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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
終幕 人の世界に生きる少女
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自分の道を、自分の足で

「じゃあ、まずは病院、その次に教会、宿舎は最後で良いっすかね」

「はい。お願いします」


 列車を降りて、迎えに来てくれたスクアッドさんに挨拶をして。病院や教会に寄ってくれると言ってくれたスクアッドさんの言葉に甘えて、送ってもらうことになって。馬車の荷車に荷物を乗せて、御者台の上、スクアッドさんの隣に座る。


「『ディーア家の次姉は羽根付き娘』だなんて噂、こっちまで聞こえてますぜ」

「ははは……、あれはわたしにたまたま『飛行操縦士適性』や『飛行機関士』の適正があったからなんだけど」

「それ加えて、『航空士』としての適性もあるって聞いてやすぜ。飛行時間一万時間のベテランにだって負けてないって」

「う~ん、確かにピーコックの背中にその位乗ってたはずだけど」


 そのスクアッドさんが、手綱を操りながらそんなことを話しだして。その話題に少し苦笑しながら、相槌をうつ。


 リズ姉さんと王国に行って、学園に通い始めて。しばらくして、わたしに「飛行機」の才能があることがわかって。で、わたしも飛行機関係の勉強を多く選ぶようにしてたんだけど。

……それがいつの間にか、少し特殊な「新型飛行機の操縦士」の候補生に選ばれてて。研修生として共和国の軍に派遣されることが決まって。

 以前お世話になってた「訓練場宿舎」にもう一度お世話になると聞いて思わず笑ったことを思い出す。


(と言っても、半分くらいはリズ姉さんの差し金だと思うけど)


 わたしに飛行機の才能があるとわかって、そちらの道に進むことが決まってからすぐに、新型の輸送機開発をリズ家が主導することが決まってて。

……さらに気が付けば、いつのまにかわたしが「リズ家の次姉」で、「飛行機の才能に溢れている」ことが、学園の一部の人(きょうかんたち)に知れ渡ってたりもして。


(これ絶対、わたしを操縦士にすることで、開発した「新型飛行機」の運用に影響力を与えやすくしようとしてるよね)


 別にそんなことをしなくてもリズ家が資金援助をするのだから、それだけでも影響力がありそうなんだけど。だけどマティウスさんもリズ姉さんも、「お金の他に他人が納得できる理由があるのなら、その方が良い」なんて考え方をする人だから。同じお金でより納得してもらえるのなら、それに越したことはない、みたいな感じなのかな。


 とにかく、気が付いたら「わたしが学園を卒業したら、新型飛行機の操縦士になる」という流れみたいなのが出来上がってて。なんだかなぁと思わないでもなかったけど、でもわたしの「飛行機の才能」は、リズ家とは関係のない話だったのははっきりしてたし、まあいいやなんて納得させて。そのまま飛行機関係の授業を選択んで、操縦士としての道を進み始める。


 ちなみに、操縦士適性が空中で上下左右を見失わない能力で、機関士適性が継続して魔法を使う能力、あと航空士適性が自分が今だいたいどのあたりにいるのかを把握する能力なんだけど。


――うん、子供のころからずっとピーコックの背中に乗って飛んでたし、メディーンにもいろいろと教えてもらってたからね。適性が高いのも当たり前だと、今だとよくわかる。


「といっても、こっちに伝わってきたのはまあ、姉御経由っスけどね」

「はは、今回お姉さまは『教官』ですからね。……ただ、わたしが乗るのは戦闘機じゃなくて、小型輸送機や送迎機になると思いますけど」


 あと、時期的な話もあって。ちょうど、わたしが王国に来る少し前に行われていたという「世界博」で、共和国が展示したという小型偵察機「一六式(イチロクシキ)強襲偵察機(アサルトリコナー)」を見て、王国の中でも小型飛行機開発をするべきだ、なんていう声が高まってたみたい。

 で、王国でも「一人で操縦することを前提とした小型飛行機」を作ることが決まって。だけど、そのノウハウが王国には無くて。共和国と共同開発しようという話になって。で、わたしはその操縦士として、半年間、共和国で研修することになったんだけど。

……その研修先が、なんの因果か、三年前までお世話になっていた共和国の訓練施設で。その訓練施設に駐留している「単機で単座小型戦闘機を運用している少し特殊な部隊に所属している人」に操縦を教わりに、一年ぶりに共和国に戻ってくるなんてことになって。


――うん、これ絶対にリズ姉さんの仕業だと、そんな風に確信をしてるんだけど。そんなことを思いながら、スクアッドさんと話を続ける。


「そうなるとやっぱり、『リズ家』お抱えなんスかね?」

「う~ん。それはどうかなぁ? リズ姉さんもマティウスさんも、あんまり飛行機は好きじゃないみたいなんだよね。――まあ、性格もあるとは思うけど」

「ああ、『リズ家は意外と庶民的な物を好んでる』という話っすか」

「う~ん、あれはどちらかと言うと、『無駄を嫌ってる』だと思うけど」


 スクアッドさんの、いかにもな「リズ家の評判」を聞いて、少しだけ笑いながら、軽く訂正する。確かにわたしも、「リズ家は庶民的なものを好む」っていう評判をよく聞くけど。――だけど、何ていうのかな、あの人たちははっきりと「貴族」だから。

 列車を好んで使うのは、飛行機に特有の「不便さ」が嫌ってのことだと思うし、外で何かを食べるときに貴族として振舞うと面倒だし、食事を庶民向けの店で済ませてもいいような場合はそういう店で食べたりすることも多いから、そんな話も流れるんだと思うけど。


――だけど、それを「庶民的なものを好んで」そうしてるのかって言われると、やっぱり違うのかなと、そんな気もする。


「例えば飛行機だと、天気が悪いと降りられなかったりとか、意外と不便なことも多いから。列車や馬車にはそういうことが無いから、好んで使ってるのだと思う」

「……あー。庶民的とかじゃなくて『不便が少ない』からっすか。わかるような気もするっすね」


 あとは、「過去の飛行船事故」のことをいう人もいるけど。昔はそうだったのかもしれないけど今は違う、そんな風に思う。だってあの人たちは、いつまでも過去のことを引きずったりしない、何かあっても乗り越えられる人たちだから。

 と、スクアッドさんとそんなことを話しているうちに、時間も過ぎていって……


「……っと、そろそろ病院に到着っスね」


 一年ぶりに、オルシーたちが入院する病院に、まずは到着した。



「久しぶり! 去年よりもさらに元気になったよね」

「ええ。『治療実験』さまさまね。……といっても、先月の治療が最後になる予定だから。またここからは、少しずつ消耗していくことになると思うけど」

「そっか」


 一年ぶりに会うオルシーは、車椅子には乗ってたけど、以前よりもさらに健康に、ほとんど普通の人と同じようになっていて。その姿を見て、学園に通いだしてから初めての里帰りのときのことを思い出す。


 あの時のオルシーは、今よりもずっと衰弱してて。それでも、初めて会ったときと比べると、見違えるほど健康になってて。出発前に始めた治療のおかげって聞いて、本当に良かったって最初は(・・・)思ったんだけど……


――予想外の「副作用」があって、この治療をいつまでも続けることはできそうにないと、そんなことをオルシー自身の口から聞かされて。その時のことを思い出す。


 あれは二年前、初めての里帰りの時のことで……



「今までね、どんな治療を試しても、ほとんど効果が無かったの。それが今回の治療で、はっきりと効果が出て。……確かにいつまでもこの治療をすることはできないかも知れない。それでも、もしかしたら一時的にでも、『健康な人と同じくらいにまで』体力を回復できるかもしれないの」


 だからきっと、思っていたよりも長く生きられるようになる可能性も高いし、今までできなかったこともできるようになるかも知れない。それが本当に嬉しいと、たぶん表情に出てたのかな、オルシーは優しく、わたしをなぐさめるように説明をしてくれて。


「確かにこの『治療』に、血液の代謝が異常に早くなるなんて副作用があるなんて、誰も想像していなかったのは確かよ。その結果、治療の効果時間が思ったよりも短かくなって、内臓にも負担がかかることになった。それが現実なのかも知れない。――それでもね、確かに治療には効果があったのよ」


 結局、見込みでは二、三ヵ月持つ「はず」だった治療の効果が、一ヵ月しか持たなかったみたいで。それでも、治療自体はとても有効で、お医者さんや研究者さんたちもびっくりする位に、オルシーは体力が回復していったんだけど。それでも、内臓にかかる負担を考えると、いつまでもこの治療を続けることはできなくて。

 体力の回復を最優先にして治療をするか、負担を最小限にしてできるだけ長くこの治療を続けるか、オルシー自身が決めることになって……


「今、集中的に治療をすることで何年分も生命(いのち)が買えるのなら、悪い取引じゃないわ」


 オルシー自身がそう言って、一度体力を回復することを選んだと、そんなことを聞かされて。


「いつ死ぬかわからないなんて今更だわ。でも、今よりも動けるようになるなんて言われたのは初めてよ。考えるまでもないわ」


――その言葉を聞いたとき、今までオルシーの抱えていたものをわたしは知らなかったと、そう思い知らされたような気がした。



「本当なら、今頃はもう、何もできなくなってたはずだから。それがこうして、今も元気に動ける。――また動けなくなる前に、やれることはやっておきたいわね」


 あの頃の私にはわからなかったけど。オルシーは昔からずっと、死がすぐ隣にあって。死ぬのが怖くて。……だからきっと、オルシーは誰よりも生きたいと願ってて。「生きた証」を創ろうと頑張って。


――その頑張りが、わたしとオルシーが遺跡に里帰りしたときに見聞きしたことを元にした、一つの「物語」という形になって。


 郵便で送ってもらったその本を学園の寮で読んだときには、オルシーと一緒に遺跡に言った頃のことを思い出して、懐かしい気分になって。

……なんでかな、その本に、オルシーの命が注ぎ込まれているような気がして。涙があふれてきて。あわてて目元をふいたんだっけ。


 リズ姉さんに通信機を借りて、遠く離れたオルシーに「おめでとう」って伝えたら、「もう次の話を書き始めてる」なんて返事が返ってきて。えっと、そのまま続編として、わたしが外の世界に出てくるきっかけになった「騒動」のことを書き始めたみたいで。そのときは、その騒動を起こした「無頼の人」のことをどうやって調べようか、なんて話してたんだけど……


「だからといって、ミスタファダーに取材しに行くなんて、ちょっと命知らずすぎやしませんかねぇ?」

「あら、でもあの人の『無頼の人』の側面を良く知る人間なんて、他にいないでしょ?」


……うん。その話は今初めて聞いたんだけど。ちょっとすごい名前が出てきたのは、気のせいじゃないよね。


「えっと、そのミスタファダーって、あの『ビリアン一家(ファミリー)』の?」

「ええ。見栄っ張りなんでしょうね。一言一言が妙に芝居がかっていてね。……思ったよりこう、かわいいおじさんよ」


 一応、勘違いかもしれないと思って聞いてみたんだけど。オルシーからもっととんでもない返事が返ってきて。えっと、かわいい? あの「ビリアン一家(ファミリー)」の、王国まで名前が聞こえてくるような、裏社会の有力な「ボス」が?

 オルシーの言葉に、さすがに戸惑いを覚えて、スクアッドさんの方を見たんだけど……


「……いやあの、そのっすね。それはきっと嬢が『一般人』だからっスよ」


……そのスクアッドさんも、少し困りながらも、あんまり否定してくれなくて。


「そうそう、あそこで『お酒』を初めて飲んだけど、思ったより飲みやすかったわね。――何が美味しいのかはよくわからなかったけど」

「ハーフホースっすよ! 無茶苦茶美味かったじゃないっスか!」


 それどころか、もっととんでもない言葉が飛び出してきて。……えっと、オルシー、お酒飲んで良いのと聞いてみたら、「ミスタファダーのもてなしを受けないなんて、それこそ寿命が縮むわ」「いやお嬢、もう絶対にそんなタマじゃないっすよね」なんて会話をし始めて……


「――あまりケイシーに心配かけちゃだめだよ」

「大丈夫ですよ。お姉ちゃんもちゃんとお医者さまにも許可をもらってたみたいですから」


 そんなオルシーの様子を見かねて、思わず余計なことを言っちゃったんだけど。そしたら今度はケイシーちゃんにそんなことを言われて。

……うん、確かにオルシーが自分の身体のことを無視して何かするとは思わないけど。


 それにしても、今年でケイシーちゃんも十一才になったんだっけ。年齢以上に落ち着いてる気がするけど。わたしが外の世界にでてきたばかりの頃、十四才だったはずだけど、こんなにしっかりしてなかったなぁなんて思いながら。


――リズ姉さんやフェリクスくんの年を聞いたとき、みんな大人びてるなあなんて思ってたけど、もしかしてわたしが幼かっただけかな? えっと、そんなはずはないんだけど。


 そんなわたしの表情を見て、ケイシーちゃんは何か察した(・・・)のかな、さらに話しかけてきて……


「わたしも、働き口を探すための『見学』を始めていますから。――周りの人がどう思ってても、わたしは子供のままでいられないし、いたくありません」


……うん、ケイシーちゃんの言葉もきっといろんな「現実」があって、手放しで喜べる言葉じゃないのかもしれないけど。それでもきっと、ケイシーにとって、それが一番良いことで、一番信じれる言葉だと思うから。


「そうだね。わたしもオルシーやケイシーに負けないようにしないとね」


 務めて明るく、ケイシーちゃんにそう返事をした。



 そのあと、スクアッドさんと一緒に病院を出て。教会でダーラさんお手製のお菓子をお呼ばれして。この一年間での王国での生活を話しながら、お茶の時間を楽しんで。

 そんなちょっとしたひと時を過ごしたあと、あらかじめ準備しておいた手紙をピーコックに渡す。


「じゃあ、これ、いつものようにメディーンにお願い」


 その言葉に、いつものように退屈そうに教会のすみの方で身体を丸めていたピーコックは、手渡した手紙をくちばしでくわえて立ち上がり、その手紙を羽根の中にしまい込んで。もう一度、すわりこむように身体を丸めながら、どこか退屈そうに話しかけてくる。


「……しかし、あ奴にこんなもんを渡して、意味があるのかのぉ」

「えっと、確かにメディーン、返事をくれないけど。でもわたしは、わたしが元気にやっていることをメディーンにも伝えたいよ? それじゃダメかな」


 どこかいい加減なピーコックの言葉に、きっぱりと返事をして。その言葉を聞いて、ピーコックは一瞬だけきょとんとしてから、かっかっかと少しやわらかく笑いはじめて。うん、この笑い声、久しぶりに聞くなぁとなんて懐かしい気分になる。


――そんなわたしに、ピーコックも昔のことを思い出したのかな? 突然、とても懐かしいことを聞いてきて……


「――もうずいぶん昔のことじゃが。『嫌じゃったら戻ってこればええ』と、そんなことを言うとおた気もするがの。……どうじゃ? 『戻りたい』と思うようなときは無いか?」


 ピーコックの言葉に、少しだけきょとんとして。そういえば遺跡に住んでいたころ、そんなことを言っていたことを思い出して。


「……う~ん。いろんな人にもお世話になってるし。もう『嫌なことがあっても』そう簡単に戻れない気がするなぁ」

「あら。本当に嫌なことがあったら、帰っても良いと思うわよ? 『お世話したいろんな人』も、フィリを縛り付けるために世話をしたんじゃないだろうから」


 うん、少し冗談めかして「戻りたくても戻れないかな」なんてことをピーコックに伝えたら、そのことを聞いていたダーラさんがそんなことを言ってきて。

……うん。ダーラさん、たまにこういうことを言うよねと、そう思いながら、きっぱりと返事をする。


「それでも、わたしが戻る先は『あの遺跡』とは違うと思います」


 そんな、きっとダーラさんがわたしに「言わせたかった」言葉を返事として返しながら、少しだけ、ピーコックに渡した「メディーンへの手紙」のことを思い出す。

 いつものように、毎日の生活で起こったことを「こんなことがありました」と書き連ねただけの、少し退屈な文面で。だけど、最後はいつも同じ文面で……


「この前手紙を送ってからいろいろなことがあって。きっとこれからも色々なことがあると思うけど。わたしはそんな色々なことから色々なことを教えられて、毎日を過ごしています。きっとそれが、今のわたしの『おしごと』だと思います。だからメディーンも、『おしごと』頑張ってください」


 きっと、あの遺跡にはもう、わたしの「おしごと」は無くて。メディーンもきっと、わたしに戻ってきてほしいとは思っていないと、そう思うから。だからきっと、こうやって定期的に手紙を送って知らせるのが一番良いと、そう思うから。


――うん、わたしも「おしごと」頑張らないとね。



「お久しぶりです」


 久しぶりの「訓練場宿舎」で。門の前でジュディックさんとプリムお姉さまに出迎えてもらって。久しぶりにあう二人に挨拶をする。


「……まさか、君がまたここに宿泊することになるとは思ってもみなかったがな。まあ、住み慣れた方が良いだろうということで、以前と同じ部屋を準備させてもらった」

「ははは。……多分、姉さんがねじ込んだんだと思います」

「リズ・ディーア卿か」


 出迎えてもらったジュディックさんと少し話をして。何というか、あの頃ときっと変わっていないジュディックさんの性格に、内心で軽く苦笑する。……えっと、あの頃は気付かなかったけど、今ならよくわかる。


――この人、とっても、「政治が下手な人」だ!


 もうね、ディーア家の人たち、特にリズ姉さんとかマティウスさんみたいな「ディーア家を動かす人」は、少しめんどくさい「計算高さ」があって。だけど別にこれ、貴族の人だけじゃなくて普通の人も持ってると思うんだけど。

……多分、ジュディックさんは「本音」と「建前」を使い分けるのがとても下手なんだと、そんな印象を持って。


 だって、以前わたしが住んでた部屋って「上級士官室」でしょ? 今のわたしは「ただの飛行研修生」ですよね? 「住み慣れた方が良いだろう」だけで割り当てて良い部屋じゃ無いですよね!


――「リズ・ディーア卿か」なんてすっとぼけた口調で言ってるけど、「ディーア家」のことを意識してるって丸わかりじゃないですか!


 そんなわたしの、ツッコミたいというどちらかというとめずらしい感情を読み取ったのか、プリムお姉さまが肩をすくめながら暴露をする。


「……残念だけどね。いくらウチの国も噛んでるからって、『ただの飛行研修生』が、今のところウチの軍でしか正式稼働していない『循環型蒸気機関』を搭載した飛行機の操縦方法を研修しに来たりはしないよ。――『上の意向』はね、隠しようもないくらいにバリバリだね」

「――あ~あ。やっぱり姉さんの『政治』かぁ」


 うん、まあ、形だけでも隠すつもりなら、たとえ以前住んでたからといって「上級士官室」を割り当てたらダメだよねと、そんなことを思いながら、プリムお姉さまの話を聞いて。


「まあ、ウチらとしても見知らぬ相手よりは、嬢ちゃんの方が色々やりやすいのも事実さ」

「……いや、あまり『公私混同』されるのも困りものなのだかな」


 そのプリムお姉さまの身もふたもない言葉に、少し呆れ気味にジュディックさんが答えるのを見て、ああこの二人は変わってないなぁとそんなことを思いながら、まずはわたしが乗ることになる「循環型蒸気機関」を搭載した輸送機を見に行こうと、プリムお姉さまと二人で、格納庫に向かって歩き始める。



「どうだい? 王国製の機体は?」

「王国製だろうがなんだろうが、『循環型蒸気機関』の整備なら、対して変わりはないですけど。――まさか『ペンギン』の整備をすることになるとは思わなかったですね」


 訓練場宿舎のすぐ隣にある飛行場の格納庫で。王国にいるとよく見る形の輸送機にはしごをかけて「動力機械」をのぞき込むボーウィ君に、プリムお姉さまが声をかける。


 小型戦闘機「一六式強襲偵察機」の小型化の核にもなった、「循環型蒸気機関」という新しい動力機械。動力を得るために冷却魔法と焦熱魔法を利用していた従来の熱空機関とは違い、焦熱魔法だけで推進力を得られるこの新しい動力機械は、出力効率こそ熱空機関に劣るものの、それを補って余りあるほどの「扱いやすさ」と、熱空機関とは違った「癖」があり。


――それ故に、単座式飛行機を扱うためにはこの「循環型蒸気機関」にどうしても慣れないといけなくて。共和国にもほとんどいないこの動力機関を学び慣れるために、今日から半年間の間、ここでプリムお姉さまから色々なことを教わるためにここにきたのだ。


 そんなことを考えながら、「わたしの機体」を整備しているボーウィ君に声をかける。


「なんとなくですが。その機体、リズ姉さんが手を回して『わたしの機体』にするような気配があるんですよね」

「どんな理由があっても一緒です。整備に手を抜くつもりは無いし、特別扱いもしません」

「そうですね。ごめんなさい、変なことを言いました」


 わたしの言葉に、ボーウィ君は「他と同じように」全力で整備すると返事をしてくれて。……内心でこっそりと「特別扱いは無理か」なんて舌を出す。

 そんなことを話している間に、ひとまず整備に切りをつけたのかな、ボーウィ君がはしごから降りてきて。その下で待っていたプリムお姉さまと小声で話しあう。


「(整備に力を入れ過ぎて、王国側に変に技術を渡すんじゃないよ)」

「(大丈夫っすよ。どこまで『技術支援』するのかは決定済みですから)」


 うん、きっと聞いちゃいけない「ことになってる」ことを話してるなぁなんて思いながら。うん、聞こえないのは残念だよねなんてことを少しだけ思って。

……こっそりと、ジュディックさんならボロを出してくれたかなぁなんてことを思いながら、プリムお姉さまとボーウィ君がこちらにくるのを少しだけ待って。


「挨拶が遅れましたが。貴官の研修を承ったプリム・ジンライト大尉であります。――以後お見知りおきを」

「同じく、貴官の機体整備を承ったボーウィ・ソルディット上等兵であります。――以後お見知りおきを」


 わたしの目の前で、芝居がかった仕草で二人が自己紹介を始めて。その様子に軽く吹き出しそうになりながら、二人に改めて挨拶をする。


「――はい。こちらこそ、よろしくお願いします」



 そうして、懐かしい人たちとの挨拶も済んで。久しぶりの「自分の部屋」に戻ってくる。


――そこは、あの時と変わらない、あの時と同じ部屋で。だけど、外にメディーンもピーコックもいない、一人きりの部屋で。


 高級感あふれるソファと机の置かれた応接間、壁際の棚にはワイングラスやティーカップが、まるで飾り付けられているかのように綺麗に並べられて。その奥には、衣装櫃(ドレッサー)や実務向きの机が置かれた私室と寝室があって。

 そうそう、遺跡に住んでいたころはずっと「小屋」に住んでたから、この部屋の広さにおどろいたんだよね。……実際、あの小屋は人が住むには狭かったから。学生寮だって、あの小屋よりかは広かったしと、そんなことを思い出しながら、しばらく部屋の中を見て回る。


 あのときメディーンが作った「免振構造」も中庭にあった「溶鉱炉」も、今はもうなくて。

 なじみのある場所も、なじみのある人も、時が経って変化して。その度に感じる新鮮な驚きも、別の場所に行く頃にはきっと忘れてて。行く先々でまた新しい驚きに出会うことになって。

 きっとそれは、自立している証で。この先もずっと、こんな感じで、いろんな人と出会い、別れ、再会をして。いろんな人と、いろんなお話をして、いろんなおしごとをして。そうやってその時々で、いろんなものに触れながら過ごしていくんだと、そんなことを考える。


――そうして、人里離れた遺跡で育った少女は、さまざまな人たちと触れ合うことを学んで。気が付けば当たり前のように、自分の道を自分の足で歩いていた。

以上で完結となります。ここまでに星を付けていただいた方も、思ったままの評価で構いませんので、この作品に対して再度評価をして頂けると、この上ない励みになります。


――最後に、この作品を楽しんで頂けたのなら、作者として、それに勝るよろこびはありません。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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個人HPにサブコンテンツ(設定集、曲遊び)を作成しています。よろしければこちらもどうぞ。

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