Introduction
心臓の音が鳴りやまない。
授業が終わるまで、あと15分しかない。
刻一刻とその時が迫る。
大丈夫、何度もシミュレーションはした。告白のセリフも考えてきた。やれることはすべてやった。なのに、この心臓の音は止むどころかうるさいほどに高まっている。
もう少し落ち着いているものだと自分では思っていた。
周りの、色恋沙汰にも落ち着いて対応してきた。
だが、いざ自分のことになるとこんなにも動揺してしまうものなのかと、少しだけ自分に呆れてしまう。
最後にもう一度確認する。
「大丈夫だ。あとは伝えるだけ」
だが、不思議なことに覚悟を決めた後に限って不安というものは何処からともなくわいてくるものである。
―いや、まて。振られたらどうなるんだ?
今まで、告白することだけを考えてきたため、振られることを考えていなかった。
そう考えた途端、胸にじわじわと不安が芽生え始めた。
だが、時は待ってくれない。
タイムアップを告げる鐘の音が鳴り響いた。
「じゃあ、チャイムが鳴ったからここまでにして、明日続きやるから」
先生がそう告げる。
つつがなく終礼が執り行われる。
焦り、緊張、不安。それらの感情が一緒くたに新太を襲う。
周りは、週の初めということもあり、学校が終わる解放感から私語が絶えずにぎやかだが、
そんなクラスの空気を横目に、新太の緊張はピークに達していた。
しかし、新太の緊張には我関せず、終礼は終わりを告げる
「起立、さようなら。」
そして、遂にその時が来た。
放課後。春の心地よい風が教室に吹き込む。
教室には、俺と陽葵の二人きり。
俺は気合を入れる代わりに深呼吸をした。
「よし」
と小さく意気込む。
「陽葵」
「あ、新太君。話って、何?」
陽葵がのぞき込むようにこちらをまっすぐに見る。
落ち着かせた心臓が再び騒ぎ出す。
―クソ、なんだよそれ、可愛いな畜生。
陽葵を前にすると改めて感じる。陽葵が好きだということを。
「あ、うん。それなんだけど・・・」
―あれ?今さっきまで心で念じていたはずなのに、昨日考えた告白のセリフが全く出て来ない。
「え、えっと・・・」
言葉に詰まる。
「?」
陽葵が首をかしげている。
―やばいやばいやばい。
どうする?今日はやめて今度にするか?
弱気な自分が逃げ出そうとしている。
だが、ここで逃げたらチキンの永世称号を獲得してしまう。
「大丈夫?調子悪いなら別の日にする?」
陽葵が心配そうに尋ねて来た。
何もわかってないな、コイツ・・・。傍から見たら惨めに見えるだろ俺が。
少し呆れてしまった。いや、この状況で普通少しぐらい勘付かないか?
けれでも、そんな陽葵のことを好きになったのだ。
そう、ちょっと天然で抜けているところもあるが、いつだって周りのことを一番に考えていて、絶対に人を傷つけることは言わない。そして、自分のことよりも他人のために一生懸命になれる。そんなやさしさに惹かれたのだ。
今だって、間接的に傷つけてはいるが、俺の心配をしてくれている。
そんなことを考えていたら、自然と口が動いていた。
「ずっと前から、あなたの事が好きでした」
開いた口から出たのは、何の変哲もない告白のテンプレートだった。
―しまったああああああああああああ!
新太は、心の中で叫んだ。
かっこ悪っ!俺、なんでこれだよ。うわぁ、やっちまったー。あぁ、昨日の努力が・・・。と、悔恨の念がどっと押し寄せる。
どうしよう、恥ずかしさと後悔でしばらく陽葵の顔が見れそうになかった。
そういえば、どうして陽葵はずっと黙っているのだろう。
はっ!まさか、俺の残念な告白に何も言えなくなってしまったのだろうか。とますます己の失態を責める。
だがしかし、言ってしまったものはしょうがない。
思い描いていた告白とはかけ離れてしまったが、嘘偽りない自分の気持ちは伝えたつもりだ。
新太は、恐る恐る伏せていた顔を上げた。
しかし、新太の目に映ったのは、腹を抱える陽葵の姿でも、ため息を漏らす陽葵の姿でもなく、両手で顔を覆い、涙を流す陽葵の姿だった。
「ひ、陽葵、どうした!?だいじょうぶか?」
驚いて声が裏返ってしまう。
「大丈夫!目にハエが入っただけだから!」
「ハエ!?」
それは大丈夫じゃないだろ・・・。
「新太君のせいだから」
「え、俺!?そうか、俺の何の捻りのない告白が原因で・・・」
「そうだよ!」
えー。冗談のつもりだったんだけど・・・。
「なんの前置きもないまま急に、しかも、なんの捻りもなくて・・・」
うん、全くその通りで目も当てられない。というかもういっそ俺が泣きたいのだが?
「なんかごめ―」
「それで、嬉しかった」
「え?」
「・・・嬉しかった。なにも着飾ってない言葉だったけど、それでも、ううん。それがいっちばん嬉しいの」
陽葵は涙を流して微笑んだ。
夕日が西から差し込み、陽葵の頬を赤く照らし、風で揺らめいた髪の隙間から光がこぼれ、涙は輝いて見えた。
その顔が今まで見た陽葵の表情の中で一番きれいだった。
「そ、それって?」
「陽葵も新太君の事が、大好きです。ずっと前から。こんな陽葵で良ければずっと隣にいさせてください。」