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作戦会議は済みましたか?(10月21日)

 7

 昨日は散々な目にあった。

 私以上に散々な目に遭っている人々が数多くいることもあって、大きな声でいうことは憚られるだろうが、初めて異世界で恐怖を覚えた日だ。

 それでも、あの世界では私が救世主であることは間違いない事も分かっている。

 時刻は午前零時まで残り十秒。

 大人しく、壁を背にして目を瞑り、異世界に召喚される時までの時間を数えた。


***


「こんにちはレイナ」


 重い瞼を上げる前に、開口一番挨拶を投げかけられる。戸惑い気味に間を開けて返事をする。


「……こんにちはシアノ」


「早速ですが、ひとつお聞きしても?」


「あ、うん」


 前日にドラゴンに襲われていたにも関わらず、街にも、至って大きな被害は見られない。それどころか、シアノやバトラーにも傷が増えた様子が無いことに、まるであの絶望すら覚える敗北を喫した一件が、夢の中で起きた事のように、それを感じさせない空気が流れている。


「普通に売っている、比較的値段がするけど簡単に手に入れられるそれなりの強さの防具と、入手が非常に困難なのですが、その分非常に強い防具ならどちらが欲しいですか?」


 前者を説明する際に右手を、後者を説明する際に左手を前に出して、私に二択でどちらかを選ばせる。


「それなら、後者かなあ……?」


 気持ちを占有する恐怖心からすれば、後者を選ぶのは必然。


「ほら、バトラー。聞くまでもないと思うのです」


「聞き方が悪いのですよ」


 バトラーはテールコートの襟を整える仕草をする。


「改めて質問してもいいですか?」


「あ、えぇ…………」


 シアノの車椅子の前にずいと入り込んで、高身長故に中腰になると、顔を近づけるバトラー。思わず心臓が二度高鳴る。


「では。騎士隊で使われるような素材を使った高級防具と、採取するのがソムニウム鉱石レベルに非常に困難で、グロテスクな光景を目にしなければ手に入れられない素材を使った強い防具、どちらがいいですか?」


「それはシアノが言う前にそう聞かないとダメだったのでは…………」


 飛行機の国際線客室乗務員が使う手の一つに、このような言い回しで選択肢を一択化する方法がある。それは機内食についての話だったが、似たような匂いをバトラーから感じた。


「それではやはり後者ですよね!」


「う、うぅ……もちろん」


 敗北をした時点で、対策を妥協してはならないと身に染みて感じた。これ以上身体に傷を蓄積してはならないのだ。目の前に何が迫っているかは明らか。

 であるから、バトラーには引け目を覚えつつも、迷うこと無く肯定した。


「シアノ様のせいですね」


 やはりガックリと項垂れるバトラー。


「ごめんなさいレイナ。昨日のドラゴンとの戦いの前から、やはり防御力の高い防具が必要だという話になってはいたのですが、色々な要素で揉めていまして…………」


「色々な?」


「とても些細なことです。ソムニウム鉱石ほどに悩まされる環境で、かつ少し繊細な作業が要されるので、この素材を使った防具も中々に世に出回らないのです。ですので、どちらの防具を選ぶべきか決めるためにレイナに直接聞いたのです」


 レイナはシアノに顔を寄せ、手で口元を隠し尋ねる。


「…………騎士隊の人達的には、洞窟で鉱石を取りに行ったような事態があると困るから、反対していたんじゃあ…………?」


 囁くようなか細い声で、息を多めに尋ねる。すると、シアノも口元にある私の耳に、息を多めに呟く。


「それは火を見るより明らかですが、今までも散々騎士隊の方々を苦難に沈めたので、きっと彼らも慣れています」


 ──それは慣れたというのだろうか。

 その思いからつい口元を手で覆い一歩引いて驚いてみせる。

 その顔を見て、真似てみせるシアノ。


「「ふふふっ」」


 二人は向かい合って笑う。その姿に、周囲の皆は怪訝な眼差しを向けるのは無理もない。シアノに対しては、


「また無茶なこと言いやがって」


と思っていることは間違いないだろう。


「それにしてもいつの間に防具なんて話が…………初めから言ってくれれば」


「あれ? 剣と同時に話は進んでいたのですが。少し前に採寸をしたと思うのですが…………」


 シアノはバトラーを見る。それに対してバトラーは頷いて返事をする。


「あれはそう言う…………てっきり、今着ているこの服とかのサイズを合わせるためだとばっかり…………」


 丈の長いワンピースを摘んで、僅かにたくしあげる。


「バトラー! 一昨日の採寸が防具の為だって言ってなかったんですか!?」


「申し訳ありません。すっかり頭の中からその説明は抜け落ちて…………」


 バトラーは頭に手を当て、その後ゆっくりとした動作で言葉と同時に斜め前に手を遊ばせる。頭の中から何かが抜け落ちたということを表すモーションで、申し訳なさそうに落ち込んでいる。


「私としては、一昨日の採寸で詳しくレイナの身体を知って、しっかりと身体にフィットする防具や服を身につけないと、ちゃんとした力は発揮できないと思いまして」


「そうだったんだ、良かったよ。何かバトラーが暴走したのかなぁと、一瞬、頭をよぎって…………」


「私を何だと」


 ──あのままだと完全に変態執事でした。

 まさかとは思いながらも、実はその可能性もあったのではないかと感じてしまっていた。


「よくよく考えれば、私を召喚するために私用の為に、召喚隊の方々を使いませんよね」


「そんな事があれば、私が許さない」


 呟いている程度の声のはずなのに、怨念を込めたようなドスが聞いた声が召喚隊の一人であるナリーから、相当の距離にも関わらず鼓膜を打った。

 恐る恐る声の主を視界に収めると、眉間に皺を寄せて異様なオーラを漂わせていた。

 この空気は不味い、話題を変えなくては。そう思って、急造した、ここに来て驚いた一つのことについての質問を直接聞くことにした。


「私が負けたあと、昨日のドラゴンはどうなったの? あんまり街に被害が出てなくて安心したんだけど…………」


 安心はしたものの、逆にその点が疑問でもある。私を地面に叩きつけるために瞬間移動のごとく、刹那で人間の有する視界外へ脱する速度を持つ青いドラゴン。私に対して雷も発することができたのだ、種々の魔法を操ることができると考えても何ら不思議ではない。

 最悪の事態をドラゴンが望んだ場合、木造建築が主なこの街は、種火を数個撒かれただけで、その巨躯から巻き起こされるであろう風によって延焼することは間違いないであろうから。


「それが不思議なことに、レイナが元の世界に戻ったあと、多少傷跡を残していっただけで消えていったのです」


「傷跡?」


「例えば……あれですとか」


 シアノは一方を指で示す。レイナの斜め右後方、四十五度で見上げる程の位置にあったのは、レイナが初めてこの世界に降り立った時の、教会の外観に近いこの街、この国の城。

 まじまじと外観を眺めたことがなかったために、即座に変化に気づくことは叶わなかったが、確かに胸中にモヤモヤとした違和感を与える。


「んー…………?」


「実は、あの城の二つある塔のうち高い方には、時刻を告げる鐘が設置されていたのです」


「特殊な鐘だったのもので、ドラゴンのお気に召したのか軽々と屋根ごと持っていってしまいました」


「ああ、確かに! あの塔は、あのデザインなのかと……」


 とても自然なデザインの塔だ。鋭利で巨大な刃でスパッと斬られたかのように、綺麗な傾斜の頂上を持つ塔は、それがドラゴンによって破壊された後にその形状になったとは思えないほど人工的。低いツインタワーとしてシンボルになっており、どちらも同じ外観を持っていたとすれば明らかに異なるから、それがようやく形状が変えられたと言われて納得できる。


「先代から受け継いでいるものなので、なかなか大切に、現在でも使用していたものなのですが、簡単に持っていかれてしまいました」


 暗がりの表情を浮かべる。


「まあ、維持費が掛かっていたので、国のシンボルとはいえ少なからず批判は上がっていましたけど」


 ──金食い虫の鐘とはこれ如何に。


「あとはこれですね」


 バトラーが指し示したのは、自らが用いる大剣。背の鞘から抜き、地面に突き刺されるとその変貌の遂げようは顕著だった。


「背負ってる時には全然気づかなかった…………!」


 明らかに短い。記憶が確かであれば身長大はあったはずの剣身だが、全長が半分ほどまでに刃が欠落している。


「たった一撃で中間から二つに割られたのです。ここまで大きな大剣はなかなか作製が困難で、仕方なくこのまま使うことに…………」


「防具の素材を取りに行く時に支障はないんですか?」


「…………防具を取りに行く時に、閃きを放つのはレイナ様のスペロの剣かと思いますので、恐らくは平気かと」


「いざとなれば素手で殴りますので大丈夫ですよ、レイナ」


 ──熊かな?

 そうふと想像してしまう。流石にイフリートのようなモンスターであると、五分とは行かないだろうが、ゴブリンや、まだ見ぬ同身長程度で武器を持たぬ敵が出現したならば、殴り勝ってしまうのではないかと。その姿はまるで人間を超越している。


「ドラゴンは何をしに来たんだろう…………」


「あと二回。予知で二度ドラゴンがここを襲っていたことを見たということは、それだけの回数ここを訪れることは確定しているのです。モンスターにも関わらず戦略を練るために下見にでも来たのか、はたまた今回の事が切っ掛けでここを襲うことに決めたのか、残念ながらそれは、私たちの知るところではありませんからね」


 何一つ理由もなく、モンスターは街を襲いに来るのだろうか。

 いや、襲う可能性はないとは言い切れない。おとぎ話内でも、様々な難癖をつけて襲っているものもあった。


「他になにかあるなら伺っておきますよ」


「あ、そうだ」


 バトラーの促しに対して一つ捻り出された質問。


「ねえシアノ。すっかり聞き忘れていたのだけど、その皆が口を揃えて高級だというレアアイテムって何のことなの?」


 ドラゴンの対処に気が回って、聞き損ねていた。


「あー…………」


 シアノは頬をぽりぽりと指先で掻いて、言いにくそうに発言を躊躇う。

 すると背後から、気配を完全に消したバトラーがポンと私の肩に手を置く。

 シアノの曖昧な反応も相俟って、瞬間的に背筋が凍るような感覚を覚え、バッと振り向いて確かめると、その手の主はバトラー。見慣れた顔に胸をなで下ろしたのだが。


「心臓ですよ」


 予想外の答えに再び驚かされ、僅かに目を見開かされる。

 しかし、背筋に氷が貼り付けられたように冷えきった直後、見開いたことで目に入った、より多くの太陽光は消え、部屋に戻ると暗順応を強いられる。

 視界に残る違和感に、優しく眼球を傷つかないよう目を擦る。


「…………まさか心臓とは…………」


 次に求めるものが『防具』と聞き、それを作り上げるために必要なアイテムが、木材や金属などといった無機質的なものではなく、心臓という細胞の塊だと誰が思うのだろうか。

 ただ、少し安心した。

 何せ、あの世界の人は一見したところ、誰一人として変わっていないようだから。

 きっと明日からは、防具を強化するためのレアアイテムである『心臓』を手に入れるための戦いをすることになるのだろう。

 そう思うと、自身が確実に強くなっていくことにより、ドラゴンとの戦いに期待が湧き、その日の眠りは深く安定したものが得られた。


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