている。でも、陽葵も?
それならばぜひ聞きたい。いやでも、そんなのは占いとかの上等句だ。適当に言っても当たるだろ。
「・・・そんなの何処の占い師も言ってることだろ。とにかく遠慮しときます」
危うくだまされるところだった。占いコワイ。
「新太君、やってみない?」
「え、陽葵さん?」
「タダなんだし、一度占いとか経験してみたかったし、この人も必死そうだし・・・」
「うーん、まあ、陽葵がそこまで言うんなら・・・」
「良かった、受けてもらえるんだね」
そんなこんなで、俺たちはこの胡散臭い自称占い師の占いを受けることになった。
「お二人は付き合いたてですよね?」
「えぇ、まあそうですけど」
むう、当たってやがるな。さては、ストーカーか?
「あ、ちなみにストーカーじゃないですよ?」
占いじゃなくてエスパーなのかよ!?新太は考えていたことを当てられ驚愕する。
「それではさっそく占っていきたいと思います。」
そういうと謎の女はカードを取り出した。
「お二人とも、このカードの中から好きなカードを一つ選んで私に渡してください」
二人は、言われるがままカードを選びそのまま謎の女にそのカードを渡した。
「ありがとうございます。それでは少しお待ちください」
そう言うと、謎の女は目を瞑りしばらくした後に口を開いた。
「それでは占い結果の方を男の子の方から。あなたは今何か困難に遭遇していますね。それは、解決できないくらいに険しいものだ。そんなあなたに助言が掲示されています。それは、ブレるな、自分を信じて突き進めというものです」
「はあ」
具体的なことは何一つ言われてないが妙に説得力がある。うっかり信じてしまいそうなくらいに。
「じゃ次に、隣のお嬢さんだね。あなたは、自分一人で背負おうとする癖があるみたいだね。今もそうなのかな。そんなあなたへの助言は、抱えきれなくなってしまう前に差し伸べられた手は素直に借りよう。です」
「うーん、なんだか難しいな・・・」
新太も陽葵も初めての占いだったが、良くわからなかったな。
そして、謎の女は見透かすように優しい口調で続けた。
「そしてこれは、二人への啓示」
「「二人に?」」
「うん、二人に。五か月後だ、そこが二人にとっての一番の壁となるでしょう」
「はあ・・・」
まあ、占いなんて所詮はこんなものか、無料でよかった。
「まあ、いつか分かる日が来るってことか・・・、じゃあ陽葵そろそろ行くか」
「うん、ありがとうございました。あの、本当にお金って―」
「いいのいいの、私が好きでやってるんだから」
新太が警戒しすぎただけで実はいい人だったのかもしれない。
「ありがとうございました。それじゃ―」
「ああ、ちょっと待って」
「「はい?」」
呼び止められて、二人は立ち止まる。
「灰鹿新太君、君の選択は間違ってないよ。だから『君自身を諦めるな』」
新太への忠告を最後に告げられた。
「あ、あと正門からはいかないほうが良いかもね」
「・・・はあ」
「それでは」
もう一度だけお礼を告げ新太と陽葵は占い師の下を後にした。
なんだか、最後の方にいろいろ言われたな。
「貴重な経験だったね?新太君」
「そうだな、なんか胡散臭かったけど」
「あはは、ひどいね。私はなんかパワーを感じたけどなぁ」
「パワーねぇ」
そういえば最後の「自分自身を諦めるな」とはどういう意味だったのだろうか。
最後の言葉だけは声色が違かったような気がする。
あと、やけに具体的だった五か月という数字。それと、一つだけ妙に直近の予言だった「正門にはいかないほうが良い」。
新太は、この三つの言葉が気になっていた。
「陽葵は思い当たる節でもあったのか?」
「私のは難しくて良くわからなかったな、新太君は?」
「ま、俺のはなんか誰に言っても当たりそうなことだったしなー」
「それじゃ、そのまま屋台の方へいこっか」
「まあ、それもそうだな」
そうだ、あんな良くわからない占い師の言った言葉を考えるのは時間の無駄だ。
今は、陽葵を楽しませることに集中しよう。
「私、クリームたい焼きが食べたい!」
「なんだそりゃ」
「えー知らないの?それはね―」
あれ?そういえば俺あの占い師に名前言ったっけ?
クリームたい焼きなるものを熱弁している陽葵を横に新太は疑問に思った。
まあ、知らない内に言ってたのかもしれないか。
「・・・聞いてるの?新太君」
「ああ、じゃあそのクリームたい焼きを買いに行こう」
二人はクリームたい焼き屋に到着し、お目当ての商品を手に入れた。
「それじゃあ、そろそろ出ますか、まだ行きたい所もあるし」
「そうなの?ふぅ・・・」
「おう、えーと・・・」
ここからだと正門から出て駅に向かうのが一番近いが、先ほど占い師に忠告された手前正門は使いづらい。遠回りになるが西から出るのが次に近いルートか。
そう思い陽葵の様子を伺う。
陽葵は汗をかき、少々息が荒い。おそらく人混みと暑さで疲れてしまったのだろう。
仕方ないあの占い師には悪いが忠告を無視させてもらおう。
「じゃあ、駅の方に向かうから」
「分かったよ」
二人は正門から向かうことにした。
新太は陽葵の手を握り、はぐれないようにして正門に向かった。
正門の付近は人が多く賑わっていた。
「うわあ、この辺人ヤバくない?」
「そうですね~、はぐれちゃわないか心配です」
「えへへ、千種ちゃんの手は私が握ってあげるからねぇ」
「ちょっと、美月ー、自重しなさい?」
聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
それは本来、聞こえるはずのない声だ。
何故なら、新太は『それ』を避けてここを選んだからだ。
だから今、この時間・この場所で遭遇するわけがないはずだった。
でも、今の声と内容は確かに見知った人物らによるものだった。
そして今、目と鼻の先にいる。
まずい、このまま行くと遭遇してしまう。クソッ、占いもあてになるじゃないか。
「ちょっ、新太君?」
新太は焦り、陽葵の手を引くが、時は既に遅かった。
「あれ?灰鹿じゃん、奇遇ー。それと―」
美月が視線をずらす。そしてその先にいるのは新太と手を繫いでいる陽葵の姿があった。
「ねぇ、灰鹿。ちょっと今から時間ある?」
美月がすっごい笑顔で聞いてくる。
「あ、ハイ」
あ、完全に詰みですね。コレ。