どん底の少年
間違いなく、僕の人生で今が一番どん底だ。
絶望しかない。
当たり前だーー誰が、自分の体をバラバラにされるという時に、希望を持っていられるというんだ。
目の前の魔神が笑う。
僕の頭を片手で鷲掴みながら。
「まずは足……両足まとめてお前にやろう。取れ。そうだなぁ……足用の防具の形にしてやろう……こいつの体は貴重品だ、良い防具になる。決して盗まれたりしないよう、身につけておけ」
「はっ、ありがたき幸せ!」
魔神は、軽く手を振り、僕の両足を綺麗に切り取った。何かしらの加工をして、魔神の後ろに控える誰かに渡したようだが、暗くてよく見えなかった。というか、それどころじゃない、ーー痛い!
「ああああああああぁぁぁ!」
「痛いか、そうだろうなぁ、痛覚は残してある。だが途中で事切れぬように魔法をかけたからな、決してその痛みで死ぬことはできぬのだ、残念だなぁ」
「うあ、あ、ああああぁぁ!」
「せいぜい苦しめ、お前がその顔で苦しむのは気分が良いーーさて次は、腕か。右腕は剣にして、左腕は盾にしよう。受け取れ」
「頂戴いたします」
「………」
ダメだ、もう、痛くて、何も考えられない、死ぬ、なぜ僕はこんな、生きたまま体をバラバラにされているんだ、もう、痛い痛い痛い、痛いいたいーー
「あとは……胴体は分けておくか。下半身はお前に、上半身は心臓があるからな、お前に預ければ良いか、よくよく大切にしろよ……」
「ありがとうございまぁす!」
「ーーーー」
「あとはもう頭だけか。頭はいらんな、この顔を視界に入れたくない……しかし、その目は美しい」
魔神が僕を、僕の瞳をじい、と見る。
痛い、痛いのに、もうずっと身体が全部痛いのにーーもう体はないというのにーーまさか、これ以上、嫌だ嫌だ痛い痛い嫌だああぁぁぁあぁぁ……
「その美しい色の瞳はお前には相応しくない……」
目に、手を伸ばされ、瞳が、
「っあああぁぁぁぁーー!!」
「永遠の闇の中で絶望しろ。……さぁて、これの役目は終わった、どこぞに捨てておけ」
「はっ、とどめを刺さずに良いのですか?潰すか燃やすか致しましょうか」
「ふん、せっかく苦しんでおるのだ、長くそのまま苦しませておけ。死なぬ魔法をかけてはいるが、その魂ではさほど持つまい……魂が絶望し死を望めば、勝手に朽ち果てるものよ」
「畏まりました、それでは、いつものゴミ捨て場に捨てておきましょう」
「ああ、では皆のもの、くれぐれも今渡したこやつの身体、無くすでないぞ、我が時間を割いて用意したのだからな」
「はっ!」
「もちろんですぅ!」
何か、魔神と、魔神の手下たちが、言っている、だけど、もうなにも、わからない、目も見えない、痛い、痛い、痛い……
そして、朦朧とした意識のままどこかに運ばれ、ぽいと捨てられた。
ぐちゃりと、なにかの上に落ちた感触がする。
「せいぜい絶望して死ね」
僕をここに運び捨てただれかの声がして、その気配が遠ざかり、そして、僕は1人になった、ようだった。もう、だめだ、もう……
どうやらここは外だったようで、ぽつり、ぽつりと雨が降ってきたのを感じる。
あまりの痛みに気絶したいのに、なぜか意識はしっかりある、これが魔神の魔法の力なのか。
こんなに痛いのに、それに、見えないけど、体もないのに、首から下がないのに、いや、いやだ、もういやだ、嫌だああ!もう死にたい、早く楽にしてくれ、この痛みの中ただ死を待つなんて耐えられない!つらい、いたい、もう終わらせてくれ!
(それは本当の望みじゃない)
もうダメだ、嫌だ、痛い、いたいよ、たすけて、だれかたすけて、お父様、お母様、ああ、2人とも殺されてしまったんだ、お兄様もお姉様も、もう、奴らに、ああ、いつも僕をたすけてくれた人たちはもういない、ぼくはひとり、ひとりで、体を全て奪われて、目すら奪われて、何もかも、もう何もない、だれも、こんなことになってしまった僕をたすけられる人なんていないよ、ひどい、もうダメだ、どうしてこんなことになったんだよ!たすけて!たすけて!たすけて……いたい!もうダメだ、だめだ、だめだ……
どれほどの時が経ったのか、一瞬だったのか何日も経ったのか、それすらわからない、ただ、僕は絶望していた、助けを求め、痛みに叫び、そして、ただ、諦めていった。僕はこのまま死ぬんだ、この痛みの中何もかも奪われて死ぬなんて、そんな、そんなの……だけど、もう……
(そんなことは許さない)
許さないって、そんなこと言ったって、僕だって嫌だけど、どうしろっていうんだよ、身体を全部奪われて捨てられて、ただ死を待つだけの今、何が出来るっていうんだ……
(俺は絶対に諦めない)
僕だって諦めたいわけじゃない、だけど、だけどじゃあ、どうするっていうんだよ!
(出来ることを端から全部やる、それ以外ない)
それをやるための身体が無いんだよ!
なんなんだ、なんーー何なんだ、なんなんだこの声、どこから聞こえてくるんだ?
(お前の魂は、今にも消滅しそうなくらい弱った。だから、その分俺が出やすくなった)
魂?この声はなんだろう、僕の中から生まれてくるように感じるけれどーー
(そうだ、俺はお前の魂だ、お前の魂が前世を生きていた頃の意識が強く出てきたーー前世の魂だ)
な、何を言ってるんだ?
いやそれは僕のことか?僕は何を考えてるんだ?
(お前の魂が!あの魔神のせいでベッコベコに凹んでるから!俺が出てきて魂を補充してやってんだよ!魂の形が歪むと、こんな状態なんだ、すぐ死んじまうだろ!)
な、なにそれ?
いや、まって、魂がどうであっても、こんな状態じゃ死ぬよね?時間の問題だよね?
だって頭だけしか無いんだよ?目もないんだよ?なに言ってるの?
(諦めるな!俺は認めない、俺は絶対に諦めないからな、俺は次の生は平和に暮らすって決めてたんだ!こんな終わりは許さん!)
許さないったって、無理だよ、なんなの?
今もこんなに痛いのにーーいたい……あれ、痛くない……?
(お前もっと魔法の勉強しろ、俺と同じ魂なんだ、最高の魔力持ってる筈なのに、鍛えてないから全然うまく扱えねーじゃねぇか!)
ええっ、ちゃんと先生に習ってるのに!
(真面目にやってなかったか、ヌルいんだよ鍛え方が!死ぬ気で鍛えろ!)
そんな、ちゃんとやってたのに!
(これからは俺が教えてやる、生きていくためだからな、しっかりやれよ!とりあえず今は、急いだ方が良い、俺がやるしかないか……)
俺がやるって、何を?
(まぁ俺に任せとけ。俺は……俺たちは、こんなところで死なないからな、絶対に生きるとお前も誓え!どんな事をやってでも!絶対に生き延びるってな!)
ど、どんな事をやってもって、他の人に害を加えるようなことはだめだよ……
(アホかぁ!そんなこと言ってんじゃねーよ!覚悟の問題だ!決めろ!生き抜くと自分に誓え!)
え、ええ、だって、どうやって……こんな……
(だからそれは、今はとりあえず、俺がなんとかしてやる!見た目はちょっとアレかもだけど、文句言うなよ!)
な、何する気なの、ええ?!
シトシトと降り続いていた雨の雫が、僕の頭に、頬に当たったそれがーー何か、ウニャリ、と動いた。え?
(この雨は魔力を含んでるみたいだな、助かった)
え、ええええ?
雨水だったものが、グニャグニャと動き……だんだん広がっている、ような?
そして、下へ……僕の首の下へと伸びていく。
(ここはゴミ捨て場だって言ってたな、何か使えるものがあるだろ……お、とりあえずこれかな、あとコレもいけそうだな、無傷の部分だけ使えば……)
ちょ、ちょっと、何してるの?
それに、え、周りが見えてるの?目がないのに?
(ちゃんと鍛えてれば、目が見えなくてもだいたいわかるだろ)
なにそれ!そんなの聞いたことないよ!
(お前は俺なんだから、当然鍛えればできる。出来るようになってもらうかな、今はよく見とけ)
だから!見えないんだって!
そう心の中で叫ぶうちにも、雨水だった何かはグニャグニャと動き続け、何かを引っ張っているような……?そして、なぜかーー持ち上げられた?!
「うわあぁぁ?!」
(大体こんなもんか……あ、お前のために目がいるか。良い目あるかな……うーん、コレとコレかな)
良い目ってなに?!
えっ、うわ気持ち悪い!
グニグニと眼窩に何かを押し付けられたような、そして隙間に雨水グニャグニャが入り込んできたような……あっ?!
「見える……?!」
なんだかぼんやりしているけど、見える。
なんども瞬きして、あちこちを見ていたら、さらにだんだんよく見えるようになってきた。
右目と左目で見え方が違って何だか変な感じだけど……
「どうして見えるの?!」
(入れた目を魔力で無理やり神経と繋げてんだよ、そのうち馴染むだろ)
「入れた目、って………うわああああぁぁぁ?!」
見えるようになってきて、周りを見回して、その異様な光景に飛び上がって驚いた、何だこれ、気持ち悪いよ!って、飛び上がった?
「なんで、身体がーーな、な、なにこれ?!」
飛び上がるという動作ができたということは身体があるということーーだけど、僕の身体が本来あったところに存在していたのは、とてもじゃないけど僕の身体ではなくてーー
「な、なに、これ?えっ、魔物の身体?!」
(そうだ、このゴミ捨て場とやらは、魔神かその配下の魔王たちが不要になった魔物達を捨てる場でもあったようだな、いろんな魔物の死体があって選び放題だぞ、傷んでる部分も多いけど)
「いいいいいやだあぁぁぁぁぁ!いやだあ!何これ!なんで僕の身体が、魔物に、ヒイッ」
あまりにも動転しすぎて身体がついていかず、その場で尻餅をついてしまったーー思わず手をついたそこにも、魔物の死体がある。
そう、この周囲には山と積み上げられた魔物の死体だらけだった。しかも、もともとなのか、もしかすると僕のせいなのか、身体がちぎれていたりするものも多い。
「やだやだ!いやだ、なにこれ!何したんだ、こんな、まさか、魔物を繋げて僕の身体を作ったの?!」
(仕方ないだろ、身体が無いと不便だし、ここで手っ取り早く手に入る代用品としてはそれしか無かったんだ。両足は馬系の……なんだろうな、天馬っぽいのにしておいたぞ。速そうだろ!あと、剣が使えるように剣を持ってたゾンビから右腕と、左腕は固そうなゴーレムな。あと鍛えれば飛べるように、上半身はワイバーンっぽいやつにして、ほら背中に翼があるだろ!下半身はイマイチ良いのがなかったから鳥っぽいやつだけど、こっちにも羽があるから、まぁどっちか使えば飛べるだろ!)
な、な、なんだそれ……
信じられない。
信じたくもないけれど、今、僕の身体は、上半身は亜竜、下半身は鳥、両足は馬、右手はゾンビ、左手はゴーレムになっている、らしい……
確かに、見た感じもその通りだ。本来の僕の身体の面影はカケラもない。いや、かろうじて、ゾンビの右腕が人間に近いか……色が緑色で腐ってる感じで、気持ち悪いけど……
「な、なんで動かせるの、この身体」
ぎこちないけれども、動こうと思うと、動ける。
元の僕の身体とは形もサイズも違いすぎて、物凄く動かしづらいけど。
(それも魔力で無理やり繋げてるんだよ、今は俺がコントロールしてるけど、自分でできるようになれよ)
な、な、な……
「この身体でずっと居るつもり?!」
(いいや、当然、本来の自分の身体を取り戻すまでの話だ。だが、すぐは無理だろうから、しばらくはこの身体を使っていくしかないな)
えええええええ!
嫌だよ!魔物をツギハギした身体なんて無理だよ!気持ち悪いし、上手く動かせないし、こんなのでどうするんだよ!
(グダグダうるさい奴だな!今あるものを使え!本来の体も、使える人間の体もここには無いんだからしょうがないだろ!ここで首だけで目も見えず動けず死を待つだけよりマシだろ!)
そ、そんな、そんな無茶な……
え、そうだ、まさか、目も……
(もちろん目もそこらへんの魔物からとった目だ。右目は目の良いグリフォンから、左目は魅了の力があるとか人とは違うものが見えるとかいう吸血鬼の目だ、鍛えれば結構便利に使えるはずだぞ!)
そ、そんな、良い仕事しましたみたいに言われても、気持ち悪さは変わらないよ!
もう、なんなんだよー!助けて!もう嫌だよ!!
(だから俺が助けてやってるだろ!これ以上は今は無理だっつってんだよ!だいたい、お前がちゃんと鍛えてれば……あー、くそ、限界だ、無理して魔力使いすぎた、ちょっと寝るわ)
えっ、寝る?何言ってるの?
(俺は魂だけの存在だ、直接魔力操作なんかしたから、エネルギーが低下して、あーだめだ、しばらく寝るから、俺が起きるまでには身体マトモにうごかせるようにしとけよ)
えええ?そんな、そんなのどうやって?
(うるさい、練習すんだよ!当たり前だろ!)
怒らないでよ!なんなの、そんなやり方わからないよ……!
(いいか、俺は、俺たちは、あの魔神をぶっ飛ばして、絶対に元の身体を取り戻すからな!)
そ、そんな、あんなに圧倒的な強さの魔神を……
(俺は絶対に諦めない。出来るまでやるからな)
え、えええ、無理だよ!
ねえ、ちょっと、えっ返事がない、どういうこと?
うわ、しかも、なんか急に目が見えなくなってきたし、身体も重くて……起き上がっていられないーー……
そこで、僕の意識は途切れた。
前世の魂が力を使いすぎて寝てしまった?ため、僕だけでは身体をコントロール出来ず……気絶してしまったらしい。
次に意識が戻った時に、前世の自分の魂に、軟弱だと叱られて地獄のトレーニングが始まるなんて、この時の僕は知る由も無い。
こうして、僕はどん底を味わい、前世の魂と初めて出会いーーつぎはぎの魔物の身体を手に入れた。
これが、僕の、僕たちの、身体を取り戻す旅の始まりだった。