第1話 前世の僕は凄い人かもしれない
さて、今僕は、僕の前世の魂とやらに怒られている。あんな所ー魔神たちのゴミ捨て場ーで、気絶してしまっていたからだ。
「だって仕方ないじゃないか、身体が動かなかったんだよ!」
別に声に出さなくても彼には聞こえているようなんだけど、つい口から愚痴をこぼしてしまう。
(言い訳すんな、見苦しい!お前が軟弱なんだよ!こんなのが俺と同じ魂だなんて恥だ!お前の根性叩き直してやるからな!)
「ねぇそれ、本当に本当なの?僕の前世が貴方だったなんて……」
(なんか俺に文句があるのかよ、俺だってなんでこんな軟弱者になってんのか全然わからねぇよ!)
も、文句っていうか、あまりにも違いすぎるから、何かの間違いなんじゃないかなーって……
(心の中でボソボソ言ってんじゃねーよ!)
うう、もうやだ、心の中の愚痴ですら文句を言われるなんて……
僕がぐったり落ち込んでいると、フン、とやや不満げな声がして彼はしばらく黙ってくれた。
だいたい、僕はまだ14歳になったばかりで、それであの魔神に、あんな、生きたまま身体をバラバラにされるなんて目にあわされて、それで心を強く持てって無理だよ!同じ魂だっていうなら、もっとわかってくれてもいいのに、本当にこの前世の魂っていうのは一体どういう人なんだ……
(あ、悪いな、それはあんま覚えてねぇ)
なにそれー!覚えてないの?っていうか僕の心の中のつぶやき、聞いてたの?!もうやだよ、1人の時間が欲しいよ……はあ。それに、気になることもある。
「……覚えてないの?」
(多分、これまでは、お前の中で眠ってるような見守ってるような感じでフワフワしてたんだけど、お前が危なくなって無理やり出てきたんだ。だからそのせいで忘れたっぽいな。さっきまで覚えてたのになーって感じ。だけど、前世はまぁまぁ充実してたと思うぞ、やるべき事はやってたし、なんか家族もいた気がするし。多分、お前の遠い祖先だと思う)
「えっそうなの?ご先祖様なの?」
(多分な、そんな気がする。詳しく思い出せねぇけど。でも、ハッキリした記憶はないけど、身体や魔力の扱い方についてはだいたい覚えてるから心配すんな)
「それは、助かるけどさ……」
僕は軋む身体をなんとか動かす。
魔物の死体の散らばる魔神たちのゴミ捨て場で気絶してしまっていた僕は、次に起きたとき、前世の魂にこっぴどく叱られた。
歩くこともうまく出来ない身体を、前世の魂の指導を受けつつ、たまに身体を操作してもらいつつ、なんとか移動させた。
体が動かしづらいとはいえ、あのゴミ捨て場から移動したほうがいいという意見には賛成だったから。
とはいえ、行くあてがあるわけでもなく、ヨロヨロとふらつき、たまに倒れこみながら、あの場を離れて、そして今、多分、道に迷っている。
そもそも道なんてあったのかもわからないけれど……ここがどこなのかも知らないし……
(道に迷ってるって所は否定しない)
そこは否定してほしかったな!
あぁ、もう、どうしたらいいんだよ……
ズルズルと重い身体を引きずり、近くの倒木に腰掛ける。つ、疲れた。あのゴミ捨て場から離れて森の中を移動しているだけだけど、とても疲れた。
(だが、道に迷ってることは問題じゃない。幸い、食料がなくてもすぐ死にはしなそうだ)
どういうこと?
そういえば、この身体になってから飲まず食わずだけど、お腹はそんなに空いてない。
いや、まずこの身体と僕の食欲がちゃんと繋がってるのかわからないけどさ……
(魔物が瘴気を糧としている事は知ってるな)
それは知っている。
瘴気というのは、この世界を覆っている毒のようなもので、濃くなるとうっすら黒紫の煙のように見える。薄いと、ほとんど見えない。
濃い瘴気は人間にとっては毒で、長く触れていると死んでしまうこともある。だけど、魔物にとっては逆で、瘴気がないと魔物は死ぬと言われている。
実際に瘴気が全くない場所なんて無いから、魔法で瘴気を完全になくして実験したところ、弱い魔物はまるで人が水に溺れた時のように苦しがり、死んでしまったらしい。
「魔物は瘴気のない所では生きられないんだよね。人間が瘴気ばかりの所で生きていけないみたいに」
(そうだ、魔物にとっては瘴気はエネルギー源でもある。別のところからエネルギーを得る魔物もいるが、瘴気があれば死ぬことはない。で、今この体はほとんど魔物の体で出来ている)
えーと、つまり?
(このあたりは瘴気も濃いようだし、エネルギー不足で死ぬことはないだろう、頭を除いて)
えっ、頭はどうなの!
っていうか、頭が一番大事だよね?唯一僕の体の部分だよ?!
(もちろんわかってる。たぶん、頭も、魔物の体で生成したエネルギーでやっていけると思う。ただ、試してダメだったってのは避けたいから、食料は調達しよう)
食料、調達……
この、森の中で。
ちょっと呆然としてしまった。
こんな森の中でどうやって食料を調達するんだろう……
(食べれる草か、木の実でも探して、狩りでもするか)
狩り……草とか木の実は探せるだろうけど、狩り?この全然動かない体で?
(身体を動かす訓練も兼ねてだよ。使っていかないと動かせるようにならねぇだろ)
そ、そう、そうかもしれないけどさ……
(ほんとお前……シャキッとしろよ!俺の子孫だろ!どういう教育してんだよ王家は!お前、王子だったんだろ、そんなんで大丈夫だったのかよ?)
ええ、だって、僕一番年下だったし、勉強はちゃんとやってて、出来る方だったんだけど……世継ぎでもないし、年が離れた末っ子で、甘やかされてた……かもしれないけど……
(かもしれない、じゃねえ!十分甘やかされてる結果だろ!もう甘えてる状況じゃねぇからな、気合入れろよ)
うう……
ほんと怒られてばっかりでへこむなぁ。
心の中で愚痴っても聞こえてるとか最悪だし……
(はじめから狩りを上手くやれとは言わねえよ、まずは草とか木の実探すぞー!)
「はぁい……」
重い身体を起こし、立ち上がる。
たしかに、ここでただ休んでいてもご飯は手に入らない。やるしかない。
「はぁ……」
(いちいちため息つくなよ、やる気下がるだろ)
もうやだ……
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しばらく、動かしづらい体を引きずり、森の中を食べられそうなものを探して回った。
なんとか、小さな木の実と、葉っぱの大きな、食用にしているのを見たことのある草を見つけた。
「洗って食べたいな……」
(ほらよ)
?!
急に体の隙間からぐにゃぐにゃした水が出てきて、手と食料を包んでなんとなくぐにゃぐにゃした後、また体の隙間に戻っていった。
「なにそれ?!」
(魔力を含んだ水だよ。あの時、雨降ってただろ。なんでかその雨が魔力を含んでて、しかもすげぇ相性がいい水だったみたいだな。割と簡単に動かせるから、体の接着剤がわりに使ってるんだよ。この水で神経とも繋げてるし、ラッキーだったなー)
「み、水……なの?魔力を含んだ水……こんな風になるんだ……」
初めて見た。
(いやこれ俺のオリジナルだから。多分。そりゃ初めて見るんじゃねーの)
えっ、オリジナル?
自分で考えた魔法って事?!
凄い!そんなことできる人、もういないと思ってた!
(……どういう事だ?魔法なんて自分で作るもんだろ?)
「何言ってるの!魔法なんて、魔法使いの資格を持った人が、国に伝わる管理された魔法の行使が許されてるだけで、一般人は使えないよ!僕は、王子で、魔力もあるみたいだったから、少し前から勉強は始めてたけど……」
(国に伝わる魔法?管理された?なんだそりゃ……まさかお前魔法使えないのかよ?ひとつも?)
「当たり前だよ!まだ未成年だし、もしかすると魔法使いになれるかもしれないからって勉強を始めただけで、本当に魔法を教えてもらえるのは魔法使いにきちんと弟子入りしてからだし……」
(はぁ?!なんだそりゃ!魔力があるならさっさと使えばいいじゃねぇか!なんなんだ?平和ボケしてんのか?それとも魔法使いが寄ってたかって何か企んでんのか?まさか、まさか……魔法が衰退してるとか……そういう話か?)
「よ、よくわからないけど……魔法って、魔法使いにならなくても使えるの?」
(魔力をうまく使って事象を起こせればもう魔法だろ!なんだよ管理された魔法って、そんな……待て。その、管理された魔法ってのはどんなものだ?)
「え、えっと……一番有名で大切なのは、瘴気を遠ざけ薄めて、人の住む地の空気を正常に保つ魔法だよ。毎年、各地の聖なる泉で魔道具を使って発動するんだ、それがないと瘴気が濃くなったりして人が住む土地の空気の濃度を保てないから……それは昔も一緒じゃないの?」
(それ……俺が作ったやつ……な訳ないよな、バージョンアップしてるんだよな?)
「えっ?!貴方が作ったの?!た、たしかに、僕のご先祖様……王家の始祖セイ様が各地に作った魔道具だとは聞いた事があるけど!バージョンアップはしてないと思うよ、始祖の作ったまま維持されてるって……」
(ウソだろ!いつの魔道具使ってんだよ!もう何百年かは経ってんじゃねえのか?何なら千年とか経ってるだろ!ありえねぇ……いい加減劣化して物凄く魔力効率悪くなってんじゃねえのか?)
「そ、それより、貴方は始祖セイ様なの?本当に?!正確にはわからないけど、今から千年は前の伝説的な人物で、実在するかどうかもわからないって……!」
(お前が知ってる伝説の人物かどうかは知らねぇが、各地に瘴気よけの魔道具作って回ってたのは俺だ、多分)
「えええー!凄い!そ、そんな人が本当にいるなんて!僕の中にいるなんて!え、そんな、セイ様が僕の前世なの?嘘だ!」
(いや、その伝説?はかなり話盛られてんじゃねえの……そんなすげーことしてねぇよ。多分……)
「えええ、でも!でもさ!凄いよ!」
(いや、それより魔法が発展してない、むしろ退化してることの方が問題だろ、今は)
「だって、ええー?」
セイ様の伝説は思い出せるだけでも、魔神と戦い打ち滅ぼしたり、女神様を妻にしてたり、神々を子供に持ったりともう神様みたいな感じなんだけど……でも、このちょっと乱暴な僕の前世だっていうこの声の主がセイ様っていうのは……確かにちょっと……
(それは良いから、よし、魔法の練習するぞ。お前が軟弱でサボってたのかと思ってたけど、魔法そのものが廃れてたなら、そもそもちゃんとした鍛え方が出来てないだけかもしれない)
「ま、魔法の練習……今?ちょっと待って、せめてこれ食べてから……!」
(それくらいは待つから早く食っちまえ!)
「は、はいー……」
もぐもぐ。木の実と草を食べる。喉から先どうなってるのか謎すぎるけど、まあ、普通に飲み込めたから、いいや……深く考えないでおこう……深く考えると……うう……
(その辺は擬似的になんとかして頭にエネルギー行くようにするから気にするな!)
「は、はい」
(よし、じゃあ魔力を鍛えるトレーニングだな!始めるぞ!)
「は、はいっ!」