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ドラゴンに怯えてはいけませんか?(10月20日)

 6

 魔剣・スペロ。

 スペロの剣と呼称されるそれは、クレイモア様のシンプルな形状を持ち、鍔に僅かな装飾が行われている程度の、全長一メートル半、四キログラムを超える一撃重視の大剣。

 生死をさまよう思いをして手に入れた一つのソムニウム鉱石が原材料となって作り上げたそれは、鉱石の色を引き継いで、黒から青のグラデーションを持つ剣身となり、ハイルの剣よりも濃いカラーではあるものの、それと同様に剣の中で魔力が流動しているようである。

 そんな、騎士隊やバトラーが使う金属剣に比べれば非常に異質な魔剣は、シアノの予知のよって今日、これからドラゴンが出現することが確定している街の中心部におかれている。召喚隊としてある六人の人間と、シアノ、バトラーに加えて、その周囲で敵の侵攻や群衆から護る数十人の騎士隊が陣取った広場は、そこで数万人規模の祭りをやろうとも全員が踊り楽しむことのできる広さを誇る、街随一のスポットとも言える。

 現在は物々しさを増し、厳戒態勢が敷かれている中であるが、今か今かとドラゴンの出現を待ち侘びているのだ。


「迎撃体制、完了しましたッ!」


 鉄製の鞘に納められたまま剣を背中から引き抜くと、地面にカンッと音を立てて突き立て、騎士隊の一人の男は広場に響き渡る声で言った。


「お疲れ様でした、フェアラート騎士隊長。もう少しでドラゴンが来ますから、警戒レベルを常に上げておいてくださいね」


「了解しましたッ!」


 それに対しておっとりとした、加えて微笑みすら浮かべて対応するシアノ。

 包帯姿の自らの膝に四キログラムというずっしりと重量のある剣を横に置き、然るべきタイミングまで自ら抱える。


「…………シアノさ──」


「これでも、ちゃんと分かっていますよ。むしろ、普通の人よりも情報把握には長けていますからね」


 予知で見た予想時刻まで、まだ十分程余裕がある。それでも。


「…………東。いえ、東微北方向から急激に何かが近づいています」


「「「!?」」」


 バトラーを含め、彼女の声が聞こえた全ての人が街の東方向を向く。

 しかし、誰一人としてその姿を見ることはできない。


「どこにいるのシアノ」


「まだ見えないと思うよナリー。距離だけで見たら百三十キロくらいは離れているから」


「百…………今からそんなに魔法を使って大丈夫なの、シアノ!?」


「元々至る所に散りばめておいたセンサーから発信された信号を受け取っているだけだから、私自身の魔力は減ってないから大丈夫。二の轍は踏まないよ、ナリー?」


「昨日の時点で二の轍は踏んでる」


「はっ…………確かに」


 顎に手を当てて俯き気味に少し考える。ぐるんぐるんと首を回して、新たに言葉を捻り出す。


「じゃあ、三度目の正直?」


「……そうね。まあ、ドラゴン相手には初戦撃破が望ましいけど」


 望ましいがそれは実現不可能な願い。シアノの予知によれば、今回の襲来を除き、更に二回もドラゴンがリトアに現れる。それは確定事項なのだ。結局は、計三回のドラゴンの来襲を耐え忍べるかどうかという戦いである。

 計算上時速八百キロメートルで進むドラゴンは、飛行機と同じような速度で空を舞っていることになる。その速度は、リトアにおいて速度が並ぶものは何一つとしてない。

 ただただ青いだけの東の空を眺める人は、その空が細微な変化などせずとも増えていった。


***


 十分という時は早く。

 なぜか魔力供給源の器までもがドラゴンに破壊され、センサーが発する信号は完全にロストしていた。その中で訪れた。


「ッガアアァァアアァァッ!」


 それはドラゴンの雄叫び。ドラゴンは、窓も家も、それだけに留まらず地面までをも揺らしてしまうけたたましい叫びとともに姿を現す。


「…………ッ」


 想像を遥かに超える巨躯を持つ。誰もが言葉を発しようとしても、どれも喉を通らず、飲み込まざるを得ない緊張に晒される。その中で、先ほど迎撃態勢の完了を報告したフェアラート騎士隊長は、声を裏返らせながらも指揮を執る。


「げ……迎撃魔ほォォお…ォッ」


 上級職につく隊員は魔剣を持つ。色とりどりで、刃の色からは魔剣が放てる魔法や、どの鉱石から精錬されたものかが想像できてしまうほど個性的な光の煌めかせ方を保持し、空に浮かぶドラゴンに掲げれば、どの魔剣も強烈な白く眩しい太陽光を着色して反射させていく。

 これらはすべて、有事の時のために用意された魔剣だ。普段それを持たぬものまでもがそれを持たされ、ドラゴンとの戦いを強いられる。

 であるから、無駄な被害を出す前に。


「…………シアノ!」


 シアノは無言で頷く。

 ナリーがシアノに確認したことは、この世界にレイナを召喚すること。

 早期決着をすべく、初めから総力で叩くしかない。何一つとして被害を出さないために戦う、そのためのレイナ。予定より幾ばくか早く、ドラゴンという強大な敵と対峙することになってしまったことに対し、心做しか不安要素が残されているが、イフリートと呼ばれる上級のモンスターを一人で退治したともなれば、あらぬ心配かもしれない。

 六人で円陣を組んで、一冊の本を中心にして囲む。飛び出す絵本のような大十二面体の立体的造形物が乗る本は、魔剣のように魔力を魔法として放出することができる、一種の媒体なのだ。

 大十二面体が光を帯びる。ふわふわと重力から脱し、空を漂い始めると、ゆっくりとした回転とともに、一定の光量を保つ。

 その後、言葉も無く。しかし、ドッと瞬間的に光がこの世界を支配したかと思うと、広場の中心、シアノの前に突如現れた人物。

 魔剣は手にあらず、簡易的な黒に紅のラインが刻まれた防具しかつけず、それがただホワイトの服の眩しさをどうにか打ち消しているだけである。


***


「ッガアァァアアァァッ!」


 私はいつも通りの時刻に召喚された。直後、瞬間的な瞬きに目がちらつく。加えて私を襲うのは、それは既に痛みと形容できすらする鋭い音。咄嗟に両耳に手を当てて、自身の鼓膜を保護しようと行動する。


「なにっ!?」


 明らかに、敵襲地点に召還された私は、その中でこそ目を瞑ることは愚策と、轟音を吐き出すモンスターを望む。


「…………龍だ」


 青い龍。一見して、ドラゴンという言葉よりも、中国の伝説上の生物である青龍のような容姿から、その漢字一文字が頭の中でぽんと引き出された。


「レイナ、危ない!」


 唇を噛んでそう叫ぶシアノ。

 ドラゴンは、私が召喚された直後の叫びと同時に、青き稲妻のような攻撃を私に向かって放った。

 空中で複数にわかれ、それら全てが磁力線のように弧を描きつつも、私に終着するような軌道を描く。カクッカクッと宙で幾度も折れ、高速で襲うそれに対して、魔剣の一本も持たない私は無力。


「放てぇぇぇッ!」


 野太い声を合図に発される彩色鮮やかな攻撃。空中で衝突する魔法と魔法。


「バキンッ」 


 そんな、まるで厚い金属板が折れるかのような、甲高さを含む激突音を生じさせてから、鎌鼬のような、壁や草木に傷をつける風を発して相殺する。

 周囲から一斉に放たれた魔法は、あまりにも弱々しかった。

 どれほど私の魔剣が良かったのか、それとも、異世界人である私だから、何らかの効果が相まってあれほどの驚異的な火力を生じさせることができるのか。

 しかし、今はそれよりも。


「し、シアノ! この街を襲う敵が現れるのはもっと後のはずじゃ……!」


「このドラゴンは、私も昨日初めて予知した敵なのです。レイナと初めてお会いした時に話した予知とは、また別の機会なのですよ。ドラゴンは再び訪れると予知したものと同種ではありますが…………」


 それならば、こちら側でも向こう側でも想定外だったというわけだ。


「レイナ、これをお持ちください。洞窟に取りに行った鉱石で作られた魔剣・スペロです」


 それは布の鞘に納められた剣。一目見ただけでは、私の手に余るほどの大きさがあるとしか感じられない。しかし、実際に手にしてみるとその感覚は宛にならず、レイピアの形状をしたハイルの剣と大差ないように感じられる。それほどに軽い。


「シアノ様、レイナ様」


 気づけば車いすから脱していたバトラーは、ドラゴンが放った二撃目を目視して、二人に注意を促す。

 しかし今回は、一つとして騎士の人々から魔法が飛んでいかない。


「レイナっ!」「…………ッ!」


 鞘を抜く暇もなく、後頭部へ迫る雷撃に対して、振り向く遠心力を込めて全力の一閃を浴びせる。

 剣は急激に空色よりもさらに淡い水色の光を放つ。それに伴って、布製の鞘は弾け飛ぶように微塵と化す。

 声を上げて身体を緊張させるまでもない、ドラゴンが放つ雷撃は、空気中に拡散して溶解し色を失っていく。

 ゆっくりと体勢を整える。遂には剣を握る右手をだらりと下げ、仁王立ちしてドラゴンと正対する。


「時間がありません。最初から全力で行きましょう、レイナ」


「もちろん。二度目三度目なんて来させない」


 シアノは両手を重ねて私に向ける。

 フッと頭から力が抜けたような軽さを感じると、それは手に握るスペロの剣ですら、重量が限りなくゼロに近いという感覚へ変化する。

 百メートルどころの騒ぎではない全長を持つドラゴンは、空中で漂うように舞っている。周囲の地形を把握するように、大きく旋回しているのだ。

 ドラゴンが街の大通りの直上を通過するタイミングを見計らって、レイナは軽く一歩を踏み出す。


「うおっ…………!?」


 ──これは。

 驚かされたのは、あまりの軽さ故、身体が不自然な程に浮き上がりってしまい、自らの身体なのにもかかわらず制御がとれなくなってしまう。


「……でもこれなら」


 上空百メートルほどの空域で、悠々自適に遊ぶドラゴンにたどり着くことは、さして難度の高いことでは無い。身体能力が上がっているような感覚の今なら、一跳びするだけでドラゴンの高度まで到達することは難しくないはずだ。

 ドラゴンと交錯の予測される空中の一点に、タイミングを合わせて足先にインパクトを与え地面を踏み切る。


「ガラッッ」


 ひやりと肝を潰させるような破壊音とともに石造りの地面が割れ、崩れる音が聞こえはしたが、意識も身体もドラゴンへと向いている。

 蹴り飛ばした地面は、身体を宙に浮かせる。


「よし、これならドラゴンの元までたどり着ける」


 脳内での想像は、現実への写像によって確信へ変わり、むしろ風圧の為に手から零しそうになる剣を、落とさぬように強い握力を加えて空を昇っていく。


「一撃で、叩き落とす」


 背中へ与えた強打によって、体はくの字に折れ曲がり地面へと自由落下を余儀なくされる、敵の無残な最期の想像を持ち、その想像を現実へと昇華させるために剣を振るう。

 上昇しながら頭を巡らせて構築した妄想を実行する時。

 ドラゴンよりもさらに上空へと舞い、空中で身体を翻す。

 一瞬の静止。その瞬間は風も止み、音という音もなく、とても柔らかで長閑。

 その中で剣にすべての集中を遣る。スローな世界の中で、背筋も震える世界の中で、敵に痛打を与えたい。与えなくてはならないのだ。


「…………ッァァァアア!」


 歯を食いしばって、力に歪む顔を見せる。

 すべてを叩き割るように、すべてが粉塵と化すように。

 扱うに片手で事足りるスペロの剣。それでも両手で握りしめ、大きく振りかぶる。

 頭の中で描かれた、最大の攻撃を与える剣身すべてを誘導する面。それの全てをなぞるように剣を操る。そして、切っ先がドラゴンに触れた瞬間。


「ズドンッッ!!」


 着実にそれはドラゴンに命中した。

 青の剣身から放たれた大爆発は、ドラゴンに対して確実に衝撃を与えているはず。

 この後、地面へと落下していくはずだ、そう思わせてくれたのは、刹那的秒数だけだった。


「……え?」


 空虚感を覚えさせられる。

 過信はなかったとは言え、魔剣の力を引き出し、現時点最高の力を引き出したと思っていた。

それがたった一枚の鱗を引き剥がすにしか足らなかったのだ。

 弾き返されたスペロの剣に身体は引っ張られ、コントロールを失う。

 生死を賭ける戦いであるからこそ、ドラゴンもその瞬間を逃さなかった。


「ッガアアァァッッッ!」


 長い体躯は、瞬間移動したかのように目の前に現れると、全身が打撲したかのような鈍痛に見舞われ、地面へと一直線に落ちていく。

 風圧による抵抗で上下左右に揺れながら。逆らうことなど叶わず、ただ一線に。

 跳び上がってドラゴンに接近した道筋を、そのまま引き戻されているかのように高度が消失していく。


「…………! あれではレイナが──」


「シアノ様! 力をできる限り高めて!」


「…………力を!?」


「早く! レイナ様の身体がすべての衝撃を耐えるにはそれしか無いのです!」


 シアノはなりふり構っていられないと、レイナに加えら魔力を強める。しかし、それでも完全にダメージが無効化される訳では無い。あくまでも僅かに軽減される程度でしかないのだ。

 地面を数度弾んでからゴロゴロと転がり、広場まで戻されたレイナ。

 幾度も打ち付けられた身体はダメージを負う。幸い骨折とまでは行かなかったものの、全身を強く打ち付け僅かに腕や脚を動かそうとも、痛みによって行動が遮られてしまう。


「レイナ! だ、誰か早く治療を…………!」


 焦りの表情で人を呼ぶ。しかし、思いとは裏腹に迫り来るタイムリミット。

 この世界で少しでも治療が行えていれば、少しは変わったのだろうか。

 レイナの手を握り、治療を促したシアノだが、周囲の治療者を探すべく顔を上げた瞬間、その手の中から温もりが消え、空洞を作り冷たい風が通る。

 私は現実に戻ってからも、身体の節々を襲う針を刺すような細かな痛みは残り、それが蓄積することで身体を起こすことも苦痛となっていた。


「…………っ……ぅぅ」


 初めて、敵と相対して恐怖を覚えた。

 魔剣に頼れば絶対に負けないという勝手な思い込みがどこかにあったのだ、それが一瞬にして消え去った。

 明日は向こうの世界に青きドラゴンは居ないだろうか。


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