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フィリ・ディーアが触れる世界  作者: 市境前12アール
終章 フィリ・ディーアの触れた世界に住む人たちと歩く道
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6.今を歩いて、明日に向かう

2019/09/13 誤字(誤用)修正、一部説明追加。大筋には影響しません。

 教会でリズさんと話をして、オルシーを病院まで送って、訓練場宿舎に戻ってきて。ひさしぶりに訓練場宿舎の「自分の部屋」で、ほんの少しだけぼんやりしたあと、ピーコックやメディーンと一緒に、ごはんを食べに食堂に行って。その食堂の入口で、久しぶりにあう隊員さんに声をかけられる。


「よう! 久しぶりだな! ……どうだ? 『里帰り』は楽しめたか?」

「はい」


 隊員さんに返事をしながらすれ違って。そのままトレイを持って、好きなおかずを乗せていって。こっそりとメディーンの様子をうかがう。……うん、今日は大丈夫みたい。メディーン、お肉の量が多かったり野菜が少ないと、こっそり怒るから。そんな風に、何も伝えてこなかったメディーンに少しだけ安心しながら、席に移動して。「いただきま~す!」と声を出して挨拶をする。


「……いつの間に、言葉を交わすような相手が出来たのかのぉ」


 フォークをつかんで四角く切られたお肉に刺して、口にいれようとしたところで、そうピーコックに声をかけられて。口の中にお肉を放り込んで、よく噛んでから飲み込んで。次のお肉をフォークでつつきながら、壁際で小さく身体を丸くするピーコックに返事をする。


「……えっと。あの人、『球蹴り』ですごい大技をする人で。何度も拍手していたら、食堂で話しかけられるようになったんだけど」

「――そういえば、そんな奴もおったのぉ」


 正直、なんであの人がわたしに話しかけてきたのか、わからないんだけど。それでも、何度か一緒にごはんを食べながら、どうやったらあんなにも凄い動きができるようになるのか、何度か話をしてたんだけど。――そっか、ピーコックは最近、あんまり食堂に来ないから知らないんだと、そう思いながら説明をする。

 その返事を聞いて、ピーコックは「なるほどのぉ」なんて言いながら、ふたたび壁際で身体を丸めて。えっと、納得したのかなと、そんな風に思いながら、次のお肉を口に入れる。


――そうして、久しぶりの「外の世界の料理」を美味しそうに食べるフィリをこっそりと覗き見るピーコック。人間よりもはるかに優れた聴覚を持ったピーコックは、隊員たちが昼休みの「球蹴り」の試合でフィリが誰に拍手を送るか賭けていたことを知っていて。きっとフィリとは違うことを考えたはずなのだが、それはきっと違う話なのだろう。



 そうして、フィリたちが遺跡から帰ってきたその日は、彼女たちがいない間に起きたさまざまなことに振り回されるように動かされて。それだけで、帰ってきた日が過ぎ去って。……それから三日間、フィリたちは毎日教会へと訪れて。これから先どうするのか、ダーラを交えながらリズと話をする。



「――そうじゃのぉ。なら儂は、ここで過ごすことにするかのぉ」


 さすがに王国までメディーンやピーコックを連れていくことはできないことをリズさんから聞かされて。そうしたら、ダーラさんが「教会に住んだらどう?」なんて、ピーコックやメディーンに話をして。――そのダーラさんの話に、ピーコックはあっさりと同意をする。


「……軍人さんに確認しなくていいのかしら?」

「別に構わんじゃろうて。……それに、あそこに住んどったままじゃ『借り』になるしの」

「あら? ここだと借りにならないみたいな言い方ね?」

「……ヌシは儂のことを『利用』する気満々に見えるのじゃがのぉ」


 えっと、よくわからないんだけど。ピーコックが言うには、ジュディックさんを始めとした軍の人たちは、聖典を取り戻すために私たちと協力しあってて、だから今まで、わたしたちをタダで訓練場宿舎に住まわせてくれてたんだけど。その聖典の騒動も、今はもう解決してて。

 だから、これから先も訓練場宿舎に住み続けるのはジュディックさんたちに「借り」をつくることになる。だけど、ダーラさんの教会に住めば「お互い様」、「利害の一致」になるんだって。……オルシーがそんなことを言ってたってピーコックは言ってるけど、そんなこと言ってたっけと、軽く首をひねる。

 だけど、ピーコックが教会に残るって聞いて、ほんの少しだけホッとして。……別にピーコックがこの教会に残ったからといって、何かある訳じゃないけど。それでも、わたしがリズさんと王国に行って家族に会って、ここに帰ってきた時にピーコックがいるのは少し安心できるかな、なんて思う。

 だって、きっとメディーンはと、少し考え始めたところで、そのメディーンが言葉を伝えてきて……


「――えっと。なら『自分は遺跡に戻る』って、メディーンが」


 その「覚悟していた」言葉に、それでも少しだけ息が止まって。心を落ち着かせながら、メディーンの言葉をみんなに伝えて。


――そうして、外の世界で生きることを決意したフィリを待っていたかのように、フィリを取り巻く環境が動き始める。



 リズさんと話をして、この先どうするか、だいたい決まって。オルシーに会うために、病院を訪ねて。……その病院で、オルシーに「実験」のことを聞かされる。


「……それが、その、『装置』?」

「ええ。今日はまだ『試験運転』だけど。これが上手くいくようなら、明日から本格的に稼働させる予定ね」


 寝台の奥に置かれた機械とその上に置かれたオルシーの左腕を、一瞬だけ、できるだけ見ないようにしながらちらりとだけ見て、オルシーに話しかけて。……いつもと同じような声で返事が返ってきたのを聞いて、少しだけ安心する。


「採血の時みたいに管を付けて血液を取り出すのかと思ってたんだけど、どうも少し違うみたいね。どうも、この機械には最初から魔法式が刻まれていて、この魔法式を起動すると、腕に流れる血液から必要な成分を含む血液だけを誘導して、管を通して身体の外に出す。で、成分を調整して魔法が使えるようにして、その血液を使って魔法式に魔素を供給、体内に戻すということを繰り返すみたいね」


 ……えっと、オルシーの説明は正直ちょっとわからなかったんだけど。だけど痛くはないって聞いたときは、少しだけ安心して。……なのに、今日の「試験運転」でも二、三時間の間ずっと動けないなんてオルシーは言い始めて。その間、少しずつだけど身体がだるくなっていくなんて聞かされて。


「――多分、本番のときには、『魔素欠乏症』で倒れることになると思うわ」


……そんなことを淡々と話すオルシーに、何を言えばいいかわからなくなったんだけど。そんなわたしを見たのかな、オルシーは少し笑って、話題を変えてくれる。


「で、あの鳥はここに残るけど、メディーンは一足先に『遺跡』に戻るのね」

「うん。『カンリシャフザイ、シセツイジユウセン』だって」


 遺跡から帰ってきたあの日、リズさんから話を聞いて。もしかしたらメディーンやピーコックは一緒に行けないかもしれないと、訓練場宿舎に戻ってから、その日のうちに気が付いて。――だって、メディーンには、遺跡でお仕事があるから。

 オルシーと一緒に記録を見たからわかるんだけど。もしかすると、そのお仕事はもうしなくていい仕事なのかも知れない。だけどそのお仕事は、「前の管理者さん」がメディーンにお願いをした大切なお仕事で。きっとメディーンは、「前の管理者さん」が好きで、だからその仕事を()()()()()と、そう思うから。

 だから、もしわたしと一緒にいられないのなら。メディーンはわたしを待つことよりも、お仕事を選ぶんじゃないかと、そんな気がして。


――もしそうなら、そんなメディーンの邪魔になってはいけないと、そんな覚悟をして。


 だから、教会で話をしていた時にメディーンからそう伝えられた時も、少しショックだったけど、今でも思い出すと悲しくなるけど、それをこらえて。できるだけいつも通りに、オルシーに話しをする。


「……少し寂しいけど。でも、わたしがリズさんと一緒に行く以上、メディーンとは別々になるから。メディーンはここにいるよりも遺跡に戻った方が良いんだと、きっとそうだと思う」

「――そう。……フィリがそう思うのなら、きっとそうなのね」


 私の言葉に、オルシーはそう言ってくれて。うん、オルシーがそう言ってくれるのなら、きっと間違っていない、そう勇気付けられて。


「(……メディーンが居なくなるとすると、いよいよ、この車椅子が壊れたときが怖いわね)」

「……あれ? 何か言った?」

「ううん、何でもないわ」


 最後にオルシーが何か小声で言ったような気がしたんだけど、上手く聞き取れなくて。ちょっとだけ気になって聞いてみたんだけど、結局教えてくれなくて。


――やっぱり気になるんだけど。えっと、何を言ったんだろう?



 そのあと、庭でピーコックやメディーンと一緒に、子供たちに交じって遊んでいたケイシーが病室に戻ってきて。えっと、「最初にメディーンに会ったのは俺なんだぜ」ってスティーク君が自慢してるみたい。「なんでそれが自慢になるんだろう」「あの年頃の男の子は何でも自慢するものよ」と、そんなことを話しながら、窓の外の様子を見る。

 今日はいつものピーコックに加えてメディーンまでいるから、小さな子たちがいつもよりもさらにはしゃいでいて。うん、あの中に混ざるのは大変だと、わたしも思う。……あっ、メディーンが今、「高い高い」した。――懐かしいなぁ。


「……あの、メディーンが子供を空に放り投げて空中でピーコックがキャッチするの、本当に放置して大丈夫なのかしら?」

「あはは。あれ、みんなに大人気だよ。止めるのも大変だと思うな~」


 隣でオルシーとケイシーがそんな話をしているのを聞きながら。何でかな、少しだけしんみりとしながら、窓の外のにぎやかな様子を眺め続けた。



 そうして、時間がすぎて。オルシーの「試験運転」も上手くいったのかな。お医者さんや研究者の人がオルシーから機械を外して。帰り際、オルシーと一緒に庭に出る。……えっと、疲れてるのなら見送りはいいって言ったんだけど、それでもオルシーは来てくれて。そうして、病院の建物から出たときに、メディーンが何かを伝えてくる。


「……オルシー、えっと、メディーンがね……」

「はい?」


 まさかわたしがオルシーに「通訳」をするとは思ってなかったのだろう、オルシーが少し驚いたような声を出して……


「メディーンが、『その車椅子にはコショウケンチキノウがある』、だから、壊れたらここまで修理に来てくれるって」

「……えっと、え?」


 メディーンの言葉をそのまま伝えたら、やっぱりオルシーが首を傾げて。……うん、なんでメディーンがそんなことを言い出したのかわからないって、そんな感じだよね?

 そんなオルシーに、ちょっとだけダメ元で、気になったことを聞いてみる。


「ねえ、いつの間にオルシー、メディーンと仲良くなったの?」

「……それは私が知りたいわ」


……もしかしたらメディーンとオルシー、わたしが知らない間に仲良くなったのかななんて思って聞いてみたんだけど。オルシーにも心当たりがなかったみたい。で、二人で首を捻る。

 なんでメディーン、オルシーにそんなこと言ったのかな? ……そういえばメディーン、けがの治療ができるみたいだし。もしかしてメディーン、お医者さんになりたかったのかなと、そんな考えが一瞬よぎって。


――でも、オルシーのことを気にかけてくれるのなら、それでもいいやと、少し寂しくなりながら、そう思うようにすることに決める。



「えっと、じゃあ、家族に会ったあと、しばらくの間は王国で、ディーア家の支援を受けて滞在すると、それでいいのね」

「はい」


 次の日から、また教会でリズさんと話の続きをして。この先どうするかを、ちゃんと決める。


「念のため。それだと私たちは、『ディーア家の一員として』フィリを迎え入れることができなくなると思う。それでも良いのね?」

「構いません。――というか、わたしは多分、貴族さまには向かないと思います。それに……」


 リズさんと話をして。ディーア家が慈善事業の一環として行っている「就学支援制度」を使って、学校に通わせてもらうことに決めて。――えっと、最初から「ディーア家の一員として」リズさんの家族に迎え入れてもらってもいいって、そうリズさんは言ってくれたんだけど。

 ダーラさんも「いい話」だって言ってたし。多分そうなんだとわたしも思うんだけど。……でも、それはきっと「覚悟のいる」話で。でもきっと、わたしには向かない話だと、そんな風に感じる。だって……


「私はきっとこの先、ここに()帰ってきたい、そう思う気がします。――ここにはピーコックも、オルシーも、ダーラさんもプリムお姉さまもいますから」


 きっと私は、初めて外の世界に出てきて、そこで知り合ったみんなが好きで。だからきっと、わたしは「王国の人」になれないし。……多分、「共和国の人」にもなれないと、そんな気がして。

 ディーア家の人の援助を受けるというのはきっと、ここの人たちと同じように、良くしてもらうということで。そうするときっと、そういうことになるんだ。……わたしがメディーンや、ほんの少しだけ悔しいけどピーコックに対して抱いているのと同じような気持ちを、これまでお世話になった人や、これからお世話になる人にも抱くようになることなんだって。


――でも、きっとそれでいいんだと、そんな風に思うから。だから、ごめんなさいと心の中であやまりながら。「わたしは貴族にならない」と、リズさんにはっきり伝えた。



 そうして、この先のことを決めたフィリは、隊員たちが訓練場宿舎の庭で、久しぶりに「球蹴り」に興じているのを見て。最後に一日だけ、その球蹴り混ぜてもらう。――そして、その様子を庭の片隅で見ていたボーウィは、そんなフィリを見て、どうにも信じられないような声を上げる。


「――なんであんなに上手いんすか?」

「なんでって、単にあの嬢が、見た目より遥かに運動神経が良いって、それだけのことだと思いますがね」


 小柄ながらもメリハリのある動きで素早く球に追いついて、器用にコントロールされた蹴りで球を返すフィリ。小柄な分、前衛ではあまり活躍できていないが、それでも初めてだということを考えれば、十分すぎるほどの活躍ぶりだった。

 そんな、楽しそうに動くフィリを信じられないような目で見ていたボーウィにスクアッドは、少し笑いながら解説する。


「そりゃあ、毎日のようにあの巨鳥にまたがって飛んでたって話っすからね。身体の使い方、特にバランス感覚みたいなのは身に着いてもおかしくないんじゃないっすかねぇ」

「……そんなもんすか」


 そんなことを話しながら、ちらりとピーコックの方を見る二人。そのピーコックは一瞬だけ首を伸ばしてその様子を確認したあと、まるで気にしていないことを見せつけるかのようにあくびをして、庭の片隅で再び丸くなって。そんなピーコックの様子にスクアッドは苦笑しつつ、少し思い出したように、世間話のような話題をボーウィに振る。


「プリムの姉貴なんかは、『もしかしたらあの嬢には操縦士の資質があるかも』なんて言ってたんスけどね。案外当たってるかも知れないっすね」

「……ふん」


 そのスクアッドの言葉に、少しだけ悔しそうな顔をするボーウィ。……空軍を目指す学生にとって、「操縦士」というのは憧れで。同時にそれはほんの一握り、しかもその適正は「生まれついての才能」に近いもので。

 その才能を持ち合わせていなかったボーウィは、自分の敬愛する上官が、目の前の少女をそう評価したことに複雑な思いを抱きながら。それでも楽しそうに身体を動かすフィリの姿を、どこか自然と引き寄せられるように見続けていた。



 そうしてフィリは、残された一週間という時間を、駆け抜けるように過ごして。やがて、訓練場宿舎での最後の夜を迎える。

 その、フィリたちにとっては特別な夜も。周りの人たちにとってはありふれた夜で。これと言った変化もなく。ただ、いつもは部屋の外で身体を休めているメディーンやピーコックも、その日はフィリと共に部屋の中で過ごすことにしたのだろう、部屋の外にその姿はなくて。そして、普段よりも少し遅い時間まで、窓から部屋の明かりが漏れて。変化はたったそれだけで。


――そうして、静かに時は過ぎていき。やがて、旅立ちの日の朝を迎える。

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