第3話 天馬の魔王
黒岩鹿を解体して(セイ様に解体してもらって)血抜きして内臓をとって……そうこうしているうちにもう夜だ。結界を張ってくれたというので、座り込んで気になっていることを聞く。
「あの、さっき、すごいジャンプしてたのは、どうやってやるの?走るのもすごく速かったし」
(どうやって……普通に魔力を意識してイメージすれば……説明が難しいな、だいたいなんでお前は出来ないんだ?……あ!)
「な、なに?」
(もしかしてお前、本物の天馬とか見たことないのか?)
「天馬なんてもちろん見たことないよ!馬系の飼いならした魔物は、乗馬とか魔導馬車とかで知ってるけど……」
(飼いならされた、普通の魔物程度じゃイメージ不足なんだ、多分。魔力を使いながら、まるで本当に天馬であるかのようなイメージで動かすと、本来のこの足の能力が発揮できる。……そうだな、まずは足を重点的に鍛えよう。本当は全身使いこなせるようになるべきだが、一気には難しいだろ、それぞれ特性もかなり違うしな)
たしかに、全身違和感だらけだけど、足が速いのはいいことだっていうのはわかる。攻撃を避けたり、逃げる時にも役立ちそうだ。
(逃げることばっか考えてんじゃねえ!)
はあい……
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そんなわけで、翌日から特訓である。
足を鍛えるとはいえ、全身をおろそかにするというわけではない。満遍なく身体を動かす練習はする。
そのあと、ひたすらに走る。
走って走って、休んで、また走って……
魔物の身体なせいか、ものすごく疲れはするものの、しばらく休むと割と復活がはやい。そのおかげで、なのかそのせいで、なのか、なんかもうずっと走っている。
スピードはというと、だんだん速くなってきてはいるものの、セイ様がコントロールしていた時のような異様な速度ではなくて、まぁ人間にしては異常なくらいに速いけど馬にしては普通かなって程度だ。馬じゃないんだし仕方ないと思うんだけど、セイ様ができたからには僕もできるはず、ということでまだまだ特訓が終わる気配はない。
そうして、僕なりに全力で走っていたら。
うっかり沼にハマってしまった。
足をとられて、手をついたところも沼で、まさに今沼にハマっている。
「っぶふぁ!はあ、はあ、はー……」
顔まで沈みそうになってなんとか、少し硬い土の部分を見つけて支える。あっぶないなぁ……
(……おい、何かいるぞ)
何か?
周りを見渡してみると、少し離れたところにカエルがいた。でも、虹色だ。
虹色のカエルなんて存在するの?
虹色のカエルは、ちょうど草むらで隠れているこちらには気づいていないようで、ピョコピョコと移動していく。
沼の向こうには綺麗な水をたたえる泉があるようだ。この沼はあの泉の水があふれて溜まってできたのかもしれない。
虹色のカエルはしばらくの間、泉の前にいた。
何かを待っているようだ、そう思った時、あたりの空気が変わった。
明るい空は心なしか陰り、ピリピリとした空気を感じる……そして。空に、大きな翼を持った天馬が現れた。黒い天馬だ。天馬といえば白っぽいというイメージだったけれど……
(あいつは……!)
え?
あの天馬知ってるの?
(お前は覚えてないのか?それどころじゃなかったか……あれが、お前の脚を持ってるヤツだ)
え……?
ドクン、と心臓が変な音を立てる。
あの時、僕の足を……魔神から受け取っていた……?じゃあ、あの天馬の後ろ両脚についている足用の飾り、あれはもしかしてーー
(お前の体を魔神は防具にして渡していた。身につけろと言っていたから、間違いないだろう)
僕の足が、すぐそこにある……
心臓がうるさい、ああ、だけど、ここから見ているだけでもわかる、あの魔物は、とても強そうだ……
(だろうな、あいつは魔神の手下の、魔王だろう。この辺りの魔物を支配しているのは奴だろう)
魔王……
そんな存在から、身体を取り戻すなんて、出来るのか……?
(今すぐは難しい、お前はまだこの身体をマトモに扱えてないし、俺が身体を扱える時間はかなり短い。あいつがどこかにいくまで、ここで隠れる。バレないように結界は張ってるが、動くなよ)
うん……
ゆっくり、静かに呼吸しながら、天馬を見る。
天馬は、ふわり、と優雅に地に降り立った。
「黒雷様、ごきげんよう……」
虹色のカエルが喋った。
……え、しゃべった?!
カエルって喋るんだ……
(アレは普通のカエルじゃねえよ、精霊だ)
精霊?!初めて見た……
(俺はなんかあのカエルも見覚えがあるんだよな……何だったかな……多分、前世でも会ったことある奴だな、あのカエル……ちなみに、精霊はあんまり実体化しないが、稀に実態を持つと体のどこかが虹色になることが多いぞ。例外もいるけどな)
そ、そうなんだ……
見ていると、天馬の魔王と虹色のカエルの精霊?が話し始めた。
「何か変わったことはあったか」
「特にはございません……黒雷様におかれましては、何かございますでしょうか」
「そうだな……我が神から、この足の防具を賜った。美しいであろう」
「まあ……本当ですね、とても美しく存じます」
「ふん……其方、そんなに従順であったか?其方が慕っていた白天を殺めこの地を我が神に捧げたこと、不服に思っておっただろう」
「……わたくしは、この地を守る役目を果たしたいだけでございます」
「はっ、つまらんな、其方も長く生きた精霊であろう」
「……わたくしは、美しい泉を守れれば、それで良いのです」
「そうか、ではせいぜい清く保て。……また来る」
ぶわり、と天馬から黒煙が巻き上がり、泉の上を覆った。そして、天馬はそのまま飛び去っていく。
泉の上に残された黒煙は、泉の上にふりかかり、泉の表面を黒く染めたようだった。
「ああ、また……ひどい……」
虹色のカエルは、黒くなった泉をみて、ハラハラと大粒の涙を零した。
(行ったな、もう出て大丈夫だ。あのカエルに話聞いてみるぞ)
えっ?あのカエル……っていうか精霊?はあの天馬魔王の部下みたいな感じじゃなかった?!大丈夫なのかな?
(俺の記憶が確かなら、あのカエルは俺たちの味方だ、多分)
それ、前世の記憶?覚えてるの?
(……なんとなくだけどな)
ええ、大丈夫なのそれ?!
(何にしても、情報収集もしたいと思ってたんだ、ここはどこだとか、お前の出身国がどうなってるかとか、あと魔王や魔神のこととか、知らないことにはどうしたらいいかわからないからな、行くぞ)
怖気付く僕を無視して、セイ様は体のコントロールを僕から奪い取ると、ザバリ、と沼から出て、泥まみれで泥を撒き散らしながら、虹色のカエルに近づいた。
そして、近づく存在に気づいた虹色のカエルが、こちらを見てーー
絶叫する形に口を開いて、叫ぶ前にゴロンとひっくり返って気絶してしまった。
え。もしかして、僕の見た目、気絶するくらい怖いのかな……うう……