力加減はどうやるんですか?(10月23日)
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「ズンッ…………ズシンッ」
レイナが異世界へと召喚された直後、足元から頭頂部まで響く振動に揺られる。
召喚時には既に剣を持たされ、昨日途轍もない吐き気などを催した防具が装着されていた。
あたふたとたじろぎ、少々の焦りを感じながら周囲の様子を確かめると、誰もが谷の一方向を見据え、その方角からは、わらわらとモンスターの大軍が出現していた。
そのモンスターは灰色の体毛を持つ、四足歩行をする熊。体高だけで三メートルは優に超えるであろう巨躯を持つその熊は、色からも大きさからもグリズリーと思えてしまう。
そんなグリズリーの大軍は、キャンプ地のさらに奥の谷で騎士隊と交戦中の模様。巨大な体を持つ相手に、グリズリーの血飛沫を目視することができる。
谷を作る岩の巨壁によじ登り、上方から体重を活かして飛びかかり捕らえようとするグリズリーや、岩を投げ飛ばしてから突進し、被害を与えようと試みるグリズリーもいる所を見ると、野生動物にも関わらず随分と知性的に思考した上で攻撃を放っていると感じてしまう。もしグリズリーが防具を装備することでも学んでしまった暁には、騎士隊でも手がつけられなくなってしまうかもしれない。
その前線の現状を眺めていると横から声が掛かった。渋く低い声はふわりと脳を軽くさせるが、同時に金属剣が鳴らす音をさせていたことで、その耳の保養させる波は汚される。
「レイナ様、突然ですがあちらは騎士隊に任せておいて、こちらは一つだけある攻撃方法の練習をしましょう」
「了解です」
提案を言葉で快く受け入れてから、緊張の面持ちで二度頷いて同意を示す。
魔剣での面的攻撃や突き技によるスナイプのような遠距離、もしくは高火力の貫通攻撃は習得し、ドラゴン相手にはおおきく振りかぶって叩きつけるという単調な剣閃ではあったものの、斬るという動作も用いた。
であるから、次に習得しなければならないものとは何か。
「次は破砕攻撃です」
「砕く…………んですか?」
どういった使用法があるのか、パッと頭上に浮かぶものは無かった。巨大な岩が前を塞ぐというならまだしも、何故そんな攻撃方法を習得するのだろうか。
そう思っていると、謎に思う感情が表情に反映されてしまっていたのか、バトラーが答えを出してくれる。
「これから得るものは、モンスターの心臓です。ですから、できるだけ新鮮なものを使わなくてはなりません。そのために頭を砕き、他は血を通わせたまま摘出するために、この攻撃方法が必須なのです」
「うへぇ」
想像以上にグロテスクなシーンになりそうだ。不意に変な声を出してしまった。
そう言えば一昨日くらいに、バトラーが心臓を人口か天然か選択させた時に、グロテスクな光景を目にしなくてはならないって言っていた。
「でも、砕くとひと口に言っても、どうやれば敵の頭を砕けるんです?」
「……そうですね……具体例を見せた方が早いかもしれません。どうしましょうか…………」
と言っている頃、
「一部突破されたッ! 後方戦闘態勢に入れェィ!」
というフェアラート騎士隊長の声が劈く。壁に反射して幾重にもなった声は私の元へも到着していたが、グリズリーに背中を向けて、天を仰ぐようにどうしようかと頭を悩ませているバトラーには届いていない様子。
加えて不運なことに、前線から突破してきた数体のグリズリーの内の一体が、こちらへと一目散に向かってくる。
にも関わらずシアノは見て見ぬ振りのように、何ら興味を示さない。代わりに私がその危機を伝えようと。
「バト──」
と言いかけた時、当人は剣身の折れた大剣を持つと、クルクルと二度ほど手中で遊ばせてから私へと切っ先を向ける。
反射的に驚かされてしまったものの、続けてバトラーは、剣身が地面と垂直であったものを水平へと変えた。
「こうです」
そう短く口にする。
直後、右側方へ掌外沿を打ち付けるように動作する。その瞬間、そこに走り込んできたグリズリーの頭にジャストミートし、敵の勢いは一瞬で消え失せ、同時にどさっとその場に崩れ落ちた。
「…………っ」
あまりにもあっさりとしたグリズリーの結末に衝撃を覚えてしまった。しかし、バトラーは淡々と言葉を告げる。
「このように剣の柄頭を用いて、相手の頭に強い衝撃を与えることで攻撃することができます」
こちらへ意識をむけたままであることなど、心配をする事象では無かった。
「しかし、今のようにわざわざ背後のモンスターに対してやるべきものではありません。相対して、正面からドンと強く打ち付けるのです」
そう言ってバトラーが指で示すのは、騎士隊をすり抜けてこちらへ向かってきた数体のグリズリーの内の一体。
「ドスッ、ドスッ」
と土煙を立てながらこちらへ速度をあげて突進する。
両手で握る青から黒のグラデーションがまぶしい物体はスペロの剣。バトラーの大剣は柄頭に、モンスターに鈍器として打ち付けるにはもってこいの、球場の物体が取り付けられている。だからこそ、それだけの威力が発揮されたのではないかとも心に言葉を投げてしまう。
「レイナ! 補足ですが、熊に引っ掻かれないように注意してください。その熊に引っ掻かれると、細菌が体内に入って手のつけようがなくなってしまいます……!」
「!?」
戦闘前に言葉にして伝えてくれたことがせめてもの救いか。戦いの終わった後にその言葉を投げかけられていたなら、頭から蒸気が立ち上る焦燥感に襲われ、冷たい空気が熱風へ変化していたかもしれない。
ただ、その情報を貰おうと、すべきことが変わらないことは確か。
「ズシンッ……ズシンッ」
どこでモンスターが暴れているのか、地面を揺らす振動が増幅している中、急激に近づいてくるグリズリーに対して、予め魔剣を上段に構える。
「ガァァアアァッ……!」
雄叫びとともに地面を蹴飛ばし宙に浮き、爪を立てて私を押し倒そうとするグリズリー。
「……ッァァァア!」
力を目一杯に込めて振った剣は、柄頭を鼻先に掠らせ目と目の間に衝突する。
そのまま地面へ這いつくばらせんと、半円の弧を描いて地面にまで到達させると、
「ガウゥッ…………」
と、一瞬白目を剥いて気を失い、風で冷やされて冷感を覚えるだろう地面へ、だらしなく横たえた。
ピクリとすらも動かなくなったグリズリーだが、この様子は果たして、心臓に何ら影響を与えずに上手く攻撃できたのだろうか。
私がグリズリーの頭を確認しようと、歩幅を細かく、小走りに駆け寄る。しかし後方からバトラーの声がかかる。
「ちゃんと頭が砕けているので、これなら大丈夫そうです」
とは言われるものの、やはり数をこなして慣れなければ、いざという時には使えないと実感する。剣で斬りかかることとは大きく勝手が違う。剣身で斬るのであれば、あまりにも大きすぎる抵抗というものはなく、仮に抵抗が存在していても剣を振りかぶることで速度をつけ、高エネルギーとともに衝突させるから斬ることも可能だった。
しかし、今回柄頭で打ち砕くという感覚は、全くの異質であり別物。
柄頭が敵と接触する瞬間は、剣を振り下ろし始めた直後。更には、砕くということから反作用によって与えた力の何割かが手にはね返ってくる。ただ、斬る、突くのみよりも体力も精神力も使い、とても難易度が高く感じられてしまうのだ。
その難度の高さに、スペロの剣を手の中で遊ばせ、剣そのものの感触を確かめるが、やはり持つだけで扱いやすさを知れるほどに相性が良い。
「この熊は前線まで持って言った方がいいかもしれないですね」
「というか、その熊の心臓ではダメなんですか?」
「この程度のモンスターでは、何ら役には立ちません。下っ端も下っ端ですからね。自らの種族だけの中にカースト制度を採用しているモンスターです。その為、必然的に上が強く、下が弱くなってしまいます。なんとなくその想像はつきませんか?」
──私腹を肥やすブラック企業の偉い人と部下の違いみたいなものか。
と、そんな現実は見ないようにして。
「なので、これから倒さなければならない敵は、この揺れの主ですよ」
この世界に召喚された時から生じている揺れ。その正体は、カースト最上位に君臨するモンスターだったのか。
私と交錯させていた視線を外したバトラーは、谷の先を見る。
気がつけば風が滞留している、そう感じながらバトラーに釣られ、視線の先を見る。
「狙うべきモンスターはこの先です」
雲に隠れて完全な姿を拝めない何か。首元までで壁よりも高く、一歩動くたびに地面を揺らし、完全に一致している足を前に出すタイミングから、元凶がそのモンスターであることは明らか。
「…………ッ……大き過ぎる」
思わず腰が引ける。
シアノの魔力のために、相当の高度まで自身の足で跳躍が可能だ。それは対ドラゴン戦で判明している。であるから、頭部まで届くということは不可能ではないだろう。
しかしその点と、敵の頭を砕けるかは全く別の話だ。
「あれは本当に、この小さい熊と同種なの? 絶対別物でしょ?」
「我々でも見た目だけで同種であると判断しているに過ぎないので、絶対かと聞かれると難しいのです。あの巨熊は有用ですから『コルディスベア』と呼んで、区別をしています。名があるというだけあって、何倍何十倍…………もしかすれば何百倍もの体積を持っている可能性すらある敵です、爪を立てた一振りの強さも尋常ではないのです」
「もし壁を壊そうとしたら、私たちには途方もない苦労だったとしても、あの巨熊なら一振りするだけで大半を持っていけそうだもんなぁ…………」
人間のサイズに直せば、砂でできた城を喜々として崩すようなものなのだろう。
「ズシィンッ…………」
パラパラと壁の表面から砂礫が舞う。時々、拳以上のサイズの石が落ちてくることが見て取れ、直下にいる人間に淡く心配を寄せる。
しかし、同時に他人の心配をしている場合ではないことも理解している。
「すうぅぅぅ…………はあぁぁぁ…………」
「いきますよ、レイナ」
肺が痛みを感じるほどに大きく息を吸ってから、それら全てを一気に吐き出す。
息を吸うと同時に、シアノの魔力によって身体の軽さを覚えると、それを合図とばかりにその場から駆け出す。
人の加速程度では衝撃波を放つなどできるはずもないが、顔が空気抵抗によって表情を変えてしまうくらいのものではあるのだ。
「…………っ……ぁあ!」
ドンッと一歩、大きな力を地面に伝えて自らの身体を浮かせる。
「っぐぅぅぅ…………っ!」
口の中が乾く程に、多量の空気が流れ込む。
その状況下で目指すのは、先ず、赤土色の壁に頂上部端に妻先に一歩を掛けること。しかしそこから再加速を目論むみはするものの、その後の敵を倒す計画が無い。
剣で二つに斬るか、穴を開けるか、どちらかをしてもいいならまだしも、司令は柄頭で敵の頭蓋をかち割れというものなのだ。サイズも大きい分、厚さもその分厚いだろう。つまり、脳震盪を起こさせるような衝撃を与えることすらも困難にしか思えない。
「…………っと」
そんなことを考えているうちに、目論見通りの中継地点に到達する。
次に左足で地面を蹴ると、一直線に雲に隠れるコルディスベアの頭部へと向かう。
一旦の休息を得てから、再びの空の旅。そしてその空の旅は即座に終了する。
「見様見真似だけど…………!」
雲にもぐり、完全に視界は失われる。それでも分かる圧倒的な獣臭と殺気。
いつごろから殺気に敏感になったのだろうと、頭の片隅で考えながらも、高度上昇中に投げ捨てた、敵を圧倒する一つの可能性の是非をまた別の脳の分野で考えていた。
「ッァァァアッ!!」
その可能性をスペロの剣に託して魔法を使役する。
青い炎を剣先から放つ。炎をブースター代わりに発するこの方法は、騎士隊やバトラーからは、それはあまりにも乱暴だと言われるだろうが、そんなもの疾っくに承知の上。ただし、召喚隊からの苦言は甘んじて受けなければならないだろう。
炎によって加速する剣は、私一人の力よりも確実に威力がある。真っ青な炎は煙をも放ち、雲の色を染めてしまう。
煙だけでない。雲すらも風に乗って広範囲へと拡散し、そして水滴であるそれらが光を反射させて幻想的な、それでいて地獄を見せるような青の空を演出する。
それらからすべてを得て、攻撃をする。
「ウガァァァアアアアァァッ!」
頭に与える衝撃は、どれほどの力になるか計り知れない。空中制御すら怪しくなるほどの力だった。
そして、頭が割れたという判断も容易についた。
「グオォォオ…………グオォッ!」
そう嘆くような叫びを放つモンスターは、毛皮のおかげで血飛沫を上げずに済んでいるが、確かに顔は正中線でズレを生じさせている。歪みを持ったそれは、任務を遂行した証拠だろう。
「……った!」
それを確信した時、思わず口から喜びの声が出てしまった。はしたないはしたない。
しかしそれならば後は帰還するだけ、時間的には空中を重力通りに落ちていく間にタイムリミットを迎えることだろう。
モンスターの鼻先を蹴飛ばして宙でくるりと翻る。
雲中からズボッと音を立てるように抜けたレイナは、下でこちらを見上げるシアノとバトラーに剣を回して挨拶をすると、視界はプツリと暗闇へ落ちていった。