水の星へ愛をこめて
秋田君…、ちょっと…、話がある…。
新人戦県大会出場のヒデキ高校剣道部一同は、今、会場へ向かっていた。
その移動中、顧問の笹錦に呼び出された女子マネージャーの秋田恋街は耳にはめていたiPodのイヤホンを外して、笹錦の隣に座った。
イヤホンからは、彼女が聞いていた電気グループの『シャングリラ』の音が漏れ、座席では顧問の笹錦は、今にでも、なにかを吐き出しそうな青い顔をしていた。
なので、秋田は座席にあるエチケット袋を取った。
「いや、そうじゃない…」
エチケット袋を持った彼女の手を止めて、笹錦は、この場に居る選手達全員を、キョロキョロと見渡す。
選手達は、わーぎゃー、と騒いでいる。
「どうしたんですか、そんな仮面ライダー旧1号みたいな青い顔をして…」
一部にしか解らない例えをして、秋田は、様子のおかしい笹錦をなだめる。 選手達を見渡し終わると、笹錦は深く深呼吸を何回も何回もして、自らを落ち着かせる。そのタバコ臭い息は、秋田を不快にさせた。
すると、笹錦は静かに口を開く…。
「乗り間違えたんだ…」
その言葉に、秋田はエエーッ!?と驚く。
「どうするんですか!?大会は明日ですが、今日、宿泊の予約をしてた旅館に連絡しな…」
「そんなレベルの間違いじゃない!!」
電車を間違え、予定が狂ったことに焦っていた彼女を怒鳴る笹錦。秋田は、あっけらかんとなり、ぜーはー、ぜーはー、と笹錦は、また深呼吸を繰り返す。
大会は明日だし、旅館にはフォローが効くし、また乗り代えれば良いのに、何故、そこまで、笹錦は取り乱すかを疑問に思う秋田は、座席の窓に目をやった。
窓には、青い水の惑星が映っていた。
というわけだ、みんな…。俺たちは、スペースシャトルに乗っている…。
間違って乗ったスペースシャトルの中で、座席に座る選手達全員に、事実を皆に告げた笹山は無重力に体を預けて、難しい顔で腕を組み、宙に浮く。相変わらず、窓には故郷の地球が青く輝く。
当然、選手達全員は、発情した猿か、夏場のカエルみたいに、一斉に騒ぎ始めた。
「おい!どうすんだよ!これ、間違えたとかのレベルじゃねぇぞ!」
「寝てる途中に、なんか体が軽くなったと思ったよ!!」
「ていうか、気付くの遅いよ!!」
「おい、窓を見ろ!あの有名な白い二足歩行の残骸が浮いてるぞ!」
「どおりで、なんか、移動費が高いと思ったよ!」
一斉に放たれる選手達の反感の的になる笹錦は、急に目をかっ開き、宙に浮きながら壁を叩く…。
「うるさいよ!とりあえず、どうするか考えろよ!!」
彼が大人げなく叫ぶと、皆、黙り込んで考えたが、すぐに決断は出た。
シャトルは大気圏を離れてしまったし、オートパイロットだったし、誰もシャトルを操縦出来なかったため、どうにも出来ない…。
皆、暗く静まり沈黙した…。
「地球、青いな…」
「ああ、青い…。まるで、仮面ライダー旧1号みたいだよ…」
シャトルは月に着陸し、全員が宇宙服を着て、月に足を着ける。
重力の微弱な月の上、彼らは頭上に見える青い地球を見つめる。昨日まで居た地球が、あんなに綺麗な青なんだと…。
その青さに薄らと、地図や地球儀でお馴染みの緑色の島国、日本が浮ぶ。
すると、地球から離れ、帰るすべを失ったため、故郷が恋しくなり、一人の剣道部員が胸を詰まらせて、男らしく豪快に泣き始めた。
「ウォォォン!地球に帰りてぇよ!!」
これが火蓋となり、同じく、宇宙空間という不安に胸を詰まらせる他の選手も泣き始めた。
「うわぁああん!こんなにも地球が切なくなるなんて!」
「ああああ!!こんなことになるんなら、もっと、環境に優しくなれば良かった!!」
「うわぁああん!また地球に帰れるなら、俺、ハイブリッドの車に乗るし、リサイクルするよ!」
「うわあああ、もっと、資源を大切にすれば良かった!」
「二酸化炭素と温暖化って、実際、あんまり関係ないのに、なんで、あんなに二酸化炭素を減らす努力するのかね」
「ああ、今の俺なら、どこであろうと、ためらいなく木を植える!!」
皆、わざとらしく泣きながら、遠くなった地球に思いを馳せた。
混乱する皆を落ち着かせようと、マネージャーの秋田が必死にみんなに声をかけるが、皆の宇宙服のヘルメットは、滝のような涙で満たされていた。
こんな状況に、誰もが絶望し、我を失っていた…、その時…。
「面!面!面!」
なんと、無重力の月の上、宇宙服で竹刀を握り、面打ちの素振りをする顧問の笹錦の姿が…。
皆、その彼の気合いの籠もった声に振り返り、ひた向きに月の上で竹刀を振る彼の姿に泣くのをやめた。
宇宙服で、竹刀を何度も何度も振り、汗を流す笹錦。彼は、地球から離脱してしまったことに、絶望などせず、ただひたすらに、純粋に竹刀を振る。
そんな顧問の姿を見て、一人の剣道部員が体を震わせる。
「そうだ…、確かに俺たちは、地球から離れた…。しかし、俺たちは、どこであろうが、剣道部なんだ!!」
部員達は、シャトルに置いてきた竹刀を持って、再び、月の上に立つ。両手で、竹刀を握り、彼らも笹錦と一緒に素振りを始めた。
皆、泣き叫ぶのをやめ、ただひたすらに、笹錦と共に月面で、何度も何度も素振りを繰り返す。さっきまで、涙で満たされた宇宙服は、今度は、熱い汗で満たされる。
俺たちには、剣道がある!だから、どこであろうが、剣道をしないわけには行かない!!
その情熱を胸に、彼らは地球を背景に、何度も何度も素振りを繰り返す。
「どうした!?てめぇら、声が小さいぞ!!次は、胴打ちの練習だ!」
笹錦の厳しくも優しい指導に怯むことなく、部員達は、はい!と叫ぶ。
無重力下での胴打ちは、かなり難しかった。だが、それでも構わずに、部員達は胴打ちを続ける。
マネージャーの秋田は、そんな熱き血潮を宇宙でたぎらせる彼らを、大声で応援した。
今度は、月の上なだけに、突きの練習を開始すると、アメリカからの救助隊が地球から、シャトルで現れた。
アメリカから来た宇宙飛行士達、救助隊は月面で剣道をしている彼らを笑う。
「オー、クレイジー!」
「オオー、フジヤマ、ブシドー!」
「オー、サムライ、スシー!ミソシルー!」
しかし、そんな救助隊を相手にせず、ただ彼ら、剣道部は突きの練習をし続ける。
AHAHAと笑いながらも、救助活動を始めた宇宙飛行士達は、練習の最中の笹錦の肩に手を置き、練習やめさせようとした…、その時…。
メッコン!!
笹錦は、竹刀の柄で救助隊の一人を腹を殴った。
「オー、ナニシトルデ、オマン!?」
せっかく救助に来たのに、殴られたため、さすがに怒る宇宙飛行士達は、拳銃を笹錦に向けた。
すると…、笹錦は竹刀を彼らに突き付け叫んだ。
「バカ野郎!今、剣道してんだよ!邪魔すんな!!」
「ノー、ワタシタチ、アナタタチ、タスケニキタ!!ナノニ…」
「うるせぇ!!バカチン!」
月面を竹刀で叩き、笹錦は拳銃を突き付けられながらも、彼を睨む。
「俺たちは、剣道部なんだよ!月の上であろうが、剣道部でしかねぇんだよ!!竹刀があれば、どこであろうが、剣道をやるしかねぇんだよ!俺たちは、剣道でしか自分を表現出来ない不器用な人間なんだよ!!」
笹錦のこの言葉に、宇宙飛行士達は拳銃を月面の上に落とした。叫び終えた笹錦は、再び竹刀を握り、突きの練習を再開した。
宇宙飛行士達は、ガタガタと身体中を震わせている。
「クレイジー…、クレイジー…、ジャパニーズ、イッツア、クレイジー…」
「バッド…、こんなクールなクレイジー見たことない!!!」
宇宙飛行士達は、身に着けていた武装をすべて、月面に捨て、大きくジャンプし、たまたま宙に浮いていた竹刀を握った。宇宙飛行士達は竹刀を握りながら、涙を流し、部員達と一緒に、竹刀で素振りを始めた。
笹錦は、そんな宇宙飛行士を見つめ、静かに微笑む。
「そうだ!国境も、地球も、宇宙も関係ねぇ!!ただ、竹刀と愛があれば、俺たちは生きていけるんだ!!」
こうして、誰彼問わず、皆、月面の上で、ただひたすらに夢中になって、剣道を続けた。
そして、数日後…。
彼ら、ヒデキ高校剣道部員達は、地球に無事に帰還。この些細な出来事は、アルマゲドン以来に、多くの人々に感動を与え、何百年後も世界に語り継がれた。
地球に帰還して、すぐのインタビューにて、ヒデキ高校剣道部顧問の笹錦純平は、こう語った。
「地球は、仮面ライダー旧1号みたいでした…」
教師をテーマにした作品を以前から考えていたのと、前作の『剣道やろうぜ!』が、いろいろ問題だらけだったため、そのリベンジで、また剣道をテーマにした作品に…。最近、某有名ロボアニメシリーズの熱血系の異色作に感銘を受け、構成では、県大会の会場は月だったというオチで終わるはずだったのに、この展開に…。まぁいいや…。登場人物の名前は、お米のブランド名から。 歴代最短時間で書き終わった作品でした…。




