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プレゼントに喜んでもいいですか?(10月17日)

 3

「……暑いのですが」


 小さな手のひらを団扇代わりに、意味もなく顔を仰ぎながら言うシアノ。


「これ以上どうしようも無いです、シアノ様」


 無機質なシアノとバトラーの会話。

 昼間、魔剣を一本ダメにしたレイナが元の世界へ帰ったあと、求める鉱石を見つけるべく、前日から鉱石のある目的地へと向かうことになった。

 本来であれば、騎士階級の人間のみで構成された部隊が向かうような地であるのだが、レイナと面識のない人間しか居ないことは不都合が生じると、バトラーのみならず、一国の王女自らが活火山の地下へと続く洞窟へ足を踏み入れることになったのだ。

 活火山故に、その地は灼熱のごとく温度を誇る。


「これは本当に対策っていうのでしょうかバトラー」


「…………」


「はぁ…………」


 無言のバトラーを見て、深いため息をつく。


「まあ、兎にも角にも、明日レイナ様が来る前に見つける物は見つけておかなかればなりません。鉱石の場所を探しに行きましょうか」


「騎士隊に付いていくだけなので、それほど大変ではないでしょう。目的の物の捜索も託してありますので」


***


「暑っつい!」


 召喚されてからレイナによって放たれた第一声は、頬を焼くように撫でる生ぬるい風による環境へ対しての嘆きからだった。

 その暑さと暗さに乗算される一方向に流れ続ける熱風、そして呼吸を浅くさせる圧迫感からここが何処か、すぐに理解させられる。


「今日は…………洞窟?」


「はい、そうです。ここに今日の目的である、『ソムニウム鉱石』があることがわかっています」


 そう言って、暑さに苦しむ様子のシアノ王女は、洞窟の壁をコンコンと手袋に包まれた中指の第二関節で二度ほど叩く。


「ですので、今日はこの魔剣でここに一撃、昨日のように突きを放っていただければそれで終わります」


 ここと言ってもそこには壁しかない。

 暑いという漠然とした感情は、顔と指先を覆い包む暑さから出たもの。バトラーが身につけていたテールコートと比較することも烏滸がましい厚さを持つ服は、どうやら防熱加工がなされているようで、布に覆われている部分は非常に快適である。現世でも、ファン付き作業服は売られていると聞いたことがあるが、それと同様背筋を震わせる冷ややかな空気が循環していることで、どうにか露出部の暑さを中和できている。

 恐らく、皮膚を焼くほどの熱量を放っているのはこの洞窟そのもの。地下洞窟であろうこの召喚現場だが、火山の地下にでもあるというのだろうか。所々焼けて溶けだす岩々が見えていることから、生身で居れば死を体感できること間違いなし。

 もしかすれば、近頃噴火したというニュースが流れていた、桜島の火口に投げ込まれたような領域に立っているのかもしれない。


「これをどうぞ、レイナ様」


 そうしてバトラーに手渡されたのは、それそのものがひんやりと冷気を放っている剣。ナイフとは全く形状が異なる、おそらくレイピアと呼ばれる部類の剣だろう。

 第一印象としては、アクアマリンのような水色で世界を透過させる刃が美麗だ。剣身で対流を起こしているかのようにうねりが見え、おそらくこの流れを作り出すものが魔法の呼ばれるものの源だと思われるが、うねりが乱反射と歪を演出し輝きを夢幻へと昇華させている。

 重量感覚は軽く、ナイフに比べ手にフィットする。見た目と重量のそぐわなさから、慣れるまでに時間がかかりそうという印象を受けるものの、どちらにせよ今日一分限りの付き合いだということを思い出すと、何処か残念だ。


「……ッ…………フッ……!」


 二度ほどレイピアを振って、グリップの握り具合を確かめる。

 吸い付くようなその感覚を確かめると、それは手袋の上からでも馴染みやすい。強く振っても抜けず、手から回転をかけると予想通りの回転をするからとても扱いやすいのだ。


「それでは早速お願いします」


 シアノ王女は、バトラーに車椅子を押され壁から距離を置く。


「うん、任せて」


 これが私の今日の任務。

 まずはどこを狙うべきかを決めるべく壁に近づく。


「…………任せてとは言ったものの硬そうだなあ…………」


 少し顔を歪めて、自身でしか聞こえないほどの声でぼそりと呟く。

 対峙するのは洞窟の壁。昨日の的よりも近距離だが、厚いと形容することは明らかに相容れない壁を突き抜けるためには、崩れた壁が自らを襲うことを恐れずに最大火力で打ち込まなければならない。

 岩壁表面から見て取れる情報は限りなく少なく、手で壁に触れば熱があることから、長時間触れていれば火傷を負うだろう知覚と、力で制しようとしても阻まれる数メートル以上の厚みを持っているだろうと考えが得られる。

 剣に頼って。

 一先ず、この言葉を思い出した。


「ふぅ…………」


 一旦深く呼吸をして、練習を思い出して低い姿勢をとる。地面が揺らぐような感覚に苛まれながらも想像を膨らませていく。


「昨日よりも長い剣身…………切っ先から鍔を超えて柄頭まで直線に…………」


 陽炎からか、意識が朦朧とする初期症状からなのか、僅かながら歪みが生じている空間内で鮮明に一線を描く。

 しかし、その空想上のラインですら歪み始める。

 求めるのは、揺らめくラインが一直線になる瞬間。身体が軽くなったような、それでいて視界内のものもすべてが遅く感じる中で、刹那秒の間にラインをなぞり切る。


「…………ッァァアッ!」


 声を上げて身体の緊張を誘い、前のめり気味の姿勢から踏み出した右足の力をすべて剣へと伝える。

 壁へと切っ先が触れた瞬間。悪寒と間違うような冷気に身体が撫でられる感覚に襲われたかと思うと、それはまるでウォーターカッターのように剣先から液体に見間違う魔法が射出されると、ミシミシと軋む音とガラガラと崩れ落ちる音の不協和音を奏でて、壁に大穴を穿つ。


「…………よしっ!」


 口から漏れた喜びの言葉。穿孔は数十メートルにも及ぶ。

 しかしこの穿孔は異様であった。トンネルと言えど、洞窟とは言えないからだ。

 瞬間的に莫大な冷気を発したと見られる魔剣は、大穴を穿った後、その奥になみなみと潜んでいた溶岩の池の表面を凍らせる。赤みがかったオレンジが、透き通った氷の奥で流動を続け、表面は黒く固まり始めているが光を発し続け、天然のライトによって異世界に異世界を作り出す。


「バトラー! 今のうちに鉱石を!」


 シアノ王女はバトラーに指示を送る。すると、この暑さにも関わらずテールスーツという、もはや怪物じみたバトラーは何一つの躊躇いもなく横穴へと進入する。

 直径も一メートルほどしかない横穴を、高速で奥まで這い進んでいくバトラー。しばらくして動きが静止したかと思うと、


「…………これか」


 囁くような音でも、人が通ることもやっとな細さによって共鳴させられた声は、ハッキリとこちらへ伝わった。

 バトラーは後ずさりしてこちらへ戻ると、


「これを」


その一言を告げて手に入れたものをこちらへと差し出す。


「すっごい綺麗…………」


「…………久々に見たけれど、やはり凄い器……」


 硝子のような透明感を誇り、それでいて黒から水色までのグラデーションを揺らめかせている、深い海を閉じこめたかのような物体。

 形は球や立方体と決めつけることの不可能な、黒曜石を砕いたように角ができているが、光の透過具合の違いによって、目を焼く色素の濃淡がハッキリとして琴線に触れる。


「これが剣の素材になるんですか?」


「そうなのです。今、レイナ様に、壁に穴を穿って頂きましたが、これ程のことをしないと得ることができない貴重な鉱石なのです。なにせ、今までこの鉱石が使われた魔剣は二本しか使われていないほどです」


「たったの二本!?」


「はい。その時得られた鉱石は、一つの国を滅ぼしたほどの大噴火の際、溶岩とともに噴出したものなのです。初発見の鉱石の上、魔剣の素材として最高のものと知れた時には、様々な要素が絡み合ってすごい騒ぎだったのですよ?」


「その後誰もが発掘を諦めざるを得ませんでしたが、この鉱石の場所を探す方法だけは当時に確立されましたから、今回入手ができたのです」


「…………その割には簡単に取れたような?」


「それはその剣をレイナ様が扱われたからです。こちらの世界の人間であれば、こう簡単にはいきません」


「……なるほど」


 少しの優越感に浸れた。

 しかし、魔剣で魔法を放つことも、こう単調だとどうも心の昂りが薄い。


「今日は昨日と大して変わらないことでしたから、あまり面白くはなかったのですか?」


 ポーカーフェイスとはならず、シアノ王女に表情を読まれてしまう。


「そんなことは無いですよ! 昨日も、ここに来るのが楽しみだったんですから! ま、まあ、敵を倒してくれって言うお願いをする側からすれば、もっと真面目にして欲しいという思いはあるのかもしれないですけど…………」


 反動でシュンとして肩を落す私に対して、僅かに口角を上げてほほ笑むシアノ王女。その後、慰めか、柔らかい物腰で言葉をつづけた。


「まだ今日を入れてもたった三分しか会っていないのです。その短時間で、初対面の人の性格を完璧に把握するなんて魔法が使える私ですらできないのですよ。むしろ、五感が欠如した私にとっては他人よりも不得意な分野といえるかもしれません」


 シアノ王女は車椅子に座ったまま私に両手を伸ばし、右手を握る。反射的に彼女の右手を左手で覆う。


「……それでもあなたは真面目にやってくれていると分かります。私の第六感ともいうべきセンサーがそう言っているのですから」


 今度は、「ふっふん」と鼻を鳴らして得意気に笑うシアノ王女。


「シアノ様、そろそろ一分経ちますので…………」


「分かりましたバトラー」


 しかしバトラーに腰を折られ、得意気な表情は一瞬しか眺められず、バトラーに不満を含めた細い視線を向けるもの、一度頷き、再びこちらと正対する。


「明日…………という確約はできないですが、近いうちにこの鉱石からレイナ様のための剣をお渡しできるかと思います。ぜひ楽しみにしていてくださいね」


 首を傾けてニッコリと笑う顔はまさに天使。


「…………はい! 簡単に壊れない魔剣、楽しみにしています」


「ふふふっ」


 起伏の激しい私の感情を操るシアノ王女に、感謝の意を込めて一発かまし、世辞か皮肉か、シアノ王女か笑ってくれた事で、こころを満たす喜びを感じて、魔剣によって急激に涼しくされた洞窟という地下空間から解放される。

 自室へ帰還した玲奈は、剣が振りたいという欲に襲われ、身近に置かれていた細長い化粧水のプラスチック瓶に手をかける。

 様々な角度へ、力を変えつつ振ってみても、何ら手応えがないことに悲しさを感じながらも、今日発動させた突きならば何かあるのではないかと思い試行する。


「…………っ!」


 足音を立てないように踏み込みは甘めであったが、それでもラインの想像をし、そのラインをなぞるように突く。

 少しぶれながらも振り切った瓶。しかし、当然魔法などが発動して壁に大穴を開けるわけでもなく、蓋が取れて壁が濡れた。


「…………私だけの魔剣…………か」


 煌めきを放つ鉱石を頭に思い浮かべると、どれほどの、どのような形状の剣へと変貌を遂げるのかが楽しみでしょうがない。

 その日のスマートフォンには、


『中世 剣 種類』


の検索履歴と、それに関するウェブサイトの閲覧履歴が大量に残されていた。


***


「やっぱり正解でした。あの人を選んだことは」


「まだレイナは敵と対峙したことがないからよ、シアノ」


「もうナリー…………そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。だから敵ばっかり作るんです」


「だ、か、ら…………一言余計なんだってばシアノぉぉ!」


 ナリーはシアノの頬をムニュムニュと揉みしだく。


「はいはい」


 バトラーがひょいと二人を持ち上げて引き離す。


「……ッ……バトラー! 離しなさいよ!」


「本当に傲慢な姉さんなんだから」


「ごッ…………」


 ムッとした表情を見せた瞬間、バトラーはナリーをつかむ手を離し、ナリーは地面へと落ちてポンと軽く弾む。


「ったぁ…………なにするのバト──」


「早く帰り支度をしないと、氷を溶かして溶岩にぶち込みますよ?」


「なっ!」


 うんうんとシアノも頷く。


「…………分かりました! でも、帰る準備なんて言ったって、私達が持ってきたものなんてほとんどないじゃない」


「…………まあ、そうですが」


「ほらぁ!」


「それでは、シアノ様帰りましょうか」


「そうしましょう、バトラー」


 シアノはバトラーの提案に頷いて賛同する。


「ただ…………」


 しかし、会話の中に不自然なまでの間を作り上げて、心を埋める莫大な違和感を放った後に放つ言葉。


「先程のハイルの剣の騒ぎを聞きつけてか、来る時よりも敵が増えていそうなので、帰りもしっかりと陣形を」


「粗方片付けてきたはずなのに? そんなに、強いのはいなかったじゃないの」


「…………えぇ。ですが、どうも面倒くさそうなものがいるので、下手に油断をするのはどうかと思うのです」


 シアノは五感の代わりに、自身の膨大な魔力を空間に放出させることで情報を得ているから、死角の一つもなく、目で見るよりも正確に捕捉することが可能だ。だが、その範囲を広げた際に生じてしまう情報のズレという可能性もある。

 しかし、数に微細な増減はあれど、前述の可能性は限りなく低い。シアノはそこに大量のモンスターがいると言うことを確信しているから。


「部屋一つを埋め尽くすほどの…………何かが」


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